第5話「解決……?」
めいじ館の廊下を走り抜け、主君の部屋の前にたどり着く。
足を止めて、息を整える。
整えながら、主君との思い出、主君への思いを浮かべ、何を伝えるか、何を伝えたいかを再確認する。
「……よし。主君、入るぞ。」
心を鎮め、意を決して障子を開ける。
「ん、大倶利伽羅、来たか。入って楽にしててくれ。」
主君はあぐらをかいて座り、先程まで使っていた刀を見ていた。
言われた通り俺は部屋に入り、障子を閉める。
「いやぁ、出会った頃から比べれば本当に強くなったな。これ、研ぎ直すかなんかしないと、この刃こぼれはどうにもならんぞ。」
そう言って主君は、まるでさっきまでの雰囲気を感じさせないかのように、嬉しそうに、笑みを見せる。
それは紛れもなく、いつも見ている主君の笑顔。
だけど、そのいつもの笑顔の裏に隠れたものが見え隠れして、なんだか胸が苦しく感じた。
「それで、どうしたんだ?もしかして、和泉もう煙草買いに行ってくれたのか?」
「あ、えっと、和泉は今向かっているはずだぞ。これを煙草の代わりに渡しておいてくれと言われてきた。」
「ん?こりゃ飴か?あ~、いやまあ、夕餉までは気が紛れるかねぇ。ありがとよ、大倶利伽羅。えっと、要件はそれだけか?」
「い、いや、違うんだ、主君。えっと……。」
「……もしかして、さっきの話気にしてんのか?」
主君は飴を懐に入れながら、そう言って正面に座った俺の表情を見て、しっかりとこちらに体を向き直し、気まずそうに呟く。
「あ~、ったく、お前はいつも心配しすぎなんだよ。俺は大丈夫だ、それくらいはよく知ってるだろ。」
そう言って俺に笑いかけると、頭を撫でようとしてくる。
「や、やめてくれ。いつも言っているだろう、子供扱いするなぁ!」
「へへ、すまんすまん。」
意地悪そうな笑みを浮かべながら、俺の頭を二、三度ポンポンしたあと、手を引っ込める主君。
まったく、主君は事あるごとに俺の頭を撫でようとしてくる……。
「俺だって巫剣なんだ、主君より長く生きている!俺のほうが大人なんだぞ!!」
「ほほう、つい最近まで外にも出れなかった大倶利伽羅が大人ねぇ…。」
そう言って主君は俺を見つめる。
だけど、その目線は俺の顔ではなく、別の部分……具体的に言うと顔より下を見ているようだ。
「………?……っ!う、うぅぅぅ……っ!どこを見て言っているんだ、主君!!そ、それとこれとは関係ない!!俺だって大人なんだ!!確かにこんなんだけど、心は広いつもりだぞ!!!」
「ははは、悪かったって。わかったわかった。お前は大人だ。」
そう言って主君はまた俺の頭に向かって手を伸ばしてくる。
「撫でるなぁ!」
そう言って俺はその場を立ち上がり、主君の手を避ける。
「おいおい、まったく……。さっきもそうだが、今日はどうした?やけにつんけんしてるな。何かあったのか?」
「………。」
その言葉に、今日俺たちがやってきたことを思い出して、落ち着きを取り戻し、座り直す。
そして、俺がやるべきことを思い出し、意を決して口に出す。
「なあ、主君。煙草をやめるつもりはないのか?」
主君は一瞬、神妙な面持ちをするが、また茶化すように意地悪な笑みを作って答える。
「無い。へへへ、悪いな。それも前に言っただろう、俺は煙がねぇと死ぬって。」
主君はそう笑う。
だけど、俺は臆さず事実を突きつける。
「茶化さないでくれ……。昨日の夜、任務のあとに小烏丸が、これを見せてきたんだ。」
俺は首巻きの中から昨日受け取った紙を取り出し、主君に渡す。
「ん?」
主君は受け取ると紙を広げ、中にある文字に目を通す。
「……小烏丸のやつ、別にうちのめいじ館にいるわけでもねぇのに余計なこと調べやがって……。というか、これどういう経緯で手に入れやがったんだよ、あいつ。」
「御華見衆直属の指令だ。このことを理解して、めいじ館にいる全員が協力してくれている。」
「直属ってことは、小烏丸だけじゃねぇな……七星剣か、それとも副指令か……まったく、本当に余計なおせっかい焼きやがって。」
主君は紙を床に置き、吸っていた煙草を火鉢に入れ、うつむきながら新しい煙草をくわえる。
「主君、煙草をやめてくれ。」
「断る。」
俺の言葉に対して、即座に言葉を返し、懐から取り出したマッチで火を付ける。
口からため息とともに煙を吐き出し、改めて俺の顔を見つめ返す。
「大体なぁ、もともと巫剣と比べれば俺たち人間は短命だ。お前らの時間間隔で比べれば俺の人生なんて一瞬だし、俺がお前らより長生きすることは普通ありえない。病にかかろうが、老いで死のうが、そこは関係ないだろう。」
主君は立ち上がりながら、言葉を続ける。
「その紙に書いてある内容も、あくまで確率の話であって、必ずそうなるっていう話でもない。即座に俺の体に影響が出るわけでもない。さっきも言ったが、心配し過ぎなんだよ。な?」
「…………。」
そう言ってまた俺の頭を撫でてくる。
……主君の手は、温かい。
ずっとそうしていたいと思える程に。
……だけど、
「………っ!!」
だからこそ!!
俺は主君の手を払い除け、立ち上がる。
「俺は主君と、ずっと生きていたい!!」
ずっとそうしていたい。
そう思うからこそ、止めなきゃ駄目なんだ。
だからこそ、今は甘えるわけには、いかないんだ。
まっすぐ主君を見据え、言いたいことを言う。
「俺は主君や和泉のように、大きな戦を体験したことがない……。だから、そこに残された者の気持ちを深く理解することはできない。」
俺じゃその気持ちは理解できない。
同情はできても、その先の言葉を伝えることはできない。
和泉のように賢くもない俺には、難しい言葉を伝えることはできない。
だから俺は、俺にできる、俺が言える言葉をありのまま伝える。
「だけど、そんなこと俺には関係ないんだ。俺は今を見てほしい!俺と一緒にいる今を見てほしい!!」
身勝手な自分の心を、ありのままの俺を、主君にぶつける。
「俺は、主君と一緒に生きていたいんだ!!もう、独りは嫌なんだ!!もう、もう、離れるのは嫌なんだ!!少しでも長く一緒に生きていてほしいんだ!!」
俺の思いの丈を叫ぶ。
「理由なんてどうでもいいんだ!俺は、主君に生きていてほしいんだ!!俺とともに、竜になってほしいんだ!!」
「…………。」
「俺は、もっともっと強くなってみせる!主君のそばからいなくならないように!主君を、みんなを守れるように!!竜になってみせる!!!」
主君はなにかを考えているのか、俺に払いのけられた手を、手の平を眺めていた。
俺にはそれが、今この場にいる俺とは違う、別の誰かを考えているように思えた。
それが、たまらなく寂しかった。
悔しかった。
「だから!!……だから、主君も、そんな悲しいこと、考えないでくれ……。俺は、俺は……主君ともっと一緒にいたい……。」
不思議と、涙が溢れてきた。
俺は、嫉妬してるんだ。
主君と似た道を歩んできた和泉にも、主君と共に歩んでいた、主君の仲間たちにも。
こんなの、ただの俺は我儘だ、こんなんじゃ竜になれない。
わかってる、わかってるけど、そう思ってしまうんだ。
「俺は、俺は……う、ううぅ……ぐすん……うぅ……」
「……まったく、本当に今日はどうしたんだよ。大倶利伽羅。」
言葉とともに、眺めていた手を握りしめる。
「………っ。」
怒られると思った。
だけど、違った。
「随分、俺を驚かせてくれるじゃねぇか。急に大人ぶりやがって。泣くんじゃねぇ。お前は俺の竜だろう。」
「……ふぇ……?」
「違うのか?」
主君は、普段は見せぬ穏やかな笑みを向け、また俺の頭に手を乗せる。
「ん……お、怒らないのか……?」
「お前は、お前の意思を言葉にして伝えた。それに対して俺は、褒めることはあれど、何故怒る必要があるんだ。」
「で、でも……。」
「まあ、確かにそれで納得しろってのはってのは、無理だわな。お前の意思は最もだが、俺にだって意思が、意地がある。」
涙目になっている俺を優しく撫でながら、主君は自らの思いを伝え返す。
「…………。」
「……だけどまあ、約束はできるかもな。」
「……?約束……?」
「ああ、約束だ。お前が自分で言葉にした通りに強くなるなら、竜になるのなら、俺が煙草を吸う理由の一つはなくなる。」
そう言って、俺に乗せていた手を口元に持っていき、くわえていた煙草を指で挟む。
「だから、まあ、なんだ、もしそうなったのなら、やめるきっかけにはなるかもな……ってな。約束ってのは、それを見届けるまで死なないこと。つまり、えっと、あれだ、死ぬ気はねぇって、そう言いたいんだよ、俺は。」
「で、でも、煙草は体に悪いって……。手合わせしてるときだって、主君、息切らしてたし……。」
「?いや、そりゃ当たり前だ。いま夏だぞ。この炎天下の中、あんだけ激しい運動して息切らさねぇほうがむしろ心配だわ。」
「で、でも!でも……体に悪いことは変わりないぞ?俺は……俺は、主君にもっと自分を大事にしてほしい……。」
「だったら、早く強くなってみせろ。と言っても、焦らなくていい。さっき短命とは言ったがな、それでも俺からすりゃ、まだ先は長い。最近のお前の成長を見てりゃ、意外とすぐの話さ。」
主君は手に持っていた煙草を、火鉢に投げ捨て、懐から先程の飴を取り出し、口にくわえる。
気がつくと主君は、いつもの意地悪そうな顔に戻っていた。
「俺に煙草やめさせるなら、それくらいはやってもらわねぇとな。俺は今も昔も、タダ働きはしない主義なんだ。」
そう言って笑う。
「………っ!……うん!俺、頑張るぞ!主君がもう、怖がらなくてもいいように!俺は、竜を目指すぞ!だから、だから主君も!」
「何度も言わなくても、わかってるっての。竜は雌雄で一匹なんだろ?俺も、竜を目指すお前を、支えられるようには頑張るさ。」
「約束だ!俺は必ず竜になってみせる!だからそのときまで……いや、そのあとも、よろしく頼むぞ!主君!」
「あいよ、これからも頼むぜ、大倶利伽羅。」
俺たちは互いに手を取り合う。
言葉にしたことを、形にするように。
「さて、そろそろ夕餉の時間だ。まかない作りに行こうぜ。」
そう言って主君は障子を開けて廊下に出る。
当然、俺もその後を追う。
「おう!主君は今晩なにか食べたいものはあるか?」
「そうさなぁ……今日は暑かったし、素麺とかどうだ?」
「たまにはそういうのも良いな!だが、俺としては今日のお詫びも兼ねて、俺が作れるものを馳走したい!」
「お、そうか。なら、大倶利伽羅に任せるさね。お前の飯はうまいからな。ところで、詫びって?」
「ん?!あ、えっと、そ、それはだな……ん?あれは……。」
「お、和泉じゃねぇか。どうした、そんな廊下のど真ん中で突っ立って?」
「我が君、言われた通り、煙草を買ってきたぞ。」
「お前がか?またお前も珍しいな。」
「いやなに、大倶利伽羅と約束したからな。その様子だと、無事に約束は果たせたらしい。」
「なんだぁ?お前ら、俺に隠れてなんの約束してたんだ?」
「い、いや、果たせたと言っても……」
長かった一日が終わり、また明日がやってくる。
俺も、一日も早く竜になるため、鍛錬を欠かさず、日々を生きていこうと思う。
そういって積み重ねていくものが、日常となり、人生となるんだろう。
俺は必ず、主君と共に竜になるんだ!!
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