フィナーレ 最終審判

 私は遂に捕まってしまった。私が犯した事件の裁判は五月には入ってからだと、拘置所に入れられてから、知らされた。告訴したのは紀伊を含める一連の事件の被害者たち。六人も殺してしまっている私に下される判決は死刑以外ないだろう。しかし、秋葉母さんがもう居ないのなら、私もこの世に残っている必要もないだろう。だから、死刑でも構わなかった。


 二〇一二年五月五日、祝日、午前九時半。私は東京地方裁判所、第三法廷室の中央に立たされていた。刑事・民事訴訟が同法廷内で同時進行していた。正面に裁判官、左に私を訴えた者達と、あの人物、私が逮捕される最終的な結果をもたらした男が立っていた。弁護士と言う職業の人だと解かったのが今日のことだった。左には私の国選弁護士、それと検察官。

 裁判が始まると、検察側が、今までの私が犯してしまった罪の、その経緯を、順を追って、裁判官に述べていた。その際に、草壁と呼ばれていた弁護士は検察側の曖昧な部分を逐一刺す様に、訂正させ、私を言葉で攻め立てる。私が、それに反論できるはずもない。私の弁護人は草壁の押しの強さに抵抗できなかった。

 それから、おおよそ二時間。矢張り、私には死刑判決が下されそうだというのが理解できる。

 しかし、

「それでは新田彰被告人に判決を下します。昭元定次、洋平、紀伊さとみ、明智肇、以上四名の殺人罪、橋場雅巳の過失致死傷罪、那智朱鳥、及び来栖勝彦、以上二名の傷害罪、並びに明智肇と紀伊さとみの死体遺棄隠蔽罪、それらをすべて現法律に基づき審理した結果、貴方を有罪として、その刑罰として死刑を申し渡します。・・・、・・・、・・・、それではこれを持って本日の法廷を閉廷とします。以上・・・」

「『バシンッ!!!』死刑判決?津嶋判事っ!その程度の刑で、残された遺族たちの為になると本当にお思いなのですか。それでは不十分ですっ!僕はその判決を却下、異議を申し立てますっ!」

「死刑で何が不十分だというのです。それ以上の刑が、あるというのですか?それ以上私に何を償え、と言うのです」

「被告人の貴方は、新田彰は、暫く口を挟まぬよう、謹んで貰いたい。津嶋判事、それと近江判事補。お二人とも、現在の殺人罪に対する刑法が大きく変わったのは無論御存知でしょう?前刑法も依然として効力を示しますが、ここは新法を適用して、この事件が以下に悪辣かを一般市民にも理解してもらうべきです。殺人を犯した場合、その責任がそのものだけではない事を判らせるべきです」

「判りました、仮に、今私が下した判決を除いて、貴方の考えを聞かせていただきましょう」

 裁判官に体を向けていた草壁は私の方に向きなおし、胸を張って何かを言い始める。

「先ず、彼に与える刑は殺人罪と傷害罪から換算懲役で二七〇年。それと遺族補償として、十五億円。次に十五年前の事件、昭元家殺害事件に関してから始めさせていただきます。定次の方、調べにより、当時、相当な商法や、刑法に触れる事を行っていた事が判っております。換算懲役で六十二年、それに賄う制裁金額おおよそ三億九千万円。続いて、洋平に関する事です。彼は皆さんも御存知の通り、潮見事件において二人の人物を殺害しております換算懲役百二十年とその遺族等が訴訟を起こした場合、考えられる罰金が大凡三千万から五千万。この二人から、現在の被告人、新田彰の罪を差し引いて、懲役八十八年、私の後ろに控える遺族らの補償を九億五千万。しかし、補償を別として、これでは物理上、三十になる被告人が八十八年も刑を受けられるはずがない。よって三分親等法を適用します。彼は仮にも仁科と言う資産家の養子となっているし、元々はその血筋を引いている。現在彼には子供が居ない。故にその親族である被告人の母親と、その彼女の両親に刑罰を受けてもらいます」

「貴方は何を言っているのですか・・・、秋葉ママーは・・・、ママーは、ママーはもう死んでしまっているのですよ。そのママーにまで、私の罪を追わせようと言うのですカッ!」

 弁護士は私に向って不敵に笑う。

「フッ、被告人、今まで、しらせなくてすまなかったですね。医療技術を莫迦にされては困りますよ。仁科秋葉は現在、警察病院で静養中です。それにもとより、彼女は殺人幇助罪、と過失致死傷罪があるのです。ここで三分親等法を受けなくても後に刑は受ける事になるのですよ」

「ママーは関係ないっ!ママーがその罪を負う様な原因を作ってしまったのはすべて私なんだッ!だから、どうか、どうか、秋葉ママーにそんなコトをしないでくれっ」

「それでは国民に示しが付かないのですよ。それに、国民のモラル、道徳を戻すには殺人罪を犯したら、罪に問われるのは本人だけではなく、回りにも迷惑をかけてしまう事を広く知って貰わなくては、ならないのです。貴方にはその人身御供に成って貰います」

「草壁弁護士、最終的な貴方の意見を早く聞かせてください」

「ハッ、これは失礼しました、津嶋判事。先ほども、口頭したように、三分親等法を用いて、新田彰被告人には懲役六十年と、これからも先、彼が得られる収入総てを遺族側へ均等配分して、彼の母親、仁科秋葉、彼女には残り二十二年の懲役と、彼女の支払える補償金を、最後に彼女の両親は高齢の為に懲役を科す事は難しく、残りの補償金だけを払っていただくという事が、私の考える被告人に対する今回の刑罰です。無論、恩赦の賦与はありません。この場に居る皆さんに僕は、はっきりと言葉にしておきます。刑法で人を殺す事は余りにも簡単すぎます。死刑だけで終われば、残された遺族は裁判に勝訴、と言う名目だけで、それ以外は何も残らないんです。なら、被告人に、生きて、生きると云う事が、どれだけ大変で、どれだけ辛いのかを、身を持って知ってもらい、人として心で償わせた方が、遥かに人間らしい。それが、僕の思う所です。極論、新田彰っ!生き続け、罪を償い続ける、と言う事の方が苦痛だと云う事を、身を持って知りなさいっ!津嶋判事、以上、草壁剣護の意見を終わらせて戴く、思います」

「判りました。判決に少々時間を戴きます。近江君、キミの意見は・、・・、・・・、・・・・、・・・・・、・・・・・・、・・・・・、・・・・、・・、・・判りました、ではそういう事に決定しましょう。それでは今一度、新田彰に最終判決を下します。有罪、三分親等法の適用を持って、被告人に懲役六十年、被害者遺族に対する補償は後日、再検討の上通達いたします。以上、これにて、まことの閉廷といたします」

 私はあまりの予期しなかった刑罰に驚いて、何も口にすることが出来なかった。裁判官の木槌を叩く音だけが、法廷内に響く。しかし、秋葉母さんに罪状が及ぶ事が納得できなかった。それだけではない、会ったこともない母さんの両親。私の実際の祖父母に当たる方々までに罪が及んでしまう事に納得が出来なかった。

「黒原国選弁護人、一言、言っておきますが、被告人、新田彰を唆して、無駄な控訴は避けて下さい。国の税金を無駄に使わせたくないし、何より、こちら側遺族が、又多くの負担を被るだけですからね」

「津嶋判事、草壁弁護士の今の言葉は法廷侮辱罪ですっ!いっ、異議を申し立てます」

「既に、法廷は終了いたしました。黒原弁護士の意見を却下します。次の裁判が後に支えていますので、早々に退場願います。無論、他の方々もですよ・・・」

 私は再び身柄を拘束され、その場から退場させられていた。私に対する刑だけならどんな事でも、この身に受けてよかった。あの時、草壁が口にしていた通り、私は控訴を考え、それをお願いしたのだが、それが叶うことはない。

 それから、数週間後、私が居る拘留所に一人の女性が訪れていた。

「仁科くん・・・、これを。草壁弁護士と言う方からのお手紙です。・・・、・・・、・・・、私、待ってますから・・・、仁科くんが、ここを出られるのを待ってますから・・・、ずっと、ずっと・・・、だから・・・」

 透明な壁に遮られた向こう側のその人はそれだけ口にする。私に一礼して、帰ってゆく。私はその場で看守に監視されながら、その手紙を読んでいた。

『二〇一二年、六月三日、日曜日。僕がこの度、知人の強制依頼で弁護する事になった仁科秋葉の弁護の結果と、貴方に科せられている刑の変更を伝える』

 その文章の書き出しはその様な感じだった。暫く、無言で目を通していた。

『最後に、この様なことを僕が、弁護士として、行うのは最初で最後だろう。これに書かれている文が理解できるのなら、いずれ貴方とまた会う事になるでしょう。それではその時まで』

 私は全文を読んでいつの間にか涙を流していた。私は彼の言いたい事を理解できた。だから、私は本当に罪を償いたかった。ここから出て、こんな私を待っていてくれる人達の為に、いつか、必ずここから出られる様に一生懸命に罪を償おうと。


# 終 曲 #


 仁科彰が立ち聞きで、耳にしていた橋場雅巳の言葉は次のとおりである。


「何時まで言い逃れするつもりダッ?紀伊さとみって生徒も、明智って野郎も、アキラが殺ったんだろうっ!俺には全部判ってんだよ。オレからアスカを奪っておきながら、今度もまた幼馴染み同士の仲を切り裂いて、彼奴はいったいなに様のつもりなんだっ!アンタは俺の小等部からの尊敬する先生だったのによっ!何で、あんなヤツをかばウンダッ!何のためにっ!いい加減、自首させやがれってぇんだっ!!秋葉先生っ!あんたがやってることも犯罪を手助けする幇助罪、って刑法に触れるんだぜぇっ!知ってんのかよ」

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