(仮)Private Eyes of the Boy ~大地の呻き、地に這う少女の影~
序 章 二人の邂逅
~二〇〇八年八月一日、金曜日。何処かの街にある大公園内~
「はぁ、はぁ、はぁ~~~っ」
駄目だ、このままじゃ、逃げられない。僕は大公園の茂みに隠れて、その場をやり過ごそうとした。今、僕は追われている。しかも、二人の警察官に。何で、別に悪い事したって訳じゃないのに追われなくちゃいけないんだよっ!
僕は植え込みを背にして、ライトを持っているそいつ等の様子を伺った。
「チッ、逃げ足の速い少年だ・・・。自分はそっちに行くから、キミは反対の方に行って呉れ」
何とかやり過ごせそうだぜ。しかし、事はそう上手く運んでくれなかった。安堵の余りホッと小さな溜息をしてから茂みの方角を見てしまうと・・・、青かんしている現場を目にしちまったんだ。思わず声を上げてしまいそうになって、口を押さえて其れを留める事が出来たんだけど、後退りになって、公園路地に出てしまった。
「そこに隠れていたのかっ!あぁっ、待ちなさい、キミッ!」
「待て、って言われて待つほど僕は大人しく無いよッ!」
そんな風に口にするとまた走って逃げ出す。僕は二人の警察官と鬼ごっこをしながら公園内を逃げまくるんだけど、それも、一人の通行人によって邪魔されちゃって終わっちまうんだ。僕はその邪魔された人にぶつかって地面に倒れてしまいそうになるけど、その人は平気そうな顔して倒れちまいそうになっていた僕の腕を取ってそうならない様にしてくれた。
「大丈夫ですか?」
「えぇっ、あぁっ、なんともないけど。はっ・・・、駄目だ、もう逃げられない」
「やっとつかまえましたよっ!サア、自分達に同行して事情をうかがわせて貰いますから」
「貴方達、どうしたんだい?いきなり少年を捕まえてその様なことを言い出すとは?」
「僕は何もやってないでしょうっ!何で、追いかけてくるんだよッ!」
「話しかけたら、最初に逃げ出したのはそっちの方じゃないですか?何も悪い事をしていないなら、名前くらいちゃんと言えるはずです」
「どうやら、少年、キミには訳がありそうですね。申し訳ないですけど、そちらの貴方達二人、この子は私が預からせてもらいます」
「何を勝手なことを。この少年の保護者じゃ有るまいし、その様なことを自分達が許すと思っているのですか?公務執行妨害ですよ」
「ハアァ~ッ、これでも私は貴方達と同じ職に就く者なのですよ。管轄は全然違いますがね。・・・、・・・、・・・、ハイッ、これが私の身分証明書です」
「警視庁刑事部捜査一課の夘都木駿輔警視正でありましたカッ、こちらの無礼大変申し訳ない所存です」
「それでは私に引き受けさせてくれるのですね?」
「ハッ!お任せいたします」
「少年、彼等はもう行きましたよ。・・・、私に貴方の名前を聞かせてくれないでしょうか?・・・、・・・、・・・、話したくない、と言う様子ですね。ここで立ち話もなんだし、近くのレストランにでも行きませんか?まあ、そこでゆっくりと話しましょう」
下っ端お巡りからは逃げられたけど、更に上を行く人に捕まってしまった。退路がなくなっちまったよ。ここは従うしかないのかな。そういう理由で僕はそのウツギ・シュンスケと呼ばれた人に連れられて、駅前のレストランに入っていた。
「改めて自己紹介させていただきます。警視庁、刑事部、捜査第一課の夘都木駿輔と言います。貴方が駿府公園で一体何をしていたのか聞くつもりはありません。ですが、名前くらい教えては呉れないでしょうか?・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、フフフッ、その様子ですと私になんか教えてやら無い、って感じですね。いいですよ、それなら少し、貴方について名前以外解かる事を口にして見ましょうか?身長はそうですねぇ・・・、私の横に並んで歩いていた貴方を見る分では頭一つ貴方の方が低いですから159センチ前後でしょう。それから割り出せる体重はざっと56キロ。その荷物を持って疾走していた貴方の事ですから、持久力は相当なものなのでしょうね。逃げる時の人の足の速さはその時の心理状況に大きく左右されますが、通常1・2、3倍くらいです。あの時の貴方の私にぶつかってくる時の速さは凄かったですね。自転車並みでした。直ぐに気が付かなかったら、私の方が倒されていたくらいです。それから、考慮すると瞬発力も申し分なさそうですね。それが今私の答えられる外面的特長。次に、その外面からわかる貴方の内面的事情を当てて見るとしましょうか。貴方の身体と顔の成長度合いから、ざっと年齢は13、中学生になって初めての夏休みを迎えて浮かれていると言う感じではないですね。どちらかと言うと、その持っている荷物から考えて、家出・・・をした、って処でしょうか?そして、その家出の最中に先ほどの警察官に補導されそうになったので逃げ回っていた」
夘都木と名乗る人は両手を組み、その上にあごを乗せると僕の方をじっと見詰めて、優しい口調でそんなコトを独りで楽しそうに色々と喋っていた。
ここは東京じゃない。僕の知っている警視庁で働いてる刑事、って言う偏見的なイメージはエリート振って、そいつ等よりも低レヴェルの連中を見下して同じ人間とも思わないで、自己中で、口調にも嫌味たっぷりに棘が入っている様な奴等、って思っていた。
でも、この人は違う。独りで語りながら僕を見ている目はとても優しく温かい。それにその話し振り、その声にはなんだか僕の事を凄く心配してくれているんじゃないか、ってそんな気持ちがするような思いになってしまった。
そして、今まで頑なになって閉じていた僕の口が勝手に開いていたんだ。
「刑事さん、凄いですね。言っていること殆ど当たってるよ」
「そんな〝刑事〟なんて呼び方しなくても、夘都木でも、駿輔でも、名前の方で呼んで貰った方が私としては嬉しいんですけどね」
「それじゃ、夘都木さん、って呼ばせてください。僕の名前はトウジョウ・カズト、十三歳、中学一年生です。でも、僕のこの名前は本当の名前じゃないみたいなんだ。今日まで僕はずっと施設に預けられていました。何時からそこに預けられたのか僕には分かりません。僕には両親の顔も名前すらも知らないんです。でも、僕の今の名前が本物じゃないっていうのを知ったのは今日の事なんです。僕は一体何者なんだろう、僕は一体何のために生まれてきたんだろう、どうして両親は僕を捨てたんだろう、って考えていたら、いつの間にか施設を抜け出して」
僕がそこで口を動かすのを止めて下を向いてしまうと、夘都木さんは目を瞑り、腕組みしてから片方の手を顎に当てて親指を動かしながら何かを真剣に考え込んでいる様な仕草を取っていた。そして、僕の方はその人が注文してくれた飲み物のグラスを握って下を向いて、それ以上何も口にすることが出来ずに黙ったままの状態だった。
それから、暫く、勝手に時間だけが過ぎてします。
「カズト君でよろしかったですよね?三つ僕の質問に答えてくれるでしょうか?」
「はい、僕に答えられることだったら」
「私が貴方を連れて養護施設まで戻りましたら、カズト君、貴方はその施設に戻るつもりはあるのですか?」
「施設にいる人皆じゃないけど良い人ばっかりです。でも・・・」
「戻る気は一割、そうではないと言う気持ちは九割と言う処ですか・・・。では、二つ目の質問です。若しも、私と一緒に東京に来ないか、と言ったら、計斗君はどうします?」
「とっ、東京ですか?でも、僕には親戚も知っている人も誰も居ないんです。僕が居る場所はそこには無いし・・・。でも、その夘都木さんの言葉だと一緒に住まないかって事になるんですよね?」
「そうですよ。一緒に来い、と言っておきながら其れを放り出すほど私は無責任ではありませんから。まあ、強引に貴方を連れて行く訳には行きませんので最終的な決断はカズト君しだいです」
「嬉しいけど、今日あったばかりの僕にそんな事を言うなんってスッゴク変です」
「それでは、カズト君は私の申し出を拒否するのですね」
「・・・、・・・、・・・、・・・、・・・、・・・」
僕は考えた。どうすることが僕にとっていい事なのか?夘都木さんは刑事さん。一緒に居ればいつか両親の事も解かるかも知れない。それに東京にも行ってみたい。
「いいんですか?お世話になっちゃって?僕、中学生で何も出来ないんですよ」
「中学生で、何でも出来てしまったら大人たちは形無しです。まあ、今の大人はその中学生よりも常識的に劣ってしまう者等も少なくはないのが現状の世の中ですけど。それでは計斗君、私と一緒に向こうに戻ってくれると言う事で決まりでいいですね?それじゃ行きましょうか。其れと、カズト君がお世話になっていた施設には私が後で直接会って交渉しますから何も心配しないで下さい」
「はい、有難う御座います。それで、三つ目の質問ってなんですか?」
「ああぁ、その事ですか?そのお話はまた後で・・・」
夘都木さんは凄く嬉しそうにニコニコしながら僕にそう返していた。
こうして、僕は夘都木駿輔と言う人に連れられて、記憶の定かな十年近くお世話になった施設から大都会東京に移る事になった。そして、僕はその人の事をこれから、お義父さん、更に先生とも呼ぶ様になる。
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