第四章 検 証

 四月十一日、水曜日。今日もいつもの時間に目が覚めて、朝の空を眺めると、依頼の進行の雲行きと違って、厭味なくらい晴れ晴れしていた。さて、今日はどうしようか?故昭元が住んでいた周辺での聞き込みはあらかたやってみたけど、大きな手がかりを得る事は出来なかった。だが、どうしても俺はあのおばちゃんが教えてくれた車の事が頭から離れない。しかし、誰もその存在を見ていない以上、これ以上の情報収集は無理だろうね。

 ああだ、こうだ、考えが纏まった頃には外出できる姿になっていた。でも、時計の針を確認したら、今から出向こうと思っている場所はまだ営業時間外。無駄に時間を使いたくないから、その間、今日までの事を忘れない内に報告書にまとめておいた方が良いな。本当なら一日毎に作らなければいけないのだが、こういう時は事務を任せられる助手がいれば楽なのに・・・。はぁ~~~、一人でも早く事務員を雇えるくらい立派にしたい物だよね・・・。

 それから、六日分の報告書をPCで打ち終えた頃にはお昼を過ぎてしまっていて、そんな訳で、今日聞き込みに行こうと思っていた場所は午後一時過ぎになってしまった。

 その場所とは梶木組事務所。でも、今ではそんな風な名前から推測して暴力団と分るような名前は掲げていない。より一層、暴力団関係会社の取締りが厳しくなる暴力団運営会社撲滅法が施行された年に、かなり内部を一新させて、今では株式会社クリエイティブ・エンジニアーとなっていた。

 普通に見る分では表からも、裏からもまっとうな会社に思える。だが、運営している連中が、連中だけに、堅気が手を出さない様なことを着手している筈なのだが、今まで大きな不祥事を起こした事は無い。でも、小さいことは沢山有るんだけどね。暴力団関係の法律が厳しくなるに連れて連中も、力の力押しではなく、頭の力を使った方法で中々どうして尻尾をつかませない。だから、事件らしい事件が起きても警察はうまく立ち回れないでいる。もう、暴力団員等が馬鹿ばかりだと思っていると痛い目に合うのは市民や其れを護る側の警察の方だ。

 そんな事を独り語っているとその会社がある港区六本木外苑東通り到着していた。車をその会社から少し離れている立体駐車場に預けると、そこからは徒歩で向った。

 外からオフィスがあるビルを眺めると株式会社クリエイティブ・エンジニアーと書かれた文字がその建物に上から連なる看板の一つに確りと存在していた。場所は何階か分っている。だから、ビルの中に入って直にエレベーターを使い、そこに足を運んだ。

「あぁん、だれだぁ、てめぇ?おオッ、断りも無く勝手に入ってくんじゃねえよッ!」

 見るからに柄も、言葉も、いかにも悪い事していますって面の人間が俺を出迎えてくれた。だけど、そんな風の格好をした暴力団員を目にするのはもう何年ぶりくらいのことだろうか・・・。

「ちゃんと、話は通して有るのですけど。僕の名前は草壁剣護と申します。この名刺を梶木取締役にお見せ戴けないでしょうか?」

 俺がその名刺を見せるとその男は分捕る様に名刺を持って奥の方へと行ってしまった。何の意味も無く時計の文字盤を眺めていると、さっきの男が態度急変して、へこへこしながら俺を中に導いてくれた。

 奥まで通されると、そこにはまるで一流大学を出た官僚職の様な印象を受ける男が椅子に座りながら何かを呑んでいた。入れ物からしてコーヒーか何か、熱い物だろう。目の前の男の名は梶木勲かじき・いさお、年齢は確か俺よりも六歳ほど上だった様な・・・。

 勲が俺をここに連れてきた男を退出させてから、ここへ来た目的を話し始めた。

「弁護士の先生が、そんなことを?ここの者を疑っているのですか?まだ、あの頃私は大学生で、親父のしている事が嫌いで、殆どといって見向きもしなかった。でも、あの事件で大事な人材を失ったのは内なんですよ。確かに洋平さんは始末屋なんって呼ばれていましたけど、それでも彼が、手に掛ける連中は警察も、社会も、普通に生活する人間らも疎む連中だったはずです。まあ、先生から見れば殺人はどんな形であれ許される物ではないのでしょうけど・・・。当時、まだ、組と呼ばれていた頃は会社の生き残りを賭けて、色々な手法でお互いを潰しあいました。昭元家の死は仲林の所を陥れるこちら側の偽装殺人とも囁かれた事もあります。結果として今、仲林の所は存続していませんが」

「結局、どうなんですか?洋平と定次を殺した者については何かお知りにならないのですか?」

「その頃の親父や、幹部の連中は絶対仲林の組員が殺ったものだろうと断定して、捕まえられる連中全員を捕まえて締め上げたそうだ。だが、誰一人として、認めはしなかった。そのうえ、向こう側で殺された二人と、洋平さんが顔見知りだった事を知っている者はいなかったみたいでね。まあ、それが事実かどうか十五年も経とうとする今は分らないが・・・」

 勲が俺に聞かせてくれる仲林の昭元家に対する関与が薄かった為に当時の一捜は市宮と山仲と関係があると見られる麻薬組織を追う様になっていた。

「僕が知っている以上の事は知らないと言う事ですか・・・。矢張り、此方の線は捨てるべきなのでしょうかね、はぁ~~~」

「その事件、ことしで時効になるのでしたね?私の方から、当時からもまだ、ここに残っている職員に聞いて差し上げても宜しいですよ、その少女等の事も含めて・・・。ですが、私が言った事以上の証言は得られたいと思いますがね」

「そうしてもらえると助かります。連絡の方は電話でも、メールでもどちらでも構いませんので。それでは、もう失礼します。無駄な時間を割かせてしまって申し訳、御座いませんでした」

 勲の言葉遣いや、俺との対話の時の仕草が、彼が嘘を言っていない事が理解できた。これ以上の収穫が無いと見た俺が頭を下げてそこから退出しようとした時、

「弁護士の先生、若し、この私が貴方の弁護の力を借りたいといったとき、先生は其れを貸していただけるのでしょうか?」

「梶木さん、貴方が加害者側ではなく、被害者側の方なら僕の出来る可能な限り、幾らでも力添えをしましょう。梶木さんには家庭があるのでしょう?僕等が学生だった頃とは違い貴方たちを締め上げる法はより厳しくなっています。奥さんや娘さんを大切と思うなら、反社会的な事業は慎むように助言しておきますよ・・・。それでは失礼」

 もう一度、彼に頭を下げてから、返す言葉を聞かないでオフィスを出させてもらった。梶木勲、かなり優秀な男だろう。あれだと幾ら叩いても埃は出そうも無いね。今、勲の経営する会社がする悪事の全部は彼の下の連中が遣っている事で、彼自身は関わりを持っていない。だが、知っていながら、それを止めさせないのは刑法の幇助罪に相当する物だ。

 さてと、今度は数年前に完全にその存在を抹殺された仲林組の連中からも聞けるだけの事は、聞いてみるか。その組は無くなっても頭のいい連中は今も違う仕事をして細々と生きている。でも、陽の目を見るもんじゃないけどね。

 一度事務所に帰って、夕食をとって、連絡を入れてから、夜間専用の警備会社に向った。場所は江東区南砂日曹橋近くに有る。

 中に入れば出動前の見た目が怖そうなお兄さん達がかなりの数で屯っていた。普通だったら、しり込みして躊躇するだろうが、俺には関係ない。俺が堂々と中に入り、そいつ等を無視して、事務所のある方へと歩き出すと、一人の男が因縁をつけてきた。其れでも俺は無視して、事もあろうに後ろ向きの殴りかかろうとして来た・・・。教育がなって無い。

 背を向けたままでも勘が俺の体を勝手に動かして、ついでに勢いで前に出ていた相手の足を引っ掛けてやった。

「くぅっ、こをぉのやろぉぉおおおぉーーーっ!」

「やめんか、このばかものっ!うちの会社を潰す気カッ草壁刑事の旦那、こいつまだ日が浅いもんで大きな目で見てやってくださいよ」

「美留町さん、ちゃんと教育してくださいね。貴方が今は堅気だと、僕は信じているんですから・・・。それに僕はもう刑事は止めているんです。知らなかったんですか?」

 俺に因縁をつけた男が立ち上がり、再び、その男が俺に殴りかかろうとしていた時、ここの管理者の一人が姿を見せた。そして、俺とその男の仲裁に入ってくれたんだよね。それから、俺は言葉の最後に美留町に今の職業が明記されている名刺を手渡していた。

「ホラッ、お前等、もう時間だ。さっさと仕事場に行かんかッ!それと、いつも言ってるが先方に迷惑かけてくんじゃないぞ」

 美留町は大声で怒鳴るようにその場に居る全員に声を向けて追い出すと、俺を詰め所の中に招き入れてくれた。美留町辰夫びるまち・たつおもと仲林組、組長補佐を遣っていた男だ。今では普通の会社の面接を受けても蹴られてしまいそうな悪ガキ共を集めて、再教育し、夜間のビル警備や人気の無い場所の夜の帰り人を護衛しながら送るガードマンをその連中に遣らせていた。

「美留町さん、十四年前に起きた事件のことまだ覚えているでしょう?その時に、この少女を見ていませんかねぇ?」

「この少女、事件になんか関係あるのかい?」

「えぇっ、知らないんですか?」

 どうも美留町はその事を知らなかったようだ。だから、その事を説明してみたんだけど、彼の返ってきた回答は当時、刑事から朱鳥さんやもう一人の少女、加奈さんについての事情聴衆は受けていなかったと聞かされた。

「イチ坊や山仲が梶木の連中に殺られちまったって話が舞い込んできた時に数日間、奴等といちゃもんで接触があったが、その二人の事はまったく話しに出てこなかった。間違いない。ほかのもんにも聞いておくわ。何か、わかったら連絡してやっからよ。期待しないで待っててくれよ、草壁の旦那・・・」

「よろしく頼みました、美留町さん。最近はこのへんも美留町さんのお陰で治安がよくなってきたって耳にしてますよ。これからも頑張ってくださいね」

「なんか、刑事の旦那にそんなぁこと云われっと、耳がいたいっていうか、こそばゆいっていうか・・・・・・、でもあんがとよ」

 美留町は照れながら頭を掻いていた。仲林組が有った頃も、この人は本当に暴力団員なのかと思わせるぐらい出来た人で、若い連中の面倒見もよかった。その人の良さは働く場所が変わっても変わらないようですね。

 この場所に足を運んでも、大きな収穫は無かった。だけど、一つだけ、知った事があった。それは行方不明となっていた朱鳥さんや加奈さんの捜査よりもホシを挙げることに徹底していたと言う事だ。

 翌日の四月十二日、木曜日。本庁に有ったファイルの中に書かれていた麻薬がらみの方の捜査の内容検証をするために当時のその話に通じていそうな人物に接触する事にした。そして、その人物は新宿歌舞伎町に根城を構えている。職安通りから、区役所通りに入り、歌舞伎町二丁目の車道を幾つか曲がって陽昇ビルと言う所に車を走らせた。

 そのビルが管理する駐車場に俺の車を停めさせて貰うと、建物の玄関口へと足を運んだ。エントランスの隣に大きなモニュメントに【社会国際法人・日華僑】と明記されている。

 中に入れば、一見日本人女性と見間違う様な受付令嬢が俺と会う予定になっている人に連絡を取り次ぎ、それから、別の女性が姿を見せ、ビルの最上階の一室まで俺を誘導してくれた。

「こちらになります、どうぞ・・・」

 その女の人に扉を開けてもらい、その部屋の中に入ると初老の男が窓の外に見える東京の街を眺めていた。男は俺の方に振り返り、綺麗に整った長い顎鬚を摩ると、嬉しそうに小さく笑っていた。

「ホッホッホッホォ、草壁殿ひさしいのぉ~~~。ハァ、ワシは聞いておるぞ、おぬしが警察を辞めたことを・・・。勿体無いのぉ、おぬしほどの男が辞めてしまうとは」

「はぁ~っ、惜しむ様なそんな目で僕を見ないで下さい、瞑大老」

 俺の目の前でにこやかに笑うその人物。夏候瞑かこう・めい今年で齢九十三にもなる純粋な台湾系中国人だ。警視庁捜査三課にいた頃、俺が事件の捜査で多くの力になってくれた恩師なんだ。

 今から九年前にこの大老が腰を上げてくれたお陰で、俺が今住んでいる東京だけじゃなく首都圏の中国人犯罪の発生数が激減した。それと、二〇〇六年から続く、アジア系の密入国者や不法労働者の締め出しや、外国人犯罪の抑止にずっと力を貸し続けてくれる今の日本には居なくてはならない存在だった。

 二つの別の民族が手を取り合って、治安を護るって事は喜ばしいことだと思うんだけどね、日本が日本人で無い者に護られていると言う事を考えてしまうと、何とも情け無い事だと刑事職を遣っていた頃からずっと思っている。でも、現状では大老達の助勢が無くなるのは警察庁にとって痛手だろうな・・・。

「六日前に草壁殿から頼まれた事件のことなんじゃが・・・。おぬしから、送られてきた写真の女の娘を知っている者ももう一人の娘も大麻の売買人には居ないようじゃな。草壁殿の考えじゃった臓として割られて、外に出された経路も当たらせて見たんじゃが、なんも出てこんかったわい。この国のどこかに遺棄されていると見て間違いないじゃろうて・・・。まったく、年端の行かぬ娘が事件に巻き込まれてしまうと云うのを耳にするのはどの国に居ても辛いもんじゃのう・・・。ほれっ、これがその時に調べさせた内容を書官にまとめさせたもんじゃよ」

 大老は彼の傍の机の上に置いてあった一枚のディスクを器用に俺の胸元の方に投げてきた。そして、それを床に落さない様に俺の体にぶつかる前に手で受け止めた。

「態々、大老にそちらのルートを調べてもらっても、何の手がかりも出てこなかったようですね。大老に御足労をおかけして、大変申し訳ないと、詫びる限りです・・・」

「ああよさんかぁ、草壁殿ぉ~、おぬしがワシに頭を下げる事などしてはならん。わしはどんなことがあってもおぬしの頼みを聞いてやるとあの時に誓ったのじゃからな」

「あの時、僕は僕のするべき事をしただけですから、瞑大老、そんな何時までも恩に着ることなんって何処にも無いんですよ」

「そうはいかんのじゃよ、あの事件で、失う筈だったワシの命はおぬしに救われ、ワシの大事な家族までも助けられたのじゃからな・・・。ああ、そうじゃっ!家族で思い出したんじゃがのぉ、草壁殿も何時までも一人ぶらぶらとしておらんで身を固めたらどうじゃ?曾孫娘の優麗ゆいれいもあの頃から、ずっとおぬしを慕っておる。草壁殿なら嫁がせてやってもよいぞ・・・」

「ナッななぁぁぁあなぁな、何を言っているのですか、瞑大老っ!優麗ちゃんはまだ十三歳ですよッ!そんなコトは日本の法律も、僕も許しません・・・」

「ほっほっほぉっ、何を言っておるんじゃ。十三歳だった優麗はもう五年も前のことじゃぞ。今ではおぬし好みの歳じゃないのかね、うぅうぅん?」

「たっ、大老。誤解を招くような言い方は慎んでいただきたいです。それに刑事だった頃の僕も、今の弁護士の僕も、大切な誰かを傍において護りながら・・・、・・・、・・・、続けていく自信有りませんから」

「まだ、あの時のことを・・・いや、失敬。少し口がすぎたようじゃな、わしは・・・。でも、ここに来た時ぐらい、優麗に顔を見せてやってはくれんかのぉ。今のこの老いぼれにはワシの子等が笑顔を見せてくれることだけが生きがいジャからなぁ・・・・・・。其れが叶わぬのなら、もう死んだ方がましじゃのぉ」

 大老は俺から背を向けて、新宿南西の方角を眺められる窓ガラスに手を添えて、わざとらしい大きな溜息を吐いていた。この町に生きる人々を彼等、彼女等の見えない所で守護している大老。瞑大老のその願いを僕が無視しても、彼がこの街外国人犯罪を野放しにするような事はないだろうけどね、大老のそんなささやかな我儘くらい聞いてあげないと・・・。

「瞑大老、そんな大げさな・・・。今日は事務所に戻ってこの渡してもらった中身を確認するだけで他のことは何も出来ずに一日を終えそうですから、お昼ぐらいは」

「うん、そうか、そうか。それじゃぁ、わし等と一緒に食事をとろうではないか・・・」

 それから瞑大老の大家族と一緒に豪勢な昼食を戴く事になった。その中には先ほど大老が口にしていた優麗ちゃんも今年で十八になる様だ。既に飛び級で大学院生らしい。大老も彼女の将来が楽しみでしょうがないだろうね。昼食で二時間ほども大老の夏候家とその分家の趙家で日本人が忘れてしまった家族の団欒とした暖かさを持った昼食会を楽しませてもらったんだ。

 まだ、真昼間だというのに大老は俺が余りお酒の強くないことを知っていたくせに、じゃんじゃんと廻してくれやがった。現在法を司る弁護士の俺が飲酒運転など、洒落にならない。だから、運転代行を呼び寄せて、事務所まで帰らせてもらった。

 秋葉原万世橋付近にある俺の事務所に戻ってからも体の中を支配するアルコールは一向に抜けてくれない。いつ買ったか分からない酔い覚ましの薬を飲むと事務室においてあるロングソファーに倒れこんでそのまま寝てしまった。

『ピロロロロロォ~~~ッ、ピロロロロロォ~~~ッ、ピロロロロロォ~~~ッ♪』

 どのくらい眠ってしまっていたんだろう?俺はその電話の呼び出し音で目が覚めた。開けっ放しだったブラインドの窓の外からは陽の光ではなく、電気が生み出す光が見えていた。俺は電話が鳴り終える前にふらついた足で受話器を上げて耳に当てた。

「はい、草壁法律相談所・・・?ああ、はい・・・、・・・、ええ、あ、はい・・・。そうですか・・・。態々連絡していただいて有難う御座います。ええ、あっ、はい。承知しております、その時はまた連絡をくだされば・・・。それでは失礼します」

 電話の相手から用件を聞き終えると、受話器を下ろし、その相手から聞いた内容を頭の中で整理しようとした時に再び、電話が鳴り出した。

「ああ、その声は美留町さんですね?昨日僕が尋ねた事で何かわかったのでしょうか?ええ、ああ、はい・・・。うん、うん、はぁ~。はい、それで?・・・、はい、はい・・・、・・・、・・・、ヤッパリそうでしたか。何にせよ、御協力に感謝しますよ、美留町さん。それでは」

 美留町さんの前に電話をよこしてきたのは梶木勲。どちらも昨日面会していた人たちだ。そして、今の電話でお願いしていた十四年前の事件関連の内情を報告してくれた。

 俺は事務室の蛍光灯をつけるとブラインドを全部締めて、瞑大老からもらったデータ・ディスクの中に書かれている内容と電話での二人から貰った内容を比較しながら、何かの糸口を見出そうと推理し始めた。

 一九九七年七月二十日、潮見の倉庫で仲林組の市宮と山仲、そして、梶木組の始末屋と呼ばれていた昭元が矢張り、麻薬取引の為に会っていた様だ。当時、仲林組は麻薬の密売に手をつけていたがその二人は組とはまった区別ルートで個人的に麻薬組織と接触をしていた。

 今となってはどんな理由で昭元が市宮と山仲を殺害したのか真実を知ることは出来ないけど、仲林組の方ではその理由は金銭の縺れと言い、梶木組の方では昭元の気に触れる様な事を口にしたか、或いは何かの口封じの為と考えている様だった。

 其れから事件発生後の八日後、二十八日。昭元洋平と定次が何者かによって殺される。洋平ほどの男が何の抵抗も出来ないで、殺されたのだから、誰もが彼以上に強い人間だと思った。梶木組は仲林組が敵討ちとして刺客を放ったと睨んだ。仲林組の団員で洋平と対等に渡り合えるのは箕村傑みのむら・すぐると言う男だけだった。だけど、彼には誰にも敗れないアリバイがある。それは横須賀の刑務所に居たからだ。そして、仲林組は梶木組が彼等を陥れるために、梶木組の中であくどい手口で幾度と無く、梶木組の存在を危うくさせていた昭元定次を抹殺し、仲林組まで、消し去ろうという一石二鳥の策を弄する為に殺したのだと考えていた様だね。

 それから、昭元洋平が殺されるまでの一週間、何故に朱鳥さんも、加奈さんも、無事だったのか初めて知った。この事は警察には報せていない事だと勲は電話越しに教えてくれた。

 洋平が殺人現場を見られたからといって、黙らせる為に脅しをする事はあっても、永久に口を閉ざせる事はないという。多分、金にがめつい父親の定次が、海外に売り飛ばす為の間、囲っていたのだと聞かされた。その証拠に定次はその頃、海外に出かける準備をしていたらしい様だね。

 それから、市宮と山仲が関わっていた麻薬組織は瞑大老の華僑グループによって潰されている。その組織が潰される原因となっていたのは警視庁捜査一課と警察庁の警備局が潮見事件との関連性で動き出したからだった。だが、大事な客を殺されたその組織はその制裁として、昭元家を襲ったと見られ、利用価値のある二人の少女だけを連れ去ったのではないかと言う線の考えの確証は今でも発見出来ないままの様だね。それは大老が呉れたディスクの中身をPCのディスプレイに映して確認できる文字を見ても知る事は可能だ。

「ふぅっ、これで僕のやるべき事がやっと見えてきたような気がする。これから時効になるまでの三週間と二ヶ月が勝負だ。でも、僕はその間に真実に辿り着けるのだろうか?犯人をこの手に捕らえることが出来るのだろうか?・・・、いや、那智ご夫妻のためにも、この写真に写る彼女の為にも事件の真相を暴いて見せる」

 なんて、調子のいい事を朱鳥さんの写真を見ながら独り言しては見せる物の本庁の一捜と特麻が捜査本部を設置して、当時からはだいぶ人数が減らされているけど、それでも大掛かりな捜査で進めている事件を俺一人で何処までやっていけるだろうか?一抹の不安は拭いきれない。

 そうだな、今日はもう、今日の分の報告書を仕上げて、明日からの為にさっさと寝てしまう事にしよう。そう思った俺は腕組みしていた腕を解き、キーボードに両手を置くと其れを作成し始めたのだった。

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