第56話 『忘却のオブリビオン』
バルバロイが消滅すると同時に、包帯の男が戦っていたもう片方のバルバロイが周囲に四散した。
バルバロイの肉体は地面に張り付いて、力なく地面に波打っている、まるで死んだカエルの筋肉が痙攣しているような、そんな末路だった。
「あと、一体だけだ」
相手はバビロンのみ、それ以外の化物と言えば、バビロンの近くでウロウロする猿だけだ。
岸辺玖はバビロンの方に顔を向けた時、ふと、バビロンの周囲が蠢いた。
空間が歪んでいるのだろうか、バビロンの周囲から黒い霧のようなものが生み出されると、二足歩行の灰色の皮膚に、文字らしき字が身体中に書かれた生物が出てくると。
六本腕の生物、目はなく、ヘルメットの様な黒い溝が刻まれた頭部に大きな口が頭部の大部分を占めている。
笑みを浮かべている顔をしている生物は、紛れもなく化物だった。
「なんだ、コイツ……」
岸辺玖はその生物を見て、牙を向く。
笑っている相貌であるのに、その雰囲気はバビロンやバルバロイの非ではなかった。
「ほおぅ……タトゥかの」
角麿がそう告げる。
『
それが、バビロンの前に立つ化物の名前だった。
「何処の誰だろうが、関係ねぇ」
目の前に現れる化物は全て倒してそれを自らの糧にする。
それが岸辺玖の新たな理論であり、それを実行する為に動くが。
「っ」
岸辺玖の足は、化物タトゥの前まで行く事が出来ない。
膝が地面についている。岸辺玖はもはや限界であった。
「ざけんな……まだ、まだやれんだよ、俺は」
岸辺玖は、目の前の化物の方をにらむ。
するとタトゥは、岸辺玖の殺意を感じ取ったのか、口を開いて、真っ白な歯を向けて、人差し指を一本だけ立てると、それを左右に振った。
その行動は無理だと、無謀だといっているようで、それは岸辺玖に対する挑発にもみえた。
歯軋りをしながら、岸辺玖は隻翼を噴出しようとしたが、彼の体が隻翼に引っ張られている様に、激痛を覚える。
「待て、待てよ、なあっ!」
その声は、岸辺玖の背後から聞こえた。
包帯を巻いた男が岸辺玖を抜いて、タトゥとバビロンの方へと向かい出す。
「バビロンっ!お前は、お前はここで殺すっ!!」
絶叫が響き渡り、狩猟奇具で化物に攻撃するが。
「きぃ」
猿の声が響いて、包帯の男は意識を失う。
夢の中へと誘われて、そのまま勢いよく地面へと寝転ぶ。
バビロンを引き連れて、タトゥらは黒い霧の中へと入っていくと、完全に彼らの体が消えて、そして黒い霧も消え去った。
残るのは、岸辺玖と狩人と、残骸のみだった。
「ふぅむ、化物の回収かのぅ。やはり知性がある化物は敵に回したくないのじゃ」
角麿はそう言って周囲を見渡す。
周囲には、化物の死骸が多く転がっていた。
「屍衆よ、死骸を回収するのじゃ、……あぁ、それと、死体が半壊している化物でも、化石があれば動くでの。完全に肉体と切り離して回収するのじゃ、中には、化石が二つあるものも……」
そこまで言って。
岸辺玖の背後に回る、濁った液体。
バルバロイが、未だに活動していた。
岸辺玖が、バルバロイの化石を食らった筈だが、しかし、バルバロイは今も活動している。
「(ほう、バルバロイは二つ持ちじゃったか)」
そう感心する角麿。
バルバロイの液体が動いて、岸辺玖へと向かう時、全てが終わったと安堵していた角袰は青ざめた。
「きゅうくんっ!!」
声を荒げる。
岸辺玖は、肉体が形成されつつあるバルバロイをただ見つめることしか出来ない。
「(体が、動かねぇ……、限界、か)」
悔しいような清々しいような、よくわからない感情を浮かべながら、岸辺玖はバルバロイを見上げる。
肥大化した頭部を鈍器の様に振り上げるバルバロイ。
そのまま、岸辺玖を潰すつもりなのだろう。
角袰は走る、だが、間に合わないだろう。
岸辺玖は息を吐く。このまま、死を受け入れようとしていた。
しかし、バルバロイの上空から落ちてくる、柱の様な狩猟奇具を持つ一人の狩人が、それを許さない。
バルバロイの肉体ごと化石を叩き潰す。
それによってバルバロイは致命傷を負い、そこで完全に液状となって蒸発していった。
黒い防護コートに、ドクロを模したフェイスガードを装着する、栗髪を二房にした、女性の狩人。
「……随分と変わったわね、玖」
彼の名前を口にする。
獅子吼吏世が、窮地の中、彼の前に現れるが。
「………おい」
岸辺玖は彼女の眼を見て警戒する。
体を起こそうとするが、力が入らず、その場に座る事しか出来ない。
仕方なく、その状態で岸辺玖は彼女に告げる。
「助けてくれた、それは感謝する……ところで、お前、誰だ?」
「……え?」
その言葉は、決して見違えたという意味合いではない。
岸辺玖は、獅子吼吏世の事を、忘れていた。
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