A-3

 話は変わるが。

 あたしの日課は、「リンカーネイジ」。

 早い話が、「真夜中の死に戻り虐殺」だ。



 無論むろん本当ほんとうに人を殺しているのではない。

 殺すのは、あくまでも『Sleapスリープ』内。

 そして、たった一人だけ。



 ターゲットは、17年もの長きに渡り、私が憎悪を燃やし続けている仇。

 誰を隠そう、安灯あんどう 結瑪凛ゆめり

 他でもない、このあたし自身だ。



 あたしを粗製乱造し、流血と悲鳴を抑えたまま、無双感覚で仕留め、退場させて行く。

 時に剣、時に銃、時に大技で。

 あるいは、蟻地獄に落としたり、ビームで焼き払ったり、巨大化して踏んづけたり。



 あたしは、筋金入りの猫かぶり。

 明歌黎あかりとなって、フレンドリーかつ下から接し、誰とでも打ち解ける。



 そんな自分に嫌気が差した結果。

 ジオラマが壊されるのを楽しむために、特撮を嗜んでいた(後に正しく堪能するようになったが)。



 それだけでは飽き足らず。

 夜がな夜っぴて、街を破壊したり、自分を大量虐殺する夢を意図的に見ていた。

 そうする事でストレス解消、弱い自分の懐柔を維持していた。


 

 悲しいかな、お手の物だった。

 あたしは普段から、自分を殺して生きている。

 その処理方法が、より具体的になった。

 それだけの、些細な変化だった。



 自分を始末する理由なんて、い。

 強いて言うなら、「そこまでして『生きたい』と思える理由がい」からだ。



 あたしの夢の世界の住人は、あたしだけ。

 友達や家族は勿論もちろん明歌黎あかりすら、そこには含まれない。

 その気にさえなれば、無断借用すら可能なのに。

 あかりの力をもってすれば、ナコードだって容易く入手出来できるだろうに。

 あたしは、えて、そうしなかった。

 


 リップ・サービスでしかない、安っぽく薄っぺらい関係に、あたしは辟易していた。

 同時に、自分に見下げ果てていた。

 どこまでも周囲に関心を持てずにいる、本心をみせられずにいる、自分に。



 気づけば現実や他者には益々、興味が無くなり。

 夢の世界で自分を始末する事ばかり考えるようになり。

 想像力すら、薄れていた。



 そんな実情が殊更、あたしを孤独に追い詰めた。

 この世界に、あたし以外の人間を、創造させてくれなかった。



 当然のことではあるが。

 こんなことが、面白いはずい。

 自分相手のスプラッタなんて、どう贔屓目に見ても狂ってる。



 けど、仕方しかたいのだ。

 こうでもしないと、平静を、平穏を保てない。

 みんなに好かれる『安灯あんどう 明歌黎あかり』を、維持出来できない。

 他の捌け口も、解決手段も、思い付かない。



 だから、あたしは今日も、あたしあやめる。

 いつまで経っても成長、改善されないあたしを。

 夢の中ですら天涯孤独な、愚かなあたしを。



 だって、なす術がいじゃないか。

 今は、そういう時代。

 趣味のほとんどを、夢の中で、リモートで済ませる時代なんだ。



 あたしだけじゃない。

 みんな、そうするに、そうしたいに決まってる。

 夢の中なら、自由で、タダで、楽しくて、かならず受け入れられる。



 予定と辻褄合わせて、サボりたくなって、金払って、空気悪くして、擦れ違って、顰蹙買って、喧嘩して、適当に謝って、なぁなぁにして。

 そんな手間を、丸ごとカット出来できるんだ。

 自分の好きな物を、好きに改変した相手と、好きな時に、好きなだけ、好きに味わえるんだ。

 


 こっちの方が楽に、楽しいに決まってる。



「本当に?」



「!?」



 背後を取っていた分身が、怪しく囁く。

 空かさず、振り向きざまに切り伏せる。



 ……しゃべった?

 今までついぞ、一言も話さなかった傀儡くぐつが?



 油断している隙に、仕留めたはずの分身が蘇った。

 傷を消し、分身を生み出し、あたしに近付く。



本当ほんとうは、リアルでも遊びたいくせに」

「……めろ……」



「適当に誤魔化ごまかす度に、良心の呵責に苛まれてるくせに」

「……うるさいっ……」



「『Sleapスリープ』の所為せいにしかしない、トランスと紙一重な自分が、許せないくせに」

「……違う……!」



「誰かとつながりたい、助けられたいくせに」

「……黙れ……!!

 ……黙れぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!! 」



 分かり易くバグりながら、ガトリングをっ放す。

 分身達は、ノーダメのまま合体し、地面に潜り。

 床一杯に顔を広げ、私を嘲笑う。



替え玉あかりを介してでしか、真面まともに関われないくせに。

 この大嘘き」

 と。



「……あ……。

 ……あ、あぁ……っ!!

 ……うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 あたしは、叫んだ。

 このからださえ突き破りそうなまでに、つんざく程に。



 ライブでさえ披露したこといグロウルを響かせながら、敵を睨み。

 空中に、巨大なマイク・スタンドを作り操作し、奴に叩き付け。

 大地を、風景を、世界を。

 あたし以外の、すべてを破壊した。



「はぁ……。

 はぁ……。

 ……はぁ……」



 空白みたいな部屋で、膝をつき、呼吸とメンタルを整える。

 


 と。

 不意に、誰かの足音が聞こえた。



「……っ!!」



 ぐ様、立ち上がり、私は銃を構えた。

 モザイクがかった、ノイズを発する、顔が『?』で覆われた、得体の知れない相手に向けて。



 想像力と記憶の欠如。

 重ねて、拒絶反応、防衛本能。



 本当に。

 自分のダサさに、笑えて来る。



「……」



 武器を下ろし、消した。

 代わりに、いつもの笑顔ぶきを用意した。

 首尾よくことを運ぶために。



『どうして始末しないの』



 声には出さずに、脳に言葉を届けて来るトロンプ。

 対するあたしは、またしても明歌黎あかりに偽装し、普通に話す。



 別に、夢の中とはいえ、生身で人と話すのを恐れたのではない。

 防衛本能が働き、反射的にすり変わってしまうのだ。



 それとも、なにか?

 あいつだけは、特別だとでも?

 


「そんなの、『理由がいから』に決まってるじゃん。

 何故なぜなら、『君は私ではない』から」

なんで、分かるの?』

「分かるよ。

 私と君の仲だ。

 てか、君の方こそ。

 今更、他人行儀に振る舞うもり?

 たかがゲームで、あれだけの醜態披露した、この私に?」



 私の質問を無視し、少し考えたあと、彼は言った。



『君は、優しいね』



 私は、脳を疑った。

 そのまま大笑いし、彼に返す。



「君のが余程よほど、優しいよ。

 こんな強靭な狂人に、そんな場違いでしかない言葉をくれるなんて」



 空虚な顔を惜しげもく繰り出し、続ける。



「私は、自分を殺していた。

 毎日、毎日。

 何人も、何度も。

 そんなやつの、どこが『優しい』っての?」

『君は、他の人間を殺していない』

「それだけの余裕、原因、イマジネーションがいだけだよ」

『君は、決して他者の所為せいにはしない』

「『Sleapスリープ』の所為せいにはしてるけどね」

『でも、本当ほんとうは』



 彼に抱き着き、押し倒す。

 彼を、説き伏せる為に。



「……めようよ。

 こんな無益なこと

 君を介しての、自問自答の堂々巡りなんて。

 ……ただただ、虚しいよ」



 久方りの涙を流しながら、私は訴える。



「……だって、そうじゃん。

 今の君は、『であってではない』。

 私が新造した、ただの模型、虚ろな模造品だ。

 寂寥せきりょうを、静寂しじまを壊すために舞い降りた、残酷な天使だ。

 今の君の言葉は、私の単なる願望。

 君は、私の用意した歌詞を、歌いもせず、棒に読み上げてるだけ。

 がらんどうじゃ、なんの説得力も伴わない。

 現実世界の私と。

 安灯あんどう 明歌黎あかりと、同じだよ」

『じゃあ、かった、なかったことにして、逃げるの?』

「『逃げる』?

 この私が?

 寝言は、君の世界ゆめで言いたまえよ。

 自分の夢の中テリトリーでまで、こんなに虚仮こけにされたまま、終わらせるわけい。

 そうじゃなくても私は、君にだけは、遠慮したくない。

 君とる時まで、モヤモヤしたくない。

 ……どうやら、年貢の納め時かな。

 まぁ、そろそろ限界、頃合いだとは思ってたけど」



 彼の体から降り、彼を立たせ、私は誓う。

 愛想笑いではない、普通の笑顔で。



「……決めたよ。

 明日、君に打ち明ける。

 君の正体を、解き明かすために。

 ……答え合わせを、するために」

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