第五章 ミズホの気持ち

 四月十六日、月曜日。聖稜学園から海星高校に交換学生としてやってきてから二週間目を迎える今日もやる事は前々からやっている紀伊さとみさんが最後にあった人物と明智肇先輩が最後に会った人を特定する事。今のところ、俺はこの学校関係者に犯人が居るんじゃないかって路線で話を進めている。来栖にもその事を念頭においてもらって行動するようにお願いはしてある。

 それとあいつにも教えてあるんだけど、俺はある程度、その人物を何人か候補にしてあげていた。後はその候補者以外の先生や生徒と話してその人物が出てくるか統計をとって最も多いヤツが何か重要な手がかりを握っているんじゃないかって思っているんだ。若しくは犯人かもしれないとも。

 放課後、裏門の方に出るとそこから帰って行く生徒に話しかけようと思ったんだけど、なんだか先週に比べるとそこを通って帰ろうとする生徒達が少ないような気がする。

「あのさぁ、ちょっと話し聞いてもらってもいい?」

「あっ、このまえの先輩?俺になんか用っすか?」

「俺の気のせいなのかもしれないけど、こっちから帰る生徒減ってない?」

「その事ね。朝は普通だったけど、ほらさっ、内の学校の三年の先輩が死んじゃったでしょ?その原因が裏門の噂を調べていた呪いだってんでさ、みんなそれを気味悪がチヤってこっちを通らないんじゃない?エッ、俺とナオは、って?俺そんなの気にするほど弱っちくねえよ」

「アツ君平気でも私はいやだよぉ~。もどってむこうからかえろぉ~よぉ」

「なに言ってんだよ、ナオ?ここまで来て引き返すなんて馬鹿だぜ。そんじゃ、先輩、先輩も呪われないように注意しろ、だぜ」

 呪われない様に注意しろか・・・、そんな物で殺されてたまるかよ。来栖が今の話し聞いたら大笑いするだろうな。それから、俺は通りの少なくなっている裏校門から帰る二年と三年の生徒に紀伊さんと明智先輩の事を尋ねる。そして、日が暮れる午後四時半前にはそこを通る人が居なくなってしまった。

 俺も基本的に怪談話とかの信憑性はまったく信じてないからそんな噂のことなんて怖い、って感じないけど、なんだかこの場所に居ると寒気がする。そんな感覚を振り払いながら校門の側壁を見て回った。壁には結構の厚みがある。人が通れる穴が開いてたんだろう?そんなに簡単に短時間で修復できるんだろうか?昔は数箇所穴が開いていたらしいけど、雪村先生、人が潜れる穴は門のすぐ左となりにあった物だけだった、って言っていたよな?

 その場所と思われる所に近付いて確認したけど、穴が開いていた、なんて事を知る痕跡は何処にも見当たらない。周りが暗い所為って訳でもないから、明るい時に見ても何も判らないだろう。

 もう、ここに居ても時間を無駄に使うだけだ。校舎に戻ってその中に居る人たちに続きを聞こう。

文化部の部室が集まる中央棟に来ると三階から順に回って聞く事にした。若槻さんの居る報道クラブも三河先輩が部長をしている写真部の人たちも全員どこかに出払っている様だった。

 時計を確認するともう直ぐで午後六時。来栖との待ち合わせまで後三十分か?三階東階段の隣にある茶道部で今日は終わりにしよう。

「しつれいしまぁ~~~っす」

「あら、この前の聖稜の後輩君じゃない。また、私達に用事ですか?立ち話もお疲れになるでしょうから、さあ、どうぞ、こちらに来てお座りになってください」

「あぁっ、いや大した事じゃないからこのままで・・・、せっ、先輩、制服の袖を引っ張らないで下さい」

 みんな部活の為に態々着物に着替えている。でも、まだ入部したての後輩は制服のままの様だ。その中の部長にブレザーの裾を引っ張られ強引に畳の上に座らされてしまった。なんか男一人だと非常に肩身が狭く感じる。

「まだ、先週の事をお調べなさっているのでしょうか?『シャカシャカシャカシャカ×数回』・・・、・・・、・・・、はい、こちらをどうぞ」

「そんな気を使ってもらわなくたっていいんですよ」

 周りの目が笑顔で俺にひき茶を飲めと強要する。だから、中に入りたくなかったのに・・・。器の中を覗くと見るからに苦そうな深緑の泡がたった液体が存在していた。

「どうなさったのでしょうか?わたくしのお淹れしたものはのめませんと・・・、グスン・・・」

「いや、ちがうんです、先輩っ、そんな悲しい顔を作らないで下さい!ソッ、そのもったいないなぁ~、って。・・・、いっ、いただきます・・・、・・・、・・・、けっ、けぇッ結構なお手前で・・・、〈げろげろにがにがぁ~~~っこんな物呑んで本当に美味しいのかァーーーッ?もっ、若しかして俺を実験台に?それとも、新たな苛めの手段?〉」

 抹茶の異常な苦さを顔に出さないように必死に耐えたけど、心の中では苦悶と苦渋していた。

「クスッ、そのお言葉ありがたく存じます。それではお話を伺いましょう。皆様もわたくしのそばに参られてくださいませ」

「先輩らも俺と同じ学年のキミらも春休みには部活に出てた、って先週言ってましたよね?その時に学校の中で学校の生徒以外の人と話している紀伊さんや明智先輩を見かけませんでしたか?」

「そうですねぇ~~~、わたくしは・・・、・・・、・・・、と言います所で。みなさまはどうですか?何か東城様にお聞かせして上げられますような事は?」

 苦いお茶を飲まされた報酬として、それなりの答えを茶道部の皆に聞かせてもらった俺は礼を言って帰る事にした。

「それじゃ、失礼します。どうもありがとう御座いました」

「また、お越しになって下さい。お待ち申しておりますね。ワタクシたち一同、出来れば東城様に入部していただけたらと存じてもおりますのでどうか心にお留めになってくださいませ」

〈それは勘弁願いたいです。やることやったら聖稜に帰りますから〉と心の中で言葉を返して本当に部室を立ち去った。

「オッ、計斗、戻ってきたか?」

「ああぁ、来栖?今日さ、そっちの校門から帰って行く生徒多くなかった?」

「まぁねぇ。明智センパの事は昨日の事なのに噂を調べたのろいで死んじまった、ってのがもう広まっちまっているよ。今も紀伊の方は行方不明で通っているけど、行方不明なのもその呪いの所為なんじゃないか、って耳にした」

「それは俺の方も同じだよ。まあ、今日の詳しい事は家に帰ってから話そう。飯、家で食う?それともどこかよってく?」

「夘都木のおじさん、今日も帰ってこないんだったよな?だったら、途中で済まそうぜ」

 俺達はバイクを同時に発進させて駿輔父さんとよく利用する飯田橋の近くのレストランへと向った。そこに着くと夕食を摂りながら今日集めた情報の交換も一緒に始める。

「来栖、俺の頼んだ集計はどうなった?」

「今日は大変だったぜ。いつもより俺様の方から帰る連中が多かったし、やっぱ文化部より、運動部の方が部員が多いからな・・・。おうぅっ、計斗、ミニパソ出せよ。俺様が今日集計できたの転送してやっからよ」

 来栖がそれを出すのと一緒に俺も自分の生徒電子手帳を出していた。

「どうよ、俺様が集めたものと計斗の集めたもんの違いは?」

「合計人数はやっぱりこの人が多いようだ。どうする?飯食い終わったら、学校に戻ってあってみようか?」

「相手は人殺しだぜ?俺さま達二人で大丈夫かよ」

「冗談、そんな事しないよ。明日学校で周りに人の目がある状態で会うさ」


 そして、翌日の昼休み。ここ最近、ずっとお昼を一緒にしている若槻さんと別れた後に来栖と用務員室に向った。周囲を確認する近くを歩いている生徒や廊下の窓際で喋っている連中が居る。俺は中に居る人を呼んで扉を開けっ放しで中に入らせてもらった。その時に周りには普通に生徒がい過ぎて俺も来栖も俺達の後をつけていた人物が居た事を知る由もなかったんだ。

「沼澤さん、貴方に尋ねたいことが幾つかあるんですけど、俺のそれにちゃんと答えてください」

 その用務員は俺達に会うなりいきなり動揺しているような感じだった。

「春休みの終わりごろ、澤沼さんはこの生徒に会ってましたよね?それと六日前の月曜日にはこっちの先輩にも。その時二人に何を聞かれたのか俺達に話してくれませんか?」

「なっ、なんのことじゃ?わっ、わしは、なんも、なんもしらんぞ。そんな生徒には見た事もあぁぁっ、会ったこともないんじゃッ!」

「俺様達には嘘は通用しねぇぜっ!ちゃんと調べはついてんだってぇの。さっさとゲロってすっきりしちまいな。おっさんが、紀伊と明智ってセンパに会っているとこを目撃してん生徒がいんのよ、ちゃぁ~っんとね。それを見た何人かはこうも言ってたぜ〝なんだか、口論している様な感じだった〟ってな。さぁ~~~って何で口論なんかしてたんでしょうねぇ?」

「ワッ、ワシは何も、何も、本当に何もやってない。何も知らんぞっ!わしはその死んだ二人とはなんも関係がないんじゃッ!」

「死んだ二人?それは可笑しいんじゃないですか?明智先輩が死んでしまった事は新聞に載っちゃったから知っていても変じゃないけど、紀伊さんの方は一部の連中以外には行方不明としてしか、知られてないはずなんだけ」

「うるさいっ!わしは何も知らん。不愉快だ、出て行けッ!・・・、・・・、・・・、フンッ、そうかっ!貴様等が出ていかんと言うのならわしの方から出てってやる」

「ああぁっ、マジで出て行きやがったよ。計斗、追わなくても良いのか?なんだよ、その昏迷した顔はよぉ?」

「確かに、沼澤用務員の態度は変なんだけど。何か違うんだ。何かが・・・。しょうがない、沼澤さんの事をよく調べてからもう一度、彼に会ってみよう・・・」

「なあ、計斗。あの鞄、おっさんの物じゃないのか?中のぞいたら、スタンガン出てきたりして。あけてみっか?」

「だめだよ、それは。仮令、沼澤さんが容疑者だとしても俺達にそんなコトをして良い権利はないんだぜ。・・・、・・・、・・・、でっ、でも・・・」

 全然そんなコトに気が回らなかった俺も来栖の言葉で凄くその中身が気に成ってしまった。俺の意図を理解した来栖がそれに手を伸ばそうとした時、用務員のおじさんが帰って来てしまった。

「クッ、飛んだ言いがかりをワシに吐きながら、わしの持ち物を見ようなんざぁっ!貴様等、人間じゃねぇ、ばかやろうがぁっ!呪われて死じまえっ!」

 酷く憤慨した表情の用務員は俺達にそう吐き捨てると来栖が手に持っていた鞄を持って行ってしまった。迷っている暇はない追いかけるぞっ!俺は廊下に出て彼を追った。しかし、用務員のおじさんはもう五十にもなろうとするのに俺の俊足をもってしても追いつけない。・・・、・・・、見失ってしまった。

「来栖、逃げられちゃったよ。どうしよう」

「そんなコト俺様に言われてもなぇ。計斗どう思うのよ?ホントにあのおっさんが、二人をやった犯人だと思うわけ?・・・、いや、ちがうよな。俺様が想像もつかないことを思ってんだろう?」

「何にも思ってないよ。ただ、さっきの沼澤さんの会話の時に確かにあの人は動揺していたんだけどぉ・・・、どうもねぇ・・・。いや、だめだ、まだ来栖に話せるほど推理材料がたらなすぎる。サア、集めよう」

「しゃぁないなぁ、昼も終わりの時間だ。続きは放課後だな。俺様達の教室がある方へ帰ろうぜ」

 放課後、今日は来栖と一緒に行動して用務員のおじさんの事を聞きまわる。

「計斗、何よ?その顔は」

「あんまりにも俺が思っている事しか話を聞き出せなかったから、面白くないんだよ」

「贅沢言うんじゃないぜ。そんなにお前が予測していたことと同じなのか?」

「まあねぇ・・・。話は帰ってからにしよう。犯人に聞かれるのは不味いから・・・」

 そして、俺達は何処にも寄らずに家に帰ってしまった。

「飯、どうすんのよ?腹減ったぞ」

「だるぅ~~~。来栖、金出すから何か買ってきてぇ~」

「俺様も嫌だ。まだそんなに経ってねぇんだけど、捜査、って大変だなぁ?」

「そうだよ。だから、犯人が賢い奴だと中々事件が解決できないんだ。周りの人は〝何やってるの警察は?だらしないわねぇ〟とか言うけどね。警察の仕事って俺達が思っている程簡単じゃないって解かった?」

「御もっともでゴザイやすよ。確かに大変だけどな。マジックのネタを考えるのと同じくらい真剣に成るよ。でも・・・、・・・、・・・、腹減ったぞぉ、カズトォ~~~、何か俺様のために作れ」

「言ってろ。俺が料理できるわけないんだ。無論、お前もな・・・。駿輔父さん、コンビニ弁当許してくれるのにインスタント食品は駄目って言うんだよな。だからね、内には何一つそういった買い置きはないんだ。はぁ~~~、少し休んでから出よう」

 俺達はリヴィングのテレビを点けて制服のままゴロゴロしていると事務所側のインター・フォンが鳴る。こんな時間にお客さんかな?父さん居ないんだけど、どうしよう?取敢えず、出るだけ、出てみよう。

「はい、霞流探偵事務所の東城です???若槻さんだよね?何で若槻さんが俺んちを?」

「おォ~~~どうしたんだ、計斗?うぅん、何で若槻が?」

「来栖、俺と同じ事を言うなバカ」

「こんばんは。東城さんも、来栖さんも、やっぱり二人とも一緒に住んでいるんですね。それに私報道クラブの部員ですよ。二人の事なんて直ぐに調べられるんですから・・・」

「なぁ、なあ、なアァ、若槻。若槻が裏に持ってるもの何?」

「クスッ、やっぱり二人ともまだ夕食を食べてないんですね。これ良かったら・・・」

「おい、おいっ、計斗。何時まで彼女を外に出してるんだ。中に入れてやったらどうなだよ」

「掃除はまめにやってるから散らかってないよ。どうぞ・・・」

「東城さん、私が持ってきたこれ、少しだけ手を加えないといけないんですけど、キッチンを貸してもらえませんか?」

「えぇっ、台所?別に構わないけど、父さんも俺も料理なんてしないから道具なんて殆どないよ。台所はこっち・・・」

「おいっ、計斗。俺様が知らない内にいつ、若槻とこんな事をしてもらえるほど仲が進展したんだぁ?千奈津が知ったらなんて思うんだろうなぁ」

「何、わけ解からんこと言ってんだよ、来栖?それに何で藍野さんが関係するんだっ!お前こそ、俺の知らないところで若槻さんに手を出していたんじゃないのか?藍野さん、それ知ったら、多分、藍野さん、包丁を握り〝浮気者ォ~~~〟って叫びながら、来栖、お前を追いかけるかもよ」

「そんなコトになったら、お前を人身御供に千奈津に呉れてやるよ。どうぞ、ヤツに骨まで捌かれて食われてくれよ。フンッ」

 俺達は若槻さんが自前で持ってきたエプロンを掛けて何かをしている所を見ながら彼女に聞えないような声でそんな会話をしていた。

「若槻さん、あのさぁ?いつも持ってくる弁当とかも自分で作ってるとか?」

「え?そうですよ」

「千奈津と同じくらい、若槻って貴重な奴なんだな」

「私が貴重、ってどう言う事なんですか?」

「今時、俺様達くらいの歳で料理する女なんてそういねぇぜ。逆にオトコの方がするくれぇだかんなぁ。うち等、聖稜に家政科って言うのがあってよ。何年も前までは殆ど女が集まる学科だったってぇのに今じゃ、男が半数を超えてんだぜ。笑っちまうよ」

「他の連中から見たら、俺達は料理の出来ない男だから旧世代の駄目な男なんだよなぁ、来栖」

「何言ってんだ、計斗よ。俺様達は俺様たちで希少価値がたけぇんだ。まあ、良いや。食わしてもらうぜ。いただきます」

「なんだか知らないけど、夕飯用意してもらっちゃって悪いね、若槻さん。それじゃ俺も頂くよ。フゥッン、来栖。今、お前、口に入れたものと藍野さんが作る物を比較してみただろう?」

「ねぇ、さっき来栖さんは千奈津さんって、東城さんは藍野さんって人の名前を口にしているようですけど、何方なのですか?」

「藍野千奈津さんって言ってね。コイツの幼馴染み兼恋人って奴さ」

「千奈津の野郎が俺様の恋人だって?冗談、願い下げ、って奴だぜ、まったく」

「女の子を〝ヤロウ〟だなんて失礼じゃなくて?来栖さん。それに・・・、幼馴染みの男の子の方ってどうしてそんな風に女の子の幼馴染みの方を酷く言うんでしょうね?本当は気が有るくせに意地を張ったりして・・・」

「なぁっ、何を言い出すんだ、若槻っ!変なコト言うんじゃねぇよ。食ってるもん吐き出しちまうところだったじゃねぇかよ。もったいねぇ」

「明智先輩もそうでした。本当はさとみの事をとても大事に、大切に思っているくせにみんなの前では捻くれてしまって・・・、でも、でも、それでも二人はとても仲が良かったんです。それなのに・・・、可笑しいですよ。どうして、どうして、そんな二人が殺されなくちゃいけないんですか?どうして・・・」

 ヤバッ、なんか若槻さんの顔色が・・・、泣き出しそうになっている。はっきり言って俺にはどうにも出来そうにない。頼みの綱は来栖だけか。俺は目で合図を送って俺の意志を伝える。そして、〝まかせろ〟ってな感じに小さく奴は頷いてくれた。

「オウ、若槻よ、そんな顔すんなって。お前が幾ら悲しんだってもう二人は戻って来てくんねぇんだよ。若槻にとって紀伊も明智先輩も大事なべスフレだったのはよく解かるぜ。お前の心に開いちまった二人分の穴を俺様たちじゃ、埋められねぇけど・・・、二人の仇は討ってやる事は出来る。俺様とこいつで其奴を締め上げてやるぜ」

「アッ、何を口にしてんだよ、来栖っ!若槻さんに余計な事を言うんじゃないって・・・」

「来栖さんも、東城さんも、二人がどういう目的で内の学校に来たのか知っています。二人がどういう人たちかも調べさせてもらいました。さとみと明智先輩が何を追っていたのか、ずっと調べていたんですよね?報道クラブの部員は手伝ってくれませんでしたけど私も色々と調べたんですよ。東城さん、来栖さん、どちらでも良いです、答えてくださいっ!二人を、二人を・・・、殺したのは用務員の・・・、用務員の沼澤さんなんですね?そうなんでしょう?答えてくださいっ!」

「若槻さん、キミのような子がこんな事件に関わっちゃ駄目だよ。それには答えられない。それにね、殺人事件を追う、って事は全部が全部じゃないけど、危険なことなんだ。一つのミスで誰かの命が奪われる事も、自分の命が奪われる事も可能性としてあるかもしれないんだ。・・・、・・・、死んでしまった人を悪く言いたくないけど、紀伊さんも、明智先輩も、殺されてしまったのはそれが理解できていなかったからなんだよ。だから、俺達に総てを任せて若槻さん、キミは結果だけを待っていて呉れ」

「そんなの納得できません。でも、東城さんのその言葉で確信しました。・・・・・・、こんな事をしてしまう私を許してくれなくてもいいです。それでも、二人とも御免なさい・・・」

「えエッ、何をあやまってぇ・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・」

 どうしてなのか、俺はそれ以上言葉が出せなかった。急に意識が遠のいて行く。酷く目がかすむ。なんだか非常に体がだるい。最後に来栖の方に虚ろな目をやると奴は既に椅子の背もたれにだらける様にぐったりとしている姿が朧気に見えた。薄れていく俺の意識の中で俺自身が若槻さんに考えて言った言葉の間違いに後悔してしまう。そして、何か言い知れない不安のまま遂に俺の意識は失われてしまった。

 それからどのくらいの時間が経ったのだろうか?

「『ビシッ、バシッ×36!』クラぁーーーッ!さっさと起きネェか、クソ計斗!おきねぇとマジでマジックの実験体にすっぞ・、・・、・・・、・・・・、・・・・・、ヤット起きやがったな。これを見ろ、この若槻の書置き」

「はぁうぅん???俺は生きていたのか?なんだか、頬の辺りが非常に痛いのは気のせいなのだろうか?あのなぁ、来栖。マジックのつもりなのかもしれないけど、白紙なんて見せられても俺には何が書いてあるか全然わかんないぜ」

 来栖の表情はとても焦っている様に見えるんだけど、それでも奴は手品を始めた。持っていた白紙をくしゃくしゃに丸めて火をつけてしまった。どうせマジックなんだ、燃やしているのはダミー。

「ゲッ、俺様としたことが本物を焼いちまったよ」

「冗談言ってないで早く見せろ。・・・、・・・、・・・。来栖ッ、若槻さんを探しに行くぞっ!」

 俺はヤツに見せられた彼女の残したメモを見て唖然とした。彼女の残したそれには次のように綴られていた。

『私はずっと独りでさとみと先輩を殺害した犯人を捜していました。そして、今日、貴方たち二人の後をつけさせてもらって、二人にあって確信しました。さとみと明智先輩に手に掛けた人、沼澤康介を許さない・・・。二人のいない現実なんて私には何の意味も無いんです。犯人が警察に捕まってこの国の法に裁かれるくらいなら、私が刺し違えても、私の手で裁きを与えたいです。これを読んでいる頃はもう私は居ないかもしれませんが、迷惑を掛けて御免なさい。若槻瑞穂』

 今日まで俺は自分の捜査の事ばかり考えていて若槻さんの事なんて気にも留めていなかった。若し、彼女の事を気に掛けていたら、こんな事態は回避できたはずなのに、彼女に沼澤さんが犯人でないことを教えていればこんな事はしなかったはずなのに、悔やむ気持ちで俺は駅の方へ向いながら通りかかる人に若槻さんの事を聞きながら向っていた。

「おいっ、計斗冷静になれよ。いつものお前じゃねぇぞ?こんな事して若槻が見付かると思ってんのか?」

 来栖の言葉に冷静さを欠いていた事に気が付いて、立ち止まり大きく深呼吸して、その言葉を呉れたヤツに頭をさげた。即行で家に帰ってバイクに乗り換え海星高校に向った。その学校の用務員は週交代で二人、そこに泊まって校舎内の警備をしているんだ。最近では警備会社からも数人雇っているみたいだけど、何かあった時に学校に詳しい人が居た方が良いって事で用務員も一緒に警備をしているって訳なんだ。そして、今週は沼澤さんがその当番になっている事は無論知っていた。

「お前等、今日沼澤を苛めた学生たちだな?お前等の所為で今日、彼奴は非番しちまってるよ。確かに昔の彼奴はいろいろ有ったけど、今の彼奴は仕事に真面目なんだよ。何があったか知らないけど、ちゃんとアイツに謝っておいてくれよ。なに?沼澤が何処に住んでいるのか、って?ああ、彼奴なら錦糸町向こうの都営アパートに住んでいる・・・、・・・、・・・、ほらよっ、これがその住所だ」

「志摩さん有難う御座います。来栖、早く行こうっ!」

「そんなコト言われんでも分かってる」

 俺達は用務員の一人から沼澤さんの住所を貰うとバイクをかっ飛ばしてその場所に向かった。そして、錦糸町駅大通りの信号待ちで海星高校の理事とどこか来栖に似たような感じの男が一緒に居るのを目撃した。しかし、ちょっと遠かったので見間違いかもしれないし、今はそんなコトはどうでもいい事だったから気にも留めなかった。

 都営アパートに到着すると急いでバイクのエンジンを切ってヘルメットをかぶったまま沼澤さんの部屋に向う。

「『ぴぃんっぽぉ~~~ん♬』ぬまさぁーーーっ!いるならでてこぉーーーいっ」

「来栖、無駄だ、ここには居ないよ。電気もついていない。ガスも電気のメータも殆ど動いてない。居留守を使っている様子はどこにもない。隣の人に沼澤さんが帰ってきたか聞いてみよう」

 そう思った俺は隣近所の人を訪ねその事を聞いてみた。案の定、彼が朝出て行ってから戻って来た様子はない、って答えが返ってきた。

 それから、沼澤さんの玄関口で考え込むと、かれの郵便受けが荒らされた形跡がある事に気がついた。俺もその中を確かめると何通かの郵便物が入っていた。失礼だと思ったけどその届出先を確認する。そして、一通の封が切られた手紙の住所から、俺は一つの事を思い立った。若槻さんが向った場所が特定出来てしまった。しかし、何でまたこの住所なんだ?これは単なる偶然?今が午後九時半か。

「来栖、明日学校サボる事になるけど、俺と一緒に静岡まで行く?」

「何、若槻と沼澤の居場所解かったわけ?答えを返さなくたってわかってんだろう?べスフレ」

「じゃあ、行こうか。静岡へ」

 財布を確認。現金は十分に入っている。東名高速道路を使って静岡県静岡市へ向った。そこは俺が父さんに拾われるまで育った街。そして、向う住所は俺が十二年間お世話になっていた養護施設だった。封筒の差出人は沼澤奈緒美ぬまさわ・なおみとなっていた。忘れるはずもない、その施設の経営者であり、母親的存在の人。

 高速道路を約一時間四十分掛けて走り抜けて、下に降りてからは八幡に向って六分。駿河院、四年ぶりに見る。俺が約十二年間も預けられた場所だ。現在、午後十一時半を少し過ぎたくらいの時間だった。建物を外から見るとまだ幾つか明るい場所があった。その中には若し、今も変わらなければ院長の奈緒美おばさんが居る場所も電気がついていた。

「計斗、しんみりしちゃってさ?ここってなんなのよ」

「お前には、話した事あったよな?俺が聖稜の中等部に入るまで施設で育ったって。ここがその場所なんだよ。多分、年齢から考えて沼澤康介さんはここの院長の弟なんだよ。実家って事にもなる。手紙に書いてあった文章と直感で俺は沼澤さんがここへ帰ってきたと思ったんだ。そして、東京の彼のアパートで郵便ポストが荒らされていただろう?若槻さんはそれでこの場所を知って彼女もまたこっちに来ているはずなんだよ。若槻さんが俺達の家に来たのが六時半、睡眠薬を仕込まれた夕食を食べさせられて目が覚めたのが八時半過ぎ、俺がこっちだと気が付いたのが九時半ごろ。そして、今が十一時半。彼女が新幹線を使ったならもうとっくにこの場所についているはずなんだ」

「だったら、ここでじっとしてないで中に入って確かめようぜ」

 俺はこの施設の事を熟知していた。もうこの時間なら中に入る事は出来ないんだけど、一箇所だけ侵入できる穴を知っていた。そして、そこから施設へと侵入して、奈緒美院長の所へと足を運ぶ。それから、久しぶりに彼女と顔を合わせたときに彼女は涙を流して嬉しがってくれたんだけど、今はそれどころじゃない。

「奈緒美院長、泣かないで下さいよ。今、院長と長く話している時間はないんです。今俺が通っている学校に沼澤康介さん、って人が居ます。彼は院長の弟なんですね?」

「確かにそうですけど、コウちゃんが何か?」

「院長、康介さんはこちらには戻ってきてないんですか?」

「確かにコウちゃんに両親の遺産の事で話がありましたから、急ぎここへ戻るように何回も手紙を送ったのですけど、今日になってやっと来てくれたと思いましたら、私の話も聞いてくれませんで直ぐに飛び出してしまったのです」

「院長、この写真の女の子に見覚えは?」

「十時少し過ぎにこの建物の近くを往復していましたので気になってお声を掛けたのですけど、コウちゃんのことを聞かれてすぐにどこかに行ってしまいました」

「来栖、ここからは手分けして探すぞっ!」

「あっ、計斗ちゃんお待ちになってください。詳しくお話しをっ!」

 奈緒美院長の言葉に耳も貸さず、彼女のいた部屋から走り出して外に向った。外に出るとこんな時間だ。もう出歩いている人なんて居ない。でも、わらにもすがる気持ちでバイクじゃなくて自分の足で走りながら周囲を奔走した。

 こんな時間、こんな危険な御時世に呑気に犬の散歩そして居る老人がいた。

「あのっ、すいません、おじいさん?」

「なんじゃねぇ?じじになにかぁ、ようかのぉ~~~」

「この女の子、もしくはこっちのおじさんを散歩中に見かけませんでしたか?」

 そう言って写真部の三河先輩に貰った用務員のおじさんの写真と若槻さんの画像データを同時に見せた。

「・・・、・・・、・・・???こりゃぁ、沼澤ンところの康介にようにてるのぉ~~~、今どこにいるかしらんがねぇ。それとこの女の子じゃったら、登呂の遺跡公園に入っていくのを今さっき見たばかりじゃぞ」

「有難うおじいさん、それと夜中の散歩なんて危険ですからやめてくださいね。お孫さんが心配しますよっ!」

 登呂遺跡なら走って三分と掛からない。全力疾走でそこへ向う。頼む、無事で居てくれ。そして、俺は走りながら来栖に連絡を入れて、その場所にきてくれるように伝えていた。

 もう直ぐで午前二時になろうとしている。流石にこんな時間に遺跡公園をうろつくような人影は何処にも見当たらない。公園内を照らす街灯の光を頼りに公園の中を走り回った。そして、遂に俺は美術館の近くでもめている二人を見つけたんだ。

 沼澤の手には何も握られていなかったけど、彼女、若槻さんの手には光る何かが握られていた。

「若槻さん、やめるんだっ!」

「エッ、東城さん?どっ、どうしてここへ・・・」

 俺が若槻さんに声を掛けた瞬間、沼澤さんは彼女に飛び掛って刃物を奪い、更に彼女を捕らえて、その首筋に動かしたらその部分が切れる物を当てた。しまった!

「貴様っ!そこを動くな。この子がどうなるか解かってんだろうな?いや、ちがう。もう終わりだ。この子も、貴様も殺してワシは死ぬんじゃぁ。どいつもこいつもわしを疑いやがって、ワシがいったい何をしたと言うんじゃ。確かに昔は人様に迷惑をかけるようなことをしたことも有ったよ。でも、今はこうして真面目に仕事をしてるって言うのに・・・、何もかもおしまいじゃっ!さアァ、わしと一緒に死のう・・・」

「俺は沼澤さんを疑っている積りはない。だから、若槻さんを放してくれ。俺はただ十五年前の学校の事に付いて聞きたかっただけなんだ」

「嘘をつくんじゃないっ!あの時わしに聞こうとしていた態度は明らかにわしをうたぐっているようだったじゃないかっ!何が疑ってないじゃっ!そんな言葉もう信用せんぞッ!」

「俺、疑るような、聞き方をして悪いと思っています。でも、それでも、若槻さん、彼女には何にも関係がないじゃないですか?だから、彼女を放してください」

「だまれ、だまれっ!もうワシは堪忍袋の紐が切れるんじゃなくて袋が破裂しちまったよ」

 沼澤さんはそう言葉にして、握っていたナイフを振り上げて、それを若槻さんの心臓に突き刺そうとする体勢をとった。

「やっ、やめてっくれッ!若槻さんにそんなコトを、殺さないで呉れ。俺が悪かった。この通り土下座でも、何でも、言うコト聞くからさっ!下僕にでも何でもなって良い。若槻さんの代わりに殺されても良い。だからっ!」

「東城さん、止めて下さいっ!元はといえば私の早とちりの所為なの。だから、東城さんが私のためにそんなコトをする必要なんて何処にもないんです」

「だまれっ、ワシは言ったじゃろう?この娘も貴様も殺してワシも死ぬって・・・」

 その言葉に土下座から顔を上げた時に俺は二人の向こうに奴の姿を見た。それが沼澤さんに知られないようにその場しのぎの演技を繰り返す。

「用務員のおっさん、お痛はここまでだぜっ!」

 来栖が沼澤さんの刃物持つ手を動かないように押さえるその瞬間に俺はロケットの如く飛び出して、一瞬にして三人の所へ近付いて沼澤さんから若槻さんを取り戻すと彼を来栖と一緒に取り押さえて、刃物を奪う。

「沼澤さん、貴方のさっきまでの行為は殺人未遂で刑法に反する事なんですよ。でも、今回は何も見なかった事にします。若槻さんのことだけ隠して、貴方だけを警察にだすのは不公平だかね」

「計斗、今はそんなコト言っている場合じゃねぇだろうが、向こうを何とかして来い」

 来栖のその言葉と一緒に俺は蹴り飛ばされ、若槻さんの所に来ていた。

「東城さん、わたし、私、ワタシ、うぅうっ、ウゥッ、ひくっ、とっても怖かったよぉ、とうじょぉ~~~くぅーーーんっふわあぁあぁあぁぁっぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁあん」

「あっ、いやっ、そのぉ~~~、若槻さん、ナッ、泣かないで」

 俺のそんな意味もない言葉で彼女が泣き止んでくれるはずもない。もうどうしようもなくなって、思わず俺は若槻さんを強く抱きしめてしまった。

「ごめんよ、俺があの時、若槻さんに何も隠さないでちゃんとしゃべって居たら、若槻さんをこんな怖い目に合わせなかったのに、だから、若槻さんがこんな想いをしちゃったのは俺のせいなんだ。だから、マジでごめん、本当にごめん」

「ウゥッ、ヒクッ、東城君は、東城君は何も悪くないの。何も悪くないんです。バカな私が感情のままちゃんとした考えも持たずに決め付けちゃったのが悪いんです。だから、東城君、私に謝らないで。うぅ・・・」

「おお、計斗。東城さんから、東城君にランクアップしたな。まあ、見せ付けてくれるのはその辺にしてクンねぇかなぁ、お二人さん。こっちの方もだいぶ冷静になってくれたんだ。二人でいちゃついてないで計斗、やることアンだろう?」

 来栖の言葉で今俺がしている状態に気付いて顔を真っ赤にして、若槻さんから距離を置いた。彼女は俺以上にその表情を紅く染めていた。頭を強く叩いて、大きく何回か深呼吸してから、俺は沼澤さんに言葉を向ける。

「沼澤さん、昨日はあんな疑うような聞き方をして済みませんでした。今日改めて、ちゃんと話を聞かせてください。もう、沼澤さんの証言だけが頼りなんです。お願いします」

「わしの方も悪かった。正直に話してやる事にする。確かにわしは二年の紀伊君と三年の明智君とは何度もあっている。二人とも十四年前のある事件の事についてワシに聞いてきた。いやぁ、紀伊君の方は別じゃったと云った方が良いんじゃろう。彼女はわしからその話を聞きだすというよりも、彼女の知っている事との違いを確かめるような感じじゃっタよ。もうワシも海星で用務員を続けて二十一年になる。こっちの方は今でも確かでな、今でも海星で起こった色々なことを覚えているんじゃ。無論、十四年前におきた内の学校の行方不明になった生徒のことも、その頃起きた地域の事件のこともな。お前さんらが追っているのは十四年前の昭元家殺人事件の犯人と、その頃居なくなった橘朱鳥・・・、ちょっとまて・・・、いや違った、橘加奈と那智・・・、そうじゃ、那智朱鳥のことじゃろう?しかし、わしが知っていることを喋っちまうと、あるひと・・・、わしのすっ・・・、ああ、そう、わしの大事な同級生が疑われてしまうと思ったんじゃ。だから、どうしても話したくなかったんじゃよ。一体、お前等に何処から話したらいいんじゃろうか・・・」

「俺様達は十四年前の殺人事件の全容は大体知ってるぜ。おっさんがその事件の容疑者に成りそうになったこともな。でも、なんでおっさん、疑われたわけ?」

「その頃に殺された昭元の家の二人は梶木組って暴力団の組員じゃった。その梶木組ってのはな・・・、元々この静岡のそれだったんじゃよ。その二人が殺される九年前は。ワシが、東京の大学を出てこっちの戻って一箇所の会社を首になって職もなくぶらぶらしていた時にワシの親父とお袋が遣っていた孤児院を関係ない因縁をつけては潰そうとしやがったんだ。働く所もなく苛々していたワシは、まだ若くて血の気の多かったワシは・・・。それから、その組はこの土地からいなくなった。その頃、その事件は街でも大きな騒ぎになっちまって両親に合わせる顔もなくなっちまったワシはまた東京に流れたんじゃ。やっぱり定職にも着かないで四年もの年月が流れてしまったんじゃ。そして、ワシは大学の時の同級生に拾われて、海星高校の用務員にしてもらったんじゃよ。そう・・・、わしの同級生、って言うのはじゃな、仁科理事長のことじゃ。用務員になってから六年後、ワシが三十五歳の時に何の因果じゃったんだろうか、梶木組が東京にいる事を知ったのは塩見事件と言う麻薬がらみのそれが起こってからじゃよ。そして、それから約一週間後に一度ワシが殺しかけた事のある昭元洋平がその親父と一緒に殺されたのは・・・。さっきも言ったようにわしはこの地元で組を襲った際にまだ十八歳だった洋平と言う男を殺しかけた。東京の警察はその事をどうやって嗅ぎ付けたのか、その事件のあった翌日にわしん所に来たんじゃ。アリバイがなかったわしはどうしようもなく連行されそうになったんじゃよ。でも、また仁科さんにたすけられて・・・」

「アリバイがなかった?でも、どうやって言い逃れしたんですか?」

「それを喋っちまうと、何の後ろめたい事などない彼女の経歴にワシの所為で泥を塗ってしまう事になるもんジャからずっと隠しておきたかったんじゃ。わしはその年の夏休みには入ってからずっと彼女に頼まれた仕事を終えるために連日泊りがけで志摩と一緒に裏門の壁を修理してたんじゃ。東京に来た頃は鳶や左官の仕事をかじっていたから日曜大工的な仕事は得意じゃったんで、その仕事も別に苦になるような事じゃなかった。ただ、余りにもその穴が多すぎてな、二人だけじゃ、物凄く退屈だった。それに、そういった事に不慣れな志摩の奴は三日目にして風邪をこじらして休んじまってよ、二十八日の夜後少しで終わるってところで、ちょっと街にパチンコしに遊びに行ってしまったんじゃ。時間は午後八時頃じゃ。行って三十分もしない内にワシの財布に穴が開いてしまって、後は適当に木場の公園をぶらぶらしてたんじゃよ。そして、午後九時四十分ごろ彼女からポケベルに直ぐに学校に戻ってくる様にと連絡があって学校に戻ると残りの壁の修理を急かされたんじゃ。まあ、後は大きな穴と彼女に言われた変な形の壁の所を十時半前には終わらせて、わし等が寝泊りする部屋に戻った訳じゃ。彼女に会う前のアリバイを証明してくれる人は誰もおらんかったけど、仁科さんは奴等が殺された時間からずっと彼女と一緒にいたって証言してくれたんじゃ。こんなわしの為に仁科さんは嘘をついてくれたんじゃよ。あの辺で仁科さんを知るもんで悪く言う連中は一人もおらん。聖人のような人だから、そんな彼女の証言を警察が疑うはずもなかったんじゃよ」

「人が通れる穴ってそんなに簡単に直ぐに修理出来るもんなんですか?それとその日、九人くらいの学生が学校に侵入していくのを目撃しませんでしたか?後、その頃、裏門の地面に穴が有った、って聞いたんですけど・・・、ああ、そうだっ!あと裏門の鍵を開けたのは沼澤さんですか?」

「鍵あけて門を横に押して通るよりも、開いてる穴使って外に出たほうが楽じゃたから、そこから街に出ていたんじゃ。バレー部の連中だな?勿論見た。でも、その子らは学校の中で悪さをするような子等じゃなかったから見逃してやったんじゃ。どうせ、部室にでも行って怪談話でもしてたんじゃろうて。時期も時期じゃったようだしの・・・。穴の方は頭を使えば直す事は可能じゃ。全部コンクリで埋めるなんざ、素人の遣る事。もう何日も前から石のブロックを綺麗に積み重ねられるように、周りを削っておったから、それを並べて、その上を塗って終わりじゃよ、学校の内側の方はな。道路側、外側を修理したのは翌日じゃ。お前さんが言っている穴は多分、大きな木を植えようとして開けられた穴の事じゃろう?何でも北校門も見栄え良くしよう、って事になっていたようジャからな」

「それじゃ、最後に橘加奈と那智朱鳥って生徒を覚えていますか?その二人の内どちらか若しくは両方、沼澤さんが壁の修理をしている頃に裏門近くで見かけませんでしたか?」

「二人の生徒はとも良い子じゃったから今でも良く覚えておる。何せ、その頃は海星は今の三分の一も生徒が居なかったから、殆どの生徒のことを覚える事が出来たんじゃよ。しかし、だが、見た覚えはないんじゃよ。その事は明智君にも聞かれた。それが今回の事件となんか関係あるのか?」

「沼澤さんも十何年も海星にいるんだら、裏校門の怪談くらい聞いたことがあるでしょう?」

「夜になると裏門のすぐ隣の地面から呻き声が聞えるってのと、同じ頃に現れる裏門外の地面を這う人影じゃろう?・・・、・・・、・・・、まさかっ、お前さんはその人影や呻き声が事件に巻き込まれた橘君や那智君だと、でも云うんじゃないじょあろうな?」

「沼澤さんのその考えに多分、間違いない」

「じゃったら、じゃったら、・・・・・・・・・、・・・・・・、・・・、その犯人は、そんなわけ無いぞ、そんな戯けた事があるものかっ!お前さんの考える犯人がわしの心の内のもんじゃったと言うんなら、やっぱりお前さんたちを生かしておく訳にはいかん。やっぱりここで死んでもらう」

 沼澤さんの表情に変化が訪れる狂気に満ちた瞳が俺らに向けられていた。

「お前らなんぞ、しんじまぇえぇぇぇぇぇええぇえぇぇぇえぇえっ・・・、・・・、・・・、なぁあぁ~~~んちゃってじゃよ。ワシには本当の事はわからん。仁科さんが本当にそんなコトを遣るとも思えん。お前らの考えなんぞ、でたらめじゃ。ほら、もう行け。わしの知ってる事は全部話してやったんじゃぞ。もう、わしには用はないじゃろうが・・・」

「澤沼さん、色々聞かせてくれた有難う御座います。もう俺達戻るけど、沼澤奈緒美院長の所にもう一度、顔を見せに行くんだったら東城計斗が十二年間、育ててくれて有難うと感謝していたと言う事を伝えてください。来栖、若槻さん、帰ろう」

 俺達は沼澤さんをその場所に残して、歩き始めた。

「ねぇ、どうして、東城君も来栖さんもこんなにも早くここへこれたのですか?明日・・・、もう、今日でしたね。今日の朝までは効き目があるはずの睡眠薬を使った積りなんですけど」

「なんだぁ、こいつだけクンで呼んで俺さまだけサン?遠慮すんなって俺様もそっちで呼んでくれて構わないぜ。なんなら、呼び捨てでもいいんだけどよ。俺様は計斗と違って、それもちげぇな、他の連中と違ってどうも全般的に飲み薬の効き目が悪いんだよ。風邪なんか引いた日にゃ、点滴もんだぜ。そんな訳で俺様は夕食が終わった七時半ごろから一時間後の八時半に目覚めて、もう、完熟しているコイツが目を覚ますまで延々と平手打ちの刑に処してやったのさ」

「そうそう、来栖が直ぐに目を覚ましてくれなかった若槻さんを助けられなかったかもしれないんだから、ちょっとくらいはこいつにも感謝してやって呉れな」

「別に若槻が俺様に感謝する事はないぜ。元はといえばコイツの失態だからな。むしろ俺様に大いに感謝しなくちゃなんねぇのはお前の方だろうが」

「ああ、はいはい、そうだったね。来栖に俺が飼っているアリ達が十匹どころじゃなくて、十万匹くらいは感謝してくれてるよ。さて、もう夜明けだけど、東京に帰ろう。まだ、若槻さんを乗せて下道を走っても何とか学校が始まる前ギリギリに帰れそうだ」

 二人乗りで高速道路を走ることは出来ない。彼女独りだけ電車で帰すのもなんだか忍びなくて、俺は自分の乗るバイクの裏に乗せて帰る事にした。

「まったく、エセ優等生は変な所で律儀だから参っちまうぜ。まあ、俺様も小中高通年で皆勤狙ってるからよっ、ここで休む訳にはいかねぇんだけどな」

「この前、俺のためなら学校サボってやる、って言っていたくせにそれがやっぱり本音か?」

「くだらねぇこといちいち覚えてんじゃねぇよ、クソ計斗」

「フフッ、東城君も来栖君も本当に仲がいいんですね。うらやましい・・・」

「アッ、ごめん、俺達そんな積りじゃ・・・」

「私にはもうさとみは居ないけど、二人ともお互いを無くしちゃ駄目ですよ」

「へっ、大丈夫だって、俺様達はそんな簡単に崩れるような仲じゃないし、俺様も、計斗も何が危険で、そうじゃないのか知ってるから、自分の身を危うくすることはないぜ」

「喪われた人はこっちにはもう戻って来てくれないけど、若槻さんはさとみさんや明智先輩の分も精一杯生きていかなきゃ。それが居なくなった二人の為だよ」

「ばぁ~カッ、計斗、そう云う言い方はいけないんだぜ。死ンじまった人の分もだ?そんな身が重くなる様な事を彼女に命令すんなってぇの。気楽に生きろよ、気楽にな、若槻」

「二人とも私の事を本当に心配してくれて有難う。若槻瑞穂は頑張って生きて行きます。そのためにも早くこの事件を解決したいの。だから、二人の協力をさせてください」

「ここで、断ってまた、若槻さんが危ない目に遭うくらいなら俺達と一緒に行動した方が・・・、解かったよ。そこまで決心が固いならもう拒まない。一緒に犯人を探そう。若槻さん、それじゃ協力をお願いするよ」

「うんじゃァ、若槻。これからはヨロシク」

「こちらこそよろしくお願いしますね、東城君、来栖君」

 こうして、若槻瑞穂さんが俺達の捜査の協力をしてくれる様になる。でも、最後に彼女が活動するのは学校内だけと言うことをお願いした。そして、今日も休まず学校に登校すると俺は朝からぶっ通しで授業を居眠りしていた。

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