第93話 『工場のファクトリー』

岸辺玖が消えて既に一日程が経過していた。

岸辺玖が消えた代わりに、伏見清十郎たちの前には、複数の候補者と同行者がいた。


「まさか、一緒に来てくれるとは」


候補者・紀之國冥に加えて、浅深一刀斎と朽木紅葉が加わっていた。


「あの化物、儂の斬撃から逃れおった、決して許しておけんのだ」


殺意を溢れさせながら、浅深一刀斎は懐に忍ばせた狩猟奇具を握り締める。


「んで、ワンちゃんは何処に連れて行ってくれるんすか?」


パーカーフードを着込む紀之國冥が先頭を歩くワン丸に付いて行く。

既に森林地帯を抜けて、廃墟となった住宅街に移動しているワン丸。

つぶらな瞳がそらを見上げた。

その視界の先には、黒い塔があった。

巨大な工場地を下敷きに、樹木のように生える黒い塔。


「ワン!!」


ワン丸が大きな声で吠えた。

どうやら、岸辺玖の臭いはあの塔の中からするようだ。


「それじゃ、入ろうか」


「そうっすね、その、岸辺さん?って人、助けないと」


「もう死んどるかも知れんがな」


そう言って浅深一刀斎が先陣を切って黒い塔へと入り出す。

その後を追う様に、紀之國冥が向かい、伏見清十郎とワン丸が着いて行く。


「……」


黒い塔の前で待機をするのは、朽木紅葉と姫路音々だった。

朽木紅葉は撤退した際に化物が来た際、それに対応する役目がある。

姫路音々は化漿薬を使って肉体の再生をしていたが、すぐに動けるものでもない。

だから、朽木紅葉と姫路音々は待機をする他無かった。


「じゃあ、行くか」


ワン丸が吠えて伏見清十郎と共に歩き出す。


「……」


朽木紅葉はポケットから煙草を取り出すと、ライターで火を点けて煙草を喫い始めた。


黒い塔の中、一番最初の階層は工場地だった。

ベルトコンベアに縛られた化物たちが、浅深一刀斎の方を見て牙を剥く。


「此処が飢餓島の核と言う訳か、共食いで鍛えた後、肉体の補強の為に熱した鉄でコーティングしたらしいな」


浅深一刀斎は頷くと共に狩猟奇具を構える。

紀之國冥も、パーカーの穴から狩猟奇具を取り出した。

通常、狩猟奇具は一つだ。だが、紀之國冥の両手には狩猟奇具が握られていた。


「『妖切』」


「そんじゃ、やりますよっと」


浅深一刀斎が狩猟奇具を握り締めて、槍の様に長く細い刀身を出現させる。


「天国へ誘え『黄泉』地獄へ落せ『冥土』」


狩猟奇具を握り締めると、片方の狩猟奇具からは白い筋肉繊維が噴出。

もう片方の狩猟奇具からは黒い筋肉繊維が放出し、武装顕現途中、紀之國冥はその二つを無理矢理両手で抑え込む。


「黄泉冥土、混然し混濁し混沌と成れ―――『天獄道にんげんどう』」


白い繊維と黒い繊維が混同し、歪な形状となる。

それは剣でも槍でも斧でも銃でもない。

筋肉繊維がむき出しになり硬質性の分泌液が滴り、流体の様に蠢く武装となっている。


「じゃあ、行くっすよ」


笑みを浮かべて、紀之國冥と浅深一刀斎が走り出した。





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