高校生編
第7話
まさか、井伏、雅也??
おかしい。
いや、たぶん本人だ。そうとしか考えられない。
彼に芸名を名乗る理由はない。それは分かっているが。
大プロデューサー、井伏雅也の名を知らぬ日本人は少ないだろう。
1990年代末に九州南部の小学生グループをプロデュースし、
一躍天下を取らせたロリコン(誉め言葉)だ。
実は、あまり知られていないが、
井伏雅也は、新鋭作曲家時代に、今村由香にも一曲だけ提供している。
アルバム曲に過ぎなかったが、あれこそ、シングルカットすれば
タイアップ先次第ではヒット曲になるパワーを秘めていたのに。
何がおかしいって、彼が、旧府立高校にいることだ。
彼は中学校時代から音楽に入れあげて成績が疎かになっていたし、
高校時代は自分でバンドを組んで精力的な売り込みをはじめていた頃のはずだ。
なんで、井伏雅也が、ここに、いる?
*
井伏雅也とすれ違ったのは、ただの偶然だった。
職員室に用事があった俺が、教師に難詰されている井伏雅也を目撃したのだ。
「正直言えば、君の活動を応援してやりたいんだが、
このままじゃ、どうにも出席日数が足らないんだよ。井伏君。」
なんだか安心するくらい同じことをしている。
井伏雅也は、少なくとも高校時代から本気で芸能界デビューを狙っている。
六本木のカフェでアルバイトをしてデモテープを売り込んでいたのは有名な話だ。
意外に思われるかもしれないが、
高校時代の井伏雅也は、それなりに精悍な顔立ちなのである。
後にだらしがない運動不足の腹を見せながら
サングラス姿で小学生達をねっとりと視姦していた男とは思えない。
じゃ、ない。
どうして彼がナンバースクールに来られたんだ?
これは、いわゆる、バタフライ・エフェクトというやつか?
今村由香が、「この高校」に、入ったから?
いや、それは時系列がおかしくないか?
……そうかどうかは分からない。ただ、この状況は、使えるのではないか?
*
「ね、ね、智也君、部活は、どうするの?」
もはや駄女神の作為しか感じないが、三年連続で同じクラスになった佐和田怜那が、天野春子に生気を吹き込んだ鮮やかなスマイルで俺に聞いてくる。
入学直後から、二人の童貞を天然なあざと仕草だけで撃沈させている姿には頭を抱えるしかない。無自覚ボディタッチが加われば、身の程知らずにも告白してくる輩が必ず出てくるだろう。
っと。
じぃーーと見あげてくる姿は、まるっきり毛並みの良い猫だ。
だめだ可愛い。細かい仕草がとにかくひたすら可愛い。動画チャンネル状態だ。
などとやっていると終わらない。俺はただの一ファン、それも隠れファンだ。
「そうだね……。」
正直、少しだけ悩ましい。
この当時は都立高校から推薦で一流私立大学に入る枠は少ないから、史実通りの大学に本当に押し込むのであれば、あまり内申点にこだわってもしょうがない。
となると、大学デビュー戦略のためには、帰宅部一択、という感じなのだが、誰もが知る私立の有名進学校ではなく、グループ選抜を利用しつつ旧府立高校を選んだのは理由がないわけではない。
実は、ここは某「教授」の出身高校である。そのせいもあり、軽音楽に関して、かなり詳しい部活や同好会が点在する。アーティスト系ミュージシャンの中で、ごく軽い同業者ネットワークを作っているくらいに。
プレイヤーにはなりえない俺は総本山たる軽音楽部には入りようがないが、そうでない同好会には入ることができる。その一つが、ポップス研究会(ポプ研)である。
井伏雅也の存在が明らかになった今、彼の所属サークルに近づくのは一手なのだ。プレイヤースキルも高い彼は、当然軽音楽部に入っていると思っていたが、中学時代末期の怜那のファンクラブ(……)のネットワークを使って探りを入れた結果、意外にも、ポプ研所属だと判明している。
井伏雅也と、今村由香。
史実を、少しだけ、早めてしまえる。
やはりこのカード、使わないで済ませる手はない。
そう告げると、佐和田怜那は、怪訝な顔を浮かべた。
「え……アイドル研究会?」
「違います。」
はたから見たら似たようなものである。
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