第17話 『雌猫同士のキャットファイト』
栗髪を二つに縛る盾を担う女性。
その後姿は、岸辺玖を守る為に立っている。
「獅子吼か……?」
獅子吼吏世。
名前を呼ばれて彼女は振り向き、岸辺玖の方を見詰めた。
「玖……」
彼の傷だらけの姿に痛ましい表情を浮かべる獅子吼吏世。
「なんで此処に……いや、そもそもお前は」
精神的に病んでいて出撃すら出来なかった筈だ。
しかし、彼女は狩猟奇具を装備して戦場に立っている。
「緊急事態だから、特別に許可がおりたの、『化物道』が数十分前に発令してたから」
情報部の方では既に『化物道』の情報が流れていた。
それは近隣の狩人に報告されていたが、岸辺玖付近の地域は電波障害によってその情報が行き届かなかったのだ。
思わぬ援軍ではあるが、事態が好転したワケではない。
獅子吼吏世が一人だけ増えた所で、『化物道』がどうにかなるはずがない。
「死ぬ奴が増えるだけだろ」
「そうかしら?」
獅子吼吏世は悠然とした態度で岸辺玖の言葉を否定する。
彼女以外にも、『化物道』の最前線へと来たものが居る。
「私のお父様は、『十六狩羅』って知ってた?」
更に、岸辺玖と、東王子月千夜の背後から歩いて来る、複数の狩人。
熟練の狩人や、精鋭部隊など様々な組織の制服を着込む狩人が出る中、その中で一際目立つ狩人が存在した。
「(『十六狩羅』、討伐会が特級として任命した規格外の狩人たち……その実力は威度S以上の実力に匹敵するとされている……)」
東王子月千夜は、外交などでお家柄の付き合いとして『十六狩羅』と会合した事がある。
だから、『十六狩羅』の何れかの狩人を認知していた。
「(特級狩人は、その存在を分類する為に『狩り』の称号が与えられる……『刀狩り』『毒狩り』『雷狩り』『鬼狩り』……四人も来ている)」
『刀狩り』
『毒狩り』
『雷狩り』
『鬼狩り』
今回の『化物道』討伐戦にて招集された十六名の狩人の内、四名が登場する。
その姿を目視して、心が躍る者はいない。
ただ一人の『十六狩羅』がいるだけで、味方の士気は上がり、一騎当千の力を得たと錯覚する程だ。
「は、はは……んだよ……
乾いた笑みを浮かべるが、岸辺玖は安堵を浮かべて狩猟奇具を握り締める。
これで思う存分、『首無し』との戦闘を行えるとそう思ったが。
「玖。もう大丈夫よ、あなたは、何もしなくてもいいの」
獅子吼吏世が岸辺玖を優しく抱き締める。
それは慈愛に満ちた抱擁であり、彼女の柔らかな体で抱き締められれば脱力をしてしまうものだが。
「何してんだ、退け、獅子吼ッ」
岸辺玖は彼女の抱擁を嫌悪した。
千載一遇の好機を無駄にされてたまるかと思う岸辺玖だが。
「無理しないで。そんな体で……これ以上戦ったら……」
岸辺玖は重傷だった。立っているのも不思議な程にぼろぼろで、東王子月千夜も首を縦に振って同意すると。
「玖。戻ろう、体を休めておくれ……ありがとう、獅子吼家のお嬢様、あとは私が引き受けるから、心配しないでくれ」
そう言って獅子吼吏世の抱擁に割って入り、東王子月千夜は岸辺玖の肩を抱く。
それは友人としての支えではあるのだが、わずかに、東王子月千夜は自らの胸を彼の腕に押し付けていた。些細な事で当の本人すら気が付かない行動だが。
「……あぁ、東王子の、心配しなくていいわ。私は彼のバディですもの。彼は私が責任を持って仮拠点に移動させるから」
「仲間想いな事だ感服するよ……しかし。玖の事はあまりお気に召さなかったのではないのかい?同時に、キミは精神的に摩耗していると聞く。悪い事は言わない、玖は私が送っておこう」
「おい、俺の話を聞けよ」
どちらも岸辺玖の送りを譲らない様子だった。
しかし両方、聞く耳を持たず。
「なに?あなたと玖の関係って」
「それは勿論、友人だよ。大切なね」
「へえ、そうなんだ、それにしては、友人に胸を押し付ける様な真似をするのね」
「慧眼だね、しかし節穴でもある様子だ、見間違えから決めつけは良くないと思うから、これからは気を付けた方が良い」
「あぁ、そう、見間違えね、ごめんなさい。てっきり、嫉妬しているんだと思ったわ、だから、取られない様にマーキングしているものだと……」
「……ふふ」
「ふふ……」
二人は笑うが、しかし目は笑っていない。
両者とも互いを女として見ている。好いた男に媚を売る女だと、好いた男を奪う雌猫だと、そう警戒して、火花を散らす。
「……退け、お前ら、俺は、まだやる事が……」
東王子月千夜から離れて歩き出す岸辺玖。
だが、二歩、三歩と歩き、四歩目を持って体を崩して、そのまま倒れる。
限界が来た様子だった。岸辺玖はその場で意識を失ってしまった。
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