第2話 『幻術のイマジナリー』

「全部で十五体、ノルマ越え達成だな」


金属を擦り付ける様な音を掻き鳴らす岸辺玖の『狩猟奇具』『鮫肌』。

特殊な能力は粗目な刃を高速で回転させる事で切断能力を上昇させる。

それだけの能力ではあるが、体毛が生え揃う生物には多少強引な戦法が有効的であるのは、幾度の戦地で培ってきた情報と経験であった。


返り血を浴びながら岸辺玖は残る猿の方に顔を向けて、大地を震撼させる威力を発揮する『咆髑ほうろう』を使役する獅子吼吏世も、丁度雑魚の処理が終わって、最後の一匹の方に顔を向ける。


「あの猿を倒せば終わりね」


「美味しい所喰って良いか?」


「馬鹿言わないで、私が狩るわ」


盾型の狩猟奇具であるが、分類で言えばそれは銃型に該当する。

民族仮面を模した盾には怪物の絵が掘られており、端から端まで裂けた口元から、衝撃波の弾丸を射出する。

威力が強いので、硬度の低い雑魚程度ならば一撃で倒す事が出来る。


「んじゃ、どーぞ?」


そう言いながら岸辺玖は周囲を確認する。

今回の任務は案外、損傷は最小限に留めて完了出来ると思った。

だが、隙を作ってはならない、人間は油断をすれば弱くなる、不意に弱い生物だと知っている。

猿の化物が物陰に隠れて隙を伺っている可能性もあった。

だから、最後の敵は獅子吼吏世に任せて、岸辺玖は周囲を警戒する役目を買った。


獅子吼吏世もまた慢心する事無く、最後の一匹である猿の化物に標準を合わせる。

最後の一匹だからか、他の化物とは違い、その毛色は黒ではなく灰色であり、その瞳は血の様な赤ではなく、満月の様な黄だった。

色違いは亜種とも称されるが、他の化物とは違いおどおどしていて、落ち着きがなく、狩猟奇具を武器と認識しており、『咆髏』を向けると身構える仕草をする。


「(弱弱しい真似を……それが演技の可能性もあるでしょうに、虚勢を張るのなら、強く見せた方が得策じゃない)」


内心はそう思い、しかし弱者に近づく様な真似はせず、遠方から攻撃を開始する。

引き金を引いて、『咆髏』の口が開くと共に衝撃波の弾丸が最後の猿に向けて放たれる、当たれば風船の様に内部から破裂して真っ黒な花を咲かせるだろう。


だがそうならなかった。

具体的に言えば、猿は当たる直前に上部へと飛んだ。

やはり、薄弱の様相は偽装であったらしい、高く跳躍する猿の化物に、先に対応したのは岸辺玖だった。


「ビンゴォ!」


懐に隠す複数の狩猟奇具の中から遠距離攻撃が可能な狩猟奇具を選択。

抜き出すと同時にトリガーを引き抜くと、骨格が生え出して、狩猟奇具を握り締める親指側から細く短い針が伸びて、小指側から細く長い針が生えると、ピンク色の繊維が針の間に生え揃い、針と針の間に橋を作る。


零落おちろ『月鳴つきなり』」


狩猟奇具に設置されたトリガーを引き抜くと、針と針の合間から紫電の糸が束になって射出される。狙いは猿の化物ではなく、自らの上部からであり、紫電は空に昇り、曇りを裂いて、今度は雷が落ちて来る。その雷は猿の化物に向けてであり、跳躍した猿がそれを避ける事は出来ずに直撃する……その寸前。


「きぃ、きぃいぃぃぃ、ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!」


猿が吠えた。

恐らく、雷から後にやって来る雷鳴よりも大きく叫んだのだろう。

岸辺玖はそれは断末魔だと信じたが……直後、彼の視点は暗転する。


『あ?』


其処は喫茶店だった。

木漏れ日が差し込むテーブル席、静かなクラシックが流れる場所で、目の前には自分が頼んだであろう珈琲のカップが置かれていた。


『俺ァ、確か』


記憶を巡らそうとすると、からん、と出口側から扉が開かれてベルが鳴る。

其処には、女性らしい私服を着込んだ獅子吼吏世が入って来ると、首を左右に動かした。

誰かを探しているのか、岸辺玖と目が合うと、彼女は笑みを浮かべて軽く手を振って近づいて来る。


『お待たせ、待った?』


少女らしい笑みを浮かべて、緋色の瞳で岸辺玖を見詰める。

岸辺玖は間の抜けた表情を浮かべて彼女をジッと見ていた。


『……?なに、どうかしたの?そんなバカみたいな顔して』


『あ?あぁ、なんでお前、此処に居るんだよ』


珈琲を持って口を付ける。

味は苦い、味覚がきちんと発達している事を確認する。


『なに、その最悪な言い方。そりゃ、少し遅れたけど、それは無いんじゃない?』


『……』


岸辺玖は手を伸ばす、獅子吼吏世は、その手を見て、首を前に出した。傷跡が消えている掌が、彼女の頬に触れる。柔らかくて、温かみがある、本物が其処に居る。


『ん……あったかい……そういえば、貴方と付き合う時も、こうして触れて貰ったわね……』


懐かしむ様に感じる獅子吼吏世。

付き合う時、記憶を巡らして、岸辺玖は思い出す。

そうだ、彼女と交際する切っ掛けになったのはこの接触だった。

死に掛けた彼女の体温を測る為に首に触れ、頬に触れたのがきっかけで、その感触は今でも、岸辺玖の手に残っている。


『……あぁ、そうか』


岸辺玖は記憶を思い出した。

大量発生した化物の対処をした後、彼は獅子吼吏世と結ばれたのだ。

そんな記憶を思い出して立ち上がると。


『夢か、これ』


直後、岸辺玖は走り出す、獅子吼吏世が後ろから待ってと慌てて言うが、岸辺玖はそれを無視して喫茶店から出ていく。

その瞬間、視界いっぱいに眩さが入り込むと同時に、岸辺玖は目覚める。


「……甘い夢だな、エテ公。獅子吼吏世って女は、そんな言葉、吐かねぇよ」


目を開き、立ち上がると、岸辺玖は灰色の猿を嘲笑する様に見る。

猿は口を動かしながら、同胞が横たわる遺体の上に立っていた。

どうやら、同胞の肉を喰らって体力の回復をはかっていたらしい。


「殺してやるよ、クソ猿」


左手に握り締める『月鳴』を上空に向けると、猿は屋根が残る場所へと移動した。


「チッ(この猿、月鳴の特性を理解してんのか)」


『月鳴』は空に撃てば雲に伝播し、雲から対象物を狙って雷撃を放つ。

室内でも、天井に当たれば天井を伝播して対象物を上空から狙える。

だが、こうした屋根があったりなかったりする場所では万全には扱えない。

岸辺玖が立つ場所には屋根がなく、猿の上には屋根があった。

だから空に向けて撃っても、落ちる雷撃は屋根に直撃し、猿にダメージを与える事は出来ない。


「きききぃぃぃ」


猿は甲高い声をあげて逃げ出す。岸辺玖は猿を逃がさまいと『月鳴』を解除して放心状態の獅子吼吏世の方へ駆けた。

彼女も岸辺玖と同様に夢を見せられている、だから、岸辺玖は外部から彼女に語り掛けて夢から覚ます必要があった。


「おい、起きろ、獅子吼ッ!猿が逃げるぞ!!」


声を荒げて、岸辺玖は咄嗟に彼女の頬に触れる。

すると、彼女の意識は次第に現実の方へと向けられていき。


「……ん、ぇ……き、玖……?」


彼の顔を見て、下の名前でそう言った。

岸辺玖は、彼女がまだ夢から覚めて無いのだろうと思い。


「お前が見てたのは夢だ、現実じゃない。起きろ、お前が口にする名前は、岸辺だろうが」


そう言って、岸辺玖は即座に彼女の頬から手を離す。

即座に猿を討伐しようと行動を起こした時。

彼の手が強く握られた。

獅子吼吏世が、岸辺玖の手を強く握ったのだ。


「おい、獅子吼」


「吏世、でしょ?……ねえ、玖、そんな、夢な筈……ない、じゃない。ねぇ?これ、これが……夢なんでしょう?ねぇ、玖……ッ!」


喪失し蒼褪めた表情を浮かべる獅子吼吏世は今にでも泣きそうだった。

きっと混乱しているのだろう、岸辺玖は彼女の手を振り解くと共に叫ぶ。


「何馬鹿な事言ってんだッ!ここが現実だ、此処が、こうして、叫んでいる俺が居る場所が、本物なんだよッ!ボケた頭冴えて目ェ覚ませッ!!」


これ程の、彼女を侮蔑した叱咤をすれば、すぐにでも意識を切り替えるだろう。

岸辺玖の考えとは正反対に、首を左右に振って、涙を流す獅子吼吏世。


「違う……此処じゃない……玖、私、私たち……あ、ぁああああっ!!」


泣き崩れて、膝を突く獅子吼吏世に、岸辺玖は狼狽した。

それは、生意気な彼女の姿は何処にも無くて、岸辺玖は彼女を置いて猿を追い掛けようと思った。


「ッ……クソが」


彼女の泣き声に反応して、建物に入って来る別の化物たち。

今の彼女では戦闘は難しい、これ以上は、迷う事すら時間が惜しい。


「来いッ」


岸辺玖は、獅子吼吏世を背負いながら、戦線を離脱した。


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