第11話
「けど、それこそ相手とのスケジュールを合わせないとダメだろう?そもそも七種さんの予定も未だに返って来ないんだし、とにかく返事が来ない限りは極めきれないかな」
紫桜がそう言うのとほぼ同時だった。
生市のスマホの通知音が鳴り、スマホの画面に七種からの返事が届いたことが明かされた。
「おー。良かったな立花。七種さんが相手してくれるってさ。どうする?何なら、今から対面で相手してもいいってさ」
生市からの答えに、紫桜は一瞬どうしようか迷ったものの、できるのであれば対面で対局をしたいと思った。
そのことを生市に伝えると、すぐさま七種に連絡を取り、今度はほぼ秒速で返事が返ってきた。
「了解ってよ。ただ、対面で対局するんなら、お前の方から来いってさ。どうする?」
「来いって、僕は七種さんの家も何も知らないんだけど?」
「それなら大丈夫だ。七種さんの家はそんな遠く無いし、何よりも実家はかなり有名だしな。ほら、お前も知ってるだろ?泥棒地蔵のある歓心院だよ。地図見りゃ、すぐに行けんだろ?」
しかし、生市の言葉に紫桜は気まずそうに頬を掻いた。
「ごめん。わかんない。それってどこのこと?どうやって行くの?」
「おい、マジかよ」
そう言う訳で、生市は紫桜を連れて七種・雨音の元に連れて行くことになった。
紫桜を連れて生市がやって来たのは、生市たちの住む鮨河原市の中でも、繁華街から少し裏に入った地域だった。
道を一つ越えただけで、健全な街並みは途端に鳴りを潜め、アダルティな店が軒を連ねていた。
まだ昼過ぎだというのに、どことなく爛れた大人たちが行き交う町の様子に、思わず紫桜は苦々しい表情になって生市に声をかけた。
「なあ、亘。一つ聞いていいか?あのホテルって……」
「見てわかるだろ。ラブホテルだよ。因みに近くにはキャバクラとかガールズバーもあるから、行きたかったらひとりで行けよ?」
「誰が!?というか、本当にこんなところに寺があるのか?僕をだましてるんじゃないだろうな!」
「お前の目の前でググったろうが。それよりほら、着いたぞ。歓心院だ」
生市は言うと同時に足を止め、目の前の建物を指さした。
生市の言う通り、指さした方には性風俗の店が軒を連ねる中で、町の中に埋もれるように、場違いなまでに立派な造りをした寺院が建っていた。
生市に連れられるままに寺院の中に入ると、境内の片隅に小さな祠が建てられ、そのそばには「どろぼうじぞう」と書かれた看板が立てられていた
「どろぼうじぞう……これが、亘が言っていた泥棒地蔵か?」
「ああ、そうだよ。恋愛成就と学業成就にご利益のある泥棒地蔵だ。どういう訳か、肝心の泥棒が願掛けすると逆に捕まるらしいけどな」
祠の中身を見て、思わず生市にそう訊いた紫桜に、生市は鷹揚に頷いた。
祠の中に鎮座していたのは、一体のお地蔵様らしき石像だった。
中々に奇妙なお地蔵さまで、本来ならば手に錫杖を握った立像として作られることの多いお地蔵さまだが、このお地蔵さまは、背には荷物を包んだ風呂敷を背負い、片膝を立てて胡坐を組んでいる。
その顔は、いわゆるお地蔵様のような穏やかな笑みではなく、思わず小憎たらしくなるような得意げな笑みを浮かべている。
その様はまさに泥棒が風呂敷を担いで、今まさに立としているように見える。
そんな泥棒地蔵の像を見て、紫桜は何となく手を合わせると、ふと頭の片隅で思い立った事を口にした。
「泥棒が捕まるのは良くわからないけど、恋愛成就は分からなくもないな。恋泥棒ってよく言うしね」
「うまいこと言うな。そう言って、どれだけの女を落とした来たんだ?」
「失礼だな。それだと僕が女たらしみたいじゃないか」
「いや、たらしじゃなければそんな言葉は出てこないだろ。正直に言えよー。何人の女を泣かしてきたんだよー」
「だから、たらしじゃないって、僕は!」
からかうようにそう絡む生市に、思わず声を荒らげると同時に、紫桜は寺の奥からこちらに近づいている一人の女性がいることに気づいた。
その女性は恐らくこの寺の関係者なのだろう。柄杓の入った桶を手にした、雪駄を履いて作務衣を着込んでいた。
一方で、服装こそ寺の関係者らしいものであったが、髪型は軽くウェーブのかかったセミロングをしており、その服装と髪型の組み合わせが余りにも紫桜の持つ寺の関係者とのイメージとややかけ離れており、思わず彼女に見入ってしまった。
すると、紫桜の視線につられて生市もその女性に気づき、不意に「あ」と声を上げた。
「そこにいたのか、七種さん」
そう言うやいやな、いきなり生市はスマホの画面を取り出すと、突然スマホの画面を弄り始めた。
「亘、どういう事だよ。この人が七種さんなのか?」
「ちょっと待て、色々と後で説明するから今は少しスマホいじらせろ」
すると、特徴的な通知音が目の前の女性の胸元から鳴り、手にした桶を置いて作務衣の裾の中に手を突っ込んでスマホを取り出した。
スマホの画面を見た彼女は少しだけ笑うと、同様にすぐスマホの画面に触り始めた。
すると、文字を打ち終えた彼女のスマホから、澄んだ女性の声が流れ出した。
『こんにちは、亘君。それと、私の対戦相手さん』
『始めまして、私は七種あまねと言います』
『ご覧の通り、この寺で僧侶を務めています』
『それと、一応はこの寺の若院、つまりは跡継ぎになります』
スマホの読み上げ機能がそう言うと同時に七種は頭を下げ、そんな七種に合わせて紫桜の方も頭を下げた。
しかし、わざわざスマホの読み上げ機能を使って話しかける七種の姿に、それ以上どう反応していいかわからずに紫策は思わず生市を見た。
すると生市はそんな紫桜の疑問に答えるように口を開いた。
「七種さんはいわゆる聾唖者ってやつでさ、耳と口がきけねえんだ。だから基本的にこうしてスマホの画面でやり取りすんだよ。俺、手話とかできねえしな」
「あ……、そうなのか……」
生市から聞かされた事実に思わずどう反応していいのかわからずに思わず紫桜が口ごもると、そんな紫桜の様子を察したのか、七種のスマホから再び読み上げ機能の声が響いた。
『もし私のこの会話のやり方が気に障ったらごめんなさい』
『ただその分、私に対して少しくらい悪口を言っても気づかれないから』
『それでおあいこということにしてもらえると嬉しいんですけど、どうでしょう?』
目の前でスマホ越しにそう語ってくる七種に、紫桜は自分もスマホを取り出すとメモ機能を起動させてそこに書きだした文字を彼女に向けた。
「すみません。僕はこういう状況も、貴方と似た境遇の人と接するのも初めてなもので、どう反応していいか分からなくて。何か失礼なことをしたらすみません」
『いいえ。ありがとう』
『そんな風に言ってもらえるだけでも十分ですよ』
『私だって未だに健常者の人たちにどう付き合っていいのか分からないことも多いですから』
そう言って声も無く微笑みかける七種に、紫桜は戸惑いながらもスマホの画面に再び文字を打ち込んだ。
「それでは、単刀直入に訊ねたいんですけど、七種さんが亘の言う、神の領域の碁を打つ人なんですか?」
そんな紫桜からの質問に、七種は苦笑するように微笑みを曇らせると、軽く小首をかしげて見せた。
『私の碁が神の領域かどうかは知りませんけど』
『確かに亘君とはよく碁を打ちますよ』
『それで、貴方の方こそ、どういういきさつで私と碁を打ちたいんですか?』
『一応お聞きしたいんですけど、プロの囲碁棋士である立花、紫桜さん、ですよね?』
「え?亘から事情は知らされていないんですか?」
『いいえ?ただ、亘君の方から私と碁を打ちたい人間がいるとしか、聞かされていませんよ。それも今日中に打てるかと聞かれたので、イエスとだけ返したんです』
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