第2話 室外機

 帰りが夜中になると、なるべく街灯のある住宅街を通ることにしている。

深夜の住宅街というのは、まだ起きている人の気配や、逆に完璧に静まり返った家もあったりして中々に面白い。そのいつも通るルートの途中、家と家の間の路地に、いつも稼働したままのエアコンの室外機がある。

 いつも動いているだけならそう気にはならないのだけれど、古いものなのか、やかましい音を立てながら羽根が回っている。ガロン、ガロン、ガロンと。

 室外機のパイプが繋がる民家には、起きている住民の気配はない。木製の一軒家は、いつも電気の消えたまま沈黙している。修理をする気は無いのだろうか、と黄ばんだ室外機を眺めた。

 しばらく日が経って、あることに気がついた。蒸し暑い夜や凍えるような朝、室外機は回っている。しかし、エアコンをつける必要なんて無さそうな過ごし易い気候の日でも一日も耐えず室外機は回っているのだ。家主はよほどの暑がりか寒がりか、もしくはエアコンの電源を入れたままうっかり旅行にでも出てしまっているのかもしれない。そんな事を思いながら、毎日その道を使っていた。


 日が経って、深夜まで残業した家までの道、店が粗方シャッターを下ろした駅前から、歩いてその路地を通ろうとした夜、小さな違和感を覚えた。

少し考えて気付く、余りに静かなのだ。いつもうるさかったあの室外機が沈黙しきっている。見るとどうやら、羽根が回ってすらいないらしい。

通り過ぎようとした時、目の前にいきなり白いものが横たわった。

 腕だ、白い腕が、室外機の羽根の部分の穴から出て、辺りをまさぐっている。蠢いている、生きているのか。

 しばらく手と見つめあっていると(手に目は無いが、そういった感じがした)、手がいきなり一際大きく蠢いた。

 室外機が、回り始めている。ガリガリガリと普段より酷い音を立てながら羽根が回った。

手は大して抵抗する様子もなく、室外機に吸い込まれていき、普段の路地が残った。

 室外機の繋がる家の中から、咳払いが一つ聞こえた気がした。

 その晩から、その道は通るのをやめた。

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