第二章 手がかりを求めて

 翌日の六日早朝、俺は顔を出したくない場所だけどね、本庁がある霞ヶ関へと向っていた。理由は当時の事件の詳しい内容の把握の為にだ。この都内の事件なら、何処の部署の物でも必ずそこに保管されている。実際、そこを辞めて、去って行った人間が簡単に出入りできる場所ではないのだが、外に立っている見張りの警察官等も、中で受付のような事をしている婦警等も俺の顔を見ると普通に対応してくれた。

「あっ、剣護さん、お久しぶりです。剣護さんがここを辞められて、もう二年も経つんですよね・・・。それで、今日はどういった御用件で此方に足を運ばれたのですか?」

「弁護士の権限で見られる昔の事件の資料を除きたいんだけど?」

「別にそんなに改まったいい方しなくても、剣護さんなら幾らでも閲覧してくださって構いませんよ」

「そんなコトを言っては駄目ですよ。僕はここを辞めて人間だからどうでも良いけど、誰かに聞かれたら君の立場が悪くなってしまう」

「ははっ、そうでしたね・・・・・・」

 目の前の婦警にこの場所に来た目的を告げると、目にしたく無い連中と顔を合わせる前に直に彼女から資料室の入出の許可を貰うと、直にそちらへと向った。

 俺が、本庁で働き始めた頃は資料室には管理人が居たけど今は無人となっている。室内はすべてコンピューター管理。出入りも、IDカードと入り口で登録した電子指紋照合、更に電子虹彩照合を使っている。だから、簡単に忍び込む事は出来ない。

 俺は中に入ると複数置いてあるPCの内、一つを操作して依頼人の娘が巻き込まれた事件を検索する。検索項目で彼女の本名と、当時の年齢、そして、何年前の事件なのか、その三つを入力すると直にその該当ファイル・ナンバーが画面に映し出された。

『No、TKC199707210126。件名、潮見事件。参照データベース、ストレージには記録されていません。お手数ですが、記録書より閲覧してください。棚番号DCC‐S977K21‐126』

 適当に他にも同じ頃にあった事件を探してみると、それ等はすべて棚の中に並べて有る様だ。どうやら、まだ十四年前以前の事件はコンピューターの中にデータベース化はされていない様だった。ディスプレイが示した棚から、その潮見事件と言う資料を取り出して、椅子に向いながら中身を確認した。

「管轄が九年前に、江東区深川警察署から、本庁の・・・、捜査一課だって?捜査からある一定の年数が経つと本庁から事件の管轄区に其れが廻される事があるけど・・・。まあ、この関連の事件ならしょうがないのかも。だけど、よりにも、よって一捜いっそうが担当とは・・・、やりにくいな」

 そんな事を呟きながら椅子に座り本格的にそのファイルを読み始めた。

 十四年前の七月二十日、江東区の潮見、その場所で麻薬がらみの殺人事件が起きた。ガイシャは二人。麻薬バイヤーの市宮幸乃いちみや・こうの当時二十九歳、それと暴力団の仲林組、山仲あきら二十五歳。どちらも、心臓を一突き、刺殺されて即死。その二人のガイシャは刺した相手と争ったような形跡が見られないことから、身内関係の抗争と見て捜査を開始した。そして、翌々日の二十二日に現場付近で海星高校の生徒手帳が発見され、その生徒が犯行現場を目撃していたのではないかと踏んだ深川署の刑事は直にその学校へ向い、その学生を探した様だった。だが、その生徒はその日、登校しておらず昨夜から行方が分らなくなっていた。その子は橘加奈たちばな・かなと言う生徒。

 行方不明となった彼女の最も親しい友達からの取調べでは遊び場から途中まで一緒で、他に、もう一人の親友が残りの帰路を向かったはずだと言う。だが、そのもう一人も同じくして姿が見えなくなってしまった。そう、その一人というのが、今回の依頼者、那智夫妻の娘、朱鳥さんだった。

 事件発生から一週間後、所轄だった刑事たちの捜査の結果、犯行の手口から一人の容疑者が浮かび上がった。そして、そこに二人の少女が捕らえられているのではと皆、そう思っていた。

 ホシの名は昭元洋平あきもと・ようへい当時二十八歳。仲林組とシマ争いをする梶木かじき組の幹部候補の一人だった。直ちにそのホシの自宅へ向ったが既に彼は何者かによって殺されていたのだ。更に、彼の父親の一人、定次さだじ六十二歳、同組幹部も別室で死体と成って発見された。その殺された現場には昭元や定次の出血とは別の人物の血痕が残されていた。それが、朱鳥さんの物だった。だが、しかし、彼女の姿は何処にも無いし、一緒に監禁されている筈の加奈さんもどこにもいなかったと、これには書かれている。

 捜査は振り出しに戻り、また容疑者探しが始まった。だが、捜査は難航し、目ぼしい成果は出なかった。そして、三年の時が過ぎて、暴力団とは関係なしに大きな麻薬組織が関係していることが突き止められてからは本庁の刑事部捜査一課と当時大掛かりな麻薬捜査を担当していた公安特課にその事件が廻され未解決のまま、現在に至っている様だね。

 今までの過程で、幾つかの犯人が挙げられたのだが、誰もが麻薬密売や他の容疑を認めているようだったが、殺人容疑だけは全員否定していた。

 はぁ~~~、読んでみたのはいいけど・・・。何一つ、朱鳥さんや、もう一人の子に関係する捜査は頓挫しているようで有力な手がかりは無いみたいだね。さてと、どういう方向で捜査をすべきか?犯人を捜し供述させるべきか、それとも彼女に的を絞って探すべきか・・・。捜査官の考えなら十五年も経った今、生存している可能性の薄い、彼女を探すよりは・・・、ヤッパリホシを探す事に重点を置くだろう。だけど、俺は・・・。

 部外者の資料の持ち出し、複製等禁止されている。この部屋の行動はすべてカメラで監視されているから、そういった行為は直にばれてしまう。だが、まだ一つだけ穴がある事を俺は知っていた。それは音声監視が無いこと。さっきまで、科研(科学警察研究所)の一人がここから出て行ったため、今この部屋には偶然にも俺以外、誰もいない。いつもスーツズボンのポケットにしまってある小型デジタル・レコーダー(CDR)をその中で操作して、音声記録を始めた。そして、手をポケットから出した時はハンカチを取り出し、それで口を拭いて怪しまれないようにする。

 独り口頭で呟くのは馬鹿らしいけど、そんなコトを言っている場合じゃないので確りと、俺にだけ分る言葉を使い重要文面を読み上げていった。これをやると実は結構頭の中にも、記憶されるから馬鹿に出来た物じゃない。

 朗読する事約一時間半、喉がカラカラになってきた。そして、丁度その頃に必要項目を読み終えたんだけどね。

「はぁ~っ」と、小さく息を整えて、出していたハンカチをしまう時にCDRの電源を切って置いた。それから、読んでいた資料を元の場所に戻し、借りていた入出管理IDを受付の顔見知りの婦警に感謝の表情を作りながら返却すると、俺の事務所に向かっていった。その帰り際、本庁からだいぶはなれて場所で、CDRにちゃんと俺の声が記録されているのか確認を取ってみた。

『ヴィクの胸にはハバさんろくシーで・・・』

「よし、ちゃんと記録できてるみたいだ。重要な部分はちゃんと声が少しだけ大きくなっている。うん、これでもう一度、あの資料を読み返さなくても大丈夫だろう・・・、多分」

 そんな事を口ずさみながら、もう、陽は暮れているが、故昭元の住んでいた住宅付近へと向った。捜査の結果わかっている二人の発見された午後十時頃まで、江東区冬木町付近で、夕食を摂りながらこれからの事を色々と考えながらその時間になるまで暇を潰していた。

 丁度、その時間に三好二町目、故昭元の家沿いの道を歩いたんだけど、近辺住宅の中の明かりの灯っている家は殆ど無い。人気などまったく無い。今の状況が事件当日と変わらないのなら、その時もこの辺りに人が通り、二人の少女が連れ去られたという目撃者がいた可能性が低い事が裏付け出来る。

 はっきりと言って、この時間にこの静まった町内の家々に事情徴収を伺いに行く事は迷惑、極まりない事だと分っているんだけど、こっちも仕事だから、知っていつつも行動に移った。

 基本的に刑事事件に関する情報収集を警察や、検察官等のその権限を持った者、それらの者達から許可を得た者達以外が住民から聞きだすことは刑法第百五条証人威迫罪に触れる。だが、俺は弁護士と言う立場でその権限を制限つきだけど持っていて、深川警察署の刑事部から許可を貰っているから心配はない。心配があるとすれば十四年も前の事で、それを覚えている住民がいるか、どうかと、こんな時間の訪問だから、嫌がって何も話してくれないんじゃないかと言う事。

 あまり得意じゃない愛想の笑みを浮かべながら、明かりの点いた各家々を訪問して行く。だけど、俺の思っていた事とは裏腹に、対応してくれた人々は嫌な顔をせずに俺の話に耳を傾けてくれた・・・、だが。

「ごめんなさいね、内は十二年前に越してきたばかりで、その事は・・・。そんなコトがこの近くであったなんて、子供が心配だわ。わたくしの方は何も聞かせて上げられませんでしたが、その様な事を教えていただき有難う御座います」

「十五年前ねぇ・・・。あっ、わしゃぁ、その時は出張でいなかったんだ。すまんね。協力できんで。まアァ、気をおとさんで頑張ってくだされよ、キミ」

「・・・、はて?十五年前にそんな事件あったかなぁ?御免なさい、弁護士さん。何も思い出せ無くて・・・・・・。ああ、そうでした。事件とは関係ないですけど、その事件が起きた後、この町内に住むのが怖いといって何世帯かの人たちは引越ししてしまった事は覚えています。えっ、ぼくはどうして、そうしなかったかって?今の時代、日本の何処の場所に移っても危険の度合いなんてさほど変わらないと思ったからですよ」

 と、まあ、こんな感じで誰も知っている人、覚えている人はいなかった。

「はぁっ」と深い溜息をつく。照明がついている所はもう、あそこ一軒だけか。当時の事件に無関心だったのか、嫌な出来事が付近で起こったから思い出したくないだけで、話を逸らすのか会話中に分ったんだけど、無理に聞くことは俺が刑事をやっていたときの頃から持っていた信条に反して強くは聞けなかった。最後のあの家くらいは収穫有って欲しいもんだと思いながら、足を運び、その場に着くと玄関先のインター・フォンを押して、中の人を呼び出した。

「誰よぉ~~~っ、こんな時間にまった・・・・???嫌だワァ、若い子にこんな格好のあたし見られちゃった。何の用でおばちゃんに逢いに来てくれたのかしら無いけど、ちょっとまっててね」

 中から姿を見せたのはパジャマ姿の推定六十歳前の女の人だった。その人は俺の事を見ると、俺の気のせいかもしれないが、顔を紅くし、苦笑いを浮かべながら、家の中に入って行ってしまった。待ってろといわれたから、話は伺えるんじゃないかと思って、暫く待っていた。すると、その人は和服姿で現れ、俺を中に招き入れてくれた。

「このような夜分に済みません。僕はこういう者です。若し、覚えていらしたら十四、五年前に向こうの方で起きた昭元家事件の事を聞かせていただけ無いでしょうか?」

「へぇ~、弁護士さんが、何でまたそんなコトを。よく覚えているよ。なんたってあたしゃぁ、お巡りさんがうるさく、あの赤いのを鳴らしていたから、不審がって、そこへ足を運んだんだから。なんたって歩いて直そこだからネェ。それで、弁護士さんは何をあたしから聞きたいんだい?」

「覚えていることだけで、結構ですので・・・」

 本庁の資料室にあったしファイルから、その時の付近の状況などを知っていたが、若しかして、違う事を聞けるんじゃないかと思って、その事と、当時の担当者も必ず聞いているはずの不審人物、不審車両などが無かったかを尋ねていた。

「そうじゃなぁ~、事件と関係あるかあたしゃぁ、分らんけどネェ。夜、殆ど人も車も通らないこの道なんじゃが、お巡りさんがここへ来る一時間前に通ったことくらいかぁ?」

「それは警察には報せてあるんですか?」

「ああ、勿論じゃよ。睨みつけるようにしつこく聞かれたんでな。何で刑事さんってアンナンなんだろうね?弁護士さんに優しく聞いて呉れれば、もう少し詳しく教えてあげたのにねぇ」

「もう少し詳しくデスか?どの様な事か僕に聞かせてくれないでしょうか?アッ、覚えていたら出結構です」

「若い弁護士さん、思い出すからちょっとお茶でも飲んで待っててちょうだいよ・・・」

 年齢よりも見た目も若く、結構物覚えの良いおばあさんは俺にお茶を注ぎながら、十五年前の事を思い出そうと、頭をかしげていた。でも、その車の事、俺が見たあの調書の中に書いてあっただろうか?俺自身言葉を出して、アレに記録した覚えも無い。俺もその事を思い出そうと、お茶を啜りながら、おばあさんと同じように頭の上に幾つかの疑問符を並べて見せていた。実際、そんなのが人の目に映ることはないだけどね。

「どうしたんだい?弁護士さんまで、何か、考え始めちゃったりして?・・・、あっ、おもいだしたわ。そう、そうだよ、あんた。思い出したんだよ。あの頃はね、まだ面白い時代劇をやっていた頃でねぇ。其れを見終えて、テレビの電源を切った時の事なんだけどね、車が家の前を走り去ってゆく前になんか〝キキィーーーッ〟ってキューブレーキをかけたような音がしたんだ。それから、どのくらい経ったのか、気に留めてたわけじゃないから時間までは分らないわ。他にも何か音を聞いた様な覚えもあるんだけどねぇ、そっちの方は・・・思い出せないわ。でもね、直じゃないのは覚えてるわ。その車が、また走り出した音がしたのは・・・。おばちゃんの勘違いで、そのキューブレーキした車はそのまま通り過ぎちゃって、違う車が通ったのかもしれないけど・・・。耳で聞いただけの事で、見たわけじゃないから、余計な事、喋っちゃ、捜査の邪魔になっちゃウンッじゃないかって思ってね、おばちゃん、黙ってたんだよ。アタシ、偉いでしょ?」

「するどいですね、おばちゃん。えらいですよ」

「いやだねぇ、そんな目でおばちゃん、見詰められちゃ照れちゃうじゃない・・・」

 この手のおばあさんは、機嫌を損ねると何も話して呉れない事を経験上分っていたから、話はあわせていた。だけど・・・、見詰めた積りはない。しかしなぁ、〝ちゃんと其れ証言しなきゃ駄目だよ、若しかしたら、今とは違う捜査経路をとっていたかもしれないし〟なんて心の中で俺は突っ込みを入れていた。

「でもねぇ、ゆうちゃんどうしてるのかな、いまごろ?」

「ゆうちゃん?」

「あら、弁護士さん、知らないの?昭元さんの所には二人子供がいてね。ろくでなし長男洋平と父親の定次と違って次男の雄太はとっても素直でよい子じゃったのぉ。この町内の人間の殆どはあの事件が起きる前まで、定次と洋平が暴力団員だってしちゃぁ~~~いなかったんだ。だけどねぇ、新聞が余計な事を書くから・・・、それ以来、元々知っておった連中以外はゆうちゃんに向ける目が変わっちまってねぇ、事件から一月も経たない内にここから出て行っちまったよ」

「雄太・・・?昭元雄太?それって、第一発見者であり、容疑者でも有った人物ですよね?」

「ゆうちゃんはやっちゃいないよ。それはこのおばちゃんが保障してもいい。其れが証拠にゆうちゃんは直に釈放されたじゃろうが」

 詳しい事は後で還ってから推理して纏め様。今はこの調子で聞けるだけの情報を聞いておいたほうが良いな。

「そうですね。ところでおばさん、その雄太さんが今何処に住んでおられるか知っていますか」

「一度、あたしもしらべてみたんだけど。みつからなかった・・・。若し、どこかで生きていれば弁護士さんと歳はそう変わらないはずだよ・・・。アタシの言ったこと疑わないのかい?」

「おばちゃんのその目を見れば嘘をついていないことは分ります。だから、僕は其れを信じるだけですよ」

「いやだよぉ、またそんなコト言っちゃって、弁護士さんたら口が上手いんだから・・・。でも、あたしゃ、そんな風に言ってくれてうれいいよ」

「あっ、もうこんな時間ですね。今日は色々とお話を聞かせていただき感謝します。僕はこの通り弁護士ですが、若し、何か悪徳商法や何かに騙されて困った事があったら、僕に連絡を下さい。僕で解決できる事だったら力に成ります」

「その時は宜しくお願いするよ、弁護士さん。随分と前の事件だけど、解決すると良いね。また、アタシに協力できる事が有ったら、カオ出しなさい。それじゃ、おやすみ」

 俺は玄関口でそのおばあさんと別れて、事務所へと帰って行った。

 帰るべき家に帰ると、風呂を沸かし其れに入る。そして、髪の毛にブラシを数回通してから頭にお湯を掛けてシャンプーを付け、髪の毛を洗いながら今日までの事を整理と推理し始めた。

 今から十四年前、一九九七年の七月二〇日あと三ヶ月で十五年になる当時、俺の弁護士事務所があるこの秋葉原から直線距離にして、南東5・59㎞江東区潮見にある倉庫街六番倉庫で八時頃、麻薬の取引中、殺人事件が起きた。その場にいたと思われるのは二人の被害者、市宮と山仲、それと加害者だったはずの昭元洋平。その三人だけだった。

 現場の倉庫にはガイシャ二人以外の痕跡は残っていなかったのだが、何故、当時の刑事や鑑識達はそう思ったのだろうか?それは、二人の殺害方法と殺され方にあった。

 現場状況からガイシャはホシと顔見知りであった為、殺される事など無いと思っていたんだろうね。争いの為の服の乱れも無い。検死の結果からも争った形跡も出てこなかった。それと、刺殺は、刺殺なんだけど、普通とは違う方法の。肋骨と肋骨の間を通す様に心臓を突くその手口と、切り口両端がどちらも刃の後があることから、片刃ではなく両刃であったことから、以前殺人未遂で捕まった事のある洋平を直に容疑者として立てた。何しろ、その加害者は被害者と知り合いだったからだ。そして、その時現場で起きた状況を当時の刑事は次のように推理した。

 その三人は六番倉庫で七時前ごろから、個人的に麻薬の売買の話をしていた。売る方はガイシャ二人、買う方はホシの方。値段の交渉でか、それとも別に理由があって、殺したのか?その動機についてはホシが、すでに仏になってしまっているので、本当の理由は闇に埋もれたままだ。だが、当時の会見で金のある洋平にとって殺しの動機は値段交渉ではないという風に至った。

 洋平は交渉前の倉庫周りの人気のなさから、二人を殺害した時も、誰にも知られずに二人を処分できると考えていたんだろう。だが、どうしてなのか偶然にも、彼の殺人現場をみてしまった者達がいた其れが橘加奈と那智朱鳥。彼は死んだ連中の処理よりも目撃者の処理を優先すべきだと考えたんだろうね、彼女等を拉致して、自宅に監禁した。しかし、処分に迷っている隙に、翌日に倉庫の管理人によって市宮と山仲は発見されてしまう。

 其れから約一週間、一九九七年七月二十八日、潮見で起きた事件を捜査していた刑事等が容疑者として、洋平を捕らえようと彼の自宅へ向かって行くと、その刑事等以外に、覆面で無いパトカーが何台も彼等が到着するよりも先にその場に来ていた。捜査課の刑事達が到着する前に何と、容疑者として捕らえようとしていた昭元洋平が殺されていたのだ。彼だけではない、その父親の定次も。そして、通報者は学習塾から、帰って来たばかりの次男の雄太だった。

 鑑識と司法解剖により、二人は紛れもなく他殺と判定された。死亡推定時刻は八時半前後、凶器は此方も刃物で、被害者と加害者の争った形跡がなかった様だね。違いは滅多刺しくらいだ。そして、この時も監禁されていた少女二人は見てしまったのだろう、殺人の現場をまた。

 更に、彼女等はそのホシによって攫われて、行方が知れなくなってしまう。依頼人の娘の朱鳥さんは多分この時に、加害者と争った為に怪我を負わされたと、アレには書いてあったな。俺的には・・・、それを推理するには情報がたらなさすぎる・・・。其れと、現場にはまったく犯人の手がかりとなる凶器や痕跡となる体毛、指紋、分泌物、足跡等がまったく見付からなかった。唯一、分っている事は力の入れようで、犯人は女ではなく男だとほぼ断定できる事と、一定の刺し口の角度から定次よりも長身で、洋平よりも低いと言う事くらいか・・・。

 現場に到着した刑事等は殺された二人の姿を見て、対立暴力団の仕返しだと判断して、再び捜査を開始した。しかし、結果は今の様に至ってあと少しで時効を迎えようとしている。

 だが、倉庫での事件は当時の報道機関に圧力をかけられていて表沙汰になることはなかった筈だった。どこか、可笑しい。

 湯に浸かりのぼせ始めてきた俺は、そこで一端推理を中断して、風呂場から上がった。そして、体から水気を取ると腰にタオルを巻いた状態でスーツを置いた場所まで戻って、CDRをズボンのポケットから取り出し、不審車両について触れていたかどうか、確認を取ってみた。

『ユーブイに関する話を現場の住人達から、集めた。数人からその事を聞くことが出来た。だが、ジバラでハンコとはジクイチしない。もっともハンコジに近い其れを探すが、見付からず』

 あら?何だ、ちゃんと記録してるじゃないか、俺。でも、やっぱり、おばあさんが言った事は録音されていない。

 さて、さっき風呂上がり前に、ふと思った矛盾について考えてから寝るかな。何故、対立暴力団の仕返しだと踏んで捜査を進めたのだろうか?確か、その方向で踏み進める根本的な理由がかかれていなかったのは覚えている。

 潮見事件の最初のガイシャの情報が漏洩してしまったからだろうか?それとも現場にいた刑事達の長年の勘って奴?現在はその捜査は本庁刑事部捜査一課と警備部公安特課、生活安全部薬物対策課の一部の二つが合わさって刑事部に移行し、特別麻薬捜査課となったその二つの課が現在、潮見事件の犯人を追っている。今では暴力団の関係者の線も捨てきれず、少ない人員だけどそちらの方も捜査を再開しているみたいだ。

 ここまで整理してみて俺の今判る推理は・・・、初めのガイシャの二人は洋平に殺されたとしよう。だが、その二人を襲ったのは敵対する暴力団なのか、それとも麻薬密売組織のどちらかと、断定する事は出来ない、と言う事。どちらに、的を絞って調査をするかは明日の昼間もう一度、三好町付近で聞き込みそしてからにしよう。

 少ない情報で推理して捜査方針を決める事は誤った捜査を進める第一歩だって、刑事をしていた頃に何度も先輩に怒られたし、俺自身もその事を身を持って知っているから、今はそんなヘマはもうし無い。さて・・・、明日の為にもう寝よう・・・・・・・・・・・・???うぅん?俺、何か忘れて無いか?ベッドに潜ってから目を閉じるとそんなコトが脳裏に浮かび上がった。ベッドから身を起こししばし何のことだか、思い出してみた。

「・・・、なんだったっけかなぁ?・・・、・・・、・・・、アッ、思い出した。洋平と定次の刃物の突き刺した角度から、ホシの身長を割り出そうと思っていたんだっけ」

 直に飛び起きて寝姿の格好のまま事務所のPCがある机まで足を運んだ。それから、PCに電源を入れて、必要な操作をすると、CDRの中に記録してある二人に身長と十何箇所も刺された刃物の入射角をプログラミングが得意な鑑識の知り合いに造って貰った殺傷事件シミュレーターに数値を叩き込んだ。それから、数秒もしない内に演算結果が出た。出されたその値を信じるなら、そのホシの身長は168㎝となる様だ。ウン、これは有力な武器になりそうだ。明日の捜査ではこの身長くらいの男を見なかったか、聞いてみよう。さて、今度こそはねるぞ・・・。

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