天華百剣 -憶-

@sano32

第1話「不穏な影」

 ――銘治めいじ3×年、夏




 ここはめいじ館、東京の上野にある洋風茶房だ。

 そこで俺、大倶利伽羅おおくりから和泉守兼定いずみのかみかねさだは、緊迫した面持ちで廊下の角に背を預けていた。


「お~い、大倶利伽羅~?いねぇのかぁ~?」


 俺を呼ぶ声が聞こえる、いつもなら喜んで駆けつけるのだが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 気持ちを押さえ込みつつ、気づかれぬように静かに身を潜め、様子を覗う。


「ん~?おっかしいな、部屋にいるって聞いてたんだが……仕方ない、こうに頼むか……。」


 そう呟きながら、首を傾げて廊下を歩いていく主君の姿を確認し、小さく安堵の息を漏らす。

 そして、隣にいる和泉に顔を合わせ、今度は自らの不安を漏らす。

「……行ったぞ。けど、本当にこれでいいのか……?」

 そんな俺の言葉に対して和泉は、腕組しながらいつも以上に厳しい表情で言い切った。

「ああ。むしろ我が君には、これくらいやらねば、必ず失敗する。大倶利伽羅の気持ちもわかるが、あまり甘やかすな。」

「う~……。」

 少し下唇を噛みながら、俺は廊下を歩く主君の様子を覗う。


 俺たち含む、このめいじ館に住む少女たちは皆、『つるぎ』と呼ばれる存在で、普段は人間と同じように、給仕としてこのめいじ館で働いている。


 しかしその裏では、はなしゅうと呼ばれる組織に属し、人の世を脅かす存在『禍憑まがつき』と日夜戦い続けている、だ。


 そして現在、俺たちが追っている人物こそ、このめいじ館の店長であり、御華見衆のつるぎ使つかいでもある俺たちの主君、のはずなんだが……。


 状況の整理に戸惑っている俺の様子に気づいた和泉は、少し溜息をついた後に、俺を落ち着かせるように話す。

「いいか、大倶利伽羅。今、我々が行っているこの作戦は、めいじ館……いや、御華見衆全体のため、そして何より我が君の健康のためのものだ。例え、我が君の意思に反していようとも、心を鬼にして務める他ないのだ。」


 ……そう、俺たちは今、その主君の意思に反する行動をやっている。

「私が、私達がやるしかないのだ、他でもない、私達が。」

 緊迫した表情で言う和泉も、どこか辛そうに見える。

 いや、和泉の言う通りだ、俺も心を鬼にするのだ。そう心を奮い立たせなければ、主君の身が危ない。

 元はと言えば、俺がもっと早くに行動に起こしていれば、こんなことにはならなかったのだから。

 始まりは、昨日の夜からだった。






「事は早急な解決を求められておる。」


 俺たち、壱番隊いちばんたいの三人は任務が終わった帰路の途中、急遽伝令の小烏丸こがらすまるに集められていた。

「?言葉の意味がわからない。」

「まあ、甲には少し難しい話かもしれんな。」

 首を傾げる三十二年式軍刀さんじゅうにねんしきぐんとうこうの言葉を聞いた小烏丸は、慰めるように頭を撫でてる。


「いやしかし小烏丸、あの男がそうすんなりと聞き入れてくれるとは思わんぞ。」

 和泉は呆れたように、小烏丸の言葉に返す。

 俺もそう思うし、何より主君が好きなことをやめさせたいとは思わない。


「ま、まあ、主君はあれがないと生きていけないって、出会った頃から言ってるからな。」

「一番付き合いの長い大倶利伽羅が言うなら間違いないだろう。確かに私も気になってはいるが…。」

 俺の言葉に和泉も頷く。和泉も飴が好きだからな、それを急にやめろと言われてもやめられないだろうし、俺も同じ立場ならそう思う。


「ぬしらの言いたいことはわかる。じゃが妾達だけでなく、めいじ館全体の信用にも関わっておるのじゃ。」

 俺たちの言葉に対し、さらに語気を強めて伝える小烏丸の姿は、どこか焦っているようにも思えた。

「現に、近くにいることの多い七香ななか八宵やよいの二人からも苦情が来ておる。めいじ館に客として普通に来てくれている者達からもじゃ。」

 その言葉に俺たち二人は少し顔を曇らせる。

 実際、先程和泉も言っていたが、俺も主君と出会ったばかりの頃は気になった。


 だが、そうは言っても納得はできないようで、和泉は反論するように言葉を返す。

「しかし、何故急にそんな話が出てきたのだ。着任当初からそういう話はあっただろうが、こんな大きな話になる様子はなかっただろう。そこまで大袈裟にならなくても良いんじゃないか?」

 その言葉に俺も、確かにその通りだと思った。

 話を聞いたとき、そんなことを考えもしなかったが、そもそもなんでいきなりそんな話が出てきたんだろう?

 俺は改めて疑問には思うが、とにかく俺は和泉に同調するように、思いの丈を素直に話す。

「うん、できれば俺も、主君に無理をさせたくはない……。」


 俺の言葉を頷きながら聞く小烏丸、しかし、その意志を変える様子はなく、さらに言葉を強めて話す。

「うむ、ぬしらの思いもわかる。そして和泉の言う通りじゃ、火のないところに煙は立たん。こんな話になったのも、理由がある。」

 そう言いながら、小烏丸は空に飛んでいた一匹の烏をそばに呼び出す。


 なんでも、小烏丸にはからすと意思を通わせられる能力?を持っているらしく、その力もあって御華見衆の伝令役をやっている。

 小烏丸はその呼び出した鳥の足に結び付けられている紙を取り、俺に手渡してくる。

「これがその理由じゃ。」

「?」

 受け取った俺は紙を広げて、和泉も肩越しから、共に中に書いてある文字に目を走らせる。

「それはつい最近、英国が調査した結果じゃ。まだ世には出回ってはおらんがな。」


「「!!」」


「こ、これは……。」

「……この情報は本当なのか、小烏丸。」

 俺たちは二人揃って驚愕した。

 もしこの話が本当なら、俺は、なんで今まで止めてやらなかったのだろう。

 目の前にあるその文字に、俺は震えていた。

 和泉もその気持ちは同じなのか、目の前にある情報の真偽を聞こうとする。

「確かな筋からの情報じゃ。おそらく本当のことだろう。その理由も、しかとそこに書かれておるであろう。」


 その言葉を聞き、俺は決心した。

「……和泉。」

「ああ、わかっている。」

 和泉も、同じことを決心したのだろう。

「?」

 甲は未だに首を傾げている、でも、だからこそ、これはいつもそばにいる俺と和泉がやるしかない、そう思った。

「あの男の日常を見るに、時間はない。なんとしてでも、ぬし達の主殿を救うのだ。」

 神妙な面持ちで言葉を伝える小烏丸の言葉に、俺と和泉は顔を見合わせて、互いの決意を確認する。



「「主君(我が君)に煙草をやめさせる!!!」」


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