[3-2]豆狸をさがせ
「ああああっ、うそ! どうして! なんでいないのっ」
取り乱した様子で
とりあえず落ち着かせなきゃ。
「落ち着いて、
「
大変だ、完全にパニックになってる。
そりゃそうだよね。突然姿を消したのは初めてじゃないけれど、今回は助けを求めてやってきたのにいなくなっちゃったんだ。何かあったに決まってる。
おまけにこの町には退魔師が入り込んでいる。万が一にも鉢合わせることになってしまったら、ただじゃすまない。
絶対に、見つけなくちゃ。
だけどどうやって
考えろ、わたし。先輩として、この子をちゃんと助けないと。
「
わたしは彼女の手首をつかんで、名前を強く呼ぶ。
「……せんぱい」
「落ち着いて。まずはタヌキの子を探しましょう。わたしもアルバくんも一緒に探してあげる。絶対に見つけなくちゃ」
まっすぐに
「はい」
しっかりと頷いたのを確認してから、わたしはやんわりと腕を引っ張った。意図がわかったのか、
どこに行ったのか見当はつかない。
だけど、わたしがバスに乗らないと家に帰り着けないように、手負いの
きっと、大丈夫。
心臓がふるえる。胸の中心に落ちた鉛が大きくなっていく。
本当はすごく不安だ。もしも、最悪の結果になってしまったらどうしよう。ううん、だめだわ。悪い結果ばかり考えてたら何もできなくなってしまう。
だいじょうぶ、大丈夫。
――あきらめるな。
いつか見た悪夢の中で聞いたあの言葉が頭の中でよみがえる。
そうよ。自分にできることをして、少しでも前に進まなくちゃ。大丈夫にきまってる。
きっと、アルバくんならそう言ってくれるよね。
☆ ★ ☆
「大丈夫だ」
予想していた通り、アルバくんは力強くそう言ってくれた。
わたしたちは今、
ある程度は落ち着きを取り戻したものの不安そうに俯く
だからまずは近所の商店街を回って探そうってことになったんだけど、わたしはともかくアルバくんはお店通りを走っていても平気なのかしら。頭に猫耳を生やした男の人がいたらびっくりするんじゃ……。
「ねえ、アルバくん。平気なの?」
「なにが?」
平然と返してくる。わたしが何を心配しているのかまるでわかっていないみたい。
「なにがって……。アルバくん、街中を歩いてて大丈夫なの? 今は普通の人に見えちゃってる状態なんでしょう?」
「ああ、そんなことか。今は幻術かけてるから見えてねえよ」
「え、そうなの?」
「それぐらいの配慮くらいするっての。そうだな、今ははたから見ればお前が走りながら独り言喋ってるように見えてるんじゃね?」
「えええええっ、うそぉ! それ早く言ってよ!!」
もうっ、わたし一人で変な人になってるじゃない。
もしかして、今わたしって商店街の人たちに「ひとりでなんか叫んでる学生の子がいる」とかささやかれてるんじゃ……。
やだやだ、そんな噂の的になるなんて絶対にいや!
頭を振って思考を切り替えよう。もう余計なことは考えず、ここは見て見ぬふりよ。足を止めないようにしなくちゃ。
「
前を走っていたアルバくんが角を曲がった。
商店街にくるのは初めてのはずなのに迷いなく進んでいく。
「アルバくん、タヌキの子がどこにいるのかわかるの?」
「ああ、わかる。
「妖力って、最初アルバくんが倒れた時に九尾さんが尻尾をちぎってたあれのことかな」
白くてふわふわ浮く、蛍の光みたいな。
「あー、そうそう。あれだ」
急に声のトーンが落ちる。なんか返事が雑になった。
いつも思うけど、どうしてアルバくんは九尾さんが話題に上ると機嫌が悪くなるのかしら。
「とにかく急ぐぞ。嫌な予感がする」
アルバくんの走る速度が上がる。置いていかれないように、わたしは足に力を込めてついて行った。
――と言いたいところなのだけど、体力的に限界だった。
だって文化部、それも園芸部だもの。男の人に追いつけるほど早く走れるはずがなかったんだわ。しかも相手はあやかし。追いつけるはずがない。
そもそも、あやかしって足が人より速かったりするのかしら。
「ちょっ、アルバくん。早い……っ」
幸い、まだ九月の始めだから太陽が出ている時間は長い。授業が終わってからずいぶん経つのに、外は明るいまま。暗くなる前に
「
アルバくんはわたしを待ってくれていた。
追いついて途切れ途切れになった息を整えるのを待ってから、そう教えてくれた。
「えっ、ここって中央公園じゃない」
アルバくんが足を運んだのは、商店街の外れにある大きな公園だった。
車を停めることができる駐車スペースに、駐輪所。なんとバスの駐車場まで完備してある、市内で一番大きな公園だ。遊具の他に休憩所とか屋外ステージが設置されていて、観光向けのイベントによく利用されている。ウォーキングでおとずれる人が多いせいか、週末は家族連れでにぎわっていることが多いんだよね。
「入るぞ」
「あっ、待って。アルバくん!」
駐車場に車はなかった。駐輪所も自転車が二台、原付が一台停まっているくらい。
平日のせいか利用している人は少ない。
早足で進んでいくアルバくんを追いかける。
入ってすぐの大きな遊具を通り過ぎ、遊歩道をひたすら進んでいく。芝生が植えられた広場には誰もいない――、そう思っていたのだけど、違っていた。
「……誰かいる」
ひとつの人影を見つけた。
屋外ステージへと続く階段のそば、その壁際に茶色いかたまりがうずくまっている。たぶん探していた
そのそばに一人、立っていた。
太陽の光を弾く銀色の髪。白いシャツに紺色のズボンはわたしが通う学校の制服と同じ物。
中に着込んだ鮮やかな赤色のTシャツには覚えがあった。
時間がゆっくりと流れる。
その人はわたしたちが来たことをすぐに気付いたようだった。
くるりと振り返る。
切れ長の黒い瞳がわたしたちをとらえる。薄い唇が弧を描いた。
「なんだ。ずいぶん来るのが早かったじゃないか、
「……
どうしてここに。
聞けばいいのに、声が出なかった。
答えはアルバくんが教えてくれた。
「
獏の幻術が効いていない。
「あの時の白い妖怪、か。まだしぶとく生きていたとはな。今度こそお前たちあやかしを根絶やしにしてやる」
教室にいた時とは人が変わったように冷たい笑みを浮かべ、彼はわたしたちを鋭く睨みつけ、そう言い放ったのだった。
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