第88話 『おはようなグッドモーニング』

「わんっ」


犬の声が響き、岸辺玖らは起床する。

体を起こしてあくびを交える岸辺玖。

周囲は暗く、遠くからは水が弾ける音が聞こえる。


「……く、はあ」


溜息の様なものを吐く。

体は依然、硬くて仕方が無い。

筋肉が凝り固まっているのかも知れないと軽く腕を回す。

流石の岸辺玖でも、柔らかな場所で眠りたかったらしい。


「滝の裏に洞窟があるなんてな」


そう岸辺玖は水が叩き落ちる様子を眺めながら言った。

ワン丸が化物が居ない場所を探し、辛うじて安全に休息出来る場所を探索した結果、滝の裏に洞窟があるのを見つけたのだ。


「(嗅覚とかそれ以前の問題、いや、それ以上の問題か?どっちにしても、普通はこんな所に洞窟があるなんて分からないだろ)」


そう思いながら立ち上がる。

岩のベッドで眠るのは造作もない事だろうが、しかし、体が硬くなるのだけはいただけないらしい。


「さて……おい、起きろよ」


岸辺玖は壁に寄り掛かって眠る伏見清十郎の太腿を蹴って起こす。


「ん……あぁ、おはよう」


深く眠れなかったのか、軽く小突くだけで目を覚ます伏見清十郎。

岸辺玖はもう一人、姫路音々の方に向かっていく。

彼女だけはトランクを開いて簡易的なベッドを作っており、その上で胎児の様に縮まりながら眠っていた。


「……ぁん……そこ、いく……」


変な寝言を口にする姫路音々のこめかみを叩く岸辺玖。


「ぃた……痛い、いたッ……ん、も、なにぃ?」


眼を擦りながら顔を上げる姫路音々に岸辺玖は立てと言う。


「先に進むぞ、ほら」


そう言うと、姫路音々は眼を擦りながら不満そうに告げる。


「えぇ……もうちょっとゆっくりしな~い?まだフレンチトーストとスクランブルエッグ食べて無いんだけどぉ……」


「そんなもん何処にあるんだ」


寝惚けているのかと、岸辺玖は彼女の頭を叩いた。


「いた~ぃ……もぅ……ふぁ……」


欠伸をして軽く伸びをすると、彼女はシャツの端を掴んでぱたぱたと風を肌に送る。


「水浴びしてから行こーよ……ほら、近くに池もあるし……」


「そんな事する暇ないだろ……」


「でもワン丸はしたいって言ってるんですけど?」


その場に座る白犬のワン丸が首を傾げた。


「『ウン、ネネチャンノ言ウ通リ、水浴ビシテ行コーヨ、玖チャン』……ほら、そう言ってる」


「裏声で喋ってんじゃねぇよ」


「『急イデモイイコトナイヨ、ホラホラ』」


立ち上がりサンダルを履いてワン丸の方に近づくと、姫路音々はワン丸の手を握って招き猫の手ぶりをする。


「『ヤメテヨ、ボクノ意志ニソグワナイ真似シナイデ』……ほら、ワン公もそう言ってるぞ」


「あはは~裏声キショ~い!」


岸辺玖の裏声に対して姫路音々は涙を流しながら笑った。


「何を言ってんだお前は、今のは俺の声じゃねぇ、ワン公だ、ホレ、ワン公、そうだよなぁ?」


そう言ってワン丸の手を握ろうとすると、ワン丸が牙を剥いて岸辺玖の腕に噛み付いた。


「イデデッ!やめろ、コラッ!!」


「あはは、飼い犬に手を噛まれてるじゃんか!」


「飼い犬じゃねぇ!!あ、ぎぃでええっ!!」


「……まあ、危険な場所なのに」


平和だな、と。

伏見清十郎は思うのだった。

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