第5話 突撃! 新興迷宮へぼへぼバランスチェッカーズ

「えーっと、今日の現場はこの迷宮……「紅蓮業火の御山」ですねぇ」


「けーっけっけ。新任ダンジョンマスターにしては大層な名前を付けたものだね! いや、はったりが効いてて僕は好きだよ」


 フェルトラーの迷宮興業の応援期間を成功で終えたフンジャオ達は次なる業務のため、活火山をそのまま利用したという触れ込みの迷宮へとやってきていた。


 ダンジョンマスターが新任なのもあって、この迷宮はまだ活動も一般公開もされておらず、『岩鬼の大口』とは違って入り口付近に出店なども立ち並んではいない。


 冒険者が出入りする段階ではない迷宮に呼ばれたということは、今回のフンジャオの仕事は必然的に『客寄せ』ではない。


「いいかい、サホ君。今回は迷宮の難易度のバランスチェックのお仕事だ。ダンジョンマスターそれぞれが確保しているリソースにはもちろん差異がある。そうなれば迷宮の改築、モンスターの生産、宝物や罠の配置……様々な面でコストがかかるため、適正な運営をしなければ早晩赤字を出して役職没収……ヒラの魔族に逆戻りだ」


「お給料が減ってしまうのはかわいそうですねぇ」


「そうならないためにも最初期の迷宮運営が肝心要……僕たちの見極めがこの迷宮の今後を左右することを肝に銘じないといけないというわけさ」


「責任重大ですねぇ……!」


 上記のとおり改築、モンスターの生産、罠の配置など迷宮の運営は、迷宮の核たる『ダンジョンコア』に魔力で干渉することによって行うことができる。


 しかし、いくら人族よりも魔力の量や扱いに長けた種族である魔族とはいえども、個人で迷宮を管理運営するほどの魔力を持つ者などはそうはいない。


 よしんばその迷宮を運用するとして、そのころには最奥まで攻略を進めた冒険者を相手する余力などダンジョンマスターには残されてはいないだろう。


 それほどまでに迷宮とは管理運営に魔力が、維持費がかかる。


 では、この大迷宮時代と言われる昨今に、魔族たちはいかにして迷宮を管理運営しているのか?


 それこそがダンジョンポイントである。


 ダンジョンポイントは運営を任されたダンジョンマスターが最初期に魔王から賜る超常の力であり、魔力の代わりにダンジョンコアに注ぐエネルギーである。


 このダンジョンポイントは迷宮内に人族が滞在する場合、あるいはそこで人族が命を落とした場合に増加する特性があるため、迷宮へと人をたくさん呼び込めばその分だけポイントも収益が出るというわけだ。


 そしてダンジョンポイントは月々の収益額で迷宮ごとにランキング付けされる。


 一部例外を除いてプライドが高く、好戦的な傾向のある魔族にとってこのランキングは競争心と自尊心を煽る他、あまりにポイントが稼げなければ降格処置もある。


 ダンジョンマスターは勝ち続けなくてはいけないのだ。


「そのとおり。だが怯むことはないぞサホ君。なぁに、自分が冒険者で、この迷宮に今から挑むっていう意識を常に念頭に置いておけば問題はないよ」


「わ、わかりました。やってみましょう!」


「ちなみにこの迷宮は初心者から少しあか抜けたくらいの冒険者を主なターゲットとしているそうだ。クラスで言うと最低がFクラスだからEクラスが主でDクラスになる手前あたりかな」


「……えっと、ご存じのとおり私も戦闘能力はからきしです。フンジャオ様もいつもどおりへぼへぼですよね?」


「とくに今回の僕は戦闘スキル持ちじゃないね。気配感知と右手のひらに好きな味の飴を生み出すスキルくらいだね。はい、メロン味」


 フンジャオが今回の保有スキルの説明をし、サホに剥き出しの緑色の飴を差し出すとサホはなんの躊躇もなくそれを口に入れて転がした。


「ころころ……んむ、フンジャオ様ぁ。そんなFクラス冒険者にすら下手すれば劣るへぼちんコンビの私たちが迷宮のバランスチェックなんてできるんですかぁ?」


「魔物は魔族に干渉しない基本設定にしているらしいし、よしんば襲ってくるにしても今回の僕には気配感知があるから事前に遭遇戦は避けられるでしょ。罠と魔物の配置と迷宮の内装なんかを主にチェックする感じだし、いけるいける」


「まぁ、お金がもらえるなら何でもやりますけどね!」


「……サホ君のその金銭欲に対する強い姿勢は尊敬するけれども、同時に品性を身に着けてほしいのが主ごころかな。ま、いいや。いくぞサホ君! 必ず僕より前に出ちゃダメだよ。罠にかかっても僕なら死ぬだけで済むから」


「死ぬだけで済む……うーん、フンジャオ様ならではのセリフですねぇ」


「復活するからこそ迷宮の危険度を体当たりで測れるのさ」


 そんなことを言いながら二人は迷宮に入った。


「「暑い……!」」


 二人を早々に出迎えたのは熱気……気温にして30度ほどの暑い空気だった。


「フンジャオ様ぁ、もう早速外に出たいです」


「僕もさサホ君。活火山の迷宮をうたっているとはいえ、出だしからこの不快感はちょっといただけないな……レアなアイテムが奥にあるとか事前に情報を流しとかなきゃこの時点で帰る冒険者は絶対いるぞ」


「とくにまだ初心が抜けきっていない冒険者なんて自分にあまあまですしねぇ」


「そういうことだ。サホ君、メモしておいて」


「承知いたしました!」


「まぁ活火山迷宮というコンセプトを理解すればこの迷宮が高気温設定なのはまだ許容範囲ではあるのだけどね。でも僕が同じ冒険者の立場なら同じ難易度でもう少しマシな迷宮を探すだろう」


 迷宮探索は基本的に長丁場なので、四六時中汗をかく環境というのはそれだけで必要な物資が増えるので敬遠されるのだ。


 早速の改善点の発見にフンジャオは持参したメモ帳と筆記用具をサホに渡して改善資料の作成を言い渡す。


 書き終わるとまだ少しも進んでないのに額に浮かんできた汗を二人は同時に拭った。


「気を取り直して進もぅオァツッチャアァッ!!」


「ふ、フンジャオ様ー!!」


 フンジャオが一歩踏み出した瞬間に横壁から高温の蒸気が噴き出て、足元には炎の道が燃え盛った。


 トラップだった。


 入り口の最初の一本道でこの仕打ちは悪辣を通り越してもはや阿呆の所業だった。


 ダンジョンマスターは人が来てくれなければ早晩降格だというのにこの悪意の応酬が知れれば瞬く間に人は寄り付かなくなるだろう。


「け、けー……けーっけっけ。この迷宮の主の趣味かな? 活火山を活かしたいという意気込みは嫌というほど伝わってきたけど、趣味と仕事の線引きについては少し言葉を尽くす必要があるとは思わないかい、サホ君」


 耐熱仕様ではなかったため、もちろん死んだフンジャオが復活して再度入り口から入りなおしてきた。


「災難でしたね……」


 言いながら先ほど死んだフンジャオの塵の中から今回のドロップアイテムをサホは回収した。


 幸運にも暑いダンジョンにおあつらえ向きの美味しい水が際限なく出るピッチャーだった。 


「まぁ、本来迷宮の中なんてのは一つの油断も許されない場所ではあるんだがね。興行化した現代ではそのありようも変わってきている……その辺の話もしなくちゃいけないんだけど、その当人は迷宮の最奥だ。参ったね」


「ゆ、油断せずに行くしかないですね……」


 一度発動したトラップは再び魔力を注ぐか、再始動までのクールタイムが終わらない限り作動しないので、さっきまで広がっていた炎が嘘のように消えた床を二人は前後に並んで進んだ。


 近々稼働予定の『紅蓮業火の御山』は進めば進むほど改善点が見られた。

 

「うおぎゃああ!」


「フンジャオ様ぁー!」


 曲がり角を曲がったら絶対ぶつかる位置に配置された魔物。


 フンジャオは襲われはしなかったものの、衝撃で弾かれて死亡。


 気配察知スキルは炎の床で死んで、復活した際に失っていた。


「お、宝箱だ。中身は……っふぅン」


「フンジャオ様ぁー!!」


 用意できたのは『箱』までで肝心の宝を用意できなかったもことを謝罪する文面が入れられていた宝箱。


 フンジャオは期待を裏切られたショックで死んだ。


 今度のフンジャオはメンタルが弱い個体だった。


 『紅蓮業火の御山』はこのように迷宮に入った人を『もっと進もう』『また来よう』という気に微塵もさせない意地悪なギミックが満載されていた。


 唯一褒められる点と言えば、活火山という舞台をなるべく活かそうという努力が垣間見えることか……しかしそれも努力の方向性か何かが間違っているというのがフンジャオとサホの結論だった。


 先へ進むたびにフンジャオが死んで、その跡からドロップアイテムをサホが回収して改善案をメモにつけるという奇妙なサイクルを繰り返し続ける。


「ぜーっぜーっ。やっと着いたか……」


「はーっはーっ。やり遂げましたね……」


 そして、幾ばくかのフンジャオの屍を乗り越えてついに二人は迷宮の最奥へとたどり着いた。


「やーやー、お待ちしておりましたよフンジャオ様! 我が珠玉の迷宮、堪能いただけましたかな!? かなりの自信作でしたもので、本当はバランスチェックなど必要ないと思っていたのですが何人もの部下に勧められた次第でしてね? まぁ問題などなかったでしょうが!」


 この迷宮の支配者たるルカノンは陽気で自信ありげな様子で二人を迎え入れた。


 どうやらかなりお喋りさんらしく、フンジャオが言葉をはさむ余地もなく早口でまくしたてる様子だった。


 それ以前に今の二人に喋る余力がないともいえる。


「おや、おや? お疲れの様子ですねお二人とも。あ、さてはお楽しみ疲れというやつですな? いやー参った参った。そこまで楽しまれるとはダンジョンマスター冥利に尽きますな! ではではこちらの魔法陣にお乗りください。即座にスタート地点へとお二人を送り出し、楽しい楽しい二度目の迷宮探訪をお楽しみぶぉっふぉう!?」


 喋りが止まらないルカノンの顔面に、業を煮やしたフンジャオとサホが同時に拳を叩き込んだ。


 フンジャオは拳が砕け折れて死んだ。

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魔王軍最弱の四天王~いとも簡単に死ぬ超最弱魔族の常敗万死録~ トクシマ・ザ・スダーチ @tennpurehaidaidatta

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