8-2

 予想外の流れに、無意識に歯ぎしりする。

 一方、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは、失笑する。



「どうした?

 もう滅入ったか?

 傷心中に申し訳ないが。

 もう一つ、悪いことを教えよう。

 何故なぜあたしが、あんたに、何枚かのフォワードを渡すように企てたか。

 その理由は、簡単。

 下手ヘタに希望を持った人間こそ、絶望させやすいからだよ」


 

 悲壮感と虚無感を纏い。

 安灯あんどう 結瑪凛ゆめりは、続ける。



あたしは、人間が嫌いだ。

 理由は、特にい。

 逆に言えば、好きになれるだけの生き甲斐がかったからだ。

 元来、誰かと仲良くなりたいと思わなかった。

 下世話な教師や親が、疎ましくてならなかった。

 そんなんだから、誰にも好かれなかった。

 でも、好都合だった。

 今ので、証明されただろ?

 絆なんて、仲間なんて所詮、この程度で無効化されるんだよ。

 だからあたしは、なにも信じない。

 誰も、自分も、求めない。

 あたしは、ずっと一人でい。

 あんただって、必要い」

「……」

 


 情けないのは、分かってる。

 今度ばかりは、流石さすがにダサい。



 でも、不可抗力だろ?

 冷静に考えたって、無理ゲーじゃないか。



 俺は今、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりを陥落させんとしてる。

 でも、そのためには、彼女を。

 卑怯さや弱さを力に変える、パワードでもある、この天邪鬼を。

 メンタルとトンチ力がすべてな、この世界で、破らなくてはならないなんて。



 それに、なにより。

 俺だって、同じ口だった。

 出来できれば、なるべく一人でたかった。

 人付き合いなんて、億劫でしかかった。

 


 君に、出会うまでは。



「……」



 正直、なかば詰んでいる。



 これから俺は、彼女を落とすために、彼女を倒さなくてはならない。

 しかし、戦うのはイニシャル。

 そう簡単には行かない。



 おまけに、向こうは筋金入りの捻くれ者、ダブスタ上級者。

 詭弁論部の名誉会長みたいな手練てだれだ。



 自分のプラン通りでさえあれば。

 どれだけピンチに陥っても、涼しい顔して、口八丁で掻い潜れるはず



 先程みたいなのは例外として。

 そう簡単に、ナーフはかなわない。



 俺の持ってるカードは、イニシャル。

 これもパワードなので、効果は折り紙付き。

 が、彼女の意表を突くことまでは、敵わないだろう。



 彼女は最初から、選定した人物から、指定した名前を渡す算段をしていた。

 それはすなわち、『俺のデッキさえ最初から、大なり小なりコントロールしていた』という示唆に他ならない。



 っても、流石さすがに全員は無理だろうけど。

 実際、七忍ななしのさんとは合ってすらいないらしいし、小学生組も未見かもしれない。

 それでも、一部。

 絶対ぜったいに勝てると自負していた所は、譲らなかった。



 だから、知っているのだ。

 俺の頼みの綱は、『未希永みきとさん』『結織ゆおりさん』だけだってことも。

 でも、それだけでは、勝ち筋には希薄ということも。

 現状、彼女に勝てそうな、逆転の一枚はいということも。



 何故なぜなら、彼女は残りのパワードの持ち主。

 すなわち、七忍ななしのさんを知らない。

 面識のい、芸能人でもい相手を見た所で、なんだという話。

 原作者の与り知らない、しがない2次創作でしかない、レイメイとて同じ。



 なんて逡巡している間に。

 時間が、くなって行く。

 どんどん逆境に追い詰められて行く。

 このままではいずれ、気まぐれな彼女が、勝手に勝利宣言でもされそうだ。



 彼女の顔から。

 みるみる、生気しょうきが奪われ手行く。

 こんなふうに仕組んだ、仕込んだのだって、自分なのに。



 ああ、本当に。

 なんて屈折、矛盾した人間なんだ。

 わずらわしいにも、回りくどいにも、ほどる。

 俺も、君も。



 策略家で、シナリオありきで。

 嘘きで、皮肉屋で。

 本音なんて、互いにほとんど見せなくて。

 探り合い、騙し合い、泥仕合ばっかで。

 なにからなにまで、そっくりで。



 だからこそ、分かるんだ。

 こういう時、君なら、どう仕掛しかけて来るのか。

 それも、ナコードすらくても。



「『ずっと一人でい』?」



 迷った結果。

 俺は、最後の賭けに打って出ることにした。



「寝言ほざくな、弧城のカガミ姫。

 誰かの作った服着て、誰かの作った具材なり料理なり食べて。

 未希永みきとさんや校長に散々さんざん、世話になっといて。

 結織ゆおりさんや多矢汐たやしおさんに、あれだけ協力させて。

 庵野田あんのださんや友花里ゆかりさんと、親しくなって。

 散々さんざん、『Sleapスリープ』の恩恵に預かっといて。

 今更、孤独決め込んでんな。

 決め込める立場に自分があるだなんて、自惚うぬぼれんな。

 そもそも人間なんて、生まれながら一人じゃないだろ。

 もし本当に孤独なら、産まれてすらいないんだよ。

 中2みたいな発言で、だまくらかそくとしてんなよ」

「そうやって、なけなしの良心にでも訴え、お涙頂戴ちょうだいするもり?」

「そんなんじゃない。

 ただ、気に食わないだけだ。

 偶然、世間体のい別アカ手に入れられただけのくせして。

 自分しかない場所で、世界の中心気取って高みの見物して自惚うぬぼれてる。

 そんな、根性無しのピエロに、同族嫌悪されるのがな」

「まだ覚えてたのか。

 重いし、怖いぞ」

「そうやって、話を摩り替えようってんだろ」



 図星だったらしく、口を閉じる安灯あんどう 結瑪凛ゆめり

 そのまま、俺は続ける。



「そもそも。

 あんたがそうまでしてかたくなに、自分しかあやめないのも。

 団体行動をしとしないのも。

 なにもかもあきらめた、端から期待してないみたいにアンニュイなのも。

 ただ、開き直ってるだけだろ。

 日頃から、そうやって振る舞ってれば安心、安全。

 あとから不意打ち食らう心配もいからな。

 おまけに、誰も傷付けずに済むし。

 その所為せいで、あんたが受けたかもしれないダメージもくせる。

 要はさ……ただの自己防衛だ」



 目を見開き、体を震わせるお姉様。

 ここに来て彼女が、初めてオルタナ以外で、激情を解き放った。



「……悪いかよ……!!

 それの、なにが悪いってんだよ!!

 全員が無傷なら、越したこといだろっ!!」

「傷付いてんだよっ!!

 あんたの心も、体もっ!!

 見て見ぬりで、隠してるだけでっ!!

 つーか、なによりっ!!

 そうやって自決ばっかしてる、あんたを見て、見させられて!!

 そんな俺の、気持ちが、辛さが、苛立ちが、不甲斐さが、自己嫌悪がっ!!

 ほん一匙ひとさじたりともっ!!

 あんたに、分かるってのかよっ!!」

「知るかっ!!

 関係いだろ、あんたはっ!!」

「関係いんだったら!!

 今、俺が、こうして、ここにっ!!

 あんたの前に、はずいだろっ!?

 大体、俺の前に現れたのも、ここに来させたのも、あんただろっ!?

 あんたは本来、この現状を回避出来できたっ!!

 校長の誘いを蹴ることも、俺にナコードを渡すことも、避けられたはずだったんだ!!

 だのに何故なぜ、直進したっ!?

 あわよくば誰かに好かれたいって魂胆が、見え透いてるだろっ!!

 惚れられたくないなら、ずっとヒールだけ演じてろよっ!!

 転生者じゃない悪役令嬢を、一心不乱にやってろよっ!!

 中途半端に、い人ムーブなんかして、その気にさせんなよっ!!

 今日まで俺に、それだけ甲斐甲斐しく振る舞ってくれたという事実!!

 これを踏まえた上で、同じことのたまえるのかっ!?」

「だったら、なんだよ!!

 もうっとてくれよっ!!

 あたしは、誰も苦しめたくない!!

 誰も憎みたくない、嫌いになりたくないっ!!

 ともすれば、始末しそうになるからっ!!

 今は、それがリアルに可能なんだよっ!!

 折角せっかくつながってくれた誰かをっ!!

 ナコード、ワコードで、セーフティが解除されたらっ!!

 些細なけで、手に掛けるかもしれないんだ!!

 あたしは、それが許せないっ!!

 ……あんたのことだって、死なせたくないっ!!」

「だからっ!!

 自体が、根本的に間違ってるってんだよっ!!」



 胸に手を当て、立ち上がり、主張する。



「あんたは、恐れてるだけだ!!

 自分が、自分の思いが、自分の言葉が、認識がっ!!

 これまでのすべてが壊される、否定される、覆されるっ!!

 修正と粛清を余儀なくされるのがっ!!

 気持ちは、確かに分かるっ!!

 だからこそ、俺は今、あんたを止めたいっ!!」



 カードに、わずかに亀裂が入る。



 彼女の心が、傾き始めた。



「だったら、俺を使えっ!!

 俺なら逃げないし、あんたを逃さないし!

 簡単には挫けないし、砕けてもぐに治るっ!!

 俺が意地でも、あんたのストレス、邪念を止めるっ!!

 受け止める、抱き止める、つなぎ止める、堰き止めてみせるっ!!」

「じゃあ、もし、出来できなかったら!!

 それでもまた、あたしをっ!!

 性懲りも躊躇ためらいもく、『Sleapスリープ』で誰かを、殺したくなったら!!

 そしたら、どうするってんだよっ!!」

「その時は、俺を殺せっ!!

 何回でも、何体でもっ!!

 どうせすべて、俺には知られないし、無傷なんだっ!!

 煮るなり焼くなり、好きにすればい!!」

馬鹿バカ言えよっ!!

 たとえ、夢であったとしても!!

 あんたを殺せるわけいだろっ!!」

「ほら、見たことか!!

 あんたの悪意、殺意なんか、その程度なんだよっ!!

 ちゃんとストッパー働いてるんだよっ!!」

「だったらなんだよっ!!

 結局、現状は変わらないっ!!

 あたしは、満足にしゃべれないんだよっ!!

 誰かを注意したり、謝ったり、自分の意見を求められたり!!

 そういう時、決まって、泣きそうになるっ!!

 いつだって、冷静ではいられないっ!!

 その所為せいで、みんなきらわれる、うとましがられるっ!!

 遠慮して、我慢して、セーブして、押し留めてばかりっ!!

 こんなメンヘラが、真面まともに人と関われるわけいっ!!

 誰かに愛される、許されるはずいっ!!」

「俺がるっ!!

 そんなあんたこそを見たいと願う!!

 そんな時、その涙を拭いたいと思う!!

 それでも、あんたと話したいと切望する!!

 田坂たざか 蛍音けいとが、目の前にるっ!!」

なんで、そこまでするんだよっ!!」

「決まってんだろ!!

 そうまで体張ってでも、あんたを死守したいからだよっ!!

 そこまで尽くさなきゃ、あんたは一歩も引かないからだよっ!!」



 かすかにたじろぐ、安灯あんどう 結瑪凛ゆめり

 攻め時だと、判断した。



安灯あんどう 結瑪凛ゆめり!!

 あんたは、ただ構ってちゃんしてるだけだ!!

 ここに俺を招いたのも、ここまで自分を追い込み、陥れたのも、あんただろ!?

 巻き込まいとして、結果的に、意図的に巻き込んで!!

 崩れ行く、終わり行く世界で、ひそかに助けを待って!!

 そんなふうに悲劇の被害者、はかなげ女子ってさえいれば、誰かが手を差し伸べてくれると譲らない!!

 ただの、分からず屋の、皮肉屋の、自惚うぬぼれ屋だ!!

 だったら、俺がなってやる!!

 ここまで、斡旋された以上!!

 あんたと一緒に、落ちる所まで落ちてやるっ!!

 ただし、俺は断じて勇者なんかじゃない!!

 あんたを守る使命を帯びた、孤城に残った、最後の一人!!

 騎士だろうが召使いだろうが、雑兵だろうが吟遊詩人だろうが!!

 肩書きは、なんでもい!!

 それだけの、しょうもない男だ!!

 そんなモブでもい、後悔しない、本望なら!!

 こんな俺こそを、あんたがほっしてるってんなら!!

 あんたを包む、暗くて寂しくて死にたくなる、孤独な夜!!

 俺が、ここで終わらせてやるっ!!

 あんたを本物に、本人に、恋人にするためにっ!!

 この命……喜んで、謹んで、くれてやるよぉ!!」



 残るカードは、あと1枚。

 他のはすべて、墓地に送った。

 これが、最後の賭けだ。



 そう判断し、コールしようとした矢先に。

 違和感いわかんを覚えた。



 ーー墓地?



 いや……違う。

 さっき、俺のカードは、手の中で消滅した。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る