第9話 コマ送り

 目的のないサイクリングからの帰り道、私は見知らぬ山奥に入り込んでいた。

 ちょっと普段よりも足を伸ばして、のつもりだった筈が、いつの間にか道の舗装は無くなっており、辺りには無数のひょろ長い木、そして運の悪いことに、日暮れまでそう時間は無さそうだった。

 周囲の山林の背は皆高く、上空に繁った葉によって薄暗い。ペダルを漕ぐ足も疲れ、のろのろと土がむき出しの山道を走っていく。周りには似たような細い木々しかなく、方向感覚が狂いそうで恐ろしい。


 変わり映えのしない景色の中を漕いでいくと、遠くに何か木とは違うものがあるのが見えた。

 人のように見える。影のせいでだいたいのシルエットしか見えないが、首から肩までのラインが明らかに人間のそれだ。地元の人かもしれない。

 もう少し近づいたら話し掛けて、帰り道を訊こう。とりあえず山での遭難は避けられそうで、思わず肩の力が抜けた。

 山の立木は防風林か何かなのか、同じような間隔で何本も何本も植えられており、遠近を誤魔化す。いくら漕いでもその人影に近付かないように感じるのだ。また、その人は車道から少し外れた所で何か作業をしているようで、走っていく中で何回も木によって遮られ見えなくなった。向こうは作業に夢中で何も気づかないのか、しゃがみ込んだり、立ったりを繰り返している。

 近付く、木で見えなくなる、更に近付く、相手は動いている。

 私は立ち止まった。

 ……木々の隙間から覗く相手は、中腰のままピクリとも動かない。

 足を進める、一瞬木に隠れた後、見えた相手は立ち上がりきっている。

 気づいた。私はあの人が動く瞬間を見ていない。人影は異なる静止画を繰り返しており、木々で私の視線が切れた時に別な静止画に変わっている。パラパラ漫画のようなものだった。

 私は背を向けてペダルを踏み込んだ。

 途中一度だけ振り向いたが、向こうは見えている間ずっと片足を上げた格好で固まっていた。

 翌日遠距離用自転車を売り飛ばし、私はサイクリングをやめた。

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