第9話 『緊急発令エマージェンシー』

服を着替えた獅子吼吏世は、壁に手を伝いながら校舎を歩き出す。

精神的に摩耗しているが、岸辺玖さえ居れば彼女の精神は安定する。

と、彼女自体はそう思っているが、傍から見れば岸辺玖に依存する精神患者にしか見えない。


「玖……何処、どこに……」


岸辺玖が部屋に戻ってない事を確認した彼女は、その足で情報室へと向かう。

其処には狩人関係者が日夜活動を続けていて狩人に情報や任務内容を提供している。

そして、外へ外出する際には、必ず情報室で外出する事を告げ、外出許可を取得する必要があった。


「あれ。獅子吼さん、何をしてるんですか?」


メガネを掛けた長髪の女性が獅子吼吏世を見てそう聞く。

空き教室を一つ使って、十名程の狩人関係者が動いている。

と言っても、精密機器を弄ったり、モニターの確認や、キーボードを打ったり、書類に目を通すくらいで、後は咳払いや事務的な声が響いて、空調の音が響く様に聞こえる程に静かだった。

メガネを掛けた女性は依頼受注や外出管理をする役所に就く役員で、窓を取り外して其処に顔を出して窓口として見立てて仕事をしていた。


「体調が優れていませんが、どうかされましたか?」


話を進める女性。

彼女の恰好は軽装であり、表情が優れず、髪の毛も結んでいない。

何よりも彼女が重病である事を聞かされているので、情報室へ何の用事なのか聞く。


「……玖、玖は」


岸辺玖は何処へ行ったのか。

それを聞こうとした時、情報室がざわついた。

その声に反応して眼鏡の職員も後ろを振り向いて何事かと確認すると。


「大変だ、狩人を呼べ」


「方角から街を通って、こっちに来ているぞ」


中年たちがそう騒いでパソコンに向かっている。

机に置かれたノートパソコンにメールが届いたようで、眼鏡の職員もそのメールを確認して目を見開いた。


「『化物道けものみち』……ッ」


「……え?」


獅子吼吏世は耳を疑った。

『化物道』。極めて等級が高い化物が群れを成して移動をする事である。

街を散開して活動を行う護衛任務に就く狩人がそれを発見し、方角と予測衝突時間を報告したのだ。


「本拠地へ通達……いや、それじゃ遅い……近隣の狩人に足止めをして貰わないと……」


「数時間もあれば『十六狩羅しししゅら』の数名が来てくれる筈です……近場の人間、今日外出している人は?」


上部の人間らしい二名が会話をして、眼鏡の職員に話を振る。

即座にノートパソコンを弾いて、本日外出している狩人を確認。


「朽木紅葉、東王子月千夜、それと……岸辺玖の三名です」


其処で、獅子吼吏世の頭の中が真っ白になった。

岸辺玖が、『化物道』の近くに居る可能性がある。

そうなれば、岸辺玖は、『化物道』に巻き込まれるかもしれない。

そう思った獅子吼吏世は即座に踵を返して走り出す。

目指すは自らの個室、其処には、獅子吼吏世の任務用の制服がある。


「玖……ッ、玖ッ!!」


岸辺玖の安否を確認し、彼の命を守る為に。

獅子吼吏世は、街へ向かう準備を始めるのだった。

その為に、彼女がまずした事は。


「獅子吼家に、連絡を……っ」


携帯電話を使い、本家へと連絡する事だった。



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