10-2

「ケーキだ〜っ!!」

「ピザもおつね」

「ちょっと、二人共。

 勝手に行かない」

「はーい、おか……おねーさーん!!」

稚児ややこしいこと、言わないの。

 ほら、集合」



 車から降り、ナコードから解放された途端、自由行動を始めるレイメイ。

 そんな二人の世話役を、苦笑いしつつ買って出てくれる明歌黎あかり

 この3ヶ月で随分ずいぶん、板に付いた物だ。

 しかし、任せっ切りというのも申し訳ない。



「待って、蛍音けいと



 明歌黎あかりのフォローに回ろうとした俺を、結瑪凛ゆめりが止めた。

 そのまま、少し躊躇ためらったあと

 意を決して、なにかを手渡して来た。



 これは……小箱?



「……正直さ。

 がらにもく、悩んだんだ。

 やっぱあたしは愚鈍で、他者の心に無頓着で。

 こんなの、古傷に塩を塗りたくるだけなんじゃないかって。

 あたしの自己満足で、あんたを抉るだけなんじゃないかって。

 でも、付き合ってる以上。

 これからも、一緒に暮らして行く以上は。

 避けては通れない、からさ。

 それに……あんたが傷付くのを、我慢してるのを、戦ってるのを。

 ただ、傍観してるだけなんて。

 そうまでして、あんたを振り回すだなんて。

 あんな思い……もう、沢山たくさん

 だから……覚悟、決めた」



 頬を掻きつつ、いつになく遠回りをする結瑪凛ゆめり

 普段から歯に衣着せぬ彼女にしては、レアだ。



「って。

 こんな話しても、分からないか。

 ……実はさ。

 ここ3か月、ひそかに準備してたんだ。

 ……知ってた?」

「……いや。

 全然」

「だろうね。

 安心した。

 あたしのカモフラりょくは、健在らしい。

 てか、勘違いしないでくれ。

 別に、『言葉にせずとも、分かってしい』とか。

 そんな、女々しい、鬱陶しいムーブしたいわけじゃないんだ。

 生憎あいにく、そこまでセンチでも子供でもない。

 ただ、そのぉ……なんだ。

 念の為、保険だけ、掛けとこうと思ってさ。

 あるいは、これからあたしは、あんたに愛想尽かされるかもしれない。

 それだけ危険な、踏み入った、踏みにじったかもしれない。

 ともすれば無粋、激重でしかないことを、やらかした自覚は、るから。

 だから……確約してしい。

 あたしを、フッてもい。

 あたしの思いを、少しも汲んでくれなくたって構わない。

 ただ、どうか……この話だけは。

 最後まで、聞いてくれるって。

 それまでは、このまま車内に残ってくれるって」



 体を、小刻みに揺らし始める結瑪凛ゆめり



 それはきっと、暖房が効いてないからじゃなくって。

 半ドアとかから入って来た隙間風、とかでもなくって。

 不安なんだと、なんとなくつかめた。

 だとすれば、それを軽減する、寄り添うのが、恋人おれの責務であって。



「……結瑪凛ゆめり



 彼女の手を取り。

 なるべく優しく聞こえるように意識して。

 俺は、微笑ほほえんだ。



 シートベルトは、えて付けたままにした。

 ここに留まるっていう証拠、拘束具代わりに。



「……安心して、結瑪凛ゆめり

 俺は、あのイベントを乗り越えたチャンピオン。

 ライバルひしめく争奪戦で唯一、一番いちばんに君の心を盗んだ、天下の大泥棒だ。

 そこまでして手に入れたお宝を、みすみす逃す愚行は踏まない」

「……あんた。

 あれから、少しチャラくなったな」

「せめて『文学的』、『男らしくなった』って言ってくれ」

さっきから、そう言ってるだろ」

「どこが」



 軽く喧嘩してから。

 結瑪凛ゆめりは、両側の座席を倒し。

 俺は、天井と対面した。

 気分はさながら、プラネタリウムか、床屋のシャンプーだ。



「それさ。

 新しい、コード・シリーズなんだ。

 その名も、『カコード』。

 簡単に言えば、『レコードとナコードのとこ取りの、非実在向けの特別仕様』。

 ようするに、『本人のメンタルから抽出せずに、ナコードより正確にコピー出来できる自律型』ってこと

 必要なのは、『過去の情報』。

 それを再加工、再構築することで、再現するって算段だ」

「なるほど。

 ただ、結瑪凛ゆめり

 どうして、それを俺に?」

「決まってるだろ。

 そうまでしてでも、あんたに会わせたい人がたんだ。

 お察しの通り、もう存在していないけどな」



 頭の後ろで両手を組み、結瑪凛ゆめりはジトをした。



「これでも、孤軍奮闘したんだぞ?

 我ながら、ヤンデレ感すごいし。

 モデルが存在していたのは、ナコードやワコードが生まれる前の話だから、データ収集も一苦労。

 コミュ症なりに、あんたの祖父母にまでインタビューしたり。

 他にも、エミュレーションで補完したり。

 結織ゆおり依咲いさきさんと、議論に議論を重ねて。

 何度も、挫折しかけたよ。

 それでも、ここまで仕上げてみせた。

 如何いかんせん、まだ試作段階だから。

 正直、『完成』、『やり遂げた』とまでは、断言がかなわないけどさ。

 有り合わせだけで、どうにか当日に間に合わせられたんだ。

 我ながら、名探偵だと思うよ」

「はぁ……」



 相変わらず、話が見えて来ない。

 


 一体、どんなサプライズだというのか。



「前置きは、これくらいにしてさ。

 早速、使ってみてくれよ。

 あたしの3ヶ月を、結実させてくれ。

 ただし、中身は、まだ秘密だ。

 開けなくても、使えるようになってるから」

「……分かっ、た……」



 現状が理解出来できないまま。

 えず、言われた通りに、カコードとやらを起動する。



 刹那せつな

 車の天井が、モニターへと早変わりし。

 その光景に、俺は目を疑った。



 クリスマス、1日前。

 日本人のミーハー、ご都合主義、拡大解釈により、「カップル記念日」みたいになったものの。

 本来は、「救世主の誕生を祝う日」だった、クリスマスの前日。


 

 俺の目の前には今。

 俺にとっての、アダムとイブがた。



「……あんたが、淡い期待してるかもだけどさ。

 残念ながら、サンタ衣装は用意してない。

 あんなフリフリしてるの、あたしには似合わないからさ。

 でも、あんたも知ってるだろうけど。

 やられっ放し、もらいっ放しは性に合わないんで。

 こうして、代理のサンタを用意した。

 だからさ、蛍音けいと

 どうか、受け取ってくれよ。

 クリスマスが誕生日でもある、あんたに向けて。

 あたしの考えた現状、最大のプレゼント」



 言葉にならない。

 声にならない。

 感情と記憶に、追い付かない。



 分かってるのは、ただ2つ。

 俺の彼女は、やっぱり最高でしかないってことと。 



 今、俺の前にる二人を。

 俺は、誰よりも切望してたってこと



「……カコードで最大限、再現した。

 蛍音けいとの、ご両親」

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