第16話



 「お、おい……。

  これ、本当に、俺が司会するのか?」

 

 まぁそうだよね。嫌だよねこの立場。

 俺だってビビるような面子なんだから。

 

 「僕がするわけにはいかないでしょう?

  大丈夫。読み上げるだけですから。」


 がんばれ、入社3年目(ひとごと)。

 

 「え、ええー。

  お、お集まり頂き大変ありがとうございます。

  で、では、これより、当社所属、

  今村由香先行デビューシングルについての、

  た、タイアップをお願いさせて頂く

  オーディションを開催させて頂きます。」


 これが非常識の極み、

 驚異の「真逆の発想」である。


 河上達仁との対談、竹若直樹との暴走セッションと、

 玄人筋の耳目につむじ風を起こしている

 いま、注目の若手実力派今村由香。


 にもかかわらず、とりたてた営業を打ってくるわけでもない、

 容姿は人並み以上に優れているのに、

 媒体は一部音楽雑誌のみという、ちょっと謎めいた存在になっている。


 プライドに邪魔されず、勘が良く、フットワークの軽い若手のクリエイターなら、

 とりあえず、いまのうちに、何らかの接点を持とうとする。

 少なくとも、興味本位を含め、なんらか顔つなぎのアクションを打とうとする。

 それを逆手に取ってデビュー曲のデモテープ(ほぼ完成版)と

 招待状代わりの企画趣旨を撒いた、一回限りの奇跡のイベント。


 ……の、はずだが、

 予想よりもちょっと大物が釣れてしまった気もする。

 若手スタッフを想定していたのに、

 ディレクターどころか、決定権者であるプロデューサー級が釣れてしまってる。

 ま、まぁ気にしない。この手のことは気にしたら負けだ。

  

 「ま、まずは当社代表取締役副社長、早川恒太より、

  皆様にご挨拶申し上げます。」


 おお、この人がヨネさんのカウンターパートか。

 直接見るのはじめてだけど、伝説的な人なんだよな。

 ロック寄りの人なんだけど、よく出てきてくれたもんだ。

 眉毛めっちゃ太いなこの人。


 「どうも。早川です。

  本来こちらから伏してお願いする立場なのに、

  錚々たる皆様をお呼び立てしてしまい、誠に恐縮です。

  前代未聞の試みと思います。アメリカにも例がないと思うのですが、

  若いモンが暴れましてね、年寄りはどうにもできんのですよ。」


 まだ40代の早川氏がそう言っておどけてみせる。

 やっぱり仕事できるな、この人。

 

 「その分、協力金のほうは弾ませて頂きますので。」


 笑顔でしれっとウラの話をすると、参加者が笑顔になった。

 助かるなぁ。


 「あ、ありがとうございます。

  で、では、続きまして、当社所属、今村由香より、

  皆様にご挨拶申し上げます。」


 虎を被ったお嬢様モードの今村由香が、しずしずと壇上にあがる。

 初めて見た人だろうか、ひゅっと息を呑む声がやけにはっきりと聞こえる。

 少女漫画の主人公が憧れるような美少女が顕現しているのだから無理もない。

 衣擦れの音すら注目を浴びる中、今村由香は、おもむろにマイクを手に取った。


 「どうも。若いモンです。」


 バカウケだ。一発で持って行った。こういうところだ。


 「副社長、大変お忙しいところ、ありがとうございます。

  いつもうちの母の我が儘にお付き合い頂いて、

  本当に申し訳なく思っています。いやー、ほんとにね?」


 またウケた。舞台度胸がありすぎる。

 

 「お集まり頂いた皆様、お忙しいところ大変ありがとうございます。

  ほんとに、こんなガキが書いた拙い曲にね、

  こんなに関心を持って頂いてありがたい限りです。

  今日、実はわたしも一票しかないんですよ。ひどいでしょう?

  でも、副社長も一票しかないんです。公平でしょう?」

  

 だめだ。もう完全に持って行ってる。

 シリアスさんがどっかにいってしまう。

 ラジオ好感度が爆上がりするのは当然だ。今村由香の話芸はやっぱり半端ない。


*


 このオーディションの最大のポイントは、

 レコード会社社員を巻き込んでいるところにある。

 守秘義務の緩いアルバイトはさすがに入れられないが、

 この曲が、実際にどう使われたら心が動くか? というのは、

 実際に手にとって貰う人を含めておいたほうが良いからだ。

 

 その分、集計時の手作業は大変になるが。

 そして。


 「見事に割れたねぇ…」


 投票に限らず、この手の選択案件は、必ずといって良いほど割れる。

 ただ、投票結果であれば、

 特定の有力者の面子が割れるよりはずっと処理しやすい。

 

 「で、古河君、君の意見は?」

 

 「僕がこの場で意見を言うわけがないでしょう。

  僕はアルバイトですらないんですよ。

  ただのいいご身分の学生ですから。」


 「副社長まで引っ張り出しておいて、

  よくそんなことが言えるね…」

  

 「引っ張り出したのは奥様です。」

 

 「どうでもいいけれど、このままだと終われないよ?」


 「終われますよ、たぶん。」


 「なんなの? その頼りなさそうな自信は……。

  ん? この紙……??」


 (すっごく合うと思う!)


 「……この筆跡、ひょっとして、由香ちゃん?」


 「ええ。」

 

 まさか、こんなに早く爆弾を投げることになるとは思わなかったが。

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