第94話 『複数のマルチプル』
ざぁざぁ、と。
別の入り口から侵入する者の姿があった。
『……』
ヘルメットの上から親指で掻く素振りを見せながら、駱駝色のコートを着込んだ背の高い男が黒い塔に侵入する。
その隣には顔を赤く染めて憧憬の表情を浮かべる角彩が居て、もう片方には顔面を包帯で覆う角斬と呼ばれる人造人間が歩いている。
『―――』
ヘルメット内に設置されたインカムに声を発する。
その声と共に、耳に装着した角彩と角斬が頷いた。
「分かり、ました……義兄さん」
嬉しそうな表情を浮かべながら角狩の後ろに下がる。
角斬と角狩が二人前に出ると、角狩は狩猟奇具を取り出してそれを押し込む。
『――――』
声を出す。しかしそれはヘルメットの中に響くばかりで、外界へ漏れる事は無い。
声と共に狩猟奇具から筋肉繊維が放出、骨格が形成されて纏わりつき、硬質性の分泌液と共に直刀の刃毀れを起こした刃を作り上げる。
『穿ち孔の先に汝の貌を見ゆ―――「
角斬は合成音声の様な声を漏らすと、肉体から余すところなく、牙を噴出させる。
それを構えて、化物たちの群れに向かい出す。
「……」
夜行武光はある住宅街にて遺品を見つける。
それは榊色子の血の痕跡と衣服の一部だ。
榊色子が夜行武光に発信機を付けていた様に。
夜行武光も念のためにと発信機を着けていた。
しかし、先程まで発信機が混線していて、居場所を突き留められず、結局、彼女の居た場所へ向かったのは、全てが終わった後の事。
「……夜行の旦那」
文川富男が声を掛ける。
「……言うな文川、分かってる」
冷静な声色でそう告げる。
これを見る以上は、もう榊色子は死んでいると思っても良い。
「……失った者を追う真似はしない、文川。狩人は何処に居る?」
「既に感知済みでさぁ、あの黒い塔に、終結してます」
索敵型の狩猟奇具を確認して、そう文川富男は告げた。
頷き立ち上がる夜行武光。その手には、彼女のものであった血が付着した、衣類を握り締めていた。
「……行こう、文川」
「何処までも」
文川富男と夜行武光は歩き出す。
弔いに意味は無い。彼女もまたそれを望む。
己の死こそが死者に対する冒涜。
悩み、惑い、泣き、恐れ、絶望する。
そんな感情を思い浮かべる者こそが、忌むべき存在である事を承知している。
だからこそ、夜行武光は進み続ける他無かった。
「終わらせてやる」
黒い塔に佇む化物も、狩人も、全てを殺し。
そして、十六狩羅の称号を手にする。
「俺が、十六狩羅になる」
静かに、死した榊色子の事を思い浮かべながら、夜行武光が黒い塔へと進み出した。
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