第9夜「スイメイ」

9-1

「う、うぅ……」



 あまりの衝撃に、未だに動けずにいる安灯あんどう 結瑪凛ゆめり

 流石さすがにやり過ぎだったかと、少し反省した。



 でも、こうでもしないと、壊せないだろ?

 君が閉じ篭ってる、シェルターなり繭なり殻なり世界なり。



「……この世は、残酷でも退屈でもない。

 ただ君が視野を、世界を狭窄きょうさくしていただけだ。

 人間は……面白いよ」



 俺も知らなかった。

 現実が、人が、あんなにもビビッド、カラフルだったなんて。



 問題児ばっかで、大人なのに子供っぽくって。

 でも、しっかりしてる部分も備わってて。

 格好かっこかったり、心強かったりして。

 

 

 そんな人達と出会えたのも結局、コネでしかないけど。

 正に、『袖振り合うも多生の縁』。

 仮につながったとしても、それを維持出来できるか、深く出来できるかは、別問題。

 


 こんなの、手前味噌でしかないけど。

 俺にも、図らずも、ったと思うんだ。

 皆さんに気に入られるだけの、なんらかの要因が。



 それは、つまり。

 俺もまた、多かれ少なかれ『面白い側』ってことであって。

 そういった発見がるのも、人と付き合う醍醐味で。



 だからこそ、俺は知りたい。

 俺のことも、君のことも。

 もっと沢山たくさん気付きづいて行きたいんだ。

 


「……なんで、だよ……」



 満足に動けぬまま、わずかに拳を上げ、床を叩き。

 彼女は、嘆き、涙する。



あたしに、魅力なんてい……。

 あたしには、なにい……。

 あたしとなんか、付き合ったって……。

 なんの面白みも、メリットもい……。

 未来だって、確約出来できない……。

 あたしは、こんなだから……。

 いつか本当に、現実でも、自分を手に掛けるかもしれない……。

 だから、あんたは大人おとなしく、理想のあたしに……。

 死にもしない、歳も取らない、たいして気不味きまずくなったりもしない……。

 そんな明歌黎あかりと、くっついてればかったんだ……。

 あたしはもう、あのライブだけで……。

 最後の気まぐれ、我儘、意地で見せ付けた、あのオルタナ……。

 あれだけで、満足したんだ……。

 なのに……。

 ……なんでぇ……」



「だったら。

 なんで、泣いてるんだよ」



 彼女の肩に触れ、上半身だけ立たせ。

 ぐ、俺は尋ねる。



「……『俺が、明歌黎あかりと結ばれたなかったからじゃない』。

 ……『俺と、明歌黎あかりが、結ばれた悲劇を想像して』

 ……『苦しく、悔しく、狂おしくなったから』。

 ……違うか?」



 もらい泣きしそうなのを、どうにか持ち堪え。

 俺は、続ける。



「あのさぁ、お姉様。

 勘違いもはなはだしいよ。

 勝手に俺を、一般人枠に組まないでくれよ。

 俺がしたいのは、理想化された、美化された、賛美された、整備された恋じゃない。

 俺が歩きたいのは、塗装された、ショート・カットされた、新設された、安全な恋路じゃない。

 そんなのは、夢の中、脳内だけで事足りる。

 だって、俺も同じだから。

 ナコードで作られた君達と、俺の『Sleapスリープ』で会ってる時。

 常に辛かった、恥ずかしかった、後ろめたかった、やるせなかった。

 俺の思い通り、イエスマンにしかならない君が、かえって不満だった。

 そんな、墓のい儚さを、ずっと抱えていた。

 だから、夢中にはなれなかった。

 余計に……君が、恋しく。

 しく、なった」



 彼女を抱き締め、背中を叩き。

 俺は、穏やかに乞う。



「きっと、安灯あんどう 明歌黎あかりになったからって、同じだよ。

 彼女が自律したとしても……俺は、彼女にはオチない。

 我ながら、レトロぎる恋愛観だけどさぁ。

 俺がしたいのはさ、お姉様。

 なにも、着飾った恋なんかじゃないんだ。

 むしろ、ありのままの君が。

 モニター越しでも、フィルター越しでも、アバター越しでもない。

 なんでもない君と、なんでもないことを話して、なんでもないことで笑いながら、なんでもない人生を謳歌する。

 俺がしたいのは、そういう恋。

 俺にとっては普通で、世間からすれば非常識なこと

 あまりにしょーもなさぎて、今となっては普通ですらなくなった。

 正直、『Sleapスリープ』と比べたら、なんの保証も新鮮味もい。

 アドリブとトラブルばっかで、ひたすら手間で、見返り少なくて。

 けど、その実、可能性と可動性、拡張性と意外性に満ち溢れている。

 そんな、つまんない大恋愛なんだよ」



 分かってる。

 何度だって、考えて来た。

 こんな時代に、リアル恋愛なんて、馬鹿バカげてるって。

 そんなの、なんの実現性も訴求力も伴わない、綺麗なだけの綺麗ごとだって。

 控えめに言って、狂気の沙汰だって。



 でも……すごいと、思うんだ。

 大半が『Sleapスリープ』、ナコードやワコードで満足する、今の世界で。

 現実で、恋愛したい、つながってたい、信じてたい。

 きちんと片側通行じゃなくて、二車線でいたいと。

 そう願える相手に、巡り会えたるなんて。

 あまつさえ、それが叶うかもしれないなんて。



 だったらさ。

 もう、突っ込むしかいじゃないか。



「そろそろ、本気で潮時だ。

 もう、恋愛ごっこは終わりにしよう。

 俺がしたいのは、君との恋愛ゲームじゃない。

 コンシューマー版でも、サンプル版でもない。

 フィクションでも2次創作でもない。

 真実の愛なんて、気取るもりはいけども。

 それでも、俺はさ。

 本物の、本人の君と。

 この、残念、不条理極まりない、捨て掛けてる現実世界で。

 本物の、恋がしたいんだよ。

 君が、『自分にはなにい』ってんなら。

 俺が、『君の全部になる』。

 だからさ……だから、さぁ……」



 震える手で、声で、彼女に縋り。

 最後の言葉を、思いを、届ける。



「早く、俺の彼女に……。

 俺だけの恋人に、なってくれよぉ……。

 ……『結瑪凛ゆめりぃ』……」



 安灯あんどう姉妹の秘密を知った、あの日。

 あれから俺は、『彼女』『あの人』としか呼称しなかった。

 まだ実感が、勝機が。

 なにより勇気が、持てなかったからだ。



 でも、理解した。

 彼女も、同じ気持ちなんだって。

 さっきの決戦で、俺がサレンダーしかけた時。

 そこで見せた、結瑪凛ゆめりの表情で。



 だから、もう大丈夫。

 これからは何度だって、君の名を呼ぶ。

 この声が、喉が、思いが、血が、涙が枯れるまで。

 何度だって、何度だって。

 ありったけの、大好きを乗せて。



「……な?」



 俺から体を引き離し、うつむき。

 俺の肩を握りながら。

 彼女は、真っ赤な顔を上げた。

 


「……ついに、認めたな?

 あたしを、解き放った、焚き付けたな?

 恐れ知らずにも、恥知らずにも、このあたしを……。

 いずれ天下の、無添加の安灯あんどう 結瑪凛ゆめりを。

 生意気にも、本気そのきに、させたな?

 勝負に勝って、試合に負けたな?

 あたしを、本物に……恋人に、したな?

 ほら……やっぱり、あたしの勝ちだ。

 すべて、計算通り。

 最初に、あんたが根負けした。

 あたしの自尊心を、不満を、不安を、欲望を、満たした。

 視界を、脳を、未来を、身も心も、独占した。

 あたしを……本人あたしに、してくれた。

 だったら、もう……後戻りも、遠慮もしない。

 お望み通り、言われずとも、そうするとも。

 あんたにだけ、ロックオン、タゲってやる。

 覚悟して、ダラッシャだ」



 俺の頬に、両手を当て。

 最上級に、顔を崩して。

 過去一に、素になって。

 年相応に、恥じらって。



 意味しかい、俺しか映っていない、うっとりした瞳で、見詰めて。

 めずらしく、しおらしくなって。



「……『蛍音けいと』。

 ……ハント」



 俺の首に手を回し。

 飛び付き、押し倒し。

 間髪入れずに、狙い澄まし。

 スポット・ライトが照らす、壇上にて。



 豪快に奪ってみせた。

 俺の、ファースト・キスを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る