7-5

「やっと出会えたなぁ……!!

 随分ずいぶん、探したんだぜ、俺ぁ!!

 手前てめえに一文無しにされた、あの日から、ずっと!!

 手前てめえに、復讐するためになぁ!!」



 不気味に、尊大に首を鳴らしつつ。

 蛇のように舌を出し、やつは続ける。



「すっかりいご身分じゃねぇかよ、こっちの気も知らずによぉ。

 ダサカの分際で、友達なんざ、増やしてぇ?

 ダサカごときが、そこそこの女ぁ二人も侍らせてぇ?

 さぞかし、い気分だろうなぁ、おい。

 くもまぁ、そんな状態で、俺の前に現れてくれたもんだ。

 こっちゃ、未だにボッチ決めてる手前てめえを、今度こそゴールさせるために遥々、態々わざわざ、来てやったってのによぉ。

 の日から俺ぁ、手前てめえ所為せいで、バイト生活だぞ?

 なんで俺が、仕事なんざしなきゃなんねんだよ。

 なにもせずとも、なんでも買えた、女なんていくらでも手に入れられた、この俺が。

 なんで、薄給のために、ペコペコ、ヘコヘコさせられなきゃなんねんだよ。

 なんで、そもそも雇われ仕事すら回されねんだよ。

 なんで、日々の生活まで危ぶまれなきゃいけねんだよ。

 ジェットにすら乗れないまま、電車なんか使わされて、愚民共と同じ空間に閉じ込められなきゃいけねんだよ。

 全部、手前てめえ所為せいだろ、ダサカ。

 手前てめえなにもかもわりぃんだよ、クソがっ。

 俺の……俺の人生を台無しに、どん底にしやがってぇっ!!」

「……っ!!」



 たった一言で、これまでの流れや、みずからの醜悪さを晒す地目じめ



 どうやら、期待は外れたらしい。

 彼は未だに、酩酊してる。



「は?

 全部、身から出た錆でしょ?

 うちのケートを奈落に突き落としといて、戯言ざれごと抜かしてるんじゃないわよ。

 てか、どの面下げて来たのよ。

 とっとと帰んなさい、オレスキー・ボンボン」

「大体、ケートくんは、なんかない!!

 ケートくんは、人だよっ!!

 ジジとババが、教えてくれたっ!!

 ケートくんのパパとママが、そう願って、付けてくれたんだって!!」



 言葉でも態勢でも、俺を庇ってくれるレイ、メイ。

 そんな二人を、地目じめは一笑、一蹴した。



「そいつの親、うの昔に死んでんだろが。

 だったら、んなもん、なんの意味もぇよ」

地目じめ……!!」

「あんたねぇ!!」

だよ。

 面倒めんでぇな、お前

 微妙にクオリティ高いから、俺の元で奴隷として一生タダ働きさせてやろうと思ったのに。

 つか、そんなん、どーでもいんだよ。

 つーわけで、ダサカ」



 あの時と同じ腰巾着を呼び。

 やつは、俺を侮蔑した。



「今日こそ、くたばれ」



 親指を下に向け、死刑宣告をする地目じめ

 それを合図に、一斉に飛び掛かって来る取り巻き。

 まだ真面まともに動けない俺を守るべく、盾になるレイメイ。



 そこに、割って入る影。

 


 院城いんじょう 音飛炉ねいろさんだ。



「……さっきから、黙って聞いてれば。

 随分ずいぶん、不躾な子ですね」



 勇ましい顔でも、緩み切った顔でもなく。

 雪崩なだれさえ起こせそうなまでに凍てついた視線を。

 音飛炉ねいろさんは地目じめに向けた。



「どこにも、どの時代にも、現れるものですね。

 ああいう、いけ好かない手合いは。

 本当に……嘆かわしい」

「あぁ?

 誰だ? 手前てめえ

 手前てめえも、ダサカのペットか?」

「口の聞き方がなってないですよ。

 それが年上、初対面への態度ですか。

 そもそも私は、すでに人妻です」

「はっ。

 おばさんじゃん。

 なにそれ、若作り?

 てか、部外者が出て来んな、くそうぜー。

 手前てめえから、先に始末してやろうか?

 気絶するだけってのが興醒めだがなぁ」

「……っ!!

 駄目ダメです、院城いんじょうさんっ!!

 あいつは、本気ですっ!!

 現に一度、リアルに俺を手に掛けようとした!!

 危険ですっ!!」

「ご心配く。

 私とて、伊達だてに場数、踏んでません」

「そんな……!!」



 駄目ダメだ。

 全然、聞いてくれない。



 こうなったら……!

 皆さんに、説得してもらうしかっ!



 そう試みた刹那せつな

 俺の目に飛び込んだのは、出夢いずむさんたちの消沈顔だった。

 


 いや……それどころか、哀れんでる?



「あーあ。

 我、知ーらない」

うちの座長の地雷を秒、ダブルで踏み抜くとは……。

 たいした小悪党ね……。

 ある意味、感心するまであるわね……」

「『名前へのバッシング』。

 そして、『あの時みたいな状況』。

 これは感情移入、不可避……。

 ……ご愁傷様……」



 今度は、全員が合掌し始めた。

 


 え、なに



「……出夢いずむ

 治葉ちよ

「どうぞ。

 俺のアイデアでければ、持ってって」

あたしも、一向に構わないわ。

 好きにやっちゃって頂戴ちょうだい

 ここはVRなんだし、イメージだけで、あたしの完コピも出来できるでしょう?」

「痛み入ります」



 明らかに補足がるやり取りをしつつ。

 トケータイを構える、音飛炉ねいろさん。



 瞬間、眩い光に包まれ。

 やがて、そこには、深夜特撮みたいな騎士。

 に扮した、音飛炉ねいろさんがた。



「我が『トッケン』が世界に誇るデビュー作、『Faiveファイブ』。

 本来であれば、あなたのような下劣な低俗、蛮族にお見せするには、勿体無い代物しろものですが。

 大切な友人を、目の前で、一方的に、逆恨みなんぞで愚弄され。

 私の怒りは、沸点を通り越し、頂点に達しました。

 その威力をもって、しかと、とくと思い知り、刻み込みなさい。

 おのが罪と、その穢れを」 

 


 腰に差した、二本の刀を抜き、構え。

 


 次の瞬間。

 音飛炉ねいろさんは、地目じめの背後に立っていた。

 煙も、音も、一切立てず。

 彼に、致命傷を負わせた状態で。



 あまりに鮮やかぎる、早業。

 その腕前に、思わず息を呑む。



 断末魔すら挙げられぬまま、強制ログアウト対象となる地目じめ

 続けて音飛炉ねいろさんは、逃げようとした腰巾着も斬り。

 一人残らず、退場させた。



「……」



 ……え?

 もしかして、プロ?

 てか、本当ホントにカタギ?



 などと思っていたら。



「いやー。

 スッキリしたー。

 つい、年甲斐もく、張り切っちゃいましたよー」



 と、フレンドリーに、ユルユルに笑った。



「すみません、蛍音けいとくん。

 曲がりなりにも、君のクラスメートだった子たちを、斬っちゃってー。

 まぁ、VRですし、セーフですよねー。

 今頃、向こうで失神してるだけですもんねー。

 あー、失敗したなぁ。

 どうせなら、後学のために、もっと怖がらせとくべきでしたよー」

「……」



 十二分に、怖い。

 この人の方が、余程よほど



「ま、なにはともあれ!

 先に進んでくださいっ!

 我々も、なるはやで追い掛けるのでっ!

 ご武運をっ!!」



 ビシッと敬礼する院城いんじょうさん。



 ……うん、あれだ。

 触らぬ神に祟りなし。



「ありがとうございました。

 こっちこそ、清々せいせいしました。

 過去の因縁を、絶ち切ってもらえて」

「それならかったです!

 あ、そうだ!

 これ、今度の公演のチケットです!

 お近付きの印に、どうぞ!」



 俺のトケータイへと、タダ券をくれる院城いんじょうさん。



 ……なるほど。

 地雷さえ踏まなきゃ、本当ほんとうい人なのか。

 精々せいぜい、気を付けよう。



「重ね重ね、感謝します。

 是非とも、観覧させてもらいます」

「はいっ!

 会場で、お待ちしてますっ!

 安灯あんどうさんや、その子達も、お誘いくださいっ!

 チケットは、多めに渡しといたので!

 ざっと、100枚ほどっ!」

「限度っ!!」 



 100枚……100枚て!!



「な、なんで、そんなに!?」

「え?

 だって、安灯あんどうさんのナコードをお持ちなんですよね?

 健全な男子高生なら、そのイマジネーションとリビドー告げるままに。

 100人くらい、カバターを作ってるんじゃ?」

「あなたは俺を、聖闘士星◯か10◯カノ世界の住人とでも位置付けてるんですか……?」

「違うんですか?

 おっかしいなぁ。

 私は今でも、それくらい出夢いずむを作ってるのになぁ。

 あと、そこまでは及ばずとも、治葉ちよ真由羽まゆは風凛かりんも」

「……はい?」



 どうしよう。

 この人その実、一番いちばんっ飛んでる。

 万人受けするマドンナみたいな顔して。



音飛炉ねいろー?」

「ちょーっと、こっち、いらっしゃーい」

「えー、なんですかー?

 もしかして、ご褒美ですかー?

 そんなに、私が大好きなんですかー?

 しょうがないなー、もー。

 呼ばれなくても、行きますよー」



 大盤振る舞いがぎ、ナコードを好き勝手に私的利用していることが判明し、とっちめられるに違いない。

 なのに、まったく疑わない、尻尾を振って従う、純粋な座長。



 中々に愉快な人達をバックに。

 俺達は改めて、目的地へと向かう。



「あんた、ナコードとチケット、没収。

 無論むろん、補填のワコードもし」

「お前に慈悲は与えない」

「つまり、『これからは想像だけで我慢しろ』ってことですね!!

 分かりました!!

 早速、今晩から、治葉ちよのTS大量生産しますっ!!」

「少しはブレーキしろっ!!

 この、アクセルっ壊れポジりょくお化けがぁっ!!」

なんで、そこで俺じゃないの?

 旦那なのに」

「ぎゃー!!

 そっちのパターンッ!?」

「カウント・ダウンやでぇ」

「5……。

 0」

「『カウント・ダウン』とはっ!!」

「カウントという概念、固定観念その物をダウンさせた」

出夢いずむ、上出来」

格好かっこい!!

 けど、そうじゃなくって!!

 お、おおお、お助けぇぇぇぇぇっ!?」

「……今のは、音飛炉ねいろの責任。

 擁護、弁明の余地、しですわぞ」

「う、うれしい、けど……。

 は……恥ずか、しい……。

 ……です……」



 二人にボコられる、音飛炉ねいろさんの、絶叫を残して。



「……」



 ……後で、こっそり返しとこう。

 何枚かだけもらって。

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