3章 退魔師との邂逅
[3-1]豆狸をたずねて
「おにぎりカフェ
大きく看板に書かれた文字をアルバくんが読み上げたら、隣で
「色んな種類のおにぎりを売っているんですよ。お茶とセットで買うとお得なんです。お店の中で食べることもできますよっ」
あやかしのアルバくんにとって、わたしたち人間の食べ物とか食事とかやっぱり興味なかったりするのかな。今日はごはん一緒にしようって勢いで約束しちゃったけど、大丈夫かしら。やっぱりいらないって言われたらどうしよう。
今朝に見た夢の中では、アルバくんは食べ物を粗末にしない方針だって言ってた気がする。テーブルに出しちゃえば、突っ返されることにはならないよね。……たぶん。
「それより
腕を組んでアルバくんが言った。ずけずけとした遠慮のない言い方。彼はわたしにだけじゃなく、
「あっ、はい。そうですね! じゃあわたしの部屋にご案内しますね」
「あー、いや、おれは部屋に入るのはやめとく。
「え?」
一緒になって固まるわたしたちに怪訝な視線を向けながら、アルバくんはわかりやすいように説明してくれた。
「
え、そうなの? アルバくんって、わたしたち相手にそんな紳士的なことを考えていたの?
「それもそうですね。あはは、気遣いありがとうございます」
ほっとしたように
ううん、それよりも。
女性の部屋に入るのがまずいって、アルバくんが考えていることが意外だった。女性に対してそんな紳士的な態度を取るだなんて思ってもみなかった。
初めて会った日。アルバくんはわたしの部屋にためらいもなく入ってきたんだもの。
もしかして、わたしのことは一人の女としてすら見てないってことなの?
胸のあたりがもやもやする。ほんとうにアルバくんはわたしのことをどう思っているのだろう。
☆ ★ ☆
本心が見えないからこそ、アルバくんの話す言葉の意味がわからなくて不安だった。
「
お店の裏に
「うん、そうだね」
「女性の部屋だから自分は外で待ってるなんて、まるで大人の男性って感じです。さっきも言ったかもしれないんですけど、
そう、わたしはあやかしに縁があった。片親が
だけどあやかしに襲われたあの事件が起こってから、わたしはあやかしを避けていた。アルバくんに出会う前は。
もう一度、ピアノに向き合うことができたのも、
「そうだね。ねえ、
「え、何てってどういうことですか?」
「えっと、たとえば〝おれのもの〟とか……」
言葉にした途端、火が出たように顔が熱くなる。
ああっ、わたしってばなんてことを聞いているの!? すごく、恥ずかしい。
「ええええっ、アルバさんが先輩におれのものだって言ったんですか!?」
しまった。なにがしまったのか自分でもわからないんだけど、ストレートに言ってしまった。
「た、たたたたたとえばの話だよっ」
「でも実際にそう言われたってことですよね? うわあっ、すごいなあ。少女マンガみたい!」
胸の前で手を組み合わせて、胡桃ちゃんは目を宝石みたいに輝かせてうっとりと見つめてくる。
だめだ、完全に勘違いしてる。
顔の前でぶんぶんと手を振りながら、わたしはあわてて否定した。
「ちがう、違うからね!? ほら、アルバくんはあやかしだから! 自分のもの発言はあやかし的には、おれが取り憑いているのは自分のものとか思っちゃうものなの」
「ええ、そうなんですか?」
「うん、そういうものなのよ」
だけど、予想外にも次の瞬間には目を上げて、こう反撃してきた。
「私はそんなことないと思いますよ。だってあの獏さん、わたしたち人間と近い感覚を持っているじゃないですか」
「え?」
今度はわたしが驚く番だった。
頬をわずかに赤く染めた
「だって、獏さんは自分のことを一人の男、私のことは一人の女として見ているって言ってたじゃないですか。だったら、先輩のことだって一人の女として見ているってことでしょう?」
一瞬だけ時が止まった。
フリーズした頭の中、風がわたしの頬をなでる。
傷ついてこわがりなわたしに、細やかに気遣って優しい言葉をかけてくれたことがある。
現実じゃなくても、食べ物を粗末にしないところは普通のおじいちゃんみたいで。
いつだってアルバくんは人間みたいなあやかしだって思っていた。
楽譜を探していた時、部屋に入ってきたのはどういう意図があったんだろう。
アルバくんがわたしを自分のものだって言ったのは、どういう意味があったの。
「――それは」
「着きましたよ、先輩。ここが私の部屋です」
口から出そうになった言葉を慌てて飲み込む。
わたし、
期待していいってことなのか、なんて、誰かに聞いていいことじゃない。そもそもわたしは何に期待しているんだろう。
それに今はわたしの悩みなんてどうでもいいことだわ。
怪我をしている
「ただいま! 具合はどう?」
かちゃりとドアノブを回して入っていった
学習机がひとつと観葉植物がひとつ。カーテンは淡いベージュ色。暖色系の家具で統一された
「もう大丈夫だからね! 今、きみの怪我を治して、くれる……人を……」
返ってくる声がない。嫌な予感がする。
はやる気持ちをおさえつつ、わたしは
きちんと整理整頓された部屋に似つかわしくなく、奥に置かれたベッドは乱雑のままだった。
みかん色の掛け布団や枕が絨毯の上に落ちている。マットレスの上にかぶせられていた敷きパッドが剥がれかけていた。
直前まで誰かが使っていたことはわかった。でもベッドはもぬけの殻。
深手を負った
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