第五章 閃き、発想の逆転
昨日まで当時の警察等の足取りを俺自身で検証して、推理した結果、俺は一つの結論に辿り着いた。事件を追う刑事達の努力も報われないで今日まで至ってしまったその理由、それは俺の考えが間違ってなければ、時効になる前に犯人を挙げられるかもしれない。
その俺の考えって言うのはね、昭元洋平と定次の殺害事件は元々のターゲットが洋平じゃなくて、定次の方で洋平は序に殺されていたと言う事。監禁されていた二人の内、朱鳥さんはその時、その犯人によって怪我を負わされ、二人とも連れ去られたと言う事。その証言の数は少ないけど、不審な車もこの時に犯人が乗っていた物だろう。しかも外車らしい。だから、当時の定次を恨む人間達、特に金融関係者や借用者を洗い出せば、そこから何かがつかめるかもしれない。
早速、俺はその事実を手に入れるために再び、三好町に訪れた。
「あらこの前の若い弁護士のお兄さんじゃないかい、こんな朝早い時間にアタシに会いにきてくれるなんっておばちゃん、とってもうれしいよ」
「おばさん、元気そうで何よりです。ちょっとまた聞きたいことがありましたので、若し宜しければ時間を僕の為に作ってもらえないでしょうか?」
「いやだネェ、そんなコト言わなくてもあたしゃぁ、アンタのためなら幾らだって喋っちゃうんだから・・・」
家の前を掃き掃除していたそのおばあさんは箒の動きを止めて、嬉しそうにそっぽを向きながら、招くように手を振っていた。
客間に通されて座ってから、今日おばあさんに会いに来た目的を告げた。
「うぅぅん、定次の事かい・・・。アンタが、初めてここに来た時も話したと思うけどね、ここらへん近所のみんなはあの事件が起きる前まで定次や洋平がこれもんだって知らなかったから・・・、なんたって二人とも近所ではいい顔を装ってたんだよ、みんな知るはずが無いんだよ、あの二人の悪いところなんってね・・・・・・。だから、この辺でそのことを聞いてもなんも良いことは聞けやしないよ。それだけははっきり答えられるよ、あたしゃ。その事を探すんなら、違う所へ足を運んだ方が良いじゃないかい?若しかすると、ゆうちゃんが何か知っているかもしれないから、ゆうちゃんを探してみるのも良いかもしれないわね・・・・・・・・・」
おばあさんは指で自分の頬を切るようになぞって、暴力団員だと俺に示してから、何か昔を思い出すようにしみじみと言葉を続けていた。
昭元雄太か・・・、探してみる価値はあるのかもしれない。この付近での聞き込みが意味が無いことを知った俺は定次に関する資料提出を求めに深川署へと走り出す。何で本庁霞ヶ関に向わないかって?ここからだと深川署の方が近いし、若しかすると本庁に提出されていない物も拝めるかもしれないと思ったからだよ。今でも縦の繋がりは強くても、どうも横の繋がりが、仲が悪くてね都内の各署だけじゃなくて、全国的に協力協調性に欠けているんだ。俺が本庁で働いていた頃、何度もその事を改善した方が良いって上層部に懇願したんだけど・・・。
三好二丁目から、所轄署まで、車で三十分・・・、歩いた方が早かったかもしれない。車を駐車場に停めて中に入ると、偶然にも田名部が直近くにいた。俺は彼を呼んでここに来た理由を話した。
「幾ら草壁けいっいや・・・、草壁先輩でもそれは無理であります」
「署長に直接取り合ってくれないかい?これはその資料請求、僕たち弁護士が作れる正式な物、君が心配する事は何にも無いから・・・」
ハンドバックから事務所から出る前に作っておいた書類の入った封筒を田名部に手渡した。彼は俺の其れを受け取ると、一礼をむけて奥へと向かって行く。
「鞍名署長から許可をもらって来た、であります。本官も草壁先輩に資料探しに協力しろと命令されたしだいです。それでは資料室へ・・・」
田名部と署内にあるその部屋に行くと、本庁ほどじゃないけどそれなりに整備はされている様だった。資料の探し方は本庁と同じコンピュータを使って行う。
「有ったであります、草壁先輩。ファイルTKPD‐A7266とTKPCR‐A1239、この二つで合っているはずであります」
「悪いね、田名部君。きみはそのPDファイルを確認して、さっき言っておいた人物をリストアップしておい欲しいんだ?僕はこっちのCRファイルを読んでみたいから・・・」
「本官が、でありますか?自信ないっす」
「これから先、捜査課のデカになりたいって思っている、って僕に話してくれたじゃないか?田名部君、今からそれじゃ困るよ。過信は駄目だけど、自信を持ってやってくださいね」
「ハァッそれでは頑張るであります」
田名部の目の色が変わり、真剣な表情で俺の頼んだ事に集中してくれた。俺は定次の殺害される前の前科記録から、何か彼に恨みを持ちそうな人物が見付からないか、一字一句漏らさない様に目を通す、すると、矢張りかなりの数の人間が、定次に苦しめられていたようだった。彼の所為で、潰れてしまった零細企業などが幾つか存在するようだ。
今回は本庁と違って気兼ねなく、手荷物としてもって来ていた小型ラップトップに関係者人物を打ちまくる。そして、田名部にも同じことをさせていた。データ制作を初めて大凡三時間、千人近い被害者の概ねのデータ整理が終わった。今の時間は正午、昼食を取る時間だ。手伝ってくれた田名部を近場の料理屋に連れ出し、お礼として御馳走した。
「先輩、ごっそうになります。しかし、こんなに頼んで本官、宜しかったのでしょうか?今月、厳しい本官にとってこれは非常にありがたい事であります」
「気にしなくて良いよ、田名部君。遠慮しないで食べてよ。なんたって僕たちは頭を使うことも重要だけど、体力をつけなくちゃ、やっていけないからね・・・」
「では、いただくであります」
大柄の彼は、それに見合った量を食べる。それに俺も食べる。テーブルに置かれた料理の量は優に六人前くらい・・・。財布の中が厳しいのは俺の方も同じだった。だけど、俺の性格が、性格だけに・・・、大見得を張ってしまった。早く依頼を解決して、懐を暖めたい物ですね。
「ああ、そうでした本官、鞍名署長に言われて先輩の捜査の手伝いをする事になったであります。何でも言ってください」
「良いのかい、田辺君、そんなコトをして?そっちの刑事部の何人かがまだ動いているんだろう?それに本庁が持って行ったお仕事を横取りして、解決でもしてしまったら、後が大変だよ」
「鞍名所長の命令であります。本官は其れに従うだけであります。それに上の方から圧力が掛かって来た時は本官は草壁先輩に後ろ盾を協力してもらうであります」
「はぁ~~~、もうあそことはかかわりを持ちたくないんですけどね、僕は・・・。でも、一人で捜査するよりはましかな・・・。よろしく頼むよ、田名部君」
「はいっ、であります!」
「あっ、そうだ。君が協力してくれるなら深川署が協力してくれるって事になるんだよね?この人物の行方を追ってくれないかな?行方不明じゃなければ、運転免許課の免許修得人物帳簿で検索を書ければ直に見付かるはずだから・・・、あくまでも免許修得していたらだけどね」
「了解したであります。では早速、本官は署に戻ってその人物を調べてくるであります」
「連絡は教えてあるこの携帯にお願いします。それと、それが終わったら君が動ける江東区の範囲に居る先ほどリスト・アップした人たちに事情徴収に向ってください。午後、六時にもう一度、君の署に顔を出しますので、田名部君、君もその時間までには戻ってきてくださいね」
彼は立ち上がり、俺に敬礼すると俺よりも先に店を出て行った。俺は資料室で使っていたラップトップをスーツケースから出して、さっき作ったリストを眺め始めた。はっきりといって一人一人事情徴収に向うのは時間と労力の無駄。ここからは自分の推測能力を信じて、的を絞って向かった方が良いだろう。今は殺人なんかしても平気な顔して生活している連中が多い。先ずは都内にいる者達から会って行こうか・・・。そう思った俺はラップトップを閉じて、店の会計を済ませてから、江戸川区南葛西へ車を走らせた。
「エッ、向かいの大空さん?旦那さんは確か先週から海外出張のはずですよ。奥さんの方は近くの学校の先生をしていますから、そこに行けば会えると思います。ほら、エッ?学校の場所はここから真っ直ぐ南に向かって左に曲がって少し先に行った所にある小学校」
犬の散歩に出かけようとしていた反対側の家の住人にその事を尋ねると、俺は丁寧に挨拶して、小学校へと向かった。旦那が一週間前から海外出張か。当時、定次の押し売りの様な金貸しと、不当な利子に悩まされていて、自営業を潰された
教えられた小学校に到着すると大空達彦の奥さんである
「たっちゃんがデスか?・・・、其れは絶対ありません。若し、たっちゃんがそんなコトをする様な人なら私は教職者として、離婚しています。それに・・・、仮にもしも、もしもたっちゃんが・・・、ならわたくしも一緒に逮捕してもらって刑を貰っても構いません」
「いやっ、それはできませんよ。でも、貴女が、そこまでいってくださるのなら、僕はその言葉を信じる事にします。達彦さんが早めに出張から帰られて、何かさっき教えた件で知っていることがありましたら、こちらの名刺の電話まで一報を下さい。では、失礼します」
彼女の仕草や目の動きを見る限りでは嘘を口にしてい無い事はわかる。だが、彼女は白だとしても本当に達彦本人に会うまでは白であるとは断定できない。奥さんにあんなに思われている旦那さんを疑う事は俺自身とっても気が退けるが、彼が帰国して確りとした事情徴収が出来るまでは一応容疑者候補に並べておく事にしよう。正確な出張先を聞き出しているから、そっちまで出向いて良いけど・・・、其れは面倒なので止める。それに、海外に逃げていても、その期間は時効対象にならないしね。
それじゃ、次は北に向って葛飾区の亀有へと移動しようか。そこで会おうと思っている人物は
亀有二丁目の祥雲寺近くに俺はやってきた。哲郎は既に会社を定年退職している年齢だろうから、多分自宅に居るだろう。カー・ナヴィゲーションの音声指示が目的地に着いたことを俺に報せてきた。車から降りて住宅の表札を確認すると黒曜石のように黒光りする石に〝小柳〟と彫りこまれていた。インター・フォンを押して中の人を呼び出す。それから、少しもまた無い内に、ぱっと見た感じ気難しそうな男が顔を見せた。
「なんだね、君は?何かの勧誘や訪問販売は絶対お断りだっ!」
「そうじゃありません、僕はこういうものです」
「弁護士?弁護士の君が俺に一体何の用だっていうんだ!」
顔を合わすなり、いきなり怒鳴られてしまった。相当不機嫌のようだね。余り刺激しない様に話を進めないと何も聞けないで終わってしまいそうだ。
「あの、僕が尋ねたい事は十四年年前の昭元定次についてなのですけど」
「昭元定次だ?何も話してやる事などないっ!不愉快ダッ、帰ってくれっ」
哲郎はお冠のまま、扉を勢い良く閉めようとした。だけど、俺は其れを阻止しながら、言葉を続ける。
「小柳さん、貴方が当時の事件と何も関係ないと言うのでしたら、その様な態度を取らなくとも宜しいではないですか。そういった行為が余計に怪しまれてしまうのですよ。小柳さんが潔白と主張するなら少しで良いですから、僕のお話に付き合ってください」
「俺は騙されないぞっ!そうやって、口で上手いこと言って、俺をはめようと言うんだろう?」
「そんなコトはありません、若し僕が嘘をついたのなら、訴えてくださっても結構です。ですから、少しだけで良いですからお話を・・・」
それから、暫くの間、頑なになっている哲郎を説得して話を伺うことが出来た。哲郎との話の中で彼が事件と何の関係も無いことの確認が取れた。だけど、深川署で見た調書になかった事実を聞かせてもらったんだ。それは、定次に恨みを持った連中が集団で、彼を襲ったらしい事。しかし、逆に定次によって傷害罪で訴えられてしまった様だ。
これで、少しは事件解決に向って進展があった様な気がする。傷害罪で訴えられた人物も含めて聞き込みの対象に入れて、捜査を展開して行く事にしよう。
哲郎から聞けることを全部聞くと深く頭を下げて、事情徴収に協力してくれた事を感謝した。車に乗ってそこを後にしようとした際に、向こうの方からも彼の話を親身になって聞いてくれた事が凄く嬉しかったといってくれたので俺の方まで嬉しくなってしまった。
車の中から見える外の様子は夕闇に包まれていた。インパネの時計を除くと午後六時まで其れほど無い事を知った。田名部と待ち合わせしている深川署まで急いで向った。
「草壁先輩、お帰りであります。遅かったようでありますね?」
「弁護士をやっているからね、社会で決められたルールはちゃんと守らないと・・・、それよりも、昭元雄太の所在は見付からなかったのかい?まあ、報告は後で言いや、田名部君、もう上がるんだろう?食事をしながらでも話を聞こうとしよう・・・」
「ゆっ、夕食もゴッソウになって宜しいのですか?」
「あぁっ、えぇっ?ああ、まあ、もちろんだよ・・・」
ししまった、俺の財布の懐具合を忘れてしまった。しかし、嬉しそうに顔をしている彼を見るといまさら訂正できない。
「あのさぁ~、田名部君、あそこの定食屋でもいいかい?」
「ハイッ、勿論であります。あそこは安くて、量も多くて本官のお気に入りっす」
「じゃ、その場所で落ち合おうか?其れじゃっ、僕は先に失礼するよ」
彼に挨拶をしてから、俺は事務所近くに有る食堂に行く事にした。再び、田名部と顔を合わせたのは午後七時。待ち合わせの食堂〝満腹帝〟で今日彼が調べてくれたことを食事をしながら話してもらう事にした。
「まずは、昭元雄太の事で有ります。草壁先輩の言われた通り、免許課で調べたでありますが、直には見つからなかったであります。それで、生年月日、年齢、それと名だけで検索を掛け、出て来た結果から以前の苗字を調べたらビンゴであります。結婚していて苗字が変わっているみたいであります。今は松永雄太になっているで有ります。住所は大田区、詳細は紙に書いておきました。これであります・・・。それと、定次に多額の利子を請求されていた江東区の元借主たちから、そこはかとなく、定次殺しに関与していないか、伺ったしだいでありますが・・・、曖昧な事を口にする人物はいませんでした」
「そうですか、ご苦労様でした。僕の方はちょっと面白い事が聞けたので、明日はその事を調べようと思っています。其れが調べ終わるまで、田名部君は通常のお仕事をとしていてください」
「面白いこととはどんな事でありますか、宜しければ本官も知っておきたいであります」
今日亀有の小柳哲郎から聞いた事を田名部に聞かせてやった。
「其れが本当であれば、容疑者を限定できる有力な手がかりを掴んだ事になるでありますね」
「そうだと良いんですけどね・・・。と、そういう訳なので僕は明日その事を調べようと思っています。其れが済みましたら、また、田辺君の力を借りますよ」
「勿論であります」
其れから、暫く仕事とは別の会話で時間を過ごして、俺は田名部と食堂で別れて事務所へと帰っていった。そして、そこに戻ってからは一日の報告書を作りながら、今日得た事を整理して推理を始める。
俺は十四年前の昭元家殺人事件が潮見事件との関連性が無いと仮定して、まったく別の視点から事件究明に乗り出した。それは元々、昭元定次が第一目標であって、洋平は序でにしか過ぎないと言う事だ。それでは、何故、殺しのプロである洋平があっさりと殺されてしまったのか?これは俺のあくまで推測にしか過ぎない、確証無いことだけど、初めに殺害されたのは洋平の方だった。しかも、玄関先で。多分、当時の犯人は玄関から中の様子を窺い、インター・フォンか何かで呼び出してから、現れた所をブッすりとやったんだろうね。彼は不意を衝かれ、滅多刺しにされた、って訳だ。でも、彼は犯人の目的だった定次ではなくて、洋平の方だった。声を上げることが出来なかったのは口を押さえられたか何かしたんだろう。
それから、犯人は最初の相手が目的だった定次じゃなかった為に、そのまま住居に侵入して居間で定次と殺り合って、目的を遂げる。そして、その現場を偶然にも監禁されていた朱鳥さんと、加奈さんに発見され、俺の依頼者の娘の方に危害を加えてから二人を拉致して行方を晦まして、現在にまで至ってしまったんだ。
今日、亀有の小柳哲郎から聞かされた過去に定次に傷害事件として告訴された人物が数名居ると言う事が判明した。まだ、それが誰なのか、俺は顔も、名前も知らない。でも、それらの人物の中に現在、俺が被疑者候補として胸の内に置いている人物達だったら、事件の早急な解決に繋がるだろうね。そして、朱鳥さんの行方や、彼女と一緒だったもう一人の少女も。だけど、それが解かったとしても、二人がこの世に存在している可能性は非常に少ないだろう・・・、って言うか無いって言った方が・・・。まあ、那智ご夫妻もその件に関しては納得している様子だったから、俺自身が気にしてもしょうがないんだけど、朱鳥さんが俺と同い年の人だけに遣る瀬無い気持ちになる。
「『タッタッタッ、カチカチカチカチッ、ダッダッ』・・・、・・・、・・・、ふぅ~」
キーボードを叩くのを止め、画面に映っている俺が打った報告文を眺めながら、小さな溜息を吐いていた。さてと・・・、報告書も纏まった事だし、明日の行動はもう決まっているから、今日はもう休もうか・・・。このまま、上手くいけば犯人との御対面はそう遠くないな。
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