第17話


 「えー、長らくお待たせ致しました。

  まず、開票の結果から申し上げます。

  東京テレビ系列、『瞳に恋して』様、21票。

  関東テレビ系列、『ヴァンカトル』様、21票。」


 会場がどよめいた。そりゃそうだ。

 

 「私どもの協議結果を、

  当社副社長、早川より申し上げます。」


 別の会議からコッソリと戻ってきたとはおくびにも見せずに

 堂々と笑顔を振りまく余裕の姿に痺れる。

 こんな人が俺の上司だったらよかったのに。


 「えー、皆様、このような結果になり、誠に驚いております。

  このオーディションが公正であることの証明とお考えください。」


 会場の雰囲気が一瞬で和やかになった。

 この人もほんとに話芸が立つなぁ。


 「私どもと致しましては、まず、

  デビューシングル『気づかないで』につきましては、

  『瞳に恋して』様にご提供致したく存じます。

  どうぞよろしくお願いいたします。」


 わっと歓声があがった。拍手があがりかけたところを、

 早川副社長が右手で軽く制する。

 

 「『ヴァンカトル』様につきましては、

  よろしければ、こちらの曲を

  ご提供させて頂ければと考えております。」


 ライトが消され、ピンスポットがピアノに当たる。

 いつのまにかピアノの前に座っているお嬢様モードの今村由香。

 たたずまいの静謐さから、満座が静まりかえった後に、

 Am7からはじまる、哀しげに進むコード、そして……

 

 ……こ、これって……!?!?


 「げ、『gare』?!!?」


 「おい、やっぱり仕込んでたのか?」

 

 「い、いや……」


 ぐ、ぐ、ぐ、偶然か……っ?

 

 こ、こ、この曲は、森明日菜に行くやつじゃなかったのか?

 編曲をめぐって河上達仁と紛争になって、アルバム曲なのに話題性が出て

 最後は河上達仁編曲で本人が歌ってスタンダードナンバーになったあれを、

 「いまの」今村由香が歌うとは。

 

 18歳の今村由香が、山科万里の、20代~30代向けの歌を歌っている…。

 このパターンを前世の末期で見たような気が……

 

 っていうか、やばい。こうなるのか。こう、なるのか…。

 なんて哀切な。そして、相手の男の背中への感情移入が半端ない。

 でも、どうしようもなく乾いた、

 かすかに温かさすらある、洗練されたポップスだ。


 山科万里のような華美な明るさはないが、

 演歌風の情念に絡め取られた歌唱へ堕ちていかない。

 情感は込められているのに、光景はこれ以上なく鮮明に浮かべられるのに、

 低音域が中音域になる今村由香ならではの丸みに世界が救われてしまっている。

 ホヨホヨ声の前世ではまず歌えなかったはずの中音域の深みがたまらない。

 

 熟睡しかけていた『ヴァンカトル』のプロデューサーが唖然としている。

 そりゃそうだ。シチュエーションがドラマの設定とほぼ一緒だ。

 10代の時にすれ違ってしまった元の彼氏に想いを寄せたままで

 結婚2年目を迎えた24歳の女性主人公の秘めた心情を描く不倫ドラマだ。

 主題歌というよりは挿入歌かエンディングかにしか使えなそうだが、

 テーマは合いすぎる。

 完成度が高いので、まるでぴたりと書き下ろしたようになってる。

 

 鮮やかで切ないアドリブのアウトロがデクレッシェンドで終わっていく。

 最後のコードを弾き終わった今村由香が、立ち上がって静かに一礼すると、

 会場内に爆発的な歓声があがった。思わず俺も熱烈に拍手してしまう。

 よかった。凄くよかった。ありがとうありがとう。

 

 「ありがとうございます。ありがとうございます。

  この曲は山科万里さんにご提供頂いているので、

  我々としては旨みがほとんどないんですが。」


 どよめきと笑いがセットなって会場を明るく揺らす。

 「もうそこまで行ってたのか」とおどけて叫ぶ声も聞こえる。

 なぜか、俺をチラチラ見てくる連中までいる。


 俺だって一昨日知ったばっかりなんだよ。

 今日さっそく使うなんて思いもしなかった。

 怜那が自信満々だったから問題はないと思ったけれども、

 まさか、まさかこんなとてつもない中身だったとは……。

 邦楽史が揺らぐクラスの大爆弾だ。


 それにしても、怜那はなにを山科万里に話していたんだ?

 笑えるほどぴったりはまったじゃないか。

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