大学一年生編Ⅱ(セカンドシングル発売まで)

第21話


 1986年、9月。

 今村由香デビューアルバム『greetings』は、

 初登場8位を記録、初動の3万枚を完売している。

 シンガーソングライター枠の新人アーティストとしては、

 3万枚は賭けに近い枚数であったはずにも関わらず、である。

 今や中古媒体でプレミアがつきそうな勢いだ。

 

 「予想通り、いや、予想以上というべきか…」

 

 今村由香の交際中宣言は、潜在的な男性ファンに間違いなく影響を与えた。

 一方、シングルで火がついた元がいずれもドラマ由来だったため、

 女性ファンの動向にはほとんど影響がなかった。というか増えた。


 一方、男性でも、結婚している/いない社会人からの支援(……)や、

 オーディオ系(秋葉原系)からは、大きな離反の動きはない。

 そして、

 

 『どうもっ、

  絶賛交際中、みんなのアイドル、今村由香ですっ!』


 騒がれた翌週のラジオの第一声がこれである。

 相変わらず舞台度胸が異様に良い。

 今村由香本人のさっぱりはっきりくっきりした態度もあり、

 トータルではほとんどダメージを受けていない。

 

 「で、お前、次、どうすんだ?」

 

 なんで俺に聞いてくるかな、ロリコンアレンジャー様は。

 ここ、学食なんですけれど。

 だいたい、俺は一銭も貰えない立場ですが。

 

 とはいえ、確かに注目を集めていることはひしひしと感じる。

 俺は感じなくていい立場の筈なんだけど。

 

 「お前、知らないだろうから言っとくけど、

  森明日菜陣営は、今村由香に脅威を感じてるぞ。」


 は? なんで?

 規模感が全然違うでしょうに。桁2つくらい。

 

 「いや、gareを奪ったろ?」

 

 あ、あれやっぱり、森明日菜に行くやつだったんだ……。

 っていうか、「奪った」って、人聞きの悪い。

 怜那からすれば、「貰った」ようにしか感じないだろうに。

 

 「それもあるけれど、布陣がまぁ、桜木聖を支えた面々だからさ。

  そう勘ぐってる連中も結構いるってこった。」


 ぇぇ……。まぁ確かにコアが小村政美大先生だもんね。

 作詞作曲はオリジナルだし、風街さんも入ってないんだけど。

 

 「まぁオレもそう思う。まったく別モノなんだけれどな。

  ただ、分かんねぇ連中は理解しやすいモンで見るわな。」

 

 確かに。

 

 「で、お前、ほんとどうすんだ?」

 

 だから、どうして俺に聞くんですか。

 それはレコード会社の方針でしょ。

 

 「早川さんが、出てこいって。」

 

 ………ぇ。

 

 「望み通り、石澤氏を外してやるから、

  責任取れってさ。」


 あ、あの眉毛ぇ……。

 石澤氏を外してほしいなんて、俺一言も言ってないじゃん。

 ああいう男、俺自身はそんなに嫌っちゃぁいないんだよぅ。

 やばいな、絶っ対恨まれてる。びっくりするくらい見せ場なかったもんなぁ…。

 ……。


 「手は、なくはないんですよ。」

 

 正直暇だし、勉強くらいしかやることもないし、なんせぼっちだし。

 ぐさっっ。

 

 「お、ついにやる気になったか。で?」

 

 俺は、目の前にいる、

 後世喪われるはずの精悍な容貌を見据えた。

 

 「貴方ですよ、先輩。」


 この状況を、逆手に取る。

 「俺」の宿年の願いを叶えるのは、いましか、ない。

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