A-2

『マニック・ディフェンサー』。

『決して他者に弱みは見せず、明るく振る舞い、自己防衛に専念する人種』の総称。

 


 あたしは常々、思っている。

 この、『安灯あんどう 結瑪凛ゆめりというピエロの証明として、ここまでな表現は他にい』と。

 それくらいに、あたしは意地っ張りで、嘘きで、孤独で、悪女だ。



 あまりに板に付き過ぎて最早、座右の銘にすらなっていそうなほどだ。

 もっとも、それをあたしが公衆の面前で滑らせても、スベったりはしない自信はるが。

 それくらいの地位、人気を確立した自負している。



 きっと、「く分かんないけど、なん格好かっこい」くらいにしか取られないだろう。

 このモットーの浸透度、認知度も相俟って、余計に疑われまい。

 精々せいぜいあたしと関わりの薄い、同じ穴の狢くらいにしか、本気にはされないだろう。



 なんて、お高く止まっていたから、ばちが当たったのかもしれない。

 それらしい相手が、まさか実在し。

 あまつさえ、直接対決を強いられようとは。



「転校生」

「ああ。

 お前には、彼の学校案内を一任したい」



 夏休みの始め。

 校長室に呼ばれ、「何事か」と構え来てみたら。

 蓋を開けてみれば、なんことい内容だった。

 正直、興醒めもい所である。



 余談だが。

 ここに来るまでの間、声なんて掛けられなかった。

 


 っても、当然か。

 今のあたしは、『安灯あんどう 結瑪凛ゆめり』であって、『安灯あんどう 明歌黎あかり』ではない。

 如何いかにも退屈、鬱屈そうな素行不良に、望んで接する変人なんてるものか。



なんで、そんな厄介ごと

 りにって受験生に押し付けないでくれ。

 いくら孫娘だからって人選、適当ぎ。

 あいつ、1年だろ。

 担任かクラス委員にでもぶん投げろよ」

「相変わらず、ものぐさだな。

 普段のマドンナっりは、どこに行った。

 第一、お前はもう、大学受験を完了しているだろう」

「そ。

 残り数ヶ月の高校生活を満喫するためにね。

 だから、邪魔するな。

 あたしは今、余生を謳歌している所なんだから」

「……お前、バイトすらしてないだろう。

 お前のバンド活動は、私からの小遣いで賄い、成り立ってるだろう。

 何よりお前、まだ若い上に、バリバリの健康体だろう」

さっきも言っただろう。

 あたしの寿命は、もう少しで尽きるんだ」

「弁舌も健在か。

 よくもまぁ、それも校長に、そこまでの口が叩けたものだ。

 お前、放課後デートに行けるリア友なんぞ、らんだろうに。

 いから、大人おとなしく従え」

「出たよ独善狂。

 しかも、若作りとか。

 それとも、大穴でアレか。

 その歳で、百合にでも目覚めたか。

 メタモルフォーゼの縁側にでも触れたっての。

 あれは薔薇だし、だとしたら益々、不気味だぞ。

 そしてあたしは、そっちは未履修、守備範囲外だから。

 親睦深めるべく漫画で陥落させようったって、そうはいかな「もうい、分かった」



 前のめりになり、私の方に手を向け、やや強引に話を切る祖父。

 そのまま老眼鏡を直し、再び腰掛け、続ける。



「彼は、私の幼馴染の孫だ。

 加えて、まだ若い身空で、中々どうして壮絶な人生を歩まされている。

 幼少の時分に、ご両親が交通事故で他界。

 しかも、お喋りに夢中になる彼を庇う形で、だ。

 その所為せいで、彼の心には未だに、深い傷が刻まれていてな。

 おかげで私も、10年前の彼の、葬式での悲痛そうな顔が脳裏から切り離せず、未だに会えずにいる。

 お前と同じで、高校生になっても、友達がないらしい。

 それどころか、お前と違って、学校や周囲に、形式ばかりに溶け込んですらいないとか。

 意図的に、触れ合いを拒んでいるんだ」

「……え」

「そんな矢先に、事件に巻き込まれた。

 お前も知っているだろう?

Sleapスリープ』を使う上で長年、問題視されていた忌まわしい存在、『トランス』が引き金となってな」

「……現実と夢の区別が出来できなくなった、荒くれ、はぐれ者……」

「そうだ。

 今回の犯人は、彼の通っていた高校の出資者のせがれだったらしいがな。

 その自己顕示欲旺盛なボンボンにより加害、阻害された。

 しまいには、保身で多忙な学校側に、その件を掻き消された」

「そんな……!

 そんなの、横暴だっ!!

 その男は、なにもしてない、悪くないだろっ!!」



 バンッと力強くテーブルを叩く私を、祖父は再び制し。

 憤りを抑え込みながら、静かに続けた。



「彼の祖父、私の幼馴染は、筋を通す男だからな。

 その証拠として、警察に個人的に連絡し目下、暴力事件として捜査し、鉄槌も下った。

 あの財閥には兼ねてより、硝煙の香りが付き纏っていた。

 真実が明るみに出た以上、かの学校も、財閥も、小童こわっぱも終わりだろう。

 ようするに、『正義はかならず勝つ』ってことだ。

 時代が変われど、文明が発達しようと、その点だけは変わらん。

 変えてはならんのだ」

「……そうか。

 良かった……」



 胸を撫で下ろすと、祖父が意味深にニヤニヤしたので、カチンと来た。

 テーブルさえければ、小キックでも噛ましていた所だ。



「……なに

「いんや。

 なんだかんだ、真っ当に育ってはいたんでな」

「今から捻くれてやろうか」

出来できもしないくせに」

「私のダブスタ精度、期待に応える擬態の新人っり、侮るな」



 さらにイラッとした。

 が、流しておこう。

 いつまでも、こんな息苦しい所に留まりたくないし。

 家族間での喧嘩けんかなんて億劫、無駄でしかない。



「で。

 案内だけすればいのか」

「引き受けてくれるのか?」

「断った所で、押し付けるんだろう。

 自宅に無断で招待なんざされた暁には、七面倒だ。

 渋々、承諾させられてあげるよ」

「助かる」

「はいはい」

「その調子で、彼と仲くなってくれ。

 そして、あわよくば恋仲に」

「そんなこったろうと思ったよ、このROM専」



 流石さすが、「学生のイチャラブを合法的に浴びたい」というだけで教師、果ては校長になっただけはある。

 筋金入りの老婆心だ。



 はー……。

 なんか、思ってた以上に手間だな……。

 恋愛とか、真っまっぴらだ……。



「そんな調子だから、高校生にもなって、恋愛偏差値が『真ったいら』なんだ。

 ついでに、双丘も」

「着痩せしてるだけだ、バーロー。

 あたしのバリボー舐めるな、異物。

 てか、時代錯誤なセクハラ噛ますな、遺物。

 身内のよしみ、温情で口外されないだけ、ありがたいと思え、ROM害」

なにを言うか。

 あくまで見る専に徹しているぞ」

やかましいわ。

 あと、気が変わった。

 やっぱ、し」

いのか?

 私はいつでも、お前の本性を公開出来できるんだぞ?」

「好感度と貢献度を高級度をリサーチしてから喧嘩けんか売れよ、出歯亀。

 こちらにおわすあたしを、どなたを心得る。

 学園不動の永久欠番センター、みんなのアイドル、深窓の佳人。

 畏れ多くも先の生徒会長、安灯あんどう明歌黎あかり

 の本体の、安灯あんどう 結瑪凛ゆめりさまであられられるぞ。

 今更その程度で、揺らがされてたまっかよ。

 明歌黎あかりというハイ・ブランドと、あたしの馬車馬ぴょい伝説が」

「お前、甲◯業魔のなり損ねだろう。

 そして、にではない。

 に、リークするのだ」

「は……はぁぁぁぁぁっ!?

 なんだよ、それっ!!

 そしたらあたし、お先真っ暗、アングラだろがっ!!

『1年間、レコードを使い通し、他人に正体を露見しないこと』!!

 就職条件もクリアしただろ!!」

ちなみに、彼が来るのは、今からおよそ1時間後。

 付け足せば、彼は1時間前行動を厳守するタイプらしい。

 更に加えれば、ここに来るまでの電車は通常運転。

 要件は、それだけだ。

 分かったら、とっとと行け」

「このっ……!!

 ……この、ド腐れ老いがぁぁぁぁぁっ!!

 言っとくけど、全部そっち持ちだからなっ!!

 デート代という名の必要経費は根こそぎ、利子付けて請求してやるからなぁ!!」

「ふん。

 その程度のお布施など、造作もい。

 私の軍資金が、火を吹くのみ」

「この、ファンク・ラブッ!!

 孫娘の色恋沙汰なんぞに興味持つな、バーカ、バーカ!!」



 誰でもくはない。

 けど、誰かに評価、褒めてしい。



 それから数分で身嗜みを整え、明歌黎アザターを用意し。

 さも「余裕な女」っぽい態度で彼を待っていたあたしを。

 見るからに「数日前から聞いてた」感を演出しながら、スムーズに学校案内をした私を。



 そんな背景と知ってか知らずか。

 そうして出会った、田坂たざか 蛍音けいと



 あのROM害の格好の餌食なのはしゃくだが。

 あたしと彼は、ほどくして親しくなった。



 図らずも、惹かれてしまったのだ。

 内気な彼に隠された、芯の強さ。

 似て非なる彼の心奥に秘められた、言葉の正体に。

 


 まぁ、もっとも。

 彼が見ているのは、替え玉のあたし

 すなわち、『明歌黎あかり』なんだけど。

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