第4話 ご飯は美味しいうちにアッチアチで!

 迷宮内部のコントロールルーム。


 そこは迷宮の構造、罠、モンスターの配置などを行う迷宮の心臓部ともいえる部屋。


 そんな部屋には当たり前のように復活したフンジャオとサホ、そしてこの迷宮『岩鬼の大口』の支配者たるフェルトラーが机とすっかり冷めた店屋物を囲んでいた。


「あんたがフンジャオ様か。爺様には話を聞いていたが、本当に子供みたいな姿で案の定弱いんだな」


 フェルトラーは揚げ物を好んで口に入れるフンジャオの姿を見て物珍しい動物を眺めるような顔をしていた。


 フェルトラーは先日祖父から迷宮を受け継いだ二世ダンジョンマスターだ。


 実力に応じて迷宮の管理を任せるというのが魔王の方針だが、実力さえ伴えばこうしてフェルトラーのように迷宮の支配権の譲渡も認められている。


 フェルトラーは魔族の中でも年若い方で額に立派な一本角が生えている。


 人族の基準からすれば青年になりたての様相そのもの……だが、それでも迷宮の支配者となりうる素質と実力がこの若さですでに備わっているということでもある。


「ついでに気さくで一緒にいると楽しいフンジャオ様さ。フェルトラー君、この度はフンジャオ迷宮出張サービスのご利用まことにありがとうございます!」


「……四天王に頭下げられちまった。他の四天王もこんな感じ……なわけないよな」


「けーっけっけ。四天王で侮るのは僕だけにしとくんだな。僕はいいけど他の四天王は割と容赦ないよマジで」


「忠告痛み入るが、あんたはそのポジションでいいのか……?」


 実力主義の側面が色濃い魔族社会においてそのトップ層に位置する四天王のフンジャオの態度にフェルトラーは魔王軍の人事部が心配になるのだった。


「あ、フンジャオ様。さっきの連中が『迷宮の悪夢』に追われてますよ。いい気味ですねぇ」


「こらこらサホ君。人の不幸を笑うもんじゃないよ。もっとこう、迷宮を楽しんでくれているなぁ、って目線を養わないとね」


 囲んだテーブルの中心には映像水晶と呼ばれるアイテムが設置されており、そこから投影される映像には先ほどフンジャオを倒した冒険者たちが帰り道に運悪く『迷宮の悪夢』に遭遇して苦戦を強いられていた。


 『迷宮の悪夢』とは中級以上の各迷宮に一体だけ出没するレアエネミーと呼ばれる個体で、他の魔物よりも数段上の性能を持っており、迷宮の難易度とクラスが釣りあった冒険者が遭遇すれば死を覚悟しなければならない魔物であった。


 『岩鬼の大口』に出没する『悪夢』は魔法を無効化する上に剣術が達人級かつ、全身が固い大岩を纏うゴーレムだった。


 冒険者たちは数度の攻勢で彼我の実力差を悟り、正面戦闘をあきらめて逃げに徹しようとするがゴーレムはそれを易々とは許さない。


「まぁ、おかげさまでフンジャオ様目当てで迷宮に出入りする冒険者、冒険の前に屋台を利用する者も現時点ですでに増え始めている。これで俺の迷宮運営は軌道に乗るだろう。引き続き頼めるだろうか?」


「けーっけっけ、構わないさフェルトラー。君の祖父のローシェンとはおしめの世話までしてやった間柄だ。堅苦しいことはなしにしようよもぐもぐ」


「ぱくぱく……いやいやフンジャオ様、お食事中にそんなお下品なこと……っていうかフンジャオ様それ冗談じゃないなら今何歳なんですか?」


「気になるかい? 当ててみるといい。当たったら給料上げてあげるよ」


「紙とペン貸してください! 私、金勘定と他人の年齢計算には自信があるんですよぅ!」


「……テンション高ぇ」


 二人の漫才みたいなやり取りをフェルトラーは微妙な面持ちで眺めていた。


 ダンジョンマスターとして毅然とした態度を心がけようとは思っているが、楽しそうな二人の関係も少しうらやましく見えるのだった。


 そんな和気あいあいの雰囲気とは打って変わって水晶が映す映像はマルドンがゴーレムに両腕を斬り落とされて戦線が崩壊するという阿鼻叫喚の様子を映し出していた。


「あ、詰んだ。タンク役が倒れたら脆いよー、ってあらら。マルドンを囮にそのまま一目散に逃走かぁ」


「人族も容赦ないですねぇ。情がないというか」


「連中は急造パーティなんだろう? むしろよく戦った方だと思うが……仕事柄冒険者の戦いぶりはよく見るが、急造の場合は大抵『悪夢』と遭遇すれば連携も何もなく後退して一番遅かった者が相手している間に他が逃げるなんてザラだぜ」


 三人が実況している間にマルドンはやられてしまった。


 両腕がなかったので最後は蹴りを放っていたが、やがて全身なます切りにされてしまった。


 仲間を逃がすためだとすれば立派に貢献したと言えるだろう。


 その間に急造パーティの生き残り三名は、フンジャオ目当てで迷宮に入った別パーティと合流を果たし、交渉の後迷宮から生還した。


「フンジャオ様効果で迷宮の人口密度が高まっていたせいで生還されてしまいましたねぇ」

 

「いいじゃないか。適性難易度で、不運に遭遇しつつもしっかりとフンジャオを討伐してレアな装備品を手に入れた。実際の物品も持ち帰ったんだから説得力は十分……けけけ。噂の信憑性は増し、この『不滅』のフンジャオ様目当てでしばらくこの迷宮はごった返すことになるよ!」


 フンジャオは大笑呵々といった様子で快活に笑った。

 

 そして軽やかな動きでフェルトラーにすすす、とすり寄って上目遣いになる。


「それでだね、今回の出張サービスの件なのだけれど……報酬は如何ほど頂けるのかなー、なんて」


 その様子を見たサホもすかさずフェルトラーに接近し、その手を取って、両手で包み込んで同じように上目遣いになる。


「お願いしますフェルトラー様ぁ……報酬、弾んでくれたら私にも臨時報酬が入るんです」


「こんな明け透けな報酬のつり上げも珍しい……その、プライドとかないのか?」


「プライドじゃお腹は膨れないんですよぅ! これだから有権魔族のご子息は! 下々民が石をひっくり返してそこで寝ぼけてるダンゴムシを炒って食べてる生活なんて想像したこともないんでしょうねぇ!!」


「落ち着くんだサホ君! すまない、フェルトラー君。彼女、お金と食事と貧富の差の話になると興奮しちゃうタイプの生い立ちなんだ」


「そ、そうか。悪いことをしたな」


 目を血走らせるサホの様子にフェルトラーは己の生まれた家に感謝し、同時にこの先どんなに落ちぶれようとも目の前の秘書官のように心まで貧しくならぬよう己を律することを決めた。


「フェルトラー君、すまないついでに店屋物でもいいから何か美味しそうなものを持ってきてくれないかな? サホ君もお腹が膨れればきっと落ち着くと思うんだ」


「さっきまでフンジャオ様と一緒になって揚げ物を摘まんでいたような……まぁいいか、すぐに手配させよう」


 フェルトラーは内心で「なんだこの主従……」とか思っていたが、努めておくびにも出さず部下に命じて食事を持ってこさせた。


 外の店屋物を一通りと、フェルトラーが普段食しているディナーが出てくると、サホはぱぁっと顔を輝かせた後にフェルトラーの顔を見て一つ大きな舌打ちをした。


「いいですねボンボンは! これだけの料理を片手をひょいってしたら用意してもらえるんですから! あーいいなぁ、いい生活してますねぇ!」


「……何しても怒るじゃないかフンジャオ様」


「まぁ、そこがサホ君のいいところなのさ……今は理解できないだろうがね」


「一生理解したくないが……」


 とりあえずフェルトラーは心のメモ帳にサホの名は要注意人物のリストに記しておくことにした。


「さぁほら、サホ君! 美味しそうな料理がわんさか出てきたよぉ? 君が要らないなら僕が全部頂いてしまうが構わないかね?」


「ふ、ふんだ! フンジャオ様の胃袋にこれだけ全部入るもんですか。さっきまでいっしょに摘まんでたんだからそんなに入らないでしょ!」


「うん、だからちょっとお行儀悪いけど一口ずつ頂いちゃうつもりさ」


「他人が口付けたくらいじゃ私は怯みませんよぅ! 土を炒って食べてた時期があるんです、あまりナメないでくださいね!」


「たくましい秘書官だ……! でもマナーについてはそのうち再教育するから覚悟してもらうよ。っていうか君炒め料理好きね?」


「水を使わずに済みますからね! 我が家は煮込み料理とか贅沢品ですよぅ!」


 サホがあまりにも筋金入りのド貧乏っぷりにフェルトラーはさらに引いた。


 魔族の美意識的にサホはかなり美しい部類に入るのでその衝撃は結構強かった。


「まぁまぁそう言わずに、サホ君。ほら、アッチアチのソーセージだよ。お、フォークを指した瞬間の皮のこのパリッと感と同時に広がる香ばしい香り! 美味しそう!」


 なんとかフンジャオはサホのご機嫌を取ろうと次の作戦に入った。


 難癖をつけ続けてはいるがサホの食指が動いているのは紛れもない事実で、食事をすることも確定している。


 となれば、フンジャオとしてはさっさと腹を満たしてご機嫌になってほしいというのが素直な気持ちだった。


「むむむ……食レポとは味な真似をしますねフンジャオ様!」


「そしてそしてぇ、このおいしそうなソーセージを……こちらのトロットロのチーズにドボン!」


「ああっ!? ソーセージがカロリーの波に飲まれて……!?」


「けーっけっけ! 素晴らしいチーズフォンデュの出来上がりというわけさ。最後にこれを豪快にかぶりつく!!」


「あああっ!?」


 フンジャオがおもむろにチーズを纏ったソーセージにかぶりついた。


 パキッというソーセージの皮のはじける音にサホは身もだえした。


「ウォアッチャァッ!?」


 ついでにフンジャオも口内に広がる限度を超えた熱量に身もだえして体のバランスを崩し、倒れた拍子に側頭部を打って死亡した。


 保温スキルを持っていたのは復活前のフンジャオで、今回のフンジャオは食レポスキル持ちのフンジャオだったのだ。


 ちなみに倒れようが倒れまいが口内の火傷の痛みでそのうちショック死するはずだったので死の結果は変わらなかった。


「ああーっフンジャオ様ぁ!! 困ります、困ります! ここで塵になられたらせっかくのお料理が台無しになっちゃうじゃないですかぁ!?」


 サホは塵と化す主を片端から取り出した携帯お掃除セットで掃きこみ、なんとか粉塵被害を抑えようと躍起になっていた。


「……他人の迷宮で何やってんだこいつら」


 フンジャオの出張サービスをこのまま受け続けるかどうか大いに悩むフェルトラーだった。


「ごちそうさまでした! いいもの食べてますねぇ、フェルトラー様。シェフにおいしかったって伝えておいてください」


 残されたお料理はちょっぴりフンジャオが混入したが、すべて綺麗にサホがぺろりと平らげてしまった。


「……伝えておこう」


 フェルトラーはいつもよりも疲れた様子でサホにそう言うと、律儀に言伝のために厨房へと姿を消した。


「お爺様、ほんとにあいつら四天王とその秘書官なんですよね……?」


 厨房への道すがら、誰に問うでもなくフェルトラーはそうつぶやくのだった。

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