第六章 不審な男の影、疑惑、そして、新たな殺人

 四月十八日、水曜日の放課後。若槻さん以外出払っている報道クラブの部室で彼女と来栖、そして、今日はその部屋に隣の写真部の三河先輩が居た。

 俺はその三人の前で昨日、澤沼さんから、得た情報より大まかに修正して推理した結果の推測を聞かせていた。

「もう三人とも十四年前の事件の事は知っているから一番最後の部分だけから話すよ。その事件の犯人は洋平と定次を殺して、それで総てが終わるはずだった。でも、当時、その以前から関連のある潮見事件から行方不明になっていた二人の女の子は報道されておらず、その犯人が昭元の家に彼女らがいる事なんって知らなかった。殺人現場を目撃されてしまった犯人が本当にそう考えたのかわからないけど、一生脅し通すくらいなら、殺してしまった方が楽だと思って・・・。そして、当初の計画から大きくずれてしまった犯人は遺体の処理に学校を選んだ。何故かは俺が答えなくてもみんな解かっていると思うけど・・・、うち等の姉妹校は何処もその敷地が大きい。隠す所なんて幾らでもある。その頃って学校がらみの事件が多くて警察だって立ち入る事だって少なくない。でも、その犯人は凄く頭の切れる人だったんだろうね。何の容疑も掛けられないで今も捕まってないんだから。犯人はこの学校のどこかに彼女等二人の遺体を隠したんだ。そして、その犯人と真実を知った紀伊さんも、明智先輩も、その犯人に直接あってその事実を確かめようとした。そして」

「計斗センセェ~~~、一つ疑問に思う事があるんすけどぉ」

「なんだよぉ、来栖?まだ、話は終わってないんだぞ」

「まあ、いいじゃねぇか。俺様の疑問に答えやがれ。なんで何でここの大先輩だけを隠して他の殺られちまった男共は現場に放置したままなんだ」

「僕の調べでは来栖君、君はIQ270近く有るらしいけど、そんなコトもわからないのかい?」

「ああ、三河先輩。コイツはよく言うでしょう?バカと天才はなんとか、って。そっちのバカのほうだから」

「オウ、いくらベスフレでも聞き捨てならねぇぞ、その言葉。俺様の頭はこれを使うためにだけあるんだ」

「来栖、今はそんな物を見せられて喜んでいる程の暇ないんだ」

「もぉ~~~、計斗、ッたらお酷いお言葉、もう、ワタクシ様のお心はズタボロでございますわ」

「・・・、・・・、・・・、・・・、コイツを無視して話を戻します。答えは簡単だ。犯人が二人の大先輩の遺体をこの学校に隠している間に三好にある昭元の家に残してきた二人の男の死体はその家の塾帰りの雄太、って男に発見され警察に通報されたんだ。取りにいける訳ないだろう。話を戻すぞ。随分前に俺と来栖は三好町で事件当日に見かけられた不審車があった事を知った。その車は犯人が逃走と二人の女の子を乗せていた物だと思われる。この学校の卒業生で俺達の聖稜での担任の雪村誠先生の話ではその先生がここの学生だった頃から付近の住民に敷地内の一部にある駐車場を貸していたと言う事を教えてもらっている。だから、その場所に先生や生徒達が普段、見かけない車が停まっていても不思議じゃないって云うんだ。だけどさぁ、そんな場所有った?」

「それなら、私が中等部から上がってくる一年前の事だから、三河先輩が一年生の時でしょう?グランドの拡張工事でそれがなくたってしまったわ」

「まあ、だから、不審車が一台紛れ込んでも関係ないし、あまり重要でもないんだ。重要なのはその頃、普段は開いていないはずの裏門が開いていたって事なんだ。その場所の鍵を管理しているのは?」

「用務員たちと、今は警備会社の夜間警備で校舎を回っている人たちだね。それとこの学校の教員棟の総合教職員室に保管されている物、この学校の経営者が所持している物、であってるね、東城君?」

「犯人はこんな風に考えた。〝一般開放している駐車場から入ってゆくときに誰かに見られては不味いと思ったその人は人気の少ない裏門を開けてそこから、こっそりと侵入してそこから最も近く、一般開放駐車場の出口から一番遠い所にその乗り入れた車を停めた〟ってね。雪村先生の話で奥の方に車を停める人は殆ど居なくて、そっちの方に気を回す人は少ないだろうという話しから俺はそう推測したんだ。そんなコトが解かるのは学校の事を熟知した人物しか居ない。だから、この学校の理事がその事件があった日にここにいたなんて知らなかったから、最初に俺は沼澤さんを疑ってしまった。その所為で若槻さんをあんな目に合わせてしまったな。本当にごめんな」

「もういいのよ、その事は。それで今の話から推測して、私、女性なのにあんな立派な理事のことを疑いたくないけど、仁科秋葉理事が・・・」

「俺はその仁科、って理事がどのくらい凄いのかまだ調べていないけど。今まで手に入れた情報とそれから考えられる事を推理するとそうなってしまう。だから、仁科理事について徹底的に調べる事が今日からの俺達の課題、って所かな。でも、どうして、そんな積極的に三河先輩まで手伝うなんて言い出したりして、どんな風の吹き回しですか?」

「噂の怪談が、怪談じゃないって事が解かったからもう怖がる必要はないし、それに明智君とは高等部に移って来てからの仲だけど僕にとってはこのカメラ以外の大切な友達だった。偏見、ってね、どんな時代になっても変わらないんだ。僕がこの趣味を他の友達に話すと、変な事を想像してくれてね、殆どの人はあんまり僕の事を良く思ってくれなかったけど、明智君も報道クラブの皆も仲良くしてくれたから、そんな彼の為に、彼が追っていた人物を、真実をこれに収めてあげたいんですよ。でも、仁科理事長の事をこの学校の先生に尋ねても悪くいう人は出てこないはずですよ。それに今日は彼女、学校に来ていないようだしね」

「それでも、今は先生たちやこの学校の生徒から情報を引き出すしかないよ。四人で一人一人で行動した方が多くの情報を早めに集められると思うんだけど、ここは二人一組で、行動しようと思うんだ。俺はこいつと一緒に行くから、三河先輩は若槻さんと一緒にお願いします。それと情報交換は明日放課後またここで。それじゃっ、来栖、行こうぜ」

「あっ、待てよ、計斗!」

「おいっ、待て、って計斗、なでお前と俺が一緒なんだ?」

「ここまでくれば話してもいいかな。三河先輩も、若槻さんも手伝ってくれるのは本当にうれしい事なんだ。でも、二人をこの事件に巻き込んじゃ駄目だ。そんなコトくらい分かっているだろう?だから、三河先輩にも、若槻さんにも、無理だってわかっていることをお願いした。多分、この学校で仁科理事の事を探っても見つかる物はない。だけど、一つだけ何とかなりそうなんだよ」

「それってどんな事よ?・・・、・・・、・・・、二人は居ないぜ。話してみな」

「昨日、若槻さんを追っている時に錦糸町駅の前の大きな交差点で仁科理事とお前風の男を見たんだ。見間違いかもしれないけど、そんな男と偉く評価の高い仁科理事が一緒に居るなんて不自然だろう?例えるなら内、聖稜のプリンセスの露崎ひかり嬢とお前が一緒に居るようなもんかな?」

「なによ、その言葉は計斗?失礼な奴だな。そんなに俺様には令嬢みたいな人と一緒に居るのは不自然、って云うのか?まあ、もとよりそんな部類の連中は俺様ライクじゃねぇけどな・・・。それと、その二人なら俺様も見たぜ。後姿しか見えなかったけど、断然俺様の方が格上だね。うんでもって俺様たちでその男を取っ捕まえて吐かせよう、ってんだな?」

「そんな所。今すぐこの場所から動くと若槻さんたちも不自然に感じるだろうから、調べている振り・・・、解かってるな?」

「メチャロン、分ってるぜ。何せ、俺様達は二台の車の仲だからな」

「下らないこといってないで、外に出ようぜ。それに俺達はカー仲間じゃなくてバイク仲間、だろう?どっちも乗り物には変わらないけど。それと英語に変えても複数になるから最後にSが付くから可笑しくなる」

「なぁ、計斗、エセマジ辞めろ、って。まあ、そこら辺は日本語の愛嬌、って事で許せよ」

「駄目だね、そうやって他の国の言葉を壊すのは国際問題だっ!」

「なんか、メチャムカっ!わけわからんこといってないでもうマジホンいこうぜ」

 俺達はどうしようもない言葉の駆け引きを止めて、本来しなければ成らない事のために校舎の外に出て行った。聞いている振りなんて実際に俺には出来ないから、明日の話し合わせのために適当に仁科理事の事に付いて聞いて待っていた。

「で、部活の連中も帰り始めたぜ、どうすんのよっ?」

「確認するけど、昨日、俺達が錦糸町駅前の交差点で仁科理事を見たのは何時?」

「たしかぁ・・・、・・・、・・・、九時ごろだと思ったぜ。それが何なのさ?」

「単純な事。時間と共にその場所の人の流れは変わる。俺達が探している人物がいた時間が午後九時なら、その人物を目撃したと証言してくれそうなのはその時間帯にそこら辺に居た人達って事になるよな?だから、その時間までは家で暇つぶし・・・、・・・、・・・。帰ろうか、来栖?」

「初めからそういえよ」

 俺達が駐輪所に到着するとその場所には若槻さんが待っていた。

「何してんだ、若槻?物騒なんだから、暗くなる前に誰か友達と一緒に帰りゃぁいいのに」

「二人とも夕食はどうするの?」

「若槻さん、来栖の云うとおりだぜ。それと晩御飯は帰る途中で済ませる積りだけど、それがどうかしたの?」

「いつもそうなんですか?健康に悪いですよ、そんなの。でしたら、今日も私が何か作って差し上げましょうか?」

「千奈津とおんなじこと口にしやがんじゃねぇ、って若槻。それに若槻の家って何処よ?遠かったら帰るの大変だろうが。まあ、そうなった場合はこいつが羊をかぶったまま送ってくれるだろうけどよ」

「フフッ、心配してくださらなくてもいいの。私の家、若宮町の神社の近くなんです。東城君のかすみながれ探偵事務所のある神楽坂の近くよ」

「エッ、そんな近くだったの、若槻さん?あっ、それと初めにあの字を見る人たちの殆どは〝かすみながれ〟って読んじゃうんだけど、そうじゃなくて〝カスガ〟が正しい読みなんだ」

「なら、いいんとちゃう?裏に乗せてって遣れよ、計斗」

「おれが?」

「東城君、私が裏に乗るのは嫌なんですか?グスンッ」

「エッ、いやそんなコトないって・・・、・・・、・・・、はい、ヘルメット」

「計斗、若槻にピッタリくっ付いてもらって彼女の胸でも堪能しな」

「なっ、ななあぁああぁなにっ、ばっバカなこといってんだ、このくそバカクルスっ!」

「東城君、顔が赤いですけど?事件を追う事が大変で急に疲れでも出てしまったのですか?」

「アァ、いや、大丈夫だって、ハッ、早く裏に乗って呉れよ」

「じこるなよぉっ、かぁ~~~ずっと、クックックックック、フッ」

 来栖のヤツの精神的ないじめに耐えて本当に事故を起こさないように若槻さんを乗せて、途中に買い物してから家に帰宅した。そして、家に到着すると、仕事でいるはずもなかった駿輔父さんが帰っていた。

「とっ、とうさん?何で、もう仕事かたづいちゃったの?」

「ああ、計斗お帰りなさい。フッ、計斗、お前がそんなに手の早い男の子だとは父さん、今までぜんぜん気が付きませんでしたよ。今晩はお嬢さん、これの父親をしています。夘都木駿輔です。どうか、不肖の息子ですけど、見捨てないで上げてください」

「ああぁぁああ、父さんいい加減にしてよっ!若槻さん、ごめんね、変な気分にさせちゃって」

「東城君、そんなコトないから、気にしないで。東城君のお父様、初めまして、東城君のクラスメートの若槻瑞穂と云います。ここの近所に住んでいますので宜しくお願いいたします」

「まあ、まあ、その様なところにいつまでも立っていないで三人とも中にお入りなさい。計斗、おめでとう、父さんはうれしいよ」

「うっ、うるせぇっ!駿輔父さん、そんなに俺を苛めて楽しいのかよっ!」

「酷いなぁ~~~、計斗、私は心のそこからお前のことを思っているのに」

「計斗、裏がつっかえてんだ。玄関先で親子漫才してねぇでさっさと俺様たちを上がらせろや」

 いつものように最後は来栖にその場を締められて家の中に入って行く。若槻さんが独りで料理を作っている間、俺は父さんに要らぬ詮索はされるし、来栖は誤解を招くような事実じゃない事をべらべらと口にするし、もう大変だった。ああ、それと父さんは今日の日中頃に御神さんと追っていた事件を解決した、って教えてくれた。

「それじゃっ、父さん。明日から俺の仕事を手伝ってくれるの?やりぃ~~~っ、これでもう事件は即行解決に向うぜ、来栖」

「息子よ、最後まで人の話しは聞きなさい、と何度も言いましたよね?今回のこの事件の解決担当は計斗なのですから、最後まで責任を持ってお前がやりとおしなさい。ただし、危険を感じた場合は何度も言ってありますがその時だけは私が仕事中でも連絡を入れる様に。宜しいですね、二人とも?」

「なに、父さん、その口ぶりだと、もう新しい仕事の依頼でも来たの?」

「そういう事になります」

「東城君、来栖君、それと夘都木おじ様、出来ましたのでリヴィングまで・・・」

「オウ、若槻、確認しておくけどよ、今日は眠り薬なんチヤァ入っていないよな?」

「来栖君はうたぐりぶかいんですね?そんなにご心配なら食べてくださらなくてもいいですよぉ~、プイッ」

「あの若槻さん、これがこいつなりの冗談なんだ。理解しづらいけど、我慢してやってくれよ」

 それから、何日ぶりかに父さんと新しい友達?を加えた四人で夕食を摂った。そして、食事の会話中に父さんが〝矢張り女の子の手料理はいいものですねぇ~~~〟なんて事を若槻さんに言っていたから、誰かと結婚しない本当の理由を知っていたけど〝だったら、料理のできる女の人と結婚しろよ〟って答えてやったら、ここに来て初めてしこたま父さんに殴られた・・・、笑顔で。

「やっぱりそうなんですね。道理で東城君のお父様にしては若いなと思ったのですけど」

「なに、若槻さん?」

「うぅうん、本当の親子じゃないのに夘都木おじ様も東城君も本当の親子のように仲がいいな、とそう思っただけです」

「そうだね、本当の俺の父親、ってどんな人か知らないけど、駿輔父さんは俺の大切な父さんである事は間違いない」

「うれしいことを言ってくれますね、計斗。お前を引き取ってから、色々と仕事の手伝いもしてもらっていますし、これがいると精神的な支えにもなっているので非常に助かっているんですよ。後は事務所の事務をこなしてくれる人が居れば大助かりなんですけどねぇ~~~」

「だったら、雇えよ。アッ、もうこんな時間。若槻さん、送ってくよ。来栖・・・」

 俺はそれ以上口にしないで、ヤツの肩を叩いてこれからの行動を示した。すると、奴は本当に理解してくれたのか小さく頷いていた。

 俺は歩いて彼女の家まで送っていくとなんと俺のところから普通の速度で歩いて五分と掛からない場所にあった。

「それじゃ、若槻さん、おやすみっ。それとまた明日」

「東城君、私の家がこんなに近くて驚いたんじゃないですか?フフっ、それではおやすみなさい」

 彼女と分かれて走って帰ると、来栖が俺のバイクにも火を入れてくれていた。

「オッ、計斗、早いお戻りで。俺様としてはあと一時間くらいは待たせてもらった方が面白かったんだけどな」

「わけわかんねぇぜ。そんなコトよりも行こう、近眼の鳥が集まる駅へ」

「それって、近視鳥って奴、俺様の下らないギャグ以下にくだらねぇ」

「けっ、どうせ俺にはセンスなんてねえ」

 来栖に悪態をついて返してから、午後九時前にその場所に着く様にバイクを走らせる。

 その場所で仁科理事と彼女と一緒に居た男に事を聞きまわる。駅付近で粘り強い聞き込みをして、午後十時半を過ぎた頃、チョコ、チョコってな感じに仁科理事の方じゃないけど男の方の情報が入り始めた。

「おぉーーーっ、かずとっ!」

「叫びなが、走ってくるな、来栖。恥ずかしいヤツ目」

「なんだぁ~ッ、せっかくいい情報を仕入れてきてやったのにねぎらいの言葉もないわけ?」

「言葉よりも、こっちのほうがいいだろ?のめよ」

「へへっ、気が利いてんジャン。あんがと、それよりも、聞け、聞け。あの男、ハシバ・マサミって言うらしいぜ。うんでよぉ、何年か前までは三好のあたりに住んでいたらしいんだ。そして、今は何でも働いている会社の近くに移ったらしいぜ、ばしょは・・・」

「大田区蒲田駅の近く。ハシバ・マサミは酒を飲む事が好きだから、その辺の飲み屋を探せば会えるだろう、って事だろ?その男の同級生、って名乗っていた奴から聞いたんだ」

「チッ、計斗も似た様なの手に入れたのかよ、つまんねぇ~~~のっ。うんじゃぁ、そのハシバ、って言うのがカイセのそつぎょぉ~~~ってのは?」

「それは本当なのか?来栖。なんだよ、そのしてやったりって顔は?」

 あんまり、来栖の機嫌を損ねさせるとたまに相手にするのが大変なくらいに捻くれる事があるから態と知らない不利をしてやると、簡単なヤツ目。嬉しそうな表情を浮かべていた。

「流石俺様、って思ってくれてるだろう?よきにはからえ・・・、それじゃ、さっそく蒲田に行こうぜ」

「そういうなって、来栖。本当は今すぐにでもそこに行きたいんだけど、これ以上の外出は父さんが帰って居る時は無理だから、俺達も家に戻ろう」

「そりゃ、しゃぁないな・・・、大田区蒲田の駅周辺探索は明日って事か・・・」

 俺はそれに頷きながらバイクを止めてある場所まで戻っていた。

 それから、翌日、翌々日の午後五時ごろから、若槻さんや三河先輩には気付かれないように俺達は大田区蒲田まで移動してB級繁華街と呼ばれる蒲田の飲み屋をうろついていた。だが、周りが俺達に未成年に向ける目は白い。でも、俺達にはそんな事を気にかけている余裕はない。今日は四月二十日、金曜日。明日が土曜日と云う事もあって昨日よりもその付近を歩く人が多いような気がする。

「おぃ~~~いっ、カズト、計斗、かずとォ~~~~~~~ッ!ハシバって奴が行きつけの飲み屋を見つけてやったぜぇ~~~っ」

「はい、ハイ、はい、聞えてるから、往来で大声上げない。俺も今知ったところだ。なんだ?その不満そうな顔は」

「だったら、その場所って何処よ、いってみなっ!」

「来栖、頼むから、子供染みた対抗意識を燃やさないで呉れ。場所は〝トランシルヴァニア〟いい名前だけど」

「いい名前だけど、なによ?」

「知ってた、トランシルヴァニア、って言うのはヨーロッパにあるルーマニアって国の中にある地名なんだけどさ、吸血鬼伝説の発祥の地でね・・・」

「計斗、もうそれ以上は言わなくていいぜ。なんか店に入るのが・・・」

「なに?来栖、ブルってんの?クククッ。ただの飲み屋だってさあ、その店にさっさと行って情報収集ダッ!」

 来栖の腕を掴んで引っ張るとその店に向う。中に入ると今まで行った所とはまったく別物で大人になって酒が飲めるようになったら再び訪れたいな、と思わせるような雰囲気の場所だった。

「お客様、表の看板をお読みにならなかったのでしょうか?当店の未成年の御来店は堅く禁じております。警察の方が立ち入る前にお引取り願えないでしょうか?」

「あの俺達、お酒を飲みに来たんじゃなくて人を捜し歩いているんです。そしたら、このお店にその人がよく来る、っていうのを耳にして・・・。ハシバ・マサミって人なんですけど、マスターそのお客ってどんな人なんですか?」

「お聞かせしましたら、帰っていただけるのなら・・・、・・・、・・・、解かりました。先ほどまで橋場君はここで飲んでいかれましたよ。いつもはとても明るいのですけどね、今日は偉く表情の暗い気分で呑んでいました。そして、君達が来るほんの少し前に、九時前くらいに会計を済まされてお帰りになりました」

「その橋場さんの住んでいる所、ってどこなんですか?」

「お客様のプライバシーに関する事はお教えできません」

「そんなコト言ってる場合じゃないんだっ、人様の命が掛かってんだぜ。早く教えて呉れ、時間はまっちゃくんねぇんだ。アァアァ、俺様のこれを見せテやルから、それと交換ってことで教えてくれよッ!」

「そのトランプを扱う手さばき、きっ、キミは若しかして、あのクルス・ファミリー・マジシャンズの偉大なる天空の十字架とよばれている?そのキミなんですか?わっ、ワタクシ、私、そのキミの大ファンなんですよ。サインを呉れましたら、その、それと交換なら・・・」

「俺様を知ってるなんざぁ、おっさんも中々ツーだねぇ。俺様のサインでいいなら幾らでも呉れてやるさ。だから、早く教えてクンな・・・、・・・、俺様のネタが詰まったこのトランプデッキも序に呉れてやるよ。どんな種が詰まってるかはおっさん自身で考えな。計斗、解かったぜ。さっそく行ってみようか?」

「来栖が居てくれて助かったよ。有難う」

「たいしたこっちゃぁねえよ」

 照れるように笑う親友に俺は笑顔で返して、その親友が渡してくれたメモの場所に向かった。ハシバ・マサミが住んでいるのは六階十八号室。振ってある番号と表札を確認する。ちゃんと表札には〝橋場〟と書かれていた。俺はてっきりハシバ、って羽柴と書くのかと思っていたけど違がかったようだ。中から明りは漏れているのに呼び鈴を押しても、中の人を呼んでも、一向に返事はない。それに、ドアとなりに設置されている電力のメーターの回転が速い。俺は凄く気になってドアノブにハンカチを当てて廻したけど、鍵か下りていて開いては呉れなかった。

「頼む、来栖っ!お前のマジックで、パパッと何とかこれを開けてくれないか?」

「あのなぁ、計斗?仕掛けのないマジックなんチヤァ、ねえ、って知ってんだろうが?無茶な注文してくれるな。俺のマジックの始まり文句ちゃんと覚えてんの?まっ、ベスフレの頼みだから、期待にこたえてやるよっ!」

 来栖はそう言ってマジックの時にいつも身に付ける真っ黒な手袋を嵌めるとピッキングに近い事をはじめた。俺の目の前にある扉の鍵穴は普通使われているキザキザの波の形をした鍵を差し込むような物じゃなくてカードキーだった。

「計斗、よおぉ~~~っく、みてろよぉ。アコード、ダックス、トロイスっ、『カチャッ』。計斗、ドアノブ廻してみろ」

「凄い、凄いぜ、来栖。流石、グランド・スカイ・クルスの名はダネじゃないね。それじゃ、なかにはいろう・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、なんでだよぉーーーっ!」

「叫ぶなって、計斗?まっ、まじかよ。これってやっぱ手遅れなんだよな?」

「橋場さんですよね?確りしてください、確りしてくださいっ!・・・、・・・、・・・」

 呼びかけても反応はない。橋場さんは左手を腰の辺りに当てて、何かを掴もうと言う感じに右手を伸ばしていた。その先には海星の制服を着た男女の写真が飾ってあった。かなり古ぼけている。それを手にとって良く確認してみると、若い頃のこの人みたいだった。・・・、・・・、・・・、この女のこの方は?これって、俺の記憶が間違っていなければ、三河先輩から見せてもらった那智朱鳥、って人に良く似ている。

「計斗、なにやってんだっ、警察に通報しなくていいのか?」

「もうとっくに連絡は入れた。・・・、・・・、ホラッ、サイレンのおと聞えてきただろう?」

 来栖がトイレに入っている間に俺は既に警察に通報していた。鑑識やら、刑事やらわんさかその部屋にやってくると一人の刑事に疑わしい目でアリバイを聞かれた。そして、嫌々対応しながら言葉を刑事に続けていると、この場所に思いもしなかった人が現れたんだ。

 その人は俺が事件の捜査を始める初日に河川であった弁護士さん、駿輔父さんの知り合いの草壁剣護さんだった。色々聞きたいことがあったのに草壁さんは仕事真面目に直ぐに鑑識と話し始めてしまう。俺の方は話していた刑事が証言を続けろと強要して来た。そして、その時に周囲を確認すると来栖の奴が何処にも見当たらなかった。

「貴様の証言には納得できんな。署まで一緒に来てもらおうか、少年」

「待つ、であります。その東城君は本官の顔見知りです。ここは本官、深川署の田名部善行に任せて欲しい、であります」

「キサマッ!我々の持ち場を荒らす積りか?深川署ねぇ・・・、ここの管轄じゃない者が勝手をするな。さあっ、こいっ!」

「あっ、待つでありますっ!」

 深川署の田名部、って言う警察官は俺がここの管轄の警察署に連れて行かれないように必死に訴えてくれたけど、俺は嫌味そうな刑事に連行されてしまった。その時に周囲を見てもやっぱり来栖の姿は見えなかった。その時俺の体に嫌な悪寒が走った。来栖の奴、危険に足を突っ込んでるんじゃないかって心配してします。不安が俺を支配し始めたんだ。

「貴様が殺ったんだろウッ!正直に言ったらどうなんだっ!」

「こんな所に俺を連れてきて、いきなり犯人扱いかよっ!手前等、頭可笑しいんじゃないのか?こんなんだから、本当の犯人が直ぐ捕まんないんだよ、あんた等はっ!」

「なにぃっ!言わせて置けば、がきがっ!」

「お前等のような、バカ刑事ばっかりで父さんが同じ職についていた頃は相当苦労したんだろうねッ!ばぁ~~~っかっ!それよりも、俺が言った場所には連絡してくれたのかよっ!」

「連絡など、必要ない。掛けても無関係といわれるのが落ちだろう?そんな手間を我々が取ると思ってんのかっ!」

 クソッ、こいつら、マジホンムカつく。御神さんには悪いけど、こんな奴等が日本の刑事を遣ってるなんてこの国どうかしてるぜ。もしも、この連中のこの拘束時間のせいで来栖に何かあったら絶対、報復してしまいそうな気分に駆られてしまう程、そのくらい今の俺は途方もなく苛々していた。どうにかしてここを切り抜けようと頭を働かせようとしたけど、来栖の心配でそうも行かなかった。冷静でない自分、ただ、時間だけが過ぎてゆく。

「計斗っ、遅れてしまって申し訳ありません、お迎えに参りましたよ」

「どこの課の者ダッ、貴様は?ここは捜査課の取調べしつだぞっ」

「ハッ、そういう取調べをするから本当の犯人が貴方たちには見えないですよ。計斗このようなものなど相手にせず、帰りましょう」

「なぁにぃ~っ?キサマッ、その言葉、我々に対する公職暴言罪だぞっ!それに、貴様にこのガキをここから連れて行けるわけがないだろうがっ!」

「この子の身柄は私、警視庁刑事部捜査三課の御神美琴が預からせて戴きます。何か言い分があるのであれば、本庁まで出頭してください。さあぁ、行きましょう、計斗君。怖かったでしょう?」

「そんなコトよりも、来栖が、来栖が・・・」

「計斗、話は事務所に戻ってから、聞かせてもらいますから、今は落ち着いてください」

 その後、俺は御神さんの運転する車に駿輔父さんと乗せられて神楽坂の自宅に戻っていた。そして、一息ついて完全に冷静さを取り戻した時に今日までの事件のことを整理して父さんに告げる事にした。

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