除夜「カイメイ」

A-1

「おめでとうございます。

 あなたは、テスターに任命されました。

 弊社の開発した次世代デバイス。

 バック・アップや設定、周囲のリクエストなどを参照する、代理的な意味合いの強い、プログラム型のカバターではなく。

 切り抜いた現行の性格を宿し、双子のようなシンクロ率と完全再現でシームレスに自律する、リアル型の『アザター』。

 それを生み出す、3つ目のコード・シリーズ。

 その名も、『レコード』。

 これの被験者に、あなたは指名されました」



 中2の夏、掛かりつけの病室にて。

 『Sleapスリープ社』から派遣された人に、そう提案された。



 気分は、さながらリライ◯だ。



 貼り付けたような、柔和な笑顔に忍ぶ闇。

 それを照らすように煌めく、左の薬指に収まる指輪。

 そんな、印象的な女性だった。

 


 なんでも、『良心的、軽症な精神科の患者を探していたら、君に辿り着いた』。

 とかなんとか言われた。

 一応、誉め言葉として受け取った。



「うーん。

 あとは、『シンパシー』かなぁ。

 だって君、似てるんだもん。

 誰も、取り分け自分を信じなかった、信じられてなかった。

 高2までの、私に」

「……っ!」



 ……急にタメ口になった。

 ずいと椅子いすを動かし、物理的にまで近付き、逃がさんとして来た。

 まるで、捕食者だ。

 


 思わず、目を逸らす。



「君は異端、異常者と自蔑するかもしれないけど。

 それは、大きな勘違い。

 君は、闇に染まりそうな自身を、き止められている。

 君のメンタル、エミュ力は本物。

 れっきとした、比類き才能だよ」

「はぁ……」

「レコードを使うことで、あなたは自身を分断出来できる。

 そうすることで見えて来る部分も、少なからずるよ。

 私も、そうだった。

 二人に分かれたことで、人生が変わった。

 ……って。こんな触れ込みだと、かえって怪しくなっちゃうね。

 あははっ。

 ごめん、ごめん。

 かく。メリットは保証するよ。

 君もきっと、妥協出来できる相手と出逢えるはずだよ。

 他にも、一生の親友とも」

「……っすかね」

「ええ。

 それは、もう。

 是非とも、この実験に協力して頂きたい。

 そちらさえければ、そのまま弊社に就職してしいまでります。

 といっても、『1年間、アザターで高校に通い、身バレしないこと』。

 が、採用条件ですし。

 勿論もちろん、世間体のために、高卒はしてもらいますが」

「……」



 結構、ぶっちゃける人だな。

 あと、シームレスに切り替えられるな。

 器用なんだか下手ヘタなんだか。

 


 それはそうと。

 どうにも、にわかには鵜呑みに出来できない話だ。

 何年もお世話になってる先生も同席してるから、ヤブとかではないんだろうけど。

 


 ……なんか知らんけど、隅っこで、出来できもしない口笛吹いてるけど。

 どんな関係だよ、一体。

 大学の同期、ってだけじゃないだろ、明らかに。

 


 本当ほんとうに……わけの分からない状況だ。



 なのに。

 なんで、こんなに安心出来できるんだろう。

 初対面な上に、作った感マックスの、どこか怖い人に。



「一つだけ。

 あんたに、聞かせてしい」

「お?

 早いね。

 まあ、私としては助かるけど。

 こうも、すんなりほだされてくれると。

 もっとも、まだおしゃべりするのも、それはそれで一興だけど」

「教えてくれ。

 あんたは、何者だ。

 明らかに、只者じゃない。

 どうして、そこまであたしに肩入れする。

 仕事だからか。

 それとも、単なる同情、探究心か」

「あははっ。

 君……やっぱり、知らなかったんだ。

 私も、まだまだだなぁ。

 もっとチャンネル登録者、稼がないと。

 にしても君、意外とグイグイ来るねぇ。

 本当ホント……飛び切りに、面白い子。

 大当たりだ」



 この人も、面白いたいがいな気がする。

 こんな偽造、不満、欺瞞だらけのあたしを『大当たり』扱いする辺り。



 真相はどうあれ。

 眼鏡を外し、笑いぎて溢れた涙を拭い。

 あたしと、向き合った。



「別に。

 たいした人間なんかじゃない。

 現実からも恋からも自分からも逃げ続けていた、卑屈な卑怯者。

 その果てに、ハキダメ人間に翼をもがれ地上、生き地獄に突き落とされた、ペ天使。

 それでいて、身の程も恥も恐れも知らずに、今もなお、愛されてる、求められてる。

 そんな、カメレオンナ、インチキン、頭脳派気取りの煩悩派、背伸びしたがり。

 それだけの、ただの人間だよ」



 そう結び、自分のスマホを、口元に当て。

 女性は、妖艶に、悪戯に、無邪気に微笑ほほえんだ。



「これ以上は、トップ・シークレット。

 DLCだから、別料金になるよ。

 もっとも、君でもパス出来できる、ちょっとした抜け道なら、用意出来できるけど」

「……具体的には?」

「君のRAINレインID」

「乗った」



 安いし、容易い。



 即座に、みずからのトケータイを外し、彼女に向けて投げる。

 女性は、難くキャッチし、あたしのIDを登録し、返して来た。



「契約成立、だね。

 これから、よろしくね?

 結瑪凛ゆめり

「まぁ……適当に」

「あははっ。

 素直じゃなくて、可愛かわいいなぁ」

「あんた、趣味悪いぞ。

 さっきから、ずっと」

「かもね。

 でも、それこそが、私の誇り。

 だって、おかげで出逢えたから。

 最愛の、最高の旦那、ペット、ヒモノンに」



 そう答え、いきなり精神科の先生に抱き着き、ドキマギさせる女性。



 あー。

 やっぱ、そういう……。

 通りで最初から、ずーっと、気が気でなさそうだったわけだ。



「おまっ……!!

 ここ、職場だぞっ!?

 それに、その子は、俺の患者でっ……!!」

「ただのボーナスだよ。

 てか、いじゃん、別に。

 これまで何年も、我慢してたんだしさ。

 それに、たった今から結瑪葉ゆめはは、私の友達だよ?

 だったら、ほら。

 こうして、本人達の目の前でマーク、唾、香り付けとかないと。

 万が一にも、間違われたら困るからさ。

 ただでさえ我が家には、油断ならない、のっぴきならない相手が、4人もるんだしさぁ」

「内1人は、俺達の娘っ!!

 内1人は、お前の従姉妹いとこっ!!

 残りの2人は、俺達の仲間だぞぉ!?」

「女である以上、関係いよ。

 そう言い張る割にはさぁ。

 ちょーっとサービスしぎなんじゃないかなぁ。

 いくら、私が研究、開発に追われてるからってさぁ」

「だぁ・かぁ・らぁっ!!

 外食した件については、何度も謝ったろ!?

 あらかじめ、折り入って許可だって!!」

「埋め合わせは済んでないよねアフター・ケアはまだだよね私とは行ってくれてないよね」

「相変わらず面倒めんでぇなぁ、お前!!

 20年以上連れ添っても、昔のまんまだな!!」

「そんな私が、好きなくせに」

「あぁ、そうだとも、わりぃかよっ!!」

「大正義」



 満足した。

 けれど、暴発もしたらしく。



 ネクタイを掴み、先生を引き寄せ。

 椅子いすを倒して立ち上がり。

 そのまま、先生の首に手を回し、ロックし。

 白衣と研究服の上から、その大砲を押し付け。



 女性は、煽情的な色仕掛けに出た。



 あたしが初めて直視した、ディープ・キス。

 それは、行き付けの病室で、お世話になってる先生と、友達になったばかりの女性による物だった。



「安心していよ、結瑪凛ゆめり

 君を引き込んだ、巻き込んだ責任は、ちゃんと取るから。

 これは、紛れもいスカウト、先行投資。

 勿論もちろん、報酬も出すよ。

 君の働きによっては、色も付けられる。

 君なら、上手うまくやれるよ。

 これから、しばらく練習して、徐々に慣らして行って。

 まだ君のことを誰も知らない環境で、い面だけを押し出して1年間、通学すればいだけ。

 それに、校長を務めてる君のお祖父様に、すでに話は通してある」

「……根回し、早ぎないか」

「あははっ。

 ごめんねぇ、エゴイストで。

 何事も、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプなんだ。

 でも、私の役目は、あくまでも『セッティング』だけ。

 あとは、君の自由だよ」

「もし、脱落したら。

 あるいは、就職してから、切られたら」

「その時は、私が君を守る。

 助手として、君を可愛かわいがるまでだよ」

「……ありがたい申し出だけど。

 ず、口元を拭ったら。

 唾液で、テッカテカだ」

「あははっ。

 これは、失礼」

「お邪魔みたいだし、そろそろ上がるよ」

「お気遣い、痛み入るよ。

 またね、結瑪凛ゆめり

「ん」

「ちょ、ちょっと、待っ……!?

 んむぅぅぅぅぅっ!!」



 ほどくして、病室から先生の悲鳴が響いた。



 とまぁ、最初こそ鮮烈ではあったものの。

 それからは、そこまで困ったことにもならず。

 彼女は今も、先生と並んで、き相談相手だ。





 その日の内に、私は明歌黎あかりを生み出し。

 それから1年半、勉強と並行してトレーニングや会話を重ね。

 中学を卒業する頃には、完璧にマスターしていた。



 擬態しての高校生活は、割とすんなり進み。

 明歌黎あかりを介して通学し、授業を受け、クラスメートと話す。

 そんな日々は、中々どうして楽しく、新鮮だった。

 


 そんな日常を手放すのが怖く、惜しくなって。

 結局、進級しても、明歌黎あかりのまま。



 明歌黎あかりは、誰かと喧嘩したりもせずに、高校生活を満喫し。

 あたしは、誰にも脅かされずに、リモート生活を悠々自適に過ごす。

 言わば、Win-Winだ。

 


 明歌黎あかりのおかげで、あたしも変われた気がする。

 気持ちばかりだけど、最近は、口数も増えた。

 


 本当に、驚かされた。

 言葉が、感情が。

 こんな自分にも、ここまでるだなんて。

 そんなの、考えたことかった。

 


 別に、反則でも詐欺でもない。

 現代では、ほとんどの遊びが、『Sleapスリープ』で上位互換されてるんだ。

 先生の話だと、他の被験者もるらしいし。



 と、そんな調子で言い訳している内に。

 気付けば3年の夏になった。



 ひそかにバンドをやりつつ。

 就職を危ぶめたくないので、トレーニングも欠かさず。

 先生達との定時連絡だって、忘れない。

 


結瑪凛ゆめりぃ。

 彼氏、出来できたぁ?

 久しりぃ」

「……せめて、順序を整えてくれ。

 あと、『もしもし』から始めてくれ。

 そういうのは、内の校長だけで充分だ。

 そんで、業務前にアルコール摂取するな」

だなぁ。

 流石さすがに、飲酒はしてないよぉ。

 ちょっと、旦那を浴びてただけだよぉ」

「……賢者になるのも禁止」



 ……依然として、振り回されっ放しだけども。



 この人、アラサーじゃなかったっけ?

 あたしより余程よほど、元気なんじゃないのか?

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