第16話 『死線通うデッドライン』


「―――あ、ッ」


弾丸が地面に着弾し、アスファルトが抉れる音を聞いて、東王子月千夜は目覚める。

雨が止んだが、曇天の空が広がる場所。

東王子月千夜は大鎌の柄を杖にして意識を失っていた。


「………私、は」


意識を巡らそうとして、そして自分が夢を見ていて、今現実に戻って来た事を思い出す。


「(そう、だ……猿の声に、……玖、玖は、何処にッ!)」


夢から醒ました最愛の人物を探す。

眼前には、傷だらけの岸辺玖が息を荒げていた。


「きゅ―――ッ!?」


玖、と声を上げる事が出来ず、息を止めてしまう。

岸辺玖の前に立つ、首を風船の様にして持つ化物……よりも奥。


灰色の煙と共に出現する、化物の軍勢。


身体中に青色のラインを刻んだ六本腕の化物。


三メートル程の身丈、黒い筋肉繊維で纏まる人型には胸元に人間らしき顔面が埋め込まれ、左腕は巨大な人間の頭部となっている化物。


トラックを軽く飲み下す事の出来る巨大な図体は芋虫の様に、蓮の様に開いた毛穴からは灰色の煙を噴出させる化物。


女性らしい顔つきに肥大化した胸と、腹部は水と黒の液体が薄い膜で覆われた尾骶骨の部分から魚の尻尾を出す化物。


多くの中でも一際目立つ化物に、東王子月千夜は恐怖を覚えた。


「(『化物道』ッ……まさか、こんな時に!?それも、どれも見た事がある、『銘付き』……これ程に強力な化物の群れが存在するのかッ、しまった……『狩衣かりぎぬ』を用意しておけば……)」


後悔しても遅い、今はこの状況を如何にして切り抜けるか考える。

顔面から乾いた粘土の様に剥がれ落ちる仮面を、邪魔臭そうに掴んで無理に引き剥がすと、苦し紛れの笑みを浮かべる。


「おいおい、お仲間引き連れてリンチか?随分とみみっちくなったなぁ、俺の敵はよォ」


ボロボロになった体で岸辺玖は一歩前に出る。

東王子月千夜は、まだ岸辺玖が戦闘を続けようとしている事に驚き声を荒げる。


「玖ッ!これ以上の戦闘は不可能だ、早く逃げよう」


戦線の離脱、東王子月千夜は岸辺玖の手を掴んで、背負って逃げようとしたが。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ、逃げるワケねぇだろうが、俺が」


岸辺玖は重傷になりながらも戦闘をする気概だった。

負けず嫌いの彼に惹かれた事もあるが、しかし今はその意志を尊重する気にはなれない。


「ッ!馬鹿なのはキミだろうッ!あの化物はデータベースで見た事がある……『蛮族バルバロイ』、『紋身タトゥ』に『疫病ペイルライダー』……どれも威度がSを超える危険な相手だ、キミ一人で倒せるわけがない、確実に死んでしまうッ!復讐を望むのは分かる、だが、無意味に命を散らす様な真似は」


正論で岸辺玖のエゴを壊そうとした彼女の言葉は。


「こいつらの通る先は何処だ?」


岸辺玖の問いによって留まる。

肩に彼女が置いた手を岸辺玖は前進して引き剥がす。

『化物道』が通る先には、仮拠点があり、其処には人が生活している。

此処で逃げれば、必ず、『化物道』が仮拠点を通過し、多くの人間が死んでしまう。


「優先順位くらい理解してんだよ。今の俺はエゴで動いてねぇ……襲撃されたら即座に終わる……」


ポケットから腕時計を取り出して時間を確認すると、それを地面に落とし、コートの懐に手を突っ込む。


目標ノルマだ。三十分は稼ぐ、稼げば戦線離脱、それが出来たら上出来だな……なら、三十分は必ず稼ぐ、生死は問わない……これが及第点だ……」


そして取り出したのは、化物の体液から抽出された『化漿』だった。


「ッ!駄目だ、それは、肉体に負荷を掛ける」


「もう一度使ってんだ、もう一回、なんて事はねぇよ」


「もっと駄目だ、日に二度も使用すれば、戻れなくなるぞッ」


東王子月千夜は、その『化漿』の有用性を知り、同時にその危険性も承知していた。

使役すれば、強大な力を引き出す代わりに、肉体に化物の遺伝子を残す。

酷使すれば、肉体は何れ化物へと変貌し、二度と人間には戻れなくなる。


「死ぬ覚悟、しちまったからよ……力を引き出して死ぬってのも、悪くはないだろ……月千夜、此処にいるのは構わないが……巻き込まれんぞ?」


そう言って、岸辺玖が首筋に『化漿』を突き刺そうとした瞬間。

東王子月千夜が無理矢理注射を止めると同時、背後から、複数の人間が現れた。

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