第一章 仮初の資格、出動!少年探偵?

 二〇一二年四月七日、土曜日、新入生と中等部からの繰り上がり生の入学式の片付け終了後。

「カズトッ!部活行こうぜ」

「あぁッ、クルス、悪い。今日俺部活、出られないんだ。何か知らないけど、父さんがこれが終わったら直ぐ帰って来い、って言っていたから」

「それじゃ、しゃぁないなぁ、部長には俺様の方から伝えておいてやるよ」

「とぉ~じょぉくんっ、カッちゃん、部活行こっ!」

「ああ、チナツか?きょうコイツは部活でられねえ、ってよぉ」

「無断で休むなんってダメダヨッ!マネージャーの私が許さないんだから」

「うるせぇなぁ、チナツぅ。カズトの野郎は用事があるんだから仕方ねぇだろうがぁ。おぅ、カズトさっさと帰った方がいいんじゃねぇか?お前の親父さん凄く優しい人だって知ってるけどさぁ、其れと同じくらい時間には煩いんだろう?コイツは俺が何とかしてやっからよ。行って良いぜ!」

「サンキュッ、来栖!それじゃ、藍野さん、そういうことでまた、来週ぅ~~~っ」

「あっ、まちなさいよっ!東城君っ!」

 俺の帰りを邪魔しようとする部活のマネージャーは親友に任せて、教室を走り去った。その親友の名前は来栖勝彦くるす・かつひこ。俺が父さん、夘都木駿輔父さんの息子になって、この学園、聖稜学園に移ってきてからの中等部以来の友達だった。それと女のこの方はヤツの幼馴染みで藍野千奈津らんの・ちなつって言うんだ。彼女は俺の数少ない女の子友達で来栖と一緒で中等部からずっと同じ部活に所属している。二人の紹介はこんな所。

 俺はバイクに跨り、その学園を後にした。聖稜学園から俺が住む東京まで片道、だいたい四十分。その学園は行政特別区と言うちょっと・・・、かなり特殊で変わった街にある幼稚園から大学まで一貫した私立の学校だ。そして、今週の頭から俺はその学校の高校二年生に進級していた。

 本当、いつもだったら部活をやってから帰るんだけど、今日はどうしてなのか駿輔父さんに学校、入学式の手伝いが終わったら直ぐに帰って来い、って言われてた。何で、だろうか?って思ってみても今、解かるはずも無い。

 高速道路を突っ走り、事故ら無いように東京都新宿区神楽坂にある自宅兼父さんの仕事場に戻って来ていた。

「とぉーさん、ただいまぁ~~~っ、言われた通りちゃんと帰ってきてあげたぜぇ!」

「計斗、お帰りなさい」

 ニコニコした表情で俺にそんなコトを言ってくれる父さん。父さんは俺を養子として引き取ってから、約一年後にどうしてなんだろうか、刑事を辞めちゃって、今は探偵、って言う仕事をしているんだ。極稀に父さんの仕事の手伝いをさせられる時も有る。

「計斗、そのままの格好で良いですから、ちょっとそこに座りなさい」

「あ、うん。それで話しって何?部活サボって帰ってきてあげたんだから、たいした事無い理由だったら俺、ぐれるかんねぇ」

「まアァ、そんなコトを言わないで下さいよ、計斗。でも、大事な話である事は確かですけど。それではですね、お話ししますよ。ほらっ、去年の年末に怖いおじさんたちに囲まれてテストを受けさせたことがあったでしょう?」

「うん、あったね。刑法とか事件の捜査のやり方だとか、難しい学力テストとかのアレでしょう?父さんが受けてくれって頭下げて俺に頼んでくるから、受けてあげたけど、其れがどうかした?」

「あれはですね、現在、法務省と警察庁、それと警視庁が進めているある国家資格試験の仮テストなんですよ」

「ふぅぅう~~~ん・・・、それでぇ?」

「なんですかぁ、その興味なさそうな口ぶりと態度は?」

「だって、別に興味ないもん。父さんの頼みだから受けただけ。それにすっげぇ、ムズかったから結果も良くなさそうだし」

「まったく、計斗は自分自身の能力を過小評価しすぎなんですから。過剰はいけませんけど、それなりの自信は持ってくれないと。父さん、悲しいなぁ~~~」

「でっ、本題は一体なんなのさ?」

「あの試験は民間刑事法の特殊民間捜査官。警察官と検察官を足して二で割った様な感じの資格試験なんですよ。そして、見事その試験に計斗、あなたは合格したんです」

「みんかんけいじほぉのとくしゅそうさかんだぁ?なんだよぉ、それ?スッゴク解かりにくいんだけど」

「まあ、簡単に言ってしまえば民間刑事、或いは警察の権限を持った私立探偵と言った所でしょうかね」

「其れに合格したからって、俺になんか関係アンの?」

「何を言っているんですか?試験に合格したんですから、今日から計斗はそのお仕事が出来るんですよ。まあ、まだ、その法案が通ってないんで試験的で仮初の資格なんですけどね」

「仕事が出来る、って言ったってねぇ。俺、学生だぜ?仕事なんってしている暇無いでしょうよ?学校サボって俺に仕事しろ、って父さんは言うんですか?」

「フフッ、その事についてはなんら心配は要らないですよ。そういう融通が利く様に私は知り合いのあの学校に計斗を入れたのですから。これから仕事の依頼が入ったときは計斗に任せる事もありますので、よろしくお願いいたします」

「えぇぇっ、やだよぉ、そんなのぉ。お父さんの勝手すぎるぜっ!」

「まあ、まあ、そんなコトを言わないで。私には解かってますよ。そんなコトを言いながらも、私の手伝いをしてくれる、って事は。それに私は計斗の成りたい職業の近道を手助けしてあげたいんですから、感謝ァ~、して貰いたいですねぇ~~~」

「はい、はい、どォ~~~も、ありがとう御座いましたぁ~~~。とォ~~~っても感謝してますよォ~~~、父さんには・・・」

 マジで父さんが言う様に父さんが刑事を辞めて探偵になったのは俺の為なのかもしれない・・・って、そんな訳、ねぇ~~~よっ!俺はちゃんとその理由を知ってんだ。何で警視長って程の階級まで三十代前で昇り詰めたのに其れを捨てて今開いている探偵事務所で私立探偵、って言う仕事をしているのか、って事を。

「どうしたんです、計斗?」

「エッ、別になんでもないって。ただ、訳のわからない試験を受けさせられて、それが合格して、はい、私立探偵になりましたよぉ、って言われても何か、こうピンッとこないなぁって思っているだけさ。そんじゃァ、もう、着替えてきても良いでしょ?」

 そう言って、事務所の奥の更に奥にある自分の部屋に行こうとした時に一本の電話が事務所に掛かってきた。

「ハイッ、霞流探偵事務所の夘都木です。はいっ・・・、えぇ、・・・、はぁ・・・、そうですか、解かりました。直ぐにそちらに向わせます」

 向わせます?ッてことは駿輔父さんじゃなくて俺が行くって事?ああ、ちなみにこの事務所は霞流かすが探偵事務所って名前らしいんだけど、その名前の由来は父さんが霞ヶ関から流れてきたって言う意味らしいんだ・・・ってそれは俺の勝手な想像。本当の事は知らない。

「フフッ、よかったですね。計斗に仕事の依頼が入りましたのでそちらに直ぐに向ってください」

「やっぱりなぁ、父さんの会話内容で理解できたよ。でぇ、場所は?其れと、そこで何をすればいいの?」

「木場公園の橋が架かっているその真下。直ぐに向ってください。やる事は鑑識に立ち会って、現場状況を確りと確保してくる事。其れが刑事事件になりうる場合は一度、ここへ戻ってきて私とどうするかお話ししましょうか・・・『トゥルルルルルルッ!』おっと、また電話ですか・・・。はい、霞流探偵事務所の夘都木です。ああ、御神君ですか・・・。計斗、私も依頼の山場を迎えていますので其れが終わるまでは貴方一人で仕事をお願いいたします」

「むちゃだぁ~~~、そんなのぉっ!」

「計斗なら心配は要りません。自信を持ってやってください。準備が出来たら、先ほど教えました場所に向かうこと。それでは私は先に出ますね。ああ、それと便宜上、仕事中はいつもの様に私の事はお願いしていた通り、口にしてください」

 父さんは言うだけ云うと、仕事鞄を持って先にここを出て行ってしまった。着替えるのも、かったるいし、この格好のままその場所に行くかな?そう思った俺は仕事に必要な物をブレザーのポケットに入れて、外に出ると玄関の鍵をかけて木場公園、その場所がある江東区に向った。

 時間が時間だっただけに道路は家に帰ろうとする自動車で凄く渋滞していた。でも、俺はバイクだったから、車に乗っている連中は嫌がるだろうけど隙間を縫う様にその間を走り、現場まで向う。

それから、父さんに言われた仙台堀川を挟んで存在している木場公園を繋ぐ橋下近くが見えてくるとパトカーのサイレンを回しっぱなしのそれらの車が何台も見えた。場所は間違いない様だぜ。

 俺は付近を見回して乗ってきた物を停められる場所を探し、それが発見できるとそこに駐車させて貰って、直ぐに現場へと走った。しかし・・・、父さんは俺の事を説明してくれていたんだろうと思っていたけど、其れは大間違いだった。そこら辺に集まってきている野次馬連中と一緒にされて追い返されそうになっている。

 クッ、これは若しかした父さんが俺に与えた試練なのか、って思って何とか俺を追い返そうとする警察官を説得するんだけど、向こうは凄く疑わしそうな眼差しを俺に向けてる。しかも、一瞬は助け舟が現れたかって思った人もおれを諭すようにここから撤退しろ、って言ってくるんだ。

「君、ここは少年の遊び場とは違うんですよ。君に良識があるなら、して良いことと、悪いことの判断くらい、つきますよね?若し、君がここで一生懸命に働く、彼等の邪魔をするようならば、怖いおじさんたちに連行されてしまいますよ」

 そんなの民間人のあんたに言われなくたって十分解かってるさ。でも、そうも言っていられないんだよ、俺の方は。なんたって仕事でここへ来てるんだから。どうしたって退く訳には行かない。

「そんなコト、俺に言われても。俺は先生に頼まれてここへ来たんです。先生に頼まれた事も出来ないで帰れるわけ無いでしょっ!」

「先生?学校の先生ですか・・・、困った物ですね、その教師にも・・・」

 俺が父さんの事を先生なん、って言っちゃったもんだから、この人はスッゴク勘違いしちゃってくれている。アァ~~~、時間ガァっ!早くどうにかしないと無駄に流れちゃう。

「違うって、探偵事務所の先生、所長だよっ!」

「君が本気で、探偵だと言い張るなら、その証拠をボク達に見せてくれないかい」

 何でこの人はここまで俺を遠ざけ様とするんだろう?証拠を見せてください、って言ったって、今日、俺が其れになったばかり、しかも仮。証明書、免許なんかありゃしないし・・・、はぁ、あっ!そうだ、父さん、どうしようもない時は父さんの名刺を見せなさいって言ってた、っけ?

「これ、俺の身分を証明するものじゃないけど、内のオフィスの先生の名刺。先生、今はオフィスにいないはずだからさっ、携帯の方へ掛けてよ」

 今、あの場所には父さんがいないから、無駄にかけさせるのも悪い、って感じて最後にはそう言葉を付け加えてから口を閉じた。

 最初に俺と会話していた警察官に元刑事だって言われたその人は俺が渡してやった名刺を見ると一瞬だけ、眉をしかめていた。もしや、俺の父さんを知っている人なのかと思ったけど、ただ、単に暗かっただけで、目を凝らした時に其れが一緒に動いただけなのかもしんない。

「俺の言ったこと信じてもらえました?」

「今、連絡をするので少々待ってください」

 ゲッ、名刺を見せても全然信用されて無い。全然、役に立っちゃねぇなぁ、父さんの名刺。帰ったら一言愚痴を零してあげよう。それから、俺は名刺を持っている人に急かす様な言葉をかけると、その人は電話の声を聞かれたくなかったのか距離を置いてくれる。聞き耳を立てても、聞えてこないし、そこはかとなく、近付いてやろうと思ってもスッゴク背の高い警察官に邪魔されちまった。

電話で確認が取れたのか、それが終わると俺のところへ戻って来た。

「お待たせしました。君の先生と言う方から、事情は聞きました。許可します。その代わり僕も同伴で、ですが。・・・・・・?遅いですね、まだ鑑識は来ないのですか?それに他の刑事も来てない様だし、署は直そこでしょう?まったく・・・」

 そういえば、俺はスッゴク急ぎの気分なのに鑑識官と呼ばれる人たちの姿が見えない。其れになんで、だろうか?この人は俺と同伴する、って言い出すし。やっぱりこの人が元刑事だったから俺を信用しきって無いんだろうか?それとも父さんになんか言われたんだろうか?まあ、良いや、これで父さんに頼まれた事は出来る。

 草壁って呼ばれたその人が、田名部って呼んでいた人に鑑識の来るのが遅い事を告げると、その警官はパトカーが止まっている方向に走って行ってしまった。

「あっ、その、有難う御座います。これで、先生に頼まれた事が出来るようになりました」

「最初は疑ってしまって済みませんでしたね。どう見ても高校生くらいのキミが刑事事件に携われる探偵だなんて思っても見ませんでしたから・・・、出来ればお名前を」

「俺?俺は東の城って書いてトウジョウ、下は計画のケイに北斗七星のト、って書いてカズトって読むんだ。それで、元刑事さんはさっきの制服警察の人にクサカベって呼ばれていたけど、それって下じゃなくて、上の姓の方だよね?」

「はい、そうですよ。僕は弁護士をしておりましてクサカっ・・・」

 その人は自分の事を弁護士、って職業を教えてくれてから名前を言ってくれ様としたんだろうけど、さっきの警官が戻ってきてそこで止めてしまった。どうやら鑑識が今到着したようだった。

「計斗君、其れでは僕たちは向こうに行こうか」

「あっ、はい・・・」

 呼ばれた俺は返事して仮称、草壁、って言う人と一緒に今から目にしなきゃいけないモノが置かれている所に急ぎ向う。それから、後十数歩って処でその人に一旦静止させられてしまった。

「えぇ?どうしてこんな所で立ち止まるんですか?」

「鑑識に立ち会うには必ず着用しなければいけない物があるんですよ・・・。アッ、そこの君、Mの手袋と帽子二つお願いします・・・、・・・、・・・、計斗君でよかったですよね?これをつけてください」

 言って渡された物は白い手袋と帽子だった。ああ、そういえば素手では触れないもんね。帽子をかぶるのは俺の髪の毛が現場に落ちないようにする為。俺は手袋をはめて、帽子のツバが後ろ向きになる様にかぶると準備が出来た事を草壁さんの方に向いて示した。

「それじゃ、中に入りましょうか・・・」

「おオォ、なんじゃぁ?元警視庁のエリート君じゃないか。で、そっちが駿君が遣した少年かい」

「榎本さん、そういう言い方、止めて頂きたいです」

 死体鑑識専門の人はエモトさん、っていう人らしい。今から死体検証しようって言うのに凄くニコニコしている。その鑑識官は草壁さんの事を〝元警視庁のエリート〟って言葉にしていた。其れを耳にした草壁さんはめちゃくちゃ、不機嫌な顔を作っている・・・、元警視庁?其れって父さんが働いていた場所じゃないか。やっぱり、若しかして、草壁さんは父さんの事を知っている人なのか?でも、警視庁は内部構造が複雑で働いている場所は同じでも一生顔を合わせない人だって居るらしい。それと榎本さんは完全に父さんの事を知っている口ぶりだ。その言い振りだと榎本さんには俺が来る、って事が事前に分かっている感じだな。

「まぁっ、良いじゃないか、硬いコトを言うなよ。ジャァ、さっそく一緒に仏さんの現場検証を始めるとするか・・・。探偵少年、何が気付いたことがあったらおじさんに遠慮なく言ってくれよ」

 榎本さんに〝探偵少年〟なんていわれて俺は嬉しいんだか、嫌なんだか、よく解からない複雑な気分になる。それから、榎本さんは俺が頷いたのを確認してから、死体に掛かっていたビニールシートを取っ払った。俺はその瞬間、内心非常にブルーになった。俺が検死に立ち会わなくちゃならないのは女子高生だった。

「僕は計斗君の実力を知りたいから、何も言わないで黙らせて貰うよ。それに榎本さんが鑑識をやるなら僕がでしゃばっても意味無いですからね・・・。でも、計斗君、事件で息を引き取った人を見るのは初めてだろう?その割には冷静だね」

 元警視庁のエリートが榎本さんの事を褒めた言葉を漏らしていた。すると僕の相手をしてくれるそのおじさんは草壁さんよりも凄いんだろうか?でも、それが事実か、どうか、って事はこれから検証してゆく過程で知ることが出来る。

 草壁さんの言葉に対して、〝先生から、訓練、受けてますから〟なコトを俺は言っているけど、冷静なのは表面上だけだ。草壁さんの言葉を察してみると若しかして、この人は父さんが遣わした俺の監視役なのかもしれない、って勝手に想像しちゃった。

 何でなのか、解からないけど草壁さんは距離を取っちゃっているし、時間を無駄にしたくないから榎本さんに協力しないと。

「榎本のおじさんで良いですか?」

「好きに呼んで」

「ハイッ、何か身元がわかる様な物、彼女から・・・」

「そんなのは後、初めにやんなくちゃいけないのは、この子が、自殺か、他殺か、って言うのを断定する事なんだよ。これが他殺だったら捜査本部を直ぐに立ち上げなくちゃいけないからね」

「そうなんですか?覚えておかないと・・・。じゃぁ、其れは後回しにして・・・」

 俺は言葉を停めて死んでしまった彼女が自殺なのか、他殺なのかを別ける証拠を見つける為にまじまじとなんて本当は見たく無いんだけど、彼女の事を監察する事にした。

 一番初めに目に付いたのはその女の子が来ている制服・・・、確か・・・、多分・・・、いや、絶対、この服の内の姉妹校の海星高校の物じゃないか。間違いない。海星の物だよ。

 他殺か、自殺か見分けなきゃいけないんだろう?自殺となると、この川で上がったって事はあの橋から飛び降りたって事なんだよな?でも、その割には制服のボタンとか取れたりしてる。それと袖口が縦にかなり破れている。そういった物ってさあ、結構力を入れて引っ張らないと取れたり、破れたりしないもんだろう?やっぱりそうなると自殺じゃないような・・・。ああ、そうだ!溺死の時は死ぬ前でも息をしているからその時に水を飲んじゃうんだって教わった。

「あのぉ~、榎本のおじさん。その女の子は川の水飲んでます?」

「溺死か、どうか、って事かい?どれ、どれ、しらべて見っか・・・」

 榎本さんはシートに寝かされている女の子の頬、喉、胸、腹部などを軽く叩いたり、押したりして彼女の体内に川の水が浸入していないかを探っている。そんなコトで解かるのか、って疑問に思うんだけど、そこら辺は草壁さんが言っていたベテランの鑑識、って事で何とかなってしまうみたいだぜ。

「表面皮膚はふやけちゃってるけど、中はなんともない」

「それじゃ、溺れ死にジャ無いって事だよな?だったら、自殺、って事は無いと俺は思うんだけど。ゾンビなんかじゃないんだから、死んでから彼女がここで泳ぎたくなった、って事あるはず無いもんね。それに突発的な自殺ってあんまり考えられないんだよ。結構自殺って何回も試すけど、直ぐには出来ないらしいから・・・。女の子は死んだ後の姿も考えて首吊りや飛び降り、ってあんまりしないんだと父さんが言っていた。だから、誰にも見られない様な場所で手首とかを切って・・・、その躊躇い傷みたいな物はないしなぁ・・・」

「ハハッ、面白いこと言うじゃないか、探偵少年。そんじゃぁ、他殺って方向で見ていこうかね」

 榎本さんの言葉に返事をして、衣服の乱れ以外の他殺だと証明できる痕跡を探し始めた。

「これはどう見ても、刺されたって感じじゃない。榎本のおじさん、背中とかも出血して無いんでしょう?」

「どれどれ・・・、刃物が通った後はどこにも無いみたいだな」

「ンジャァ、その長い髪の毛の下、首もと絞められていますか?」

「首絞めの痕だな・・・、ない」

「頭なんかどうなんですか?何かで殴られたって?」

「陥没して無いし、有るのは擦り傷程度って処なもんだ」

「ぅぅうん?それじゃぁ・・・、後何があるんだ、殺す方法って・・・???睡眠薬を飲まされてから川に捨てても、息はしてんだから、水は飲むだろうし・・・、うぅ~~~、くすり?毒薬を飲ませて、川にポイってやつ?毒殺、って簡単にわかるもんなんですか?」

「物にもよるけど、大抵のことならわかるよ。それじゃ、確認してみっか?」

 榎本さんはそう言って掌や爪、それと瞼の裏側など、制服から露出している部分だけを確認すると毒殺で無い、ってことを口に出していた。えぇ、後何かあるの?俺は今以上に遺体の女の子に近づいて彼女をよく観察した。

「アァ、そのぉ、まだ、キミの名前、解かんないけど、首の所見せてもらうぜ・・・、・・・」

「榎本さんも、計斗君も苦戦しているようだけど、死因はまだ分らないのかい」

 俺が何も見つけられないで居ると草壁さんはそんな言葉を言いながら俺達の方によって来た。俺は榎本さんと草壁さんの会話を耳に入れながら彼女の所にしゃがみ込んで一生懸命目を凝らして、彼女が他殺されたという証拠を探していた。

 会話中に二人が殺害の手口がホームページ掲載されちゃって困ってる、って愚痴を零していた。確かにそうなんだけど、所詮は人が考えてやる事だから、どこかに必ず証拠が残るはず。

 今の彼女の姿勢だと良く確認できないから、恐縮しながら彼女の少しだけ体制を変えて、うなじを上げて、首の裏を確認してみたんだ。すると、黒子ほくろとは違う黒い、焦げ痕みたいな点が二つ、その点の間隔は俺の人差し指の二関節文くらいだから五センチくらいかな?取敢えず、会話中の榎本さんを呼んでこれの事を知らせる。

「榎本のおじさん、俺ここが怪しいと思うんですけど、これってなんですか」

「うぅん、なんじゃこりゃ?分るかい、剣ちゃん」

 榎本さんはなんか白々しくわからない様な顔を作りながら、草壁さんのことを〝剣ちゃん〟とか呼びながら、それを尋ねていた。

「明るすぎて、ちょっとみえにくいですね。少しだけ弱めてくださいよ、榎本さん・・・・・・?ふぅっ、もうろくしたんですか、榎本さん?これって、アレですよ、あれ」

「あれって、なんじゃよ?」

「ほら、ビリビリ、って来るやつですよ。これだったら、死亡推定時刻、計算しなおさないといけませんよねぇ」

 俺は草壁さんの〝ビリビリ〟って口で電気ショックだと連想できたから、その凶器を勝手に口が動いて声に出していた。

「若しかして、それってスタンガンって奴ですか?」

「ああっ、それか・・・。ハハッ、ワシとしたことが、うっかり度忘れしちまったよ。防犯に役立つと思ってお国がその販売を許可したと思えば、それを改造して使った犯罪が増える一方で、今じゃ売られていないんじゃっタよな?」

「僕は電気工作得意じゃないから、そんなの作れませんが、創り方さえ知っていれば小学生でも人殺し様の其れって作れるみたいですけどね・・・」

 榎本さん、アンなこと言ってるけどスタンガンなんて、今でも簡単に入手出来るよ。でも、どちらかと言うと足が着きにくい草壁さんの言う自作の方がいいんだろうけど。ウッシ、これが殺害だって解かったから彼女の写真と、発見されたこの場所をデジカムに写して置かなくちゃ。

「あの、榎本のおじさん、彼女の写真、撮って良いですか?」

「かまわんよ、駿くんに見せるんじゃろう?」

「アッ、何でこんな時に、バッテギレかよ。ああぁ、どうしよう、予備もってないし・・・」

 げぇ~ッ、なんでこんな時に充電していたはずなんだけど、俺の携帯のカメラはレンズがイカれちまって写せないし・・・、手ぶらで帰っても父さんが叱る事はないけど、にこやかな表情で、ねちねちと詰って来るから、そっちの方が普通に叱られるよりも精神的に苦痛。

 俺が持っていたデジカムと睨み合いをしながら凄く困った表情をしていたんだろう。うんな、俺に草壁さんは声を掛けてくれた。なんと、俺愛用のデジカムと同じ物をその人も持っていた。草壁さんは予備のバッテリーってヤツを俺の方に投げてくれた。

 草壁さんはノー・コンなのか?投げてくれたそれはちょいとばっかり明後日の方向に飛んできたけど、取りそこなうって程、俺は鈍く無い。それにせっかく貸してくれた物を地面に落としちゃうのは草壁さんに失礼だと思って素早くキャッチ。

 其れを受け取って、電池を交換しながら、次からは俺も予備にバッテリーは持って置こう、って頭の中に刻み込んでおいた。

 カメラが正常に動作することを確認してから、父さんに教えられたとおりの撮影方法で仙台堀じゃなくて三途の川を渉っちゃった彼女の写真とその現場周囲をその中に収めた。そして、撮り終わった物が変じゃないか確認して、それをポケットの中にしまう。

「よしっ、こんなものかな?榎本のおじさぁ~~~んっ!身元も確認しなきゃいけないんでしょぉ~~~っ!」

 俺から少し離れた場所で草壁さんと楽しそうに話している鑑識のおじさんを呼ぶ。それから、榎本さんが彼女の遺体を調べると四つの遺留品が出てきた。其れが出てくる前から俺が解かっている事は彼女が海星高校の学生、って事と学年が俺と同じ二年生ってことくらい。何で学年が分るのかは彼女の着けているネクタイに引かれた二本線。ネクタイの色が違うけど、学年の表し方は聖稜と共通みたいなんだ・・・、俺の記憶が正しければね。

 それから、俺は出てきた遺留品を一つ、一つ、手渡してもらいながら確認して行く。花柄のハンカチ。この歳で其れに名前を書くってことも無いだろう。広げてみても案の定、そんな物は無い。

 次に財布・・・、二万円入っている。俺がまだ幼い頃、不景気だった時は小さな金額でも、盗んだ後はブッすり、って簡単に殺す様な事件が多発していたようだけど、今ではあんましないみたいだ。お金が財布に入っている以上、これは物取り殺人じゃない可能性は高いぜ。

 其れから三つ目は真四角で大きめのポケットティッシュ。裏を見る・・・、デリヘルの求人募集みたいな広告が入っている。女の子は見掛けの可愛さじゃ判断できないけど・・・、そっち系に巻き込まれた事件だったら、俺、これから捜査してくのやだなぁ~。もし、そっち系の事件だったら父さんと違って怖い人たちの対応は未経験。だから、捜査終了前に父さんと一生の別れをしてしまうかもしんない。そんな訳でそうじゃないことを祈りつつ、彼女の身元がわかる筈のブツを榎本さんに言って渡してもらう事にしよう。

「榎本のおじさん、あのその携帯電話、俺に見せてくれないですか?」

「おお、これかい?」

「チィッ、バッテ抜かれてるよ。ヤッパリこれは他殺だね。電話番号が分れば、契約者が誰だか分るのに・・・」

 勝手に人の携帯電話を覗くのはいけない事なんだろうけど、その中のアドレス帳やメールの内容から彼女を特定しようって思ったんだけど、それが不可能となっていた。犯人が彼女の身元が解からない様に携帯のバッテリーを抜きやがっていたようだ。これじゃ、他殺だって知らせてるようなもんじゃないか。それとも犯人は他殺だって知られても逃げる自身があるんだろうか?それとも他に意味があるんだろうか?

 電源が入んないんじゃ、中身を見る事は出来ないけど、完全防水のタイプだから、電源さえあれば中身を確認出来るはずだぜ。俺がその事を榎本さんに伝えようとした時に草壁さんがバッテリーが抜けているこの携帯を見せてくれって言ってきた。

 言われたから、断らず其れを渡すと、草壁さんはバッテリーを入れる部分を眺めながら、どこかに電話を掛けていた。もしかして、電話会社に掛けて、持ち主を当てようって言うんじゃ無いだろうな?電話番号は解からないんだぜ。

 あっ、そうだ!別に身元がわからなくても、俺は彼女が海星高校の生徒だって知ってるんだから、そこに連絡して学校の先生に来てもらおう。確か、聖稜と海星の電話番号の違いって市外局番だけだったはず。俺は自分の生徒手帳を出して内の学校の市外局番後を見ながら頭に03を付けて、その他を同じくして掛ける。

「はい、シリツ・カイセイ・コウコウのニシナです・・・。エッ、内の生徒が・・・、はい・・・、はい、わかりました、直ぐにそちらへ向います」

 電話向こうの相手は内容を伝えてやると本当に驚いた様な声を返し、その後も会話が終わるまで動揺している感じの言葉が俺の耳には聞えていた。海星高校は今いる現場から歩いてもそんなに遠くの学校じゃない。車で交通渋滞や、信号待ちが無かったら三分も掛からない。

 俺が電話を掛け終わった頃には草壁さんも其れを終えていた。そして、なんと身元がわかっちゃったらしい。やっぱりそういうのが出来ちゃうのは人脈と人望の差なんだろうな。今の俺では絶対越えられない壁みたいな奴か。

 草壁さんが彼女の身元を教えてくれる様なので其れをB6サイズの小型パソコンに記録しておく。その人はこれをPDAと勘違いしているようだけど、これはPDAじゃなく超小型のラップトップで、しかも、これが内の学校の生徒手帳。

「計斗君、僕は一回しか言いませんのでちゃんと聞いててくださいね。彼女の名前はキイ・サトミ、と解かりました。そのほかは父親は武雄、母親は直美、兄が一人いて修一、と云います」

「どう書くんですか?」

「口で説明するより書いた方が早いですね・・・、こうかくのですよ」

 草壁さんは足で地面にその漢字をなぞる。紀伊、って書くようだ。俺、歴史好きだから、和歌山の旧国名って言って呉れれば解かったのに、って草壁さんが俺の其れを知らなくちゃ意味無いか。

 俺が学校に連絡して一〇分。先にここに駆けつけたのは警察官が連絡を入れた紀伊さん家族だった。見た目的に母親と彼女のお兄さんって感じ。母親は濡れたままの子供に抱きついて声を上げてないていた。お兄さんの方は悔しそうな表情をしている。

 辛い気分はわかるけど、事情徴収しないわけには行かないんで、初めに修一さん、だったっけ?そっちに声を掛け様とした時に海星高校の制服を着た女の子と一緒に男が一人現れた。姿格好からして学校の先生。女のこの方は死体の方に目を向けると口元を抑えて、振るえながら涙し、先生の方も現実を目の当たりにして真っ青な顔をしていた。

「くそっ、いったいだれがっ!いったい誰がさとみを」

「修一さん、って言うんですよね?さとみさんのことを聞かせてもらえないでしょうか?」

「誰だよ、お前っ!はぁん?そのブレザー、聖稜の高等部の奴じゃないかっ!何やってんだよ、こんな所で」

 この俺の姿を見て其れが解かるって事はこいつも海星の学生なんだろうか?

「俺は東城計斗、一応探偵のようなもんかな?」

「たんてぇ?漫画やアニメみたいなこと言ってんじゃねぇよッ!高校生なんかがそんなコト出来るわけねぇだろガァ、馬鹿にすんのもいい加減にしろっ」

 やっぱりそう思うよね、誰だって。普通は俺みたいないっぱしの学生が探偵だ、と口にしたら馬鹿にされて当たり前、疑われて当然なんだよな。でも、俺が其れに似た様な物であるのは事実。

「信じてくれなくてもいいからさ、何か聞かせてくれないか?」

「今あった奴なんかに大事な妹のこと、教えてやれるかよ」

 冷静じゃないこいつにこれ以上の会話は意味無い。ターゲットを変えよう。しかし、母親も海星の先生も、其奴と一緒に来た女の子も全然口を動かしてくれない。

 駿輔父さんには相手の心理状態が不安定でどうしても事情が聞き出せない時は、無理に聞けば逆効果になる、って教えられているし、今日は諦めて帰る事にしよう、っと。帰ろうと思って榎本さんに挨拶しようとした時に仮称草壁さんに呼び止められちゃった。

「計斗君、もう捜査の方は終わりかな?」

「はい、先生にいわれた必要なことは調べもしたし、聞いたつもりですから」

「そっか、それじゃぁ。これも何かの縁だから、どっかで僕と一緒に食事しないかい?」

 父さんはああ見えて独りで食事するのを寂しがるんだよなぁ。でもぉ、初めて会う人なのに草壁さんには色々と助けられちゃったから断るのも何だか凄く気が引ける。それとも方便でそう口にしているだけなのかも知れない。聞き返してみよう。

「いいんですか?」

「君に、聞きたいこと沢山あるからね」

 俺の素性をもっと知りたいって事ですか?でもなぁ、奢ってくれるって言うし、誘われちゃう事にしよう。

「それじゃ、ゴッソウになります。榎本のおじさん、俺達先に帰ります」

「おぉう、駿君によろしくな。剣ちゃんも早く弁護士として名をあげなよ」

「もう、とても、非常に大きなお世話ですっ!それでは榎本鑑識官、お先に失礼しますよ。さあぁ、計斗君行きましょうか?」

「はぁ~~~いっ。・・・、あっ、そうだ。ちゃんと草壁さん、俺に草壁さんのこと紹介してよ」

「そうでしたね。改めて自己紹介させていただきます。草壁剣護、弁護士をしております。これは私の事務所の名刺ですから・・・」

 名刺を受け取った。それには草壁法律相談所と書かれている。名刺?あっ!大事なこと忘れていた。草壁さんに父さんの名刺渡しっぱなし。

「草壁さん、さっき渡した名刺ですけど」

「ああ、これですか。僕が渡した其れとの交換に受け取っておきます」

「そんな汚い使いッぱな奴でいいんですか?」

「つかいっぱ?よく分らない表現ですけど、使い旧しって事ですか?僕は気にしませんよ。名刺に書かれている文字さえ分れば・・・。僕は車で来ているんですけど、計斗君は?」

 返しては呉れなさそうだ。新しいヤツを父さんから貰うしかないな、これは。

「俺?俺はバイク」

「それじゃァ、面倒ですが、僕の後についてきてください。僕の車はあの日産のステーションワゴンですから」

「はぁ~~~いっ、わかりましたぁ」

 俺は一旦草壁さんと別れ、父さんが高等部進級の祝いにかってくれたバイクに跨ってエンジンを掛ける。免許は高等部になってから十六歳の誕生日を迎えた時に修得した。だから、せっかく買って貰ったのに半年近くは乗る事は出来なかった。バイクで通学するようになる前までは中等部の頃からずっと父さんの送り迎えだったんだ。

 ちなみに俺が乗っているのはバイク好きにはナナハンで通る750ccクラスの大型バイク。海外のBモータ社と日本のホンダの共同開発らしくて凄く値段が張るらしいんだけど、父さんはいくらで買ったか教えてくれない。ちなみに型番はXBH75RR、名前はインフェルノ。業火って意味らしい。燃費も、馬力も軽自動車よりも遥かに優れている。昨今の事情で排気ガス処理機構が自動車よりも優れているんだ。

 俺の乗り物の薀蓄が思考から消えた時には草壁さんは何処かのお店の駐車場に入って行こうとしている処だった。偶然かなぁ?ここから俺の家まで徒歩でも十五分ってかから無い場所に来ていた。しかも、父さんとよく来るお店だった。やっぱり、父さんの知り合いと見て間違いない、これはね。バイクを草壁さんのグラン・ステージアの脇に止めて、ヘルメットを脱ぐとその人の方を向く。

「計斗君、悪いけど先に中に入って席を確保してくれないかい?禁煙で頼むよ・・・」

「あっ、はい、禁煙席ですね」

 草壁さんも父さんと同じタバコを吸わない人なんだ。まあ、今はタバコを吸う人はすっごく、煙たがれ、嫌がられるみたいだ。東京都内では野外でのタバコ吸い歩きは車の駐車違反と同じくらいの罰金を取られる。俺の学校のある特別区なんかは外も建物の中も禁止。だから、タバコを吸っている人なんて殆どお目にかかれない。見れるのはテレビのドラマとかだけ。

 其れから俺は草壁さんの言われたとおり、店に入ると禁煙席のテーブルを頼んだ。それと、間違った推測になっちゃうかも、だけど、草壁さんは父さんに連絡してここへ呼んでいるのか、と思って広い場所をお願いしていた。

「もう席は取れているみたいですね?でも、二人にしては大きめのテーブルですよ、ここは」

「若しかして、先生を呼び出しているんじゃないかって思って、俺、広めの席を選んじゃったんだけど、まずかったですか?」

「察しがいいね、計斗君は。その通りだよ。その鋭い観察勘で君の言う先生と言う方を助けてあげてくださいね。フフッ・・・。さあ、育ち盛りなんだから、遠慮なく好きな物頼んで良いから」

 ほっ、良かった、間違いじゃなくて。やっぱり父さんがくるんだ。だったら、マジで遠慮なしに頼んじゃおう。

「でも、偶然なんですか?俺も先生もここへ良く食べに来るんですけど・・・」

 草壁さんと父さんがどんな関係なのか、探り出そうとそんな言葉をかけると、その人は名前だけ知っているだけで会った事は無いって言っていた。凄く普通の顔して言っているから嘘じゃなく思えるんだけど、そこがまた、非常に怪しい所でもある。

 それから、俺は草壁さんに聞かれる一方で何もこちらからはその人の事を聞けないまま、注文の品と同時に父さんが姿を見せた。

「剣護君、御無沙汰だね。こうして顔を合わせるのは随分と久しいだろう。私の不肖の息子、計斗を助けていただいて感謝しているよ」

 父さんはスッゴク嬉しそうに草壁さんの名前を呼んで挨拶をしていた。やっぱり、草壁さん父さんの同僚か、なんかだったんだ。でも、俺に其れを悟られない様な表情を出来るなんってずるい。

「むっ、むぅぅぅううっぅ、むすこぉーーーっ???せっ、先輩、何時結婚したんですか?僕、先輩の式にお呼ばれしてませんよ。それに、計斗君十七歳、可笑しいでしょう?」

「せっ、センセいっ!草壁さんと知り合いだったのかよっ」

 さっきまで冷静だった草壁さんは何処へ行っちゃったんだろう?今は凄く動揺している。ソリャァ、若し俺と父さんが本当に血が繋がっている親子だったら、父さんが十三歳の時に生まれた事になるから驚くかもしれない。そんな草壁さんが面白くて、俺もまねして驚いてみた。でも、そんな俺と草壁さんの気も知らないでいつもと変わらない駿輔お父さんがそこに居る。

「おかしいですね?私も貴方も警視庁に居た頃、私が養子縁組した事をお話していたはずなんですけど・・・。其れと、計斗?仕事が終わったなら先生などと呼んで欲しくないな。親父でも、お父さんでもいいですから、そう呼んで欲しいですね。でもパパだけは嫌かな?・・・。計斗にも何度かお話したことあったでしょう、剣護君のこと?まあ、いいです。私も一緒に食事したいので、それを食べながら続きの話をしましょう」

 ・・・、・・・、・・・、クサカベケンゴ・・・、草壁剣護・・・、警視庁の刑事さん・・・、アぁッ、思い出したっ!確かに父さん。そこを辞める前から草壁さんの事は何度も聞かされていた。今まで其れを忘れていたなんて、どうかしているよ。やっぱり、初の一人仕事だった所為だ、と勝手に自分に言い訳をつけ父さんの言葉を返す。

「はい、はい、そうでしたぁ~~~。其れと俺だって駿輔父さんのこと〝ぱぱ〟なんかぜっってぇよびたくない」

「夘都木先輩、それよりもいつまでもお立ちしていないで、席に座ったらどうです?」

「有難う、剣護君。それじゃぁ、私も何か注文しよう」

「何、そんなにニコニコしちゃってさぁッ!父さんの所為で俺、むちゃくちゃ、苦労したんだからねッ!若し草壁さんが居なかったらどうしてくれた訳っ!」

「まあ、まあ、そんな顔しないでカズトォ、事なきを終えたんだから、もういいではないですか」

「よくないっ!次に同じことあったらどうすんだヨッ!その時も草壁さんが現れてくれるとは限んないんだぜ。草壁さんからも何か言ってください」

「うぅん、其れは無理かな。僕は計斗君よりも、夘都木先輩とはそれは長い付き合いだから先輩の性格は良く分かっている積りなので」

「言ってくれますねぇ、剣護君。私だって貴方の性格を良ぉ~~~くっ知っている積りですよ。まあ、計斗、私と彼はこんな感じなので良く覚えて置いてくださいね」

「何を覚えておけ、って言うんだっ!そうやって話を違う所に持っていくなよ」

「いやですねぇ、計斗。そんな顔しないで下さい。次からはどうにかしますから・・・」

「計斗君、こんな人が義理の父親なんてとても気苦労するでしょう?でも、先輩は何処の誰よりもとても凄く立派な人ですから見捨てないであげてください」

「はい、凄く大変ですけど、俺にとってはとても大事な人だから、そんなコトはしません。父さん良かったネェ、草壁さんメチャ、父さんのこと褒めてるぜ」

「いやぁ~~~、てれてしまいますねぇ・・・」

「気付けよっ、父さん。俺も草壁さんも皮肉を込めて言ってるんだって。まったく、父さんが警視庁の捜査一課の刑事をやっていたなんって俺の夢の中なんじゃないかって思っちまうぜ」

 俺のその言葉に現在弁護士の元刑事さんは上品に笑っていた。

 夕食をとりながらの初めの会話は仕事のことだった。草壁さんにとって父さんが今、探偵を遣っている事がとても珍しかったようだ。そして、内の事務所の名前が私立探偵から私立刑事なんてのになると言い出す。草壁さんはその呼び方に納得がいかないって口にしていた。霞流私立刑事事務所か・・・。事を二つとって、霞流私立刑務所。俺も何だか嫌だ。私立探偵の方が遥かにましだ。それに私立刑事よりも私立捜査官の方がカッコイイと思う。そうだっ!霞流私立捜査局〝カスガ・プライヴェート・ビューロォー・インヴェスティゲーション〟略してKPBi。断然こっちの方がいいって。でも、俺が父さんにそんな事を言っても聞いてくれる筈がない。ためしに言ってみよう。

「あのさぁ、父さん?」

「だめです。計斗が何を考えているか分りますよ。私の事務所の名は私の物。計斗がそうしたいのなら一人前になってからそうしなさい」

 俺の考えなんて見透かしてやがる。そこら辺の勘、って言うか、洞察力、って言う物なのか解からないけど父さんのそういった部分は凄いと何時も感心する。

 草壁さんと話している時の父さんはとても嬉しそうで楽しそうだった。俺はただ聞くことしか出来なかったけど、その中には色々と為になりそうな事も有ったので、確り頭の中に刻み込んでいた。

「計斗、帰りましょうか。今日は私の息子が世話になったね、剣護君。私が支払うから、貴方はもう帰って明日に備えなさい」

「いいえ、僕が計斗君を誘ったのです。僕の分と彼の分だけは僕で払いますので、夘都木先輩は先輩の分だけ払ってください」

「雛さん弁護士でお金のない貴方が無理をするものではありませんよ。久しぶりに再会したんです先輩の華を持たせては呉れないのですか?」

「草壁さん、父さんもこう言っていることだし、奢ってもらっちゃったら?」

「解かりました。夘都木先輩、どうもご馳走様です。今の依頼が終わりましたら、また、顔を出しに先輩の事務所にうかがいます。それでは・・・、計斗君も頑張ってくださいね」

「ハイッ!」

 草壁さんが先にお店を去って行く。しかし、俺と父さんはその場に残って、事件の報告と推理をはじめた。

 一人の少女の死体が木場公園沿いを流れる河川から今日の午後五時三分ごろ発見された。被害者の名前は紀伊さとみさん。海星高校二年生でまだ何科なのかは解かっていない。俺と同じ二年生なら歳は十六か、十七のどちらか。でもまだ四月初めだし、十六の確立は高い。目測で図った時の彼女の身長は160センチは無い様だった。女の体重なんかわからん。

 死因は感電死でほぼ間違いはない。凶器は焦げ痕の黒さから、相当の威力のスタンガンだって榎本さんは言っていた。死亡時刻は感電死の筋肉萎縮を差し引いた死後硬直、死体の綺麗さから算出して、約二十時間前。逆算すると四月六日、金曜日の午後九時頃となる。それから、河川に放置されてからは十四時間から十五時間くらいだろうと榎本さんは教えてくれた。すると今日の朝二時から三時くらいに川に放り込まれた、って事でいいんだよな?これにより殺害現場と遺棄現場は違うと考えていいんだろうか?紀伊さんの身元を捜している時に彼女の両親と兄の名前が草壁さんによって判明。父親、武雄。母親、直美。兄に修一。その現場には母親と兄、それと海星の教師と彼女の友達だろう女の子が一緒に駆けつけていた。事情徴収したけど、何一つ得る物は無かった。

 今日は他殺と解かっただけで、誰がどんな目的で犯行に及んだのか、それは解からない。

「こんな所が今日の収穫」

「殺害されてしまったのは女子高生。それと計斗も高校生。これはどのようなことを意味しているのでしょうか?答えてください、計斗」

「俺が高校生で殺られちゃったこの女の子も高校生だからこの子が通っていた学校に行って学校の連中から何か聞き出して来い、って言うんだろう。歳も近いし、父さん達よりも話が通じる、って考えてるんでしょ」

「正解です。と言うわけでして、私は別の事件を追っていますので、暫く身の危険を感じない所までは計斗にすべて一任します」

「明日は日曜日だから、いいけどさぁ。その次の日からどうするのさぁっ!」

「事件が解決するまで休学してください。手続きはお父さんがしておきますので計斗は心配無用ですからね」

「えぇっ、やだぁっ!俺、これでも皆勤を狙ってんだぜぇ。学校サボるなんて不真面目を元刑事の父さんがさせるなんて」

「計斗はズル休みをするのではなくて、お仕事なのですからしょうがないです。そういうわけで不真面目には該当せず、ですね。それに計斗は頭のいい子ですから、少しくらい学校休むくらい何てこと無いでしょう」

「そんなの方便ダッ!それに一日や二日ならいいけど、一週間も二週間も授業出なかったらそれを取り戻すの大変なんだぜ。特に俺のいる法務科は・・・。わかりましたぁ、そんな顔しないで下さい。その代わり、事件解決したらお小遣い値上げ」

「今回の仕事は計斗の仕事ですから事件を解決すれば全額計斗の手に入ります」

「えぇっ、それってホントッ!でっ、でぇ、それってどのくらい」

「早ければ早いほどいいんじゃないですかねぇ、ですから頑張ってください。それじゃ、私達も帰りましょう」

「はぁ~~~いっ」

 即解決すれば・・・、何だか凄く邪な気分で仕事しちゃいそうだけど、俺の行く先はまだまだ不安だらけだ。

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