第5話 『時間制限のルーズ』

狩人専用の病室は引き戸だった。

扉を開いて中の様子を確認すると、部屋は薄暗かった。

ベッドの上で体育座りになりながら、獅子吼吏世が俯いている。

豊満な彼女の肉体だと、その態勢は少し窮屈ではないか、と岸辺玖は思いながら戸を閉める。

戸を閉める音を聞いて、誰が入って来たのか確認する為に顔を上げる獅子吼吏世。

其処には夢の中で過ごした想い人が其処に居た。

獅子吼吏世は見知った顔を見つけて琥珀色の瞳に涙を溜めると、ベッドから這い出て岸辺玖にしがみ付いた。


「玖……ッ玖ッ!!」


服を強く握り締める、岸辺玖はすぐにでも彼女の行動を止めてやりたかった。


「(服が皺になるだろ)」


岸辺玖は嫌悪感を表すが、なんとかそれを表に出さずに自らの内に潜ませる。

獅子吼吏世は立ち上がって、岸辺玖を強く抱き締めた、彼から発するぬくもりは、あの時見た夢の中と同じ暖かさで、安堵の息を洩らす。


「玖、わた、私、わたしたち、子供、子供が……」


「あ?なんだよそれ」


岸辺玖はポケットから腕時計を取り出して確認する。

基本的に、彼は腕時計を手首に巻く事はない。

皮膚が荒れやすい体質で、腕時計を付けるだけでも肌が荒んでしまうのだ。


「(あと一分くらいだな……)」


岸辺玖は彼女を引き剥がすとベッドに座らせる。

そして彼女の目線に合わせて優しい口調で言った。


「良いか?獅子吼、お前が見た夢は」


「吏世って呼んで」


すんと鼻を鳴らしながら眼を擦る獅子吼吏世。

注文をするなと言いたくなるが、なんとか我慢して話を続ける。


「良いか吏世。お前が見たものは全て幻だ、存在しない、まるっきりのウソ、さっさと忘れて、早く現場に復帰しろ、以上」


それだけ言って岸辺玖は立ち上がると獅子吼吏世に背を向ける。

ポケットから腕時計を取り出して確認をする。


「(二十秒も過ぎてるな、さっさと準備して任務に出るか……)」


別段、彼は時間にルーズである、と言う訳ではない。

ただ、岸辺玖は必ず目標を立てる癖があり、目標を達成する事に対する執着心が強かった。


今回は五分だけ、獅子吼吏世に時間を割くと言う目標の元、予定の五分から二十秒以上もオーバーしているので、鬱屈とした表情を浮かべる。

占いやクジに影響されやすい人物がいる様に、岸辺玖も目標が達成されなかった事で不調を訴える事が多かった。


部屋から出て行こうとするが、しかし、背後から獅子吼吏世が岸辺玖の体を抱き締める。


「いや……いかないで、ここにいて、あなたは、私と一緒に居てくれる、そうでしょ?」


「言った覚えはない。それに、お前は俺を見下してんだろうが、ほら、離せ」


厄介そうな表情を浮かべて、岸辺玖は獅子吼吏世から離れようとするが、彼女の膂力が岸辺玖を強く抱き締めて、一瞬、息が出来なくなる。


「夢、夢、夢、なら、それでいい、それでいいわ……夢なら、また、現実にすれば良いだけじゃない……玖、私は、あなたを愛している」


「たかが夢で見ただけの癖にッ、愛なんて言ってんじゃねぇよ!」


そんなものはまやかしだと、岸辺玖は彼女の腕を引き剥がそうとする。

だが、彼女の抱擁は段々と強くなり、焦燥に駆られる岸辺玖。

そして、ベッドに向けて岸辺玖は投げ付けられると、その上に獅子吼吏世が馬乗りになった。


「なら、証明してあげる……子供を作りましょ?」


荒く吐息を溢しながら、獅子吼吏世はTシャツを脱ぐ。


「ざけんなッ、てめぇ!」


岸辺玖は叫び、彼女の顔を睨む。


「だって……諦められないのよ……あなたとの子供、十世とのよを、取り戻さないと……」


涙を浮かべて、彼女が生む筈だった、子供の名前を口にする。

岸辺玖は、獅子吼吏世は完全に頭がどうかなったのだとそう思った。

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