A-4

「はー。

 やっぱり、が落ち着くなぁ」



 部屋で人心地をつく。

 すると、リングから不満そうな声が届く。



「なぁに?

 私じゃ、ご不満?」

「怠いから、はよ戻れ」

「相変わらず、ツレないなぁ。

 私は、嫌いじゃないけどね」

「鬱陶しい」



 苦笑いする明歌黎あかりに塩対応しつつ、レコードを胸に押し付ける。

 


 善意と悪意。

 ポジティブとネガティブ。

 すなわち、明歌黎あかりあたし

 切り分けた二人が、溶け合い、重なり。

 本当の、本来の安灯あんどう 結瑪凛ゆめりが、完成する。



 深呼吸し、メンタルの安定を確認し、ベッドに横たわり。

 入手したてのネックレスからリングを外し、左の薬指に秒で嵌め。

 そうして彼のワコードを、天井にかざす。



 宣言通り。

 あたしは、彼に正体を明かした。

 夏休みの、最終日に。



 そして、彼のワコードを入手した。

 あたしのプライド、ナコードと引換えに。



 彼に言った言葉に、嘘はい。

 特別な、他意たいなんて、一つもい。

 あたしは、『カイメイ』がしたかっただけだ。



 だって、彼には。

 蛍音けいとには、伝わったはず

 君に対する、あたしの、一抹の恋心が。



 彼のワコードなんて、本当に、不必要だったんだ。

 だって、あのモザイクの正体を突き止めてから、ただの一度も。

 あたしは、『Sleapスリープ』を使っていない。



 これでも、恋する女だよ?

 君に悍ましい、情けない姿なんか晒したくない。

 たとえ、それを見せるのが、代理の君であっても。



「ほら。

 やっぱり、そうだ。

 あたしにとって君は最早、『赤の他人』でも、ましてや『他人』でもない。

 立派な『他者』……『意中の相手』だ」



 だから、向こうでの蛍音けいととの密会、蜜月は当分お預け。

 君が、あたしの心を、乾きを、人生、現実を満たしてくれるまで。

 


「ねぇ、蛍音けいと

 君が好きだ。

 大っ好きだ。

 あたしの初恋、人生、未来。

 そのすべてを、君だけに捧げたってい。

 だから……さっさとあたしを、奪ってよ。

 こんなあたしを、早急にやっつけておしまいよ」



 そのまま蛍音けいとを模した、抱き枕型のカバターを出し。

 顔を引っ張り、頬スリスリし、香りを堪能し、胸を押し付ける。



「……むっひっひっひぃ。

 分かってるんだぞ、蛍音けいとぉ。

 君は今頃、あたしの2次創作にいそしんでるんだろぉ?

 君なら、あたしがドン引きるような、おイタはしてないんだろぉ?

 精々せいぜい、足掻け、悪書あがけ、ありがたがれぇ。

 あたしで、あ〜んなことや、こ〜んなことをしろぉ。

 そして、とっとと現実あたしで、実践、再現しろぉ。

 いつか、その秘話を、私にも共有しろぉ。

 試行錯誤して、ジレンマに陥って、底無しに泥沼って、悶々しろぉ。

 大人おとなしく、このあたしに服従を、忠誠を、永遠を誓えぇ。

 あたし本気そのきにさせた罪、代償は重いぞぉ、蛍音けいとぉ。

 こんなサービス、滅多めったにしないんだからね」



 あたしは、君にコクらない。

 君が自発的に迫らないと、意味が無いから。



 君は、あたしから求めても、きっと受け入れてくれない。

 いつもみたいに、冗談認定してかわされるのが関の山。

 むしろ、人気者のあたしをフることで、君をさらに苦しめるかもしれない。



「……なーんて、ね」




 本当ほんとう

 あたしは、嘘きだ。

 ここまで来て、自分すら騙してるなんて。



 こんなにも、自分が。

 れっきとした、だなんて。



「……部屋ここでだけ謝るよ、おじいちゃん。

 あたしも相当、時代錯誤だ。

 本当ホント……我ながら笑えるよ。

 世は正に大リモート時代なのに、ここまで『受け身』だなんて。

 普段、あんなにアクティブなくせしてさ。

 これほどまでに……君からの、『好きだ』がしいなんて」



 あたしは、こんなだから。

 自分すらも信じられない、愚者だから。



 だから、君が信じさせてよ。

 君を通して、私に、あたしを、愛させてよ。

 


「……信じてるよ、蛍音けいと

 君なら、あたしを、一人にしてくれる。

 本物に、本人に、してくれるって。

 あたしを……リアルで恋人おんなに、してすれるって」



 あたしは、今日も待ち焦がれ、恋い焦がれている。

 彼が告白してくれる、現実世界を。

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