第14話



 「古河君さぁ、ほんと、勘弁してくれないかな。

  せめて、一声かけておいてくれないとさぁ…。」


 俺は、心から同情した。

 俺が目の前の彼の立場なら、間違いなく発狂するだろう。


 「プロデューサー、マジで手がつけらんなかったよ。」

 

 そりゃそうだろう。

 自分が持って行こうとしたプランを、

 自分の与り知らぬところで進められていたトップレベル折衝で、

 悉く否定されたのだから。

 石澤Pの部下である彼からしても、寝耳に水だろう。


 「使える顔のオンナを絵で使わないなんて馬鹿げた話があるかっ! ってさ。」


 ……わかりきっていたとはいえ、萎えるほど予想通りだ。 

 今村由香にアイドルもどきをさせた張本人は、間違いなくあの男だ。

 

 「で、プロデューサーが出張の時を狙って、ひょっこり現れると来たもんだ。

  ほんと、学生っていいご身分だよね?」


 俺は申し訳なさそうに笑った。

 実際、彼に対しては申し訳ないのだから。


 「まぁでも、君の言うことも分かるっちゃ分かるけど。」

 

 さすがにこの状況で、発案者は俺じゃないと否定する気はない。

 

 そう。

 ヨネさんとレコード会社の取締役(副社長)の間で交わされた密約、

 正確に言えば、契約書の協議条項に基づく覚書は、

 ほぼ、俺の発案に基づいている。

 

 ひとことでいえば、「修正フェアウェイ戦略」である。

 ニューミュージックの旗手であり、プロテストの時代に恋愛をメロウに歌い、

 ファウンドメンバー間の方針の相違から解散した5人組男性バンド

 フェアウェイは、その絶頂期においても、テレビ出演を一切行わなかった。

 例外中の例外として、国営放送の深夜ドキュメンタリーに出演したが、

 それが解散戦略の一環だったという徹底ぶりである。


 この潜みに、習う。

 今村由香には、持ち歌以外を歌わせない。

 できもしない(あるいは「できてしまう」)アイドルもどきもさせない。

 「見えている地雷」を、踏ませない。

 これが基本方針である。

 

 冷静に振り返ってみると、歌番組の媒体効果は、

 視聴者や広告業界、当の番組サイドが思っているほどには浸透しない。

 なぜなら、当時の歌番組の放送は「一瞬」(一回限り)だからである。

 稀にパフォーマンスが話題になり、翌日のクラスを賑わすことがあっても、

 それが売上や、まして後世のカラオケに繋がるかと言われれば微妙だ。

  

 チャート番組はこの例外であるものの、

 厳密に考えてしまえば、チャート番組は、浸透実績の後追いに過ぎない。

 事実、チャート番組でメリットがあったのは、

 テレビへの出演が実質的に義務づけられているアイドルであり、

 アイドルの勢いが衰えてしまうと、チャート番組のは衰滅に向かう。

 

 つまり、アーティスト路線を取り、においては、

 テレビへの出演は、この時代ですら、労多くして功少なし、なのである。

 と、俺が思っているだけかもしれないが、

 そう考えると説明がつくことがいろいろある。

 

 その代わり、コンセプトに沿った雑誌媒体、

 そしてなにより、今村由香の楽曲を、

 「適切なタイアップ先」によって、浸透させる。


 タイアップの仕事を先に取るのではない。

 先に楽曲があり、後からそれをはめ込む先を考える。

 

 もちろん、リアルタイムで修正することはありえるだろうが、

 順番が逆になって良いことは一つもない。

 つまり、楽曲が浮いてしまうようなタイアップは、

 現世はともかく、後世には塵一つの価値もない。

 タイアップ先となっているコンテンツとの相乗効果があるものだけが

 視聴者の記憶にインプットされ、懐メロカラオケ版権の金脈となるのだから。

 

 俺としては、密かに、「玄米法師のメロン」戦略と呼んでいる。

 あれこそ相乗効果の極みだ。

 

 「ただまぁ、言うは易く、行うは難し、だよ。

  そんなことができれば、誰も苦労はしないよね。」

 

 確かに。

 製作協力金を支払ったり、コンテンツ側に接待攻勢を掛けているのは、

 タイアップで利益を得るレコード会社側だ。

 圧倒的な放送局側の買い手市場状態であるタイアップを狙うために、

 宝の山の音楽出版権を放送局に譲り渡しているわけだから、

 「絵」を「ウリモノ」にすることなど、日常茶飯事だ。


 そして、石澤氏のような昭和の男は、この手のことに滅法強い。

 それが昭和のレコード会社の仕事だ。本来であれば。

 

 「君のは、ただの絵に描いた餅だよ。

  誰が、どうやってやるんだい?」

 

 俺は、笑ってしまった。

 そのために、俺がここにいるのだから。

 

 「貴方ですよ。」

 

 「え? お、おれかい?

  でも、俺、まだ25だぜ?」

 

 「プロデューサーがやらないんです。

  貴方以外、誰がいるんですか?」

  

 「で、でもなぁ…」

 

 分かる。俺もそうだった。

 勤め人が、責任を負いたいはずがない。

 このプロジェクトには、はっきりした餌がいる。

 そして、その餌を、俺はしっかり握ってしまっている。

 

 「発想を、真逆にするんです。」

 

 「まぎゃく?」

 

 「ええ。

  『いま』の今村由香には、それができてしまうんです。」

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