閑話2


 チャートを覚えるのは、無上の面白さがあった。


 数字のうねりで、売れている曲、これから売れていく曲が一目で分かる。

 貪るようにチャートを覚えていくと、40位以下の数字の動きから、

 次に「売れそうなもの」の雰囲気が見えるようになる。

 そして、その通りに売れていく。

 これは、と見つけた弱小レーベルのアーティストが

 50位台から20位台に入ってきた時に、なんとも言い表せない興奮があった。

 

 明確で、嘘がない売上チャートが何より好きだったけれど、

 R&Rのようなリクエストチャートには、売上の動きとは別に、

 ラジオDJがこの曲を推したい、そういう雰囲気も見えて来る。

 チャートの動きから、音楽の流れを想像するのが、楽しい。


 でも。

 

 「そんなもん何が楽しいの? バカみたい。」

 「よせよせ、弾けない奴らを虐めんな。」


 こいつらには分からない。

 ジャンル別チャートから、本体を食い破っていく動きが見えた時の興奮も、

 これは、と思った曲がアメリカで売れていない時の失望も、

 その曲がイギリスや北欧で10位以内に食い込んでいることを発見した時の

 叫びだしたくなるような衝動も。

 

 分からなくていい。

 誰にも分からなくたっていい。

 

 それが。

 

 「いよっ!」

 

 !


 「チャー君、元気?」


 近すぎる。まぶしすぎる。


 「ま、まぁ。」


 「そう! わたしも元気!」


 佐和田怜那ちゃん。

 ポプ研の、大切な、大切な仲間。


 「Billboard、83年7月のナンバー1はっ!」

 

 「Every Breath You Take、7/9~8/27、8週連続。」


 「おおー! Policeね!

  いやー、めちゃくちゃ売れたよねぇー。

  いい曲だったもんねぇー。

  ギターのイントロがすんごくよかったよねー。

  チャチャララチャラララ、ね?」


 「う、うん。」

 

 分かってるのに。無駄なのに。

 鼓動が激しい。光が柔らかい。いい匂いがする。


 「えー、どうでしょう、チャー先生的には、

  こー、これから何がHotな感じですか? えへへ」


 まぶしい笑顔のまま、すべすべの手をマイクのようにして口に寄せてくる。

 近い。すごく近い。


 「そ、それはですね…」

 「うんうんっ!」


 笑顔がまぶしい。かわいい。呼吸が止まる。


 「レナちー!」

 「はーい。なぁにー?」

 

 女子が話しかけても、席を立たないでいてくれる。

 ほんのちょっとだけ、特別感を感じてしまう。

 


 「智也君、戻ってきたよ?」


 

 あっ…!

 

 「そ、そう…? ありがとう。」


 息を呑む。雰囲気が変わってしまう。

 彼女のときめきが、息づかいが、切なさが、喜びが、

 全身からキラキラと溢れ出てしまっているから。


 恋をしてる女の子って、こんなに、綺麗なんだ。


 「じゃ、じゃあ、またねっ?」


 天使が、僕の目の前から離れていく。

 悔しいけれど、嫉妬すらさせてもらえない。

 あんな顔は、僕では、させられないから。

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