第12話

 スマホから聞こえてきたその言葉に、思わず紫桜が生市の方を睨みつけると、そこには二人のやり取りに興味を失い、泥棒地蔵の方を向いている生市の姿があった。


「おい。どういうことだよ、亘。説明しているんじゃないのか?」


「あ?碁を打ちたいっていうのに、それ以上の説明いるかよ?」


 そう言うと、生市は七種に近づき、その手に持っていた柄杓と桶を手にすると、じゃ、と、紫桜に向かって軽く右手を上げた。


「俺はしばらく境内の方を掃除してくるから、お前は七種さんと碁を打ってろ。多分、掃除終わるころにはお前らの対局も終わってると思うし、そん時に声をかけろよ」


「待てよ。そう言う事なら僕も手伝うよ」


 そう言って、生市が持っている桶に紫桜が手を伸ばそうとするが、その手を躱しながら生市は言った。


「気を使ってくれて悪いが、一応、ココの寺には私用と言うか、家の事情でよく使うんだ。色々と迷惑かけてるから、ここに来たらちょっと寺の雑用を片付けることになってんだよ。だから、お前はささっと対局しろよ。終わったらこっちは勝手に近くの喫茶店で休んでるから」


 そう言うと、そこで思い出したように皮肉気な笑みを浮かべた。


「あ、それと七種さん一応人妻だから、口説くじゃねえぞ?」


「しないよ!?お前、本当に僕のことを何だと思ってんの?」


 結局、そのまま生市に押し切られる形で七種の家に上がることになった紫策は、寺の裏側にある家の中へと入って、畳敷きの応接間で机を挟んで七種と相対していた。

 出されたお茶を飲みながら紫桜は改めて七種にこれまでのいきさつを説明すると、七種は、得心がいったという感じで手を叩いた。


『それで、私と碁を打ちたいという話になったんですね』

『なるほど、なるほど』

『確かにあの方々の碁を見たのなら、囲碁好きなら、もう少し詳しいことを知りたくなるかもしれませんね』


「というと、七種さんも南斗の神様と面識があるのですか?」


『ええ』

『というか、私と亘君が知り合ったのは、そちらの縁がきっかけですから』


 あっさりと頷く七種の言葉に、思わず紫桜は身を乗り出して、七種が耳も聞こえないことも忘れて矢継ぎ早に質問した。


「それじゃあ、七種さんは南斗の神様や北斗の神様と碁を打ったんですか?七種さんは勝てたんですか?北斗の神様は一体どれだけの強さだったんですか?一体、あの神様は何者なんですか?」


 すると七種は少しだけ口元をほころばせると、静かに口元に指を当てて、小首をかしげながら自分の耳を指さした。

 その動作で、咄嗟に自分が何をしているのかを思い出した紫桜は、顔を真っ赤に染めながら頭を下げた。


「す、すみません!つい熱くなってしまって……!」


 そんな紫桜の様子に、七種はニコニコと微笑みながらゆっくりとスマホの画面に指を這わせた。


『何を言っているのかはわからないけど、何を聞きたいのかは分かるわ』

『でもごめんなさい。私にもよくわからないのよ』

『寺の人間がこんなこと言うとあれかもだけど、私は何か特別な力があるわけではないから、神様とか仏様のことよくわからないのよね』


 スマホを通してそう伝えられた事実に、紫桜は意外に思った。

 紫桜からすれば、北斗や南斗の神々の関連でつながりがあったのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 そこで、彼女と亘との繋がりについて質問すると、七種は今まで滑らかにスマホの画面をなぞっていた指を止めた。

やがて七種は、顎に手を当てて少しの間だけ考え込むと、おもむろにスマホの画面に文字を打ち込み始めた。


『一応コレ、亘くんにとってはちょっとした恥ずかしい昔話だと思うから、私がしたって言うのは黙っていてね』


 そう言って両手を合わせる七種の姿に、紫桜が、分かりました。と同じくスマホに画面を撃ちだして答えると、やがて緩やかにスマホの画面を弄り始めた。


『実は元々、私はこの寺の後継者じゃなくね。元々は数学者として大学で研究していたの』

『最初はそのまま数学を研究し続けるつもりだったんだけど、大学に在籍中に私の祖父が亡くなってね』

『それで父がこの寺を継ぐことになったんだけど、私がこの寺の跡継ぎになることになったの。その折に、どういう訳か不思議なことが起こってね』

『いわゆるポルターガイストと言うのかしら?色んなものが夜中に飛び回って、家中がしっちゃかめっちゃかになっちゃったのよ』


「……ポルターガイスト……。でも、ココってお寺ですよね?その、お祓いとかは……?」


 紫桜のスマホの画面に撃ち込まれたその文章を見て、七種は思わず苦笑した。


『それがねえ。毎日お経を読んでも全く効果が無くって』

『まさかお寺の住職が心霊現象に悩んでいるなんて公言できないでしょう?』

『それでどうしたらいいのかなあ。って思ってたら、そこに亘君が来てね』

『「この寺に取りついている祟り神を祓いに来た」って言ってね。それで、まあ、仕方ないから任せてみようかなって』


 そんなことを言う七種のスマホに、紫桜は思わず胡乱な目つきで生市を見た。

 紫桜の知る生市は自分から進んで厄介ごとに関わるようなタイプとは思えず、まさかわざわざ人助けじみたことをしていたことに、思わず訝しがってしまう。

 すると、そんな紫桜の視線に気づいた生市は、不機嫌そうな顔になって紫桜の顔を見返した。


「なんだよ?何か言いたいことでもあるのか?」


「いや。別に……」


 そんな二人のやり取りを見て、聞こえないながらも少しだけ不穏な様子を

感じ取ったのか、七種は再びスマホから語り掛けた。


『別に亘君は私たちを助ける為にやってきたわけじゃなかったのね』

『この寺に伝わる霊(れい)穴(けつ)を護るために来たのよね』


「霊穴?」


 突然出てきた新しい単語に思わず紫桜はいぶかしげな顔をしたが、そんな紫桜に構わず七種は続けた。


『そこは本題から離れるし、少し話が長くなるからいつか亘君にでも聞いて』

『それで話を戻すわね。亘君が言うには、この寺には代々、祟り神を封印する儀式があったんだって』

『けど、私の祖父がそれを父に伝える前に亡くなってしまってね』

『それで祟り神が悪いことをしているって、そう言う話になったのね』

『亘君が云うには、その祟り神を鎮める為には、祟り神とは別の神様の力を借りることになったのよ』

『その際に亘君が力を借りた神様が北斗七星と南斗六星の神様で、亘君はその二人?と碁を打つことになったのよね。その時に私もついでに二人と対局したの』

『それまで私は、一応囲碁の簡単なルールを知っていたけども、本格的に打ったことはなかったけど、その時はまあなんやかんやの末に、勝つことができたの』

『それで、北斗の神様と南斗の神様の力を借りることができるようになったの』

『儀式自体はその後、滞りなく行われることになったんだけど、その際に亘君が儀式に失敗しちゃってね。私たち家族全員が祟りで殺されかけたのよね』

『その時に、北斗の神様たちが私の囲碁の腕に目を掛けてくれて、命を助けてくれたのよ』

『それで、それ以来、祟り神の封印だか何だかを護るために、私が偶に北斗の神様たちと碁を打つことになったのよね』

 スマホから流れる七種の話を聞き終えた紫桜は、静かに息を吐いた。


「……意外ですね。僕、亘がそんな自分から人助けするような奴だとは思いませんでした」


『立花君にとっての亘君がどんな人間なのか分からないけど』

『少なくとも私にとってはいい子よ?あれから何かと寺の雑用とか手伝ってくれるしね』

『と言っても、口と態度は少し悪いかもしれないけどね』


 スマホ越しにそう言って笑う七種に、紫桜はどう応えていいかわからず、とりあえず同調して、「そうですね」とだけ伝えた。

 そんな紫桜を見て、七種は一度スマホを机の上に置くと、机の上に置かれた急須に手を伸ばし、そこで再びスマホを手に取った。

 そうして、一度『お茶を淹れなおしてきますね』とスマホの画面に撃ち込むと、急須を手にして席を立った。



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