第三章 少年探偵との出会い

 四月七日、土曜日。いつもの時間に目を覚まし、朝する事して、身支度を整えると新たの情報を得に再び、三好町を訪れる。昨日は明かりが点いていなかった家を今日は尋ねる事にした。

「止めてよっ、その話。おもいだしたくないわっ!」

「そんな、男おったかのぉ?わしも、野次馬として、そん時は見に行ったんだけどねぇ・・・」

「聞いたこと無いぜ。俺、ここへ越してきたばかり出し・・・。そんな事件あったのか?高い金だして、新築した家なのに・・・、知ってれば・・・」

「その写真の女の子も、貴方が言うもう一人の女の子も、私は見てないわ。多分、皆さん私と同じ事を口にすると思いますけど・・・」

「不審な車?有ったような、無かったような?駄目だ、思い出せません。でも、今頃そんなコト調べても、無駄じゃないの?ことしで時効なんでしょ?探すだけ、無駄だよ。人間時には諦めも肝心、そんなコト調べるの止めて、違う捜査したら?事件なんって腐るほどあるんだろう?」

 夕暮れごろに尋ねた俺と同じくらいの歳の男にそんな風に言われて心の中ではカチンと来たけど、愛想笑いを浮かべて、頭を下げてから、その場を後にした。

 事件の起きた三好二町目から、三好町全体の聞き込みをして、白河、平野町と足を伸ばし情報収集しても、まったく真新しい事は一つも耳に入れることは出来なかった。

 夕焼けに染まる空を一度見てから、仙台堀河川敷、広末橋の方へ向って歩き始めた。その間、那智夫妻から渡されている当時の朱鳥さんの写真を眺める。海星高校の制服姿の彼女が写っている。・・・当時十五歳?って若し今も生きていたら俺と同じ歳になるのか・・・。高校生になったばかりで、多くの希望を持っていただろうに・・・。犯人に対して憤りを感じてしまう。

「さてと、明日が終われば二週間目になる。どうするべきか・・・???」

 俺が動かす口を止めたのは木場公園の平野と木場町を結ぶ橋にサイレンを回している数台のパトカーを見つけたからだ。

「依頼で今は他の事件を追っているんだ。首を突っ込んでは駄目だぞ・・・」

 口に出して、そう俺に言い聞かせるのだが・・・、体が勝手にそちらの方へ動いてしまう。十数人もの制服警官が事件の発生した場所に興味本位で群がる付近の人々を近づけないように努力をしていた。その中の一人の警官と少年が言い争っている風景が俺の目には映った。

「あんな、対応じゃ。今の子供は退かないぜ・・・、ハァ、僕が何とかしてやるか・・・」

 一人そんな風に呟くと、俺はその二人の所に近づいていった。

「すいませ、僕には口論のように見えるのですけど。いい大人の貴方が、少年に対してその様な言い方では納得しませんよ」

「民間人は黙っててください・・・?あっ、こっ、これは失礼しました草壁警視正。三年ぶりであります、元万世橋警察署の田名部であります」

「田名部君なのか?どうして君がここへ。管轄が違うだろう。それに僕はもう刑事を辞めたんですよ、その呼び名止めくださいよ、ねっ?」

「ハッ、これは失礼いたしました。それと部署換えで、昇格と共に深川署へ。本官、今は巡査部長をやらせて頂いているであります」

「で?どうしてこの少年と?」

「ハッ、それは・・・」

「田名部君?一々、僕に敬礼しないの」

 俺が顔見知りの警官にそう告げると田名部は少年と、何を話していたのかを教えてくれた。少年は探偵らしい。俺はその二人に背を向けて頭を抱え込んで大きく溜息をついてしまった。元刑事だった俺と、弁護士で法律に関することは一般人より知っている俺。その二つから導き出す日本の探偵と言う職業は・・・、軽犯罪者群。

 日本の探偵業務は大阪府で布いている制令以外の地域は法律で確りと保護されている訳ではなく、その殆どは刑法や民法に触れる事が多い。それに、頼みもしないのに、大きな顔して刑事事件に首を突っ込んでくる連中も少なくない。法律で護られていない以上、それらの職に就く者は行動を自粛すべきだね。この国にも海外の探偵の様に警察や弁護士の権限を持った探偵法案があれば話は別だけど。しかも、今俺の背の後ろにいる探偵は未成年の高校生くらいの少年である。個人経営できる歳ではないだろうし・・・。少年には可哀想だが、ここは公務執行妨害を適用してでも、現場に入れない様にするべきだろうね。

「君、ここは少年の遊び場とは違うんですよ。君に良識があるなら、して良いことと、悪いことの判断くらい、つきますよね?若し、君がここで一生懸命に働く、警官らの邪魔をするようならば、怖いおじさんたちに連行されてしまいますよ」

「そんなコト、俺に言われても。俺は先生に頼まれてここへ来たんです。先生に頼まれた事も出来ないで帰れるわけ無いでしょっ!」

「先生?学校の先生ですか・・・、困った物ですね、その教師にも・・・」

「違うって、探偵事務所の先生、所長だよっ!」

「君が本気で、探偵だと言い張るなら、その証拠をボク達に見せてくれないかい」

 俺がまだ、名前も聞いていない少年にそう告げると彼は困惑した表情を見せる。ヤッパリ学校の探偵クラブか何かなんだろう。近くに高校が幾つもあるしね。だが、俺の考えは甘かった。

「これ、俺の身分を証明するものじゃないけど、内のオフィスの先生の名刺。先生、今はオフィスにいないはずだからさっ、携帯の方へ掛けてよ」

 俺はその少年から、陽が落ちていたために名刺を受け取ると携帯電話の待ち受け画面の明かりを使って、それに書かれている文字を確認した。

「・・・、・・・、・・・、・・・・、・・・、・・・」

「俺の言ったこと信じてもらえました?」

 其れに書かれている文字を見た瞬間、ほんの僅かだけ、俺は顔の表情を変化させてしまった。普通だったら気付かない様な表情の変化を目の前の少年は暗がりの中で読み取っていた。観察眼は申し分ないようだ。

「今、連絡をするので少々待ってください」

「早くしてください、鑑識の検査に立ち会って、って先生に言われてるんだから・・・」

 少年がそう言葉を言い終えた頃に電話向こうの相手に繋がった。そして、少年に俺の話し声が聞えないくらいの場所まで移動する。

「はい、こちら霞流かすが探偵事務所の夘都木駿輔です」

「・・・、こちらは草壁法律相談所の草壁剣護と言う者です・・・。その声、やっぱり、夘都木先輩なんですね?先輩なんでしょう?先輩、何時から探偵なんて始めたんですか?」

 夘都木駿輔うつぎ・しゅんすけ、先輩は警視庁捜査一課に勤務していた。課が別だったけど、ただ一人、俺が所属していた捜査三課と交流が有って尊敬すべき、俺の目標だった先輩。だけど、三年前に突然やめてしまった。そして、俺が同じ年齢に達して同じ役職についた頃に、俺も同じ理由で辞めていた。何度も連絡を取ろうとして探したんだけど、結局今まで見付からなかった。でも、こんな形で・・・。

「剣護君、その様な事を聞くために態々、私の所にかけたのではないのでしょう?用件だけを言いなさい。時間は待っては呉れませんから・・・」

「わかりました。その代わり後で確りと聞かせていただきます。それでは・・・」

「そうか、君がそこにいるなら、彼に着いて一緒に見てやってくれないか?これは警察側からの試験的な依頼なんでね、幹部クラスの者しか知らないんだよ。いやぁ~~~、そこに君がいてくれてよかったよ。それでは宜しく頼みました・・・、『ブツッ、ツゥーツゥーツゥーっ!』」

「あっ、切った・・・。しかたがないなぁ・・・・・・、ハァアァ」

 小さく溜息をつくと携帯電話を折りたたみ冷静な表情のまま二人の所に戻り、田名部に俺が誰とどの様な会話したかを小声で報せた。

「君の先生と言う方から、事情は聞きました。許可します。その代わり僕も同伴で、ですが・・・・・・?遅いですね、まだ鑑識は来ないのですか?それに他の刑事も来てない様だし、署は直そこでしょう?まったく・・・」

「草壁けい・・・、あぁっ、草壁先輩。只今本官が聞いてくるでありますので暫く待っていてください、であります」

「田名部君、有難う御座います」

 彼がパトカーで連絡を入れている間に俺は少年の名前等を聞いていた。彼は東城計斗とうじょう・かずと十七歳。それから・・・。

「先輩、只今到着した様です、直に取り掛かるみたいなので二人はもう、あちらに向かった方が宜しいかと・・・」

「田名部君、今日は無理だろうけど今度、また一緒に飲みに行こう」

「ハッ、その時はよろしくであります。それでは本官は市民の誘導の方に戻らせていただきます」

 彼は頭を下げてから、俺達のところを走り去った。

「計斗君、其れでは僕たちは向こうに行こうか」

「あっ、はい・・・」

 小走りで向った。その場所の少し手前で、彼を制止させて、一番近くにいた鑑識に聞えるように声を掛けて、俺達の所に来てもらった。そして、事情を説明して、計斗少年の手袋と帽子を用意して貰う。俺の方は昔から愛用の手袋をハンドバックから取り出して、帽子だけを借りる事にした。

「おオォ、なんじゃぁ?元警視庁のエリート君じゃないか。で、そっちが駿君の遣した少年かい」

「榎本さん、そういう言い方、止めて頂きたいです」

「まあ、良いじゃないか、硬いコトを言うなよ。ンジャァ、さっそく一緒に仏さんの現場検証を始めるとするか・・・。探偵少年、何が気付いたことがあったらおじさんに遠慮なく言ってくれよ」

「僕は計斗君の実力を知りたいから、何も言わないで黙らせて貰うよ。榎本さんが鑑識をやるなら僕がでしゃばっても意味無いですからね・・・。でも、計斗君、事件で息を引き取った人を見るのは初めてだろう?その割には冷静だね」

「先生から、訓練受けてますから・・・」

 俺の目の前の仏は偶然なのか、写真の中の朱鳥さんが着ていた海星高校の制服に良く似ている。女子高生か・・・、可哀想に。何故、こうも女性ばかり、事件に巻き込まれるのだろうか?特にこのくらいの年齢、十三歳から二十歳中ごろまでは・・・。答えは簡単だ。身の危険意識が低い事と、矢張り男より非力だからだ。幾ら、護る側が警戒を呼びかけても、護られる側が其れと自覚しなければ対処しにくい事を判ってくれていない人の方が多い・・・・・・。

 一体この子はどんな事件に巻き込まれたのだろう?エッ、何故自殺とは思わないのかって?制服に乱れが見られる、争ったような感じに。其れと、所々、破れてもいる。あの橋からの飛び降りではそうにならないだろう。付け加えるなら、ここでは夜でもそれなりの人が通る。飛び降りなら、その時点で通報があるはずだ。

 まあ、偶然誰もいなかったのかもしれないと思われるが、その可能性をゼロに出来る証拠を榎本さんは口にしていた。それは溺死ならば河川の水を飲んでいるはずで、目の前のホトケさんにはその形跡が無いらしいんだよね。何か病気持ちで、川の中に倒れこんでも同じだから、自然事故死もありえない。

 残るは他殺。そして、その殺害方法。刺し傷は見られないから、刺殺ではなさそうだね。榎本さんは計斗少年の出す言葉を楽しむように聞きながら、少年の指示した場所を調べていた。首もとに掛かっていた髪の毛をどかすと・・・、絞殺の後が無い。頭部外傷が見られないって会話を少年探偵とベテラン鑑識は声に出していた。だから、撲殺はない。そうすると残るは薬殺。ホトケが死んだことを確認してから川に捨てたか・・・。だが、それも違うようだ・・・。

「榎本さんも、計斗君も苦戦しているようだけど、死因はまだ分らないのかい」

「最近はね、殺り方も、ほらホームページとか言った、っけ?あんなんで出回っちゃってるから。たまに我々の想像もつかないようなこともやってくれる連中もいるからね。いまん所、わかったことといえば、死亡時刻ぐらいだよ。まだ身元すら分らないさ」

「榎本のおじさん、俺ここが怪しいと思うんですけど、これってなんですか」

「うぅん、なんじゃこりゃ?分るかい、剣ちゃん」

 榎本さんに呼ばれて、計斗少年が気になっている部分を、確認させてもらった。

「明るすぎて、ちょっとみえにくいですね。少しだけ弱めてくださいよ、榎本さん・・・・・・?ふぅっ、もうろくしたんですか、榎本さん?これって、アレですよ、あれ」

「あれって、なんじゃよ?」

「ほら、ビリビリ、って来るやつですよ。これだったら、死亡推定時刻、計算しなおさないといけませんよねぇ」

「若しかして、それってスタンガンって奴ですか?」

「ああっ、それか・・・。ハハッ、ワシとしたことが、うっかり度忘れしちまったよ。防犯に役立つと思ってお国がその販売を許可したと思えば、それを改造して使った犯罪が増える一方で、今じゃ売られていないんじゃっタよな?」

「僕は電気工作得意じゃないから、そんなの作れませんが、創り方さえ知っていれば小学生でも人殺し様の其れって作れるみたいですけどね・・・」

「あの、榎本のおじさん、彼女の写真、撮って良いですか?」

「かまわんよ、駿くんに見せるんじゃろう?」

 計斗少年は何処かの学校の刺繍がされたブレザーの胸ポケットから、薄型デジタル・カメラを取り出してホトケを撮影し始めようとした。

「アッ、何でこんな時に、バッテギレかよ。ああぁ、どうしよう、予備もってないし・・・」

「それは君の先生から預かったものかい?」

「えっ、これですか?これは俺のお気に入りです」

「いい趣味してるね。僕と同じ型のだよ、それ・・・」

 ハンドバックから彼と同じデジカム・キャノX2の予備バッテリーを取り出すと投げ渡した。彼は俺が態と、ちょっとと変な方向に投げてしまった其れを確りと受け止め、俺に感謝の言葉を言ってから、ホトケ写真を色々な角度や、部分的に、そして、この河川敷の周囲の状況をそのファインダーの中に収めていた。

「あの、榎本さん。遺留品はまだ見付かって無いんですか?」

「じゅんばん、順番。さっき、探偵少年にも言ったばかりだよ。あせっちゃ、大事な物を見落としかねないからねっ!」

 それから、また榎本さんは計斗君と話を交えながら、ホトケの衣服から、何か身元が分るような物が無いか探り始めた。そして、出てきたのは、湿ったハンカチ、水をたっぷり含んだティッシュ、可愛らしい財布、それと携帯電話。財布の中身には身元を証明する物は無かったようだ。だが、俺は身元が確認できる物をその四つの中から、一つだけ見つけ出した。そして、計斗少年も其れに気付いた様だった。

「榎本のおじさん、あのその携帯電話、俺に見せてくれないですか?」

「おお、これかい?」

「チィッ、バッテ抜かれてるよ。ヤッパリこれは他殺だね。電話番号が分れば、契約者が誰だか分るのに・・・」

「計斗君、それを僕に見せてくれないか」

 型番だけでも分れば、購入者が分る。其れすらが削られていたら、其れこそ用意周到な計画的犯行となる。それから、ホトケは未成年者だから、購入者は親だろう。彼女が違法収得した携帯でなければ、彼女を知っている誰かに辿り着けるはず。この手の調べごとを警察に任せると無駄に時間を要することがあるのを知っていたから、知り合いに頼む事にした。

「草壁です。成美さんですね?今、ディスクの前ですか?」

「ソウちゃんなの?私にお仕事の依頼かなぁ~~~?で、どんなようですかぁ・・・・・・。あっ、うん、わかったわ。すぐ終わるから、切らないで待っててね・・・、・・・、・・・、でたわよ。契約者代理人は紀伊武雄42歳、公務員。登録住所は江東区東陽三丁目24‐3。自宅電話番号は・・・、携帯の方は・・・」

「成美さん、それ以外に家族構成とか分ります子供とか・・・」

「エッ、うん、ちょっとまっててね・・・、子供は二人、長男の修一、十七歳と長女のさとみちゃん、十五歳ってなっているわね。でも、これは去年の情報よ」

「それだけ、分れば十分です。請求書は僕の事務所に回しておいてください・・・。でも、あまり高い金額をつけないで下さいよ・・・」

「もう、ソウちゃんたらっぁ。別にお金の事なんか気にしなくていいのよ。ただ、ただで良いの。その代わり、たまには私と一緒に飲みに行きましょうねぇ~~~」

「分りました。今の依頼が終わりましたら、成美さんの為に時間、必ず用意いたします・・・。有難うございました」

 今、得た情報を計斗少年と榎本鑑識に伝えてあげた。少年はNetbookに俺が言ったことを記録しているようだった。そして、榎本さんは直に、父親だと思われる人物に連絡を取るように、俺が知らない刑事に伝えていた。

 東陽三丁目は現場と目と鼻の先、ホトケの少女の母親らしき人が泣き叫びながら、さっき成美さんから聞いた長男らしき人物も一緒で妹の変わり果てた姿を見ると真っ青な顔を作って驚いていた。そんな、二人の表情を見るのが痛ましかった。更に、程なくして、ホトケの彼女の学校の教師と友達らしき人物も姿を見せていた。

 どうして、刑事っていつもこう事件が起こってからでしか対応できないか?犯人が犯行を及ぼす前に其れを食い止められないのか?刑事だった頃はそんなジレンマにいつも悩まされていた。でも、今はその職からはなれて、少しずつ理解し始めている。

 俺がそんなコトを思っている間に、計斗少年は二人の肉親や学校関係者の者から、あらかたの情報を聞き終えて考え事をしている風だった。

 さて、俺はどうしようかな?今の依頼が直に解決できるとは限らないし、此方の捜査が俺の其れよりも遅れてホシが上がるのなら、弁護士としての力を貸してあげても良いんだけど・・・。駄目だぞ、俺。自分の力を過信するなっ!今やっている事にだけ全力を尽くしなさいと俺自身に言い聞かせて自己完結したときに榎本さんが余計なことを口走ってくれていた。

「今そこの刑事さんに、貴方がとても優秀な弁護士さんだと聞きました。犯人が捕まった時はどうか、刑事訴訟するときの弁護士としてお力を貸してくれないでしょうか?・・・」

「僕はそんな優秀じゃないですよ、成り立てで、お尻の殻も取れていない雛ですから・・・。でも、僕に出来る事でしたらお手伝いします・・・・・・。これ、ぼくの事務所の名刺です。その時はここに連絡を下さい」

 言っちゃったよ、俺。あんな目で見られたら断りきれないよ。アァ、こうなったらこの事件よりも早く那智ご夫妻の依頼解決してあげないと・・・。

「計斗君、もう捜査の方は終わりかな?」

「はい、先生にいわれた必要なことは調べもしたし、聞いたつもりですから」

「そっか、それじゃぁ。これも何かの縁だから、どっかで僕と一緒に食事しないかい?」

「いいんですか?」

「君に、聞きたいこと沢山あるからね」

「それじゃ、ゴッソウになります」

 榎本さんや他の現場にいる者達に挨拶をして、最後、田名部君に顔を見せてから、俺は少年を誘ってゆったりと食事が出来そうな場所へと向っていった。少年はバイク、俺は車だったから、俺が誘導して夘都木先輩の事務所から余り離れないような場所へと向った。先輩は新宿神楽坂に事務所を持っているようだった。

 彼を誘導しながら、飯田橋駅の近くまで来ていた。それから、刑事職だった頃よく夘都木先輩と利用していたレストランへと向った。

「計斗君、悪いけど先に中に入って席を確保してくれないかい?禁煙で頼むよ・・・」

「あっ、はい、禁煙席ですね」

 少年は俺にそう聞き返してから、食堂の中へ入ってゆく。さて、先輩まだ仕事中なのだろうか?携帯電話のメモリーに残っているさっきかけた連絡先に繋げてみる。そういえば、その連絡先の番号、以前先輩が使っていた物とは別だった。道理で旧い番号に掛けても繋がらないはずだった。

「はい、霞流探偵事務所の夘都木です」

「草壁剣護です。先輩、今、暇出来ないですか?」

「ああ、今さっき依頼が終了した所でオフィスに戻る所だから、時間は作れる。運転中だから、要件は短めにしてくださいね」

「東警ビョの向かいのいつものレストランの中で待ってますから、計斗少年と一緒に。それじゃ待ってます」

 そう先輩に告げると携帯電話を折りたたみ、それを握ったままレストラン〝ボォ・ナパルト〟の中に入って行く。その中に入ると計斗少年は気を利かせてくれたのだろうか?広めの席を取ってくれていた。

「若しかして、先生を呼び出しているんじゃないかって思って、俺、広めの席を選んじゃったんだけど、まずかったですか?」

「察しがいいね、計斗君は。その通りだよ。その鋭い観察勘で君の言う先生と言う方を助けてあげてくださいね。フフッ・・・。さあ、育ち盛りなんだから、遠慮なく好きな物頼んで良いから」

「でも、偶然なんですか?俺も先生もここへ良く食べに来るんですけど・・・」

 彼はメニューを眺めながら鋭い所を突いて来たが夘都木先輩が来るまでは俺と先輩が顔見知りであると言う事を隠しておこう。彼の反応が楽しみだ。それから、注文した料理がテーブルに並べられた頃に夘都木先輩が顔を見せた。

「剣護君、御無沙汰だね。こうして顔を合わせるのは随分と久しいだろう。私の不肖の息子、計斗を助けていただいて感謝しているよ」

「むっ、むぅぅぅううっぅ、むすこぉーーーっ???せっ、先輩、何時結婚したんですか?僕、先輩の式にお呼ばれしてませんよ。それに、計斗君十七歳、可笑しいでしょう?」

「せっ、センセいっ!草壁さんと知り合いだったのかよっ」

 俺も計斗少年も驚いて、声を上げて夘都木先輩にそんな風に言葉を向けていた。だが、先輩は冷静な態度でニコニコしながらそんな俺達に返してくる。

「おかしいですね?私も貴方も警視庁に居た頃、私が養子縁組した事をお話していたはずなんですけど・・・。其れと、計斗?仕事が終わったなら先生などと呼んで欲しくないな。親父でも、お父さんでもいいですから、そう呼んで欲しいですね。でもパパだけは嫌かな?・・・。計斗にも何度かお話したことあったでしょう、剣護君のこと?まあ、いいです。私も一緒に食事したいので、それを食べながら続きの話をしましょう」

 先輩に場を流されて、俺は大きな溜息を吐いて見せてから、再び、席に座った。

 俺は食事をしながら夘都木先輩にどうして探偵事務所なんって物を開いたのか尋ねていた。なんでか、って?それは先輩が俺と一緒にまだ、刑事職についていた頃、先輩の煙たがる職業ワースト・ワンの座に着いていたのがその探偵だったからね。

「剣護君、知らなかったのかい?今、新法で民間刑事法と言うものが思案されているのですよ。平たく言ってしまえば探偵に司法の権限を与える法案です。まあ、貴方が知らないのも無理はないでしょう。なにせ、内庁の方でも可決するまでは情報公開はしないみたいですからね」

「其れって、警察官の天下りの為の法案と違うんですか?其れだったら僕は司法を預かる者として、許すわけには行かないですよ」

「そうならないように、かなりその法案の内容は慎重に検討されているようですだね。でも、若し、それが通れば、私のところは私立探偵事務所から私立刑事事務所に変える予定です」

「私立刑事ですか?なんだか、変な呼び名ですね」

 それから、俺も先輩も刑事職を辞めてからの今までの経緯を楽しむように話していた。その会話中に計斗君の素性を聞かせても貰っていた。しかし、民間刑事法か・・・。其れが確立すれば今以上に事件の検挙率は上がるのだろうか?でも、矢張りそれは事件後の処理に対処するものであって、犯罪を抑止するものにはならない。弁護士となった俺の考えでは、犯罪を起こせば、それがどれ程、悪い事なのか、理解させる為に刑法をもっと厳しくすべきだと思っている。特に殺人については・・・。

 民間刑事法か・・・、でもなんかなぁ~~~、それって実は警察を民営化しようって政府の画策なんじゃないかと疑ってしまうのは俺だけだろうね。

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