サード・ピリオド 脅す者、脅される者
「にしなくんっ確りしてっ、一体どうしてしまったの?」
今日は四月十八日、水曜日。私は放課後、第三音楽室で越後に頼まれていた舞台演奏の作曲をしていたようだ。しかし、いつの間にかに私は気を失っていた。私の様子を見に来たのだろう、越後、彼女のその言葉に少なからず、意識を取り戻すのだが、意識は朦朧として、体は動いてくれない。
「えちご・・・さん」と、それだけが口から零れていた。
「今、保健の先生直ぐに呼んできますからっ!」
その言葉を聞いた私の意識が途切れる。どれだけかの時間が経った時に私は医務室のベッドで寝かされていた。瞼を開けた時に、心配の表情を顔に乗せた秋葉母さんと、越後が、私を上から覗き込んでいた。
「越後さん、お仕事の事で彼と、お話が有りますので、どうか、暫く席をお外しくださらないでしょうか?」
母さんの言葉で、先ほど私に見せたままの表情で、越後は部屋を出て行った。そして、それと一緒に保健医の磐城も。
「彰、貴方がお倒れするなんて、ワタクシ、心配で、心配で、お仕事が手につきませんわ」
「ママー、そんな顔をしないで下さい。大丈夫ですから・・・」
「あきら・・・、悩み事があるのなら、私に隠さずお教えして。必ず、彰の為に、悩みを取り払えるよう最善を尽くさせていただきますから・・・」
「ママー、心配しないで。本当に、大丈夫だから・・・」
「そう・・・。ねぇ、彰?何時になったら、私と御一緒に暮らしてくださるのかしら。早く、孫の顔を見せていただきたく思いますわ」
「フフッ、ママー、その様なことを口にするなんて、少しふけましたか?いい人が見付かるまでもう暫く待っていてください」
「彰、私の生のある内にお願いいたしますわね」
「あのですね、その様なことを口にしないで下さい。ママーにはずっと元気で居て欲しいのですから・・・」
私が次の声を出そうとした時にこの部屋の扉をノックして来る音と、秋葉母さんを呼ぶ声が聞えてきた。そして、彼女はそれに応じて、ここから、退出していく。
体調を戻した私がベッドから身を起こした時にずっと廊下で待っていたのだろう越後が再び、保健室に、保健医の磐城と一緒に入ってきた。
「仁科くん、もう本当に大丈夫なの?」
「心配を掛けさせてすみませんね、越後さん。・・・、・・・、・・・、フッ、私はもう帰りますが、貴女も、気をつけて帰りなさい」
「せっかく、待っててあげたんだから、送って行ってくれてもいいじゃない。外は危ない通り魔さんが居て、とっても危険なんですよぉ」
彼女の言葉に失笑してしまう。そして、私は心の中で〝私はその危険な人間なんです〟と呟いていた。だが、何も知らない彼女の命を奪う事はけしてない。仕方がなく、彼女を自宅まで送って行く事にした。廊下を歩いてその通路にある理事長室に差し掛かったときに少し扉が開いていた事に気がついて、中を覗いてしまった。母さんと、誰かが話をしている。
「仁科くん、どうしちゃったの?」
「越後さん、少しの間だけ、お静かにお願いいたします」
「・時・・・・逃れするつもりダッ?・伊・・・・・・・も、明・・て野郎も、・・ラが殺ったんだろうっ!俺に・・・・・・・だよ。・・から・カを奪っておきながら、今度もまた・・・み同士の仲を切り裂いて、・・・・・・・・・様のつもりなんだっ!・・・・・・・・・・・の尊敬する先生だったのによっ!何で、・・・・・・・・ウンダッ!何のためにっ!・・・・、自首・・・・・・・・・・アキハ・・ッ・・・・・・・・・・・・・犯罪を手助けする幇助罪、って刑法に触れるんだぜぇっ!知ってんのかよっ!」
奥の方で二人が居る為に私い届いてくる声が小さく、途切れ途切れしか聞えなくて、断片的な事しかわからなかったが、明らかに、その男は母さんを脅していた。最後に、彼女から男に何かが入っている袋を渡していた。そして、それを受け取る時の彼の表情は母さんを見下している様に感じてしまうのだった。
「アッ、仁科くんたらぁ~。急にどうしちゃったの・・・、うれしいけど」
男がこちらに歩き始める。私は考えもなしに、越後の手を引いて、そこから去っていた。その時の彼女の言葉など全然覚えていない。教員用の駐車場に来るとその場所には見慣れない外車が、私の自動車の隣に停まっていた。フランスのルノーの車。その車体の色も目立つ黄色の物だった。
私は越後を乗せると、暫く、その車の持ち主が現れないか、エンジンもかけないで待っていた。すると、もうあたりは暗いと言うのにサングラスを掛けてチューウィング・ガムを膨らましながら、見るからに遊び人風の男がやってきた。しかし、その男の服装は先ほど秋葉母さんと話していた男に間違いない。私の車の前を通り過ぎる。大き目のサングラスを掛けている為に顔ははっきりとわからなかった。
「仁科くん、さっきからぼぉ~~~っとしちゃってさぁ、どうしたの?本当に具合大丈夫なの」
「越後さん、すみませんね。急に曲が浮かんでしまったので考え込んでしまいました」
私は嘘を言って、隣の車が動き始めてから、越後の自宅へと彼女を連れて行く。
「どォ~~~ッせぇ、仁科くん。独りなんでしょぉ?お夕食一緒しましょうよ」
「ありがたい言葉ですけど、私はこれから用事がありますので、失礼させていただきます。それではおやすみなさい」
「仁科君のけちぃ~~~。べぇ~~~っだ」
彼女は女の子らしい可愛い顰めっ面を私に向けると、私はそれに答えるように呆れ顔で小さく溜息をついて見せてから、車を発進させていた。・・・、・・・・、・・・、私のような人間に彼女のような純粋な子が一緒に時間を過ごしていいはず無いのです。私と一緒に食事を摂る事の出来るのは秋葉母さんだけ・・・。そして、今日も母さんと一緒に夕食を摂っていた。その時に理事室での事を聞いてみたが、母さんは話を逸らしてしまい何も答えては呉れなかった。
それから、一緒にいられる時間まで、一緒に居ると、私の方から、別れの挨拶を向けて、彼女のそばから離れて行くのだった。
四月二十日、金曜日、午後七時少し前。私は第三音楽室で独り、演劇部の顧問の頼みで作曲していた舞台演奏の楽譜のおおよそ九割を完成させた所だった。今日はそこまでにしてその部屋の鍵を閉めて、帰宅する事にした。
駐車場まで来ると、今日も黄色のルノーが私の車から大分離れている所に止まっていた。もしや今日も、その男は秋葉母さんを強迫しているのではと思って理事長室に向おうとした時に、その男がこちらに歩いてくるのが解かった。
この場で問い詰めてやりたかった。しかし、彼と同時に用務員の志摩と言う男も一緒だったから、それは出来なかった。私は車に乗り込んで、その男の車が走り出すのを待った。目立つ車。少しくらい離れていても、直ぐに見失う事はないだろう。私はそれを追いかける。
その車は首都高を走り、平和島・高平橋と言う場所で降りていた。男の進む方向は大田区・・・、十数年前まで、新田彰と言う少年が住んでいた街。黄色のルノーの男はその区の南西に向っていた。しかし、蒲田駅付近で私はその男を見失ってしまう。
午後八時少し過ぎ。駅前の駐車場に車を停めると、その周囲を闇雲に歩き始めた。そして、何時しか、越後の住んでいるマンション近くまで来てしまう。そのマンションの彼女の住んでいる階、十八階を見上げても、彼女が見える訳が無い。視線を降ろして道路の方を見るとあの黄色のルノーが走ってきた。もしやと思い、近場の陰に隠れる。その車はマンションの地下駐車場に入っていた。私は直ぐに追いかけた。地上と地下を支える柱に身を潜めて、その車から、出てくる人物を確認した。・・・、しかし、人間違いだったようだ。出てきたのは女性が二人。車のナンバーを覚えておけばよかったと、後悔するが、諦めてその場所から離れ様とした時に、もう一台の同型で矢張り黄色のルノーがその場所に下りてきた。
又、先ほどと同じ様に私が追っていた車の持ち主とは違うかもしれないが確認だけはしておく。僥倖・・・、その言葉は私には当てはまらない。狂運、それとも兇運と言うべき物なのだろうか、その車から、あの男が降りてきた。
とっさに男を追うが、彼は直ぐに開いたエレベーターのドアに乗り込んでしまう。それを留めようとボタンを押しても、間に合わなかった。私は脇にあった階段を走りながら、一階、一階、エレベータが停まるまで追い続けた。四階くらい昇った所で、私の体に異常がきたし始めた。しかし、諦めない。体の中の痛みに耐えて、それを必死に追い続けていた。そして、私が何とか崩れ落ちる前に、エレベータは六階で開く所だった。直ぐに飛び出さないで、陰に潜んだ。何故なら、私はその男の素性を知りたかったからだ。
彼が入った部屋はその隣が非常口に成っているのが緑色のよく目にするプレートで確認できた。私はその部屋に向かい表札を確認した。〝橋場〟と書かれている。ハシバ?・・・、橋場?どこかで聞いた事のある様な名前だ。私の中の記憶を辿る。ハシバ・・・、はしばまさみ・・・、橋場雅巳・・・。橋場雅巳、昭元雄太、新田彰。その三人は海星の小等部。大洋小学校からの友達。私が、彼等と、仲良くなったのは四年生の時からだった。この中の人物は、本当にあの橋場雅巳なのだろうか?彼は江東区の白河に住んでいたはず。そして、私は呼び鈴を押して、中の人物を確かめる。
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