第8話 『雑談なトーク』
一時間程の時間を費やして市民体育館へと戻ると、まず最初に周囲の警戒、他の化物が居ないかを確認した後、猿が逃走した方角を思い出して地面を見る。
「(手負いじゃなかったから、残ってるのは足跡だけか……雨が降ってる、足跡も流されてるな)」
天候は雨であり、二十五時間以上の時間が空いている。
猿の知性が低ければ、また市民体育館へと戻る可能性もあったが、それは無い様子だった。
岸辺玖は振り向いて朽木紅葉を呼ぶ。
「お前の力が必要になった。索敵を頼む」
そう告げると、朽木紅葉は頷いて懐から四角い箱、狩猟奇具を取り出した。
トリガーを引き抜くと、鋼鉄製の狩猟奇具から脊髄の様な蛇腹の様に繋がる骨が飛び出て、ピンク色の触手が脊髄に纏わりつくと、更に粘液が肉をコーティングして羽毛の如き毛が生え揃うと、通常の鳥と同じ場所に短い嘴と、首辺りに長い嘴を生やす二つ口の鳥へと形状を変える。
そして、朽木紅葉の腕には燕の巣の様に茶色くて泥状のものが固形した様なものが定着していて、それはチェスの盤面みたいに平らな面があり、平面は液晶画面の様に滑らかで、赤い点滅をしていた。
「
肩に止まる鳥が飛び立つと、それに合わせて朽木紅葉の腕に張り付いたものが動き出す。
遠距離型遠隔操作の狩猟奇具である『風形』は探索や索敵に便利であり、ある程度の情報を与えるとその特徴に合うものを発見したら教えてくれる程度の知性を持つ。
「索敵距離は十キロ程だ」
「取り合えずは逃げた方角から歩きながら探すぞ」
二人は了承をして雨の中歩き出す。
防水用のコートを着込んではいるが、備えのパーカーを付ける事は無かった。
理由は視野が狭くなる為だ、豪雨とは言い難いが、音が聞き取りにくい程に雨が降っている。必然的に聴覚の制限をされており、これ以上、五感を狭まる様な真似は出来なかった。
ただ、索敵要員である朽木紅葉は目が大事である為に、雨から守る為にパーカーを使用している。
『風形』が索敵を始めて数時間。
雨に濡れ続けた三人は、多少の雨が止んだ時に休息を取る事にした。
廃墟となった建物の中、濡れた髪をタオルで拭く。
朽木紅葉だけは索敵の為に屋上へ昇って周囲の警戒と共に探索を続けていた。
「……それで、どうなんだい?」
「あ?何が」
ふと、東王子月千夜が世間話を始めたので、岸辺玖は何の話かと聞き返す。
「獅子吼のお嬢様の事だよ。あの後、会いに行ったんだろう?」
「あぁ……」
岸辺玖は溜息を吐いた。数時間前に合った獅子吼吏世の事を思い出している。
「五分ほど話した、時間の無駄だった」
意味の分からない事ばかり話していたと、憂鬱そうに語り出す。
「そうかい……けど、少なからず無駄にはならなかったと思うよ、対話は人と人の繋がりを促すもの、少なからず、変化はあったと、そう思おう」
東王子月千夜は腰元に付けたベルトに挿したボトルを取り出して水分供給を行う。
「無駄だろ、あれはもう」
「ふふ、そう思うのなら、何故、猿を追うんだい?」
東王子月千夜はほのかに笑みを浮かべて彼に聞く。
岸辺玖の手は一度だけ止まって、すぐにコートから狩猟奇具を取り出して片手で遊び出す。
「キミはきっと。精神異常は猿の能力だから、その元凶を倒せば精神異常も解けると思ってる、だから、金にもならない討伐戦をしているんだろう?」
「見当違いだな、俺のことを舐めてんだよ、あの猿は。逃がしっ放しは癪に障るから殺すだけだ」
岸辺玖は獅子吼吏世の為にではない事を強調するが、東王子月千夜は彼の照れ隠しだと思って、微笑んだ。
「では、そういう事にしておこうか」
東王子月千夜は、彼の優しさを知っていた。それが本当に彼の優しさであるのかは、彼女にしか分からないし、本当の事は、岸辺玖しか分からないが。
「いたぞ」
屋上から戻って来た朽木紅葉が、猿を発見したと告げに来た。
岸辺玖は狩猟奇具を投げて片手でキャッチすると、それを懐にしまって立ち上がる。
「よし、始めるか」
そう岸辺玖は懐から双眼鏡を取り出して屋上へ昇り出す。
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