第2話「追跡」
「……私は、我が君が煙草をくわえていないときを見たことがない、あれほど吸っていれば体への負担はかなりのものだろう。」
「俺もだ、風呂に入るときもくわえていたぞ。でも、こんな回りくどいことをしなくても、口で言ったほうが早いんじゃないか?」
「風呂までもか!?……いや、それは昨日も言っただろう、我が君に限って、そう安々と煙草を手放すはずがない、過度な無理強いは抵抗を生み、余計に煙草を吸わせかねない。」
「ぐぬぬ……。」
なるほど……和泉の言っていることは理解できる、主君は我が強い、無理に言っても飄々と躱されてしまうだろう。
「だからこそ、まずはその根幹にある入手手段から断つ。我が君は何かと理由をつけて私達におつかいを頼み、そのついでに買ってくることをお願いする。」
和泉の言う通り、俺も外出の訓練の際、ついでで一緒に買いに行ったことが、何度かある。
といっても、甲が来てからの近頃は、俺にお使いを頼むことが少なくなっているが……正直、少しだけ、ほんの少しだけ、それを疎ましく思っていたことは内緒だ。
「そのために小烏丸に頼んで、わざわざ甲には、本部からの指令としてお使いに行ってもらってる。他のめいじ館にいる巫剣達にも既に手を回しておいたし、特に接触の多い七香、八宵にも話を持ちかけて協力を取り付けた。」
「おお、流石我らが副長だな!俺の知らぬ間にそこまで手筈を整えていたとは、流石だ。」
「当然だ。下手なやり方では、目ざとい我が君に感づかれる。こういうことに関しては、頭が回るからな。ところで……風呂?」
「あ!和泉、主君が甲の部屋から出てきたぞ!」
和泉の背後にある廊下の先、甲の部屋の中から主君が出てきて、慌てて俺たち二人は再び姿を隠す。
主君は、煙草がなくなってきてイライラしているのか、少し困った表情で出てきた。
「……入るよりも煙草が長くなっている。察するに、部屋の中でまた新しい煙草に火をつけたのだろう。まったく、我が君ながらせっかちなものだ。」
和泉は冷静に分析した言葉を呟く、俺はそこまで見ていなかったが、確か主君は俺の部屋に入るときも新しい煙草を持っていたはずだ。
「甲もいねぇのか…、くそ、七香に頼んでも怒られるだけだろうしなぁ。ん~……いや待て、確か
そう言いながら懐から箱を取り出し、中身を確認した主君は歩き出す。
「……どうやら
「お、おう!」
ガチャ、と厨房の扉を開け、そのまま中に入っていく主君。
「お、いたいた、お~い、長篠~。」
「ん?おお、主か。何用だ?まだ
俺たちは主君が中に入ったのを確認すると、扉越しまで近づき、薄く扉を開けて中の様子を覗う。
主君の言葉の通り、厨房には明日の仕込みを行う任務を請け負っていた、弐番隊隊長の巫剣、
「あ~、いや、別に腹が減ったわけじゃない。いや、似たようなもんではあるが。」
そう言いつつ、頻繁に箱の中身を確認する主君。
その様子を見た長篠一文字は、何かを察したように、
「はは~ん、なるほど。いや、流石だな。」
と呟いた。
「ん?」
「いやなに、気にするな。それより、その手の要件なら謹んでお断りしよう。私もこのあと、日課の銃の手入れがあるのでな。」
「あ~、いやまあ、お前の日課は俺もよく知ってるしな。無理強いはするつもりはないさね。え~っと、なら弐番隊の他のやつらは?
「ん?そうだな、たしか鉋のやつは工房で作業中だ。微塵丸のやつがどこかはわからないが……探してみると良い、落とし穴に落ちるかもしれんがな。」
「はは、それは流石に……いや、うん、十二分にありえるな、というか普通に想像できた……。」
「ふふふ、冗談だ。だがまあ、微塵丸のことだからな、おすすめはせんぞ。」
「ははは……いや、マジで冗談じゃなくなる気がするし、今回は素直に諦めるさね。万が一にでもあいつの落とし穴に落ちたら、自分で買いに行くことすら難しくなるしな……。」
「ふふふ、流石は主だ。よく知っているじゃないか。」
そう言って長篠一文字は、隠れながら様子を伺っている、扉越しの俺たち二人に目配せした。
「!!」
俺はバレていることに驚いていたが、和泉は冷静に、静かに笑う。
「ふ、流石はこちらの台詞だ。弐番隊の隊長を任せられているだけはあるな、我が君の扱い方も慣れている。」
俺から見れば、二人共凄いと思ったが、なんかそれが悔しく感じて、口にするのをやめた。
「ん~、そうかぁ……。いやしかし、そろそろ残弾数が少ないしなぁ、紅葉達は全員煙草嫌いだから断るだろうし、
俺たち含め、長篠の様子にも気づかず、主君は何かを思案している。
「う、うううううぅ……。しゅ、主君……。」
かまどの前で二人が仲睦まじく話していることに、若干のもやもやも感じることもあってか、俺は思わず声をかけに行こうとしてしまうが、和泉に小声で止められる。
(大倶利伽羅、今は耐えろ。我が君もこれくらいではくじけない、そうだろう。)
「うぐぐ……うぐぅ……。」
わかっている、それくらいは俺にもわかっている、俺が一番わかっている。
だけど、やはり主君から隠れ続けるのは辛い。
「い、和泉……。」
「どうした、大倶利伽羅?」
「…………。い、いや、やっぱりなんでもない。」
「………?」
だけど、俺は言葉をつぐんだ。
和泉も、心を鬼にして頑張ってるんだ、俺が弱音を吐いちゃ駄目だ。
「ふむ……主よ、もういっそのこと禁煙したらどうだ?さっき言ってた
考え込んでいる主君に長篠一文字が声をかける。
これで頷いてくれれば、こんな面倒な事しなくても良くなる、そう思うと返事が気になり顔を上げたが、
「馬鹿言え、俺が煙草やめるときは死ぬときだ。」
と、主君の言葉がまた俺の心を曇らせた。
そのまま主君は、長篠一文字の言葉が気に入らなかったのか、少し苛ついた様子で口元にある煙草をかまどの中に捨てる。
「あ。」
その様子を見て、俺は思わず声が出てしまった。
声に驚いたのか、和泉は慌てた様子で素早く俺の口を塞ぐ。
(大倶利伽羅、どうしたんだ?!さっきもそうだが、いきなり声を上げるとは。)
「む、むぐぐ……(ご、ごめん……)。」
「ん?今……」
「おい、主よ。」
「ん?どうした、長篠……さん……?」
主君は長篠一文字の顔を見て動きを止めた。
笑顔を浮かべてはいるが、あれは間違いなく怒っている。
……おそらく、俺が声を上げたのと同じ理由だろう。
「主よ、私と約束してくれ。煙草を、かまどだろうとなんだろうと、ポイ捨てするのはやめてくれ。私は火薬の匂いは好きだが、その煙の匂いが好きだとは言った覚えはないぞ?」
「あ、ああ……うん、俺が悪かった。約束する。」
冷や汗をかき、引きつった笑みを浮かべた主君はその表情のまま、ゆっくりとかまどの火の近くに姿勢を落とす。
「イライラするのはわかるが、ここは厨房だ。煽った私も悪かったから、それについては謝るが、もし、私がいつも通り銃を忍ばせていれば、危うく主を撃ってしまっていたかもしれんぞ。」
「す、すまん……いや、長篠は悪くない。完全に俺の落ち度だ。」
そういいつつ、火かき棒で吸い殻を回収しようとする主君。その姿はなんだか、いつもより小さくなって見える。
「あ~、うん、本当にすまんが、火だけ貸してくれ。火を付けたらすぐに出ていくから。」
「なに?まだ懲りていないのか?」
「吸い殻回収したらすぐに出て行きます、はい。」
「ふふふ、冗談だ。私が主を撃つわけがなかろう。いや、それくらいなら構わない。しかし、料理の味にも影響が出るやもしれん。そこで火をつけるのも今回限りにしてもらいたいな。」
「いやほんとすまん。俺も少し注意が散慢していた。以後気をつける。」
吸い殻を回収し、新しい煙草にも火を付け終わり、一通り動作を終えた主君は再び煙草を口元にくわえて立ち上がりながら、申し訳無さそうに笑う。
それを見て、和泉は
「…我が君も、申し訳ないと思うのなら、やめれば良いものを。まったく…あいも変わらず、手強いな。」
と、隠れながらに呟いた。
俺は、言葉にできなかった。
主君は確かに、いつも通り笑っているように見える。
だけど、普段は任務で俺が厨房にいたとき、例え付きっきりだったとしてでも、かまどに煙草を捨てたことなんてなかった。
主君自身の言葉の通り、珍しく注意力が散漫になっているんだろう。
今の主君は、俺には少し、苦しそうに見える。
正直に言うと、俺だって主君の煙草は、少し嫌いだ。
煙たいし、少し臭うし。
それでも、やっぱり、俺は主君が苦しむ姿は見たくない。
だけど、煙草はやめてほしい。
俺は、どうすれば良いんだ?
「世話になったな、長篠。とりあえずここにいても邪魔だろうし、俺はそろそろ行くわ。」
「ああ。埋め合わせはまた今度、また今度猟にて猪でも獲ってくるとしよう。」
「お、そいつは楽しみだな。次の休暇の日が合えば、俺も着いて行こうかねぇ……。まあ、今言っててもしゃあねぇわな。
気長に待つとするさね。」
「主も来るか。であるならば、銃の手入れも気合を入れてやっておくとしよう。」
「あんま期待するなよ?俺、銃の腕は中の下程度だからな。まあ、立ち話も何だし、その話はまた今度に頼むわ。」
「大倶利伽羅、そろそろ…大倶利伽羅?」
「はわっ!?な、何だ!?」
「我が君が移動しそうだ、鉢合わせ無いように移動するぞ。」
「お、おう……。」
いや、主君の健康のためだ、俺は自分にそう言い聞かせ、和泉のあとを追う。
その後、主君はめいじ館に出て、厠に入っていった。
着いていこうとしたが、流石に近くに行けば、出た直後に見つかってしまうだろうということで、俺たちは外で待っていた。
「ふむ……長いな。」
「俺も、流石に疲れてきたぞ……。」
「ふむ……む?……大倶利伽羅、一旦この場を預けていいか?」
「え?!ど、どうしたんだ?」
「いやなに、私も我が君と同じようなものさ。飴が切れたので部屋から取ってくる。」
「あ、ああ、なるほど。そういうことか……。」
ど、どうしよう……。
俺は今でも、外出が苦手だ。
主君や他の巫剣と一緒なら、ある程度問題なくなってきたし、一人でだって外に行けるようにもなってきた。
だけど、張り込みとなるといつまでここにいれば良いかわからないし、なにより一人はやはり怖い。
でも、ここならめいじ館も近いし、やれないこともないのか……?でも、やっぱり人の目は怖いし……。
「ううううううぅ……。」
「……やはり今でも、一人で外にいるのは厳しいか?」
「……い、いや!この俺に任せてくれ!俺も、主君のことばかり言っていては、竜にはなれないからな!!」
そうだ、今、主君は頑張って戦っているんだ。
俺が怖気づいていては、示しがつかない。
「すまないな、恩に着る。私も、できる限り早く戻れるようにするさ。」
「しかし、主君もだが、和泉も大概だな。」
「ふ、言うな。私もなんだかんだ言って、我が君と似た者同士ということだ。」
そう言って、和泉は離れていった。
「和泉もしょうがないやつだな、ふふふ。さて、任された以上、俺も頑張らなければ。……辛いのは俺だけじゃないもんな。」
和泉も主と同じように、飴が大好きだ。
だからきっと、今の主君の気持ちがよくわかっている。
それでも、例え苦しみがわかっていようとも、主君には健康でいてほしい、だからこそ、心を鬼にして頑張っているのだ。
「俺も頑張らなければ……よし!しっかりと、任された役目を果たすぞ!!」
「……何を頑張るんだ?」
「それは当然……ん?」
振り返ると、不思議そうに主君が立っていた。
「う、うわぁぁぁ!?しゅ、主君!!?」
「うおっ!?な、なんだよ、人を幽霊みたいに。」
「す、すまない……。」
……張り切った早々に見つかってしまった……。
いやまあ正直、やっぱり外で一人は寂しかったし、怖かったし、主君の顔を見た瞬間、助かったと思って安心はしたけど……。それとこれとは話が違う。
「お前今日非番だろ、こんなところで何やってんだ?さっき、部屋まで行ってお前を探していたんだぞ?」
「そ、そそそ、そうだったのか!しゅ、主君こそ、こんなところで何をやっているんだ?」
「なんでそんな焦ってるんだ……?俺は厠だ。そこで用を済ませて出てきたら、お前がいたんだよ。」
そう言って主君は後ろの扉を指差す……うん、知ってる……。俺を頼って探してくれていたことも……。
「さて、今度はこっちの番だ、大倶利伽羅はこんなところで何やってたんだ?」
ど、どうしよう……えっと、えっと……
「しゅ、主君を探していたんだ!久々に稽古に付き合ってほしくてな!!」
「……稽古?」
「あ、ああ!最近は二人での剣の稽古はしていないだろう?だから久々にどうだろうなぁって……。だ、駄目……かな……。」
「……ふむ……?」
あああああああ、すっごい見てる!すっごい見てるぅ!!やはり和泉の言う通り、下手な嘘は主君には通じないか!?い、いや、主君と稽古したかったのは本当だし、正直それで寂しいと思ってたけども!!
「……うううぅううううぅ……。」
「……いいぜい。俺も丁度運動しようと思ってたんだ。」
「……え?ほ、本当か?!」
「え?あ、ああ……俺も、気を紛らわせたいと思ってたしな。それに大倶利伽羅の言う通り、最近はお互い忙しくて、一緒に鍛錬する暇もなかったからな。」
「……!」
和泉よ、見ろ!やはり主君は主君だ!!例え煙草を吸っていようと、主君は主君なのだ!!
「うん、うん、それでこそ俺の主君!それでこそ、俺とともに竜を目指すものだ!」
「お、おう……?何がなんだかわからないが、そりゃそうだろうよ。俺だってめいじ館の隊長だし、やっぱ武芸は鍛えとかないといかんからな。」
「うん、うん……!!さあ!めいじ館に戻ろう!!久々の稽古だ!!」
めいじ館の中庭へ向けて、俺たち二人は歩き出す。
……あれ?何か忘れているような……?
「……ふ、私もつくづく甘いな……。待たせたな、大倶利伽羅。差し入れを……む?……あれ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます