第87話 『懐かしみのノスタルジア』

「角、狩……」


再度、獅子吼吏世はその名前を口遊む。

その男、角狩に対して、何処か懐かしい様な、見知った様な雰囲気を感じていた。


「……あの狩人、私は……」


何処かで逢った事がある。

獅子吼吏世はそう思った。

しかし、それを掻き消す様に、根古屋新愛が声を上げる。


「そん時、お嬢が気絶していて、ネコちゃんが起きた時は角の狩人に、『この空間は安全です』と言われて、有難く壁の中で休憩してたんだ」


と、彼女が知らない所でその様なやりとりがあった事を告げる。


「そう……」


獅子吼吏世は頷くと、一度角狩の事を忘れる事にした。


「……で、角家の連中は何処に行ったのかしら?」


「あいつらは先に進んでるみてぇだな。なんでも、島の中心にある黒い塔の方に向かって言ってるんだとか」


「黒い塔?」


根古屋新愛が青い壁の先から顔を上げて顎で指した。


「ほら、アレ」


あれ、と言われて、獅子吼吏世も顔を上げる。

確かに。暗い夜中では全然気が付かなかったが、其処には黒い塔が存在した。


「本当ね……あそこに行ったって……何をしに?」


「話し方からして、目標の討伐化物との戦闘っぽかったけど……それ以外にも理由がありそうな感じだったぜ」


と、根古屋は言いながら自分の狩衣を弄っている。

其処から取り出したのは、食料が積まれたバッグだった。


「まあ、取り合えずは飯だな、メシ。ネコちゃんは腹が減ったら動けない子だからな。お嬢は何にする?」


「え?そうね……待って、何を持って来たの?」


根古屋がバッグから取り出した食材を彼女は目を光らせた。

いや、懐疑的な表情で、何故それを持って来たのか、という表情でもある。


「ん?するめに貝ひも、それと鮭とばに蛸の酢あし」


「貴方のチョイス可笑しいでしょ、なんでお酒に合いそうなものばっか持ってきてるのよ」


「いや、保存とかの問題だから、長持ちするタイプを持ってきてるの、ネコちゃんは……あ、後はドッグフード」


「人間が食べるものじゃないでしょ、それは」


「いや……これは、ワン丸に」


そう言われて、獅子吼吏世は押し黙る。

そう言えば、彼女の同行者にはもう一人いた。

正確にはもう一匹。

紋白家から預かった狩人犬であるワン丸。

船が打ち上げられた事で、ワン丸とはぐれてしまったのだ。

この島に流れ着いたとすれば、ワン丸の生存確率は低いだろう。


「……残念だけど、ワン丸はもう……」


悲しそうな表情を浮かべる獅子吼吏世。


「お供えしましょう。遺体は無いけど……取り合えず、ドッグフードと、十字架でも作って其処に」


「……うん」


根古屋はワン丸の事を思い浮かべて涙目になっていた。

二人は、ワン丸の為に追悼をする事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る