第3話「問題」

「はぁっ!!」

「せぇい!!」

 鉄と鉄がぶつかる音があたりに響く。


 俺たちはあのあと、中庭の方に移動して、素振りなどを終えて体を温めたあと、手合わせをやっていた。

 といっても、剣の腕なら巫剣である俺のほうが強いのは当たり前だからな、主君の特訓のようなものだ。

「おお!主君の太刀筋もだいぶ良くなってきたな!」

「その割には随分余裕そうだな、まったく。」

「…………。」

 確かに、以前の手合わせに比べると、主君は強くなったと思う……だけど、今の主君は苦しそうに肩で息をしている。


「……主君、もう疲れてきたのか?まだ始めて半刻も経っていないぞ?」

「そんな心配そうな顔すんな、大倶利伽羅。というか、足元がお留守だ、ぞ!」

「!!」

 そう言いながら主君は、一瞬で姿勢を低く落として、俺の足めがけて蹴りを入れてくる。

 俺はそれを飛んで躱し、続け様に真向まっこうから刀を振り落とす。

「主君こそ、上が空いているぞっ!でえぇぇい!」

「ぐっ!?」


 ガキィンッと、今までで一番大きな金属音が響き渡った。

「っ!!」

 刀を受け止めた瞬間、主君は体勢が崩れている状態では、俺との力勝負に勝てないと判断したのか、一瞬遅れて刃を滑らせ、受け流しながら、後ろに下がる。

「とっ、とっ、とっ!」


 うむ、その判断速度、そして即座に重心を移動させて体勢を直す体捌き、本当に、人の身でありながら、流石は主君だ。

 だが、この俺がその隙、見逃すはずがない!この勝負、貰ったぞ!!


 受け流されて崩れた体勢を即座に立て直し、もしものときのために刀を峰に持ち替える。

 そのまま俺は、渾身の力を込めて地面を蹴り、主君が作った間合いを縮める。

 俺と主君の間にあった空白は一瞬で潰れ、決着になるであろう最後の一手を放つために、刀を構え直す。


 主君は驚きこそしなかったが、少し嫌な顔をしたのが見えた。

 俺はそれを確認し、勝利を確信する。そのまま意気揚々と、体めがけて横薙ぎの斬撃を放った。

「でぃやあああああっっっ!!!」



「っっ!?大倶利伽羅、待った!すまんっっっ!!!」



「っ!!うわっ!!?」

 突如、主君は慌てた様子でそう言うと、自身の足元の土を蹴り上げた。


 主君の待ったの言葉に動きを止めた俺は、蹴り上げられた土を避けられず、瞬間的に目を瞑ってしまう。その間に、主君は俺との距離を空ける。

 俺はわけが分からず、目をこすりながら、主君に事の理由を問い詰める。

「な、何をするんだ!」

「す、すまん、えっと、目、大丈夫か?」

「俺は無事だ!そうじゃなくて、なんで途中で止めたんだと言っているんだ!何も急に待ったをかけずとも、俺なら主君に当たる手前で刀を止める事はできる!それくらい主君もわかっているだろう!?負けそうになったからといって、勝負の最中に待ったなんて!!見損なったぞ!!」

「あ、いや……本当にすまない……。えっと、そういう意図で待ったをかけたんじゃねぇよ、ほれ。」

 主君は自分の手に持っていた刀を見せてくる。


「刃こぼれだ。」


「え?……あ……。」

 主君の言葉の通り、その刃には深く目立った刃こぼれがあった。


「多分、さっき大倶利伽羅の刀を受け止めたときだ。この勝負、お前の言う通り、俺の負けだよ。刀試合だけでなく、巫剣使いとしてでもな。」

 そう言って主君は、居心地の悪そうに頭をかく仕草をする。

「まあ、と言ってもお前からすれば、かなり良いところで、水を刺されたことには変わらんしな。それについては素直に謝るさね。本当にすまん……いけると思っていたんだが、俺もまだまだな証拠だな……。」

「い、いや!う、うん……俺の方こそ、すまん……。刀のこともそうだが、少し熱くなりすぎた……ごめん……。」

「ははは、いやなに。お前が言っている言葉に間違いはないさね。実際、試合中に待ったかけるのは無粋だしな。」

 そう言って主君は申し訳無さそうに笑いながら、刀を鞘に収める。


 いや、主君が謝ることじゃない。ほんとは俺が謝らなきゃ駄目なんだ。

 一日中追いかけておきながら、主君の呼びかけを無視したり、こうやって主君にいらぬ心労をかけてしまった。

 それどころか、見損なったなんて口にして……俺は何をやっているんだ。

「……主君、俺は、俺は……。」


「……それよりもだ。さっきの、宙に浮いた状態からの一撃目に続き、二撃目の踏み込み。まさに二撃必殺だったな。本当に見事だったぞ。流石は大倶利伽羅だ。」

「え……?あ、い、いや!そんなことはないぞ!それに、それを言うなら主君もだ。体捌きもそうだが、あの瞬間に目潰しとは俺も驚いたぞ。」

「あ~、いやまあ、随分昔からの、俺なりの戦い方ってやつさ。言ってしまえば足癖が悪いってだけだし、別に褒められたもんじゃない。だがまあ、大倶利伽羅からそう言ってもらえるのは素直に嬉しいな。へへ。」

 そう言って俺に、はにかんだ笑みを見せながらいつの間にか手に持っていた箱から煙草を口にくわえる。


 俺はここで、ようやくさっきまで罪悪感を感じていた行動の意味を、今日一日やっていたことの理由を、小烏丸が見せてくれた紙の内容を思い出した。

「あ……。」

 止めるべきなんだ、そう思った。

 だけど、いきなり言い出すのは、変だと思うし、何より和泉の言っていた言葉を思い出した。

 だから俺は、普段思っていた疑問を聞くことにした。

 そこに、答えがある気がして。


 意を決して、その疑問を口にする。

「あ、あのさ……えっと、主君はいつも煙草を吸っているよな。」

「ん?おう、そうだな。どうしたんだ?藪から棒に。もしかして、煙が嫌だったか?」

 唐突な俺の問いに、主君は少し驚いた表情をして動きを止めた。

「い、いや、違うぞ!前の主も、よく煙管を吸っていたからな、煙には慣れている。だから、そういう意味じゃなくて、えっと……そ、その、前の主と比べても、主君はよく煙草を吸っているからな。だから……なにか、理由でもあるのかなぁって思って……少し、気になってしまったんだ。」

「……そりゃ吸いたいからに決まってんだろ。随分昔から吸ってるしなぁ、もうここまでくりゃ癖だな、癖。」

 少しの間のあと、そう言って主君は笑った。


 ……俺は、違うって思った。


 主君は確かに、我の強い男だ。

 好き嫌いがはっきりしてるし、自分の好みは誰になんと言われようとも、そう簡単には曲げない。

 だけど、その行動にはいつも理由があるし、ただ好きだから、で片付けるような性格じゃないと思う。

 そんな主君が俺も好きだし、これからも共に生きていきたい。

 だからこそ、理由が知りたい。

 主君のことが知りたい。

 間違っても、そんな薄っぺらな答えで満足したくない。

 俺は、そう思った。


「……主君。正直に答えてくれ。お願いだ。」

「?」

 主君は再び火をつけようとしていた手を止めた。

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべたが、俺の顔を見ると察したのか、少し考えたあとに大きな溜息をついた。

「……はぁ~。まったく、今日はどうしたんだ?稽古で熱くなったことにしてもそうだが、なんつうか、やけに食って掛かるな。」

「主君と出会って、もう長い。俺にだって、煙に巻こうとしてるくらいはわかる……。」

「あ~……まあ、そういやそうか。確かに、こんだけ長くいんのに、話したことはなかったなぁ。」

 そう言って、主君はマッチで煙草に火を付け、煙を口に含む。

「……ふ。」

 口の中から煙を吐き出したあと、煙草の先から紫煙が立ち上る。

 それを主君はなんだか、懐かしむような、そしてどこか寂しそうな目で眺めていた。


「そうさなぁ……俺が、大陸の戦争に参加してたってのは、随分前に話したよな?」

「あ、ああ……。」

「兵士にゃ煙草を吸うやつが多くてなぁ……俺もそんときから吸ってたし、俺の同期のやつらも当然のように煙草吸ってた。ま、戦場じゃ苛つくことが多いし、何よりそれくらいしか娯楽がなかった。」

 主君は、上っていく煙を目で追いながら、空を見上げて、まるで目の前にいる俺にではなく、どこかにいる別の誰かに呟くように言っている。

「ただ、それ以上に、娯楽とおんなじように足んねぇもんがあった。……わかるか?」

 突然、こちらに顔を向けて主君は聞いてきた。


 突然の問いに対して俺は少し驚き、戸惑いながら考えて、

「え?あ、えっと……しょ、食料か?」

 と、真面目に答えた。

 俺も昔、前の主とともに戦場を歩いていたからわかる。

 みんな、苦しそうに飢えながら戦っていた、その光景は目に焼き付いている。


 だけどその答えに、主君はまたきょとんとした表情を浮かべたあと、こらえ切れなくなったように笑った。

「ふ、ははははは!あ~、まあ、うん、そうだな、それも正解だ。確かに向こうじゃ、食えてうっすい芋粥とかだったからな。ふ、ふふふ、あはははははっ!!!」

「な、なんでそんなに笑うんだ!主君!俺だって真面目に答えてるんだぞ!俺だって、戦場には何度も行ってるんだ!ううう~っ!わ、笑うなぁ!」

 俺はムキになって大きな声を出す。

 主君は腹を抱えてまで、声を上げて大きく笑ったあと、目に浮かべた涙を拭いながら答える。

「ひ~、ひ~。ふふ、ひひひ、い、いや、悪い悪い。ふふ、本当にお前らしいなと思ってな。何より、やはり時代だな。」

「……時代……?」

 その言葉に、俺は首を傾げる。


「ああ、確かにお前の言う通り、食料は少なかった。だけどな、それは終わり頃の話しだ。なにせ今の時代、船やらなんやらでたっくさんものを運べる。だから、大倶利伽羅の言う、戦国時代に比べりゃ、俺達はまだ贅沢な飯を食えていた。」

「あ、そうか……今でこそ、鉄道もあるもんな……。えっと、じゃ、じゃあ、なんだったんだ……?」


「わからないか?大倶利伽羅。」


 不意に、俺と主君以外の声が聞こえた。

 声が聞こえたほうを見ると、角の方から和泉が姿を表す。


「あ。」

 ……なにか忘れていると思ったら、和泉のことを完全に忘れていた……。

「い、和泉!」

「まったく、戻って来てみれば、大倶利伽羅の姿も、我が君の姿も見えんし、作戦が失敗したのかと思ったぞ。」

「あ……あ、あ~、えっと……あはは、ご、ごめん……。」

「お、和泉。う~っす。お前ら二人はなんの話してるんだ?作戦?おじさんも混ぜてくれよ。」

「我が君は気にしなくていいことだ。聞いてもいいが、責任は取れるんだろうな?」

「あ~、うん、やめとくわ、うん。男の俺が聞いちゃまずい話もあるだろうし。」

「……本音は?」

「俺、責任、嫌い。」

 一瞬だけ真顔になってそう呟いた主君に、俺と和泉が苦笑いを浮かべる。

 俺たちの表情を確認した主君は、またいつもの意地の悪い笑みを浮かべて、からかうようにして笑った。


「それでもこのめいじ館の支部長か、まったく…。とにかく、そんなことはどうでもいい、さっきの続きだ、大倶利伽羅。」

「え?」

「我が君の話だ。鉄道も船も発展しているこの時代、人、武器、食料……ほとんどのものの大量輸送が可能となった。それこそ、海の先にある大陸にまで、荷を運べるようにな。」

 主君は煙草を吸いながら、それを黙って聞いている。

「う、うん。えっと、今のところ、俺は答えがわかっていない……。和泉はわかるのか?」

「いや、私も明確にはわかっていない。ただ、なんとなくだが、予想している。」

「ほ、ほんとか!?答えは何なんだ?」

「それは……いや、それは我が君の口から言うべきだろう。さっきも言ったとおり、私もなんとなくでしかわかっていないからな。」

 そう言って、和泉はどこか悲痛な表情を、主君に向けた。

 主君はまた、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。

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