[3-3]世界中を敵に回しても
――あやかしを根絶やしにしてやる。
聞き間違いでなければ、たしかにそう聞こえた。
鋭く睨んでくる瞳はアルバくんにまっすぐ向いている。ううん、それよりも。
「アルバくん、
迷いなくアルバくんは
教室を覗き見してたとき、彼が驚いた表情をしていたのは
アルバくんは答えてはくれなかった。
だけど、苦虫を潰したようなその表情が肯定しているようなものだった。
「半月前、だったか」
ふいに
「
「……えっ」
何の話をしているの。
「何日も食事をしていないのか、そいつはひどく飢えていた」
夏休みの終わり。蝉の鳴き声がまだ騒がしい季節だった。
――力が尽きるほどどうして夢を食べていなかったの?
あの時、アルバくんはなんて答えたんだっけ。
そうだ。なにも答えなかったんだわ。瞳をさまよわせるだけで、わたしにも
「妖怪は常に俺たち人間に危害を加える。そればかりか不幸のどん底に落として、人生を台無しにする。だから、俺は妖怪を殺す。結果的には逃げられてしまったんだけどな」
「それが、アルバくんなの?」
顔を上げる。氷のような目をした
どうして気付かなかったんだろう。
退魔師のことが話題に上がった時、アルバくんはいつだって反応していた。目に見えてわかりやすかったはずなのに。
これはアルバくん本人が言った言葉だ。
彼が猫の姿なのは、わたしがアルバくんを見つけた時猫だと思い込んでしまったから。
それなら、わたしと出会う前、
「アルバ?」
ここに来て、
「わたしがつけた名前よ」
「あやかしに名前をつけたのか。お前、どうかしてるんじゃないのか。そいつは人外、俺たち人間の敵で害にしかならない、化け物なんだぞ」
苛立たしげに、
「そんなことないわ。アルバくんはわたしを助けてくれたもの。あやかしは敵なんかじゃない。危害を加えることなんて――、」
刹那。
目の前が真っ暗になる。
――本当に?
耳もとでささやく声が聞こえる。
――だったら、どうして今も、消えてしまった傷がうずくんだろうね。
「危害を、くわえること、なんて……」
どうしよう、否定できない。
血の気がさあって下がっていくのがわかった。不安で不安で仕方なくて、胸のあたりで手を強く握りしめる。
三対のかぎ爪をもった毛むくじゃらの妖怪。
襲われたのはたった一度。あの一度きりの傷みが今も消えない傷になっている。
『あう。ボク、もうだめ……』
頭に直接、か細い声が聞こえてくる。
「紫苑、お前は
手首をつかまれ、引き寄せられる。
アルバくんの顔が間近に迫る。つった藍色の瞳には目を見開いたわたしが映っていた。
「怖いよな。お前にとってあやかしはあまり人間と変わりない隣人だと思ってたのに、突然牙を向いて襲ってきたんだ。怖くて当たり前だ。だけどな
一瞬だけ。一秒にも満たない短い間、アルバくんの顔が痛そうに歪んだ。
すぐに精悍な顔つきに戻る。
「人間にもお前や
「……うん」
そうだ、そうだった。わたしの見方が間違っていたんだ。どうしてわたしはあやかしだと一括りに見てしまったのだろう。
いつも
それなら。
「アルバくんは?」
「え?」
「アルバくんは心の優しいあやかしだよね。わたしの味方、だよね?」
藍色の瞳が丸くなる。
頭に少し重みを感じた。アルバくんが大きな手のひらで、頭をぽんぽんと叩いてくれた。
形のいい唇が引き上げられる。
「当たり前だろ。世界中を敵に回したって、おれはお前の味方だ」
「うん……!」
夢の中でも現実でも、アルバくんの言葉は心強い。前に進む勇気をくれる。
がんばらなくちゃ。
頭に触れていた大きな手のひらが移動して、背中に触れた。とんと軽く押される。
「じゃあ、
二回目は、もっと力を込めて背中を押された。
頼まれたからにはわたしはわたしのやるべきことをやらなくちゃいけない。わかっているはずなのに、思わず振り返ってしまった。
薄いグレーの色に染まった耳がピクリと動き、長毛の尻尾がぶわりと膨らんだ。
笑っているけどいつものような勝ち気な笑みじゃない。どこか引きつったような。
嫌な予感がした。
「アルバくん、それって――」
どういう意味なの?
問いかけは最後まで口に出すことができなかった。
わたしが思っているよりもずっと早く、
銀色の鈍い光が走る。
それが刃物だと知ったのは、金属同士が激しくこすれる音がわたしの耳にまで届いた時だった。
どこに持っていたのか、
「
やっぱりそうだ。間違いない。
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