6-2

「やっと分かったよ。

 どうして俺が、現実で、彼女と恋人になりたいのか」



 『Sleapスリープ』の部室にて、靴を脱ぎ、椅子いすの上で体育座りするメイ。

 レイはというと、ロッカーに身を預け、腕を組み、目を閉じている。



「……やっぱさ。

 どうせなら、共有したいんだよ。

 思い出も、黒歴史も、喜怒哀楽も。

 人間だから、すべてイコールには出来できないだろうけど。

 なるべく、セットにはしたいんだよ。

 一緒にゲームしたりするのも楽しいけどさ。

 俺が味わいたいのは、その体験、イベントだけじゃなくて。

 その時の、彼女のリアクションやコメント、声やチャット。

 ようするに、希釈されていない、解釈されにくい、修正も取消も取り繕いも出来できない、コピペではない、素面を。

 そして、あわよくば、ふとした拍子にこぼれたグレーな一言すら、心待ちにしてるんだよ。

 そういう、リアルは……現実でしか、拾えないだろ?

 SNSでも、『Sleapスリープ』でも、不可能。

 大抵の人間は、それにあやかこと出来できないし。

 そもそも、そこまで踏み込もうなんて考えない。

 けど、俺は、求めてるんだよ。

 そういうお零れに、預かりたいと願ってしまってるんだよ。

 まことしやかじゃ、てんで満足出来できないんだよ」

「『だから、カバターわたしじゃ、駄目ダメ』。

 ……そういうこと、だよね?」

「……ごめん」

「謝らないで。

 余計、みじめに、許せなくなる」

「うっ……」



 中々にアレな文量で捲し立て、しまいには謝罪を封じられ。

 俺は、思わず押し黙る。



 メイは、溜息ためいきを零し。

 まだ不服そうに、本音を述べる。


「ケートくんの気持ちは、分かったよ。

 私だって、尊重、協力したい。

 でもさ……やっぱ、ひどぎるよ。

 昼の、元の私。

 それに、ケートくん、蛮勇ぎ」

「それは……。

 ……うん……」



 ぐうの音も出ないので、大人おとなしく首肯する。



「お金、家柄、コネ、レッテル、外見、内面、若さ。

 財力、権力、コミュ力、圧力、気力、家事力。

 その他、諸々。

 そういった要素がまったもって無意味となった、このリモート時代に。

 現実で、恋路を進むのが。

 どれだけ無謀か、分かってる?

 少し近くに横断歩道、陸橋がるのに、信号のい、通行量の多い道路をえて横切る。

 君がやろうとしてるのは、それくらいの暴挙だよ?」



 メイの言うことは、正しい。

 例えとしても、ばっちり機能している。

 思わず、俺も唸らされた。



 でも。

 ここに退けるほど、俺は半端じゃない。



「でも、彼女の心がゴールだとしたら!

 それが、最短ルートなんだよ!

 登ったり下ったり、してられないんだよっ!

 そうじゃなくても!

 もう、我慢ならないんだよっ!

 大した苦労もせずに、危険も顧みずに、ズルくて安い手で楽して、ポイ捨てや妨害工作しながら!

 なんなら、何食わぬ顔して、最初からゴールにテレポートして!

 そうやって、涼しく図々しく、本人に気取られないまま、あの人を取られるのがっ!!」



 肩で息をしていたのを整え。

 静かな心持ちで、俺は続ける。



「『男は馬鹿バカ』って、く言うけどさ。

 あれ、ちょっと違うんだよ。

 『鹿』なんじゃあない。

 『鹿だから』なんだよ。

 そんで『本気で鹿やれる、鹿になれる』からこそ。

 これは、紛れもなく、再現も際限もく。

 天下御免で、天下無敵に、問答無用に。

 俺達の、『恋』なんじゃないか」



「……なにそれ。

 本当ほんとうに、馬鹿バカじゃん」

「だから、そう言ってるでしょ。

 ちゃんと聞きなさいよ、メイ」

「レイは、どっちの味方なの?」

「決まってるわよ。

 あたしは、ケートの味方よ」

「……裏切り者め。

 私、間違ったこと、言ってないのに。

 ケートくんのために、言ってるのに。

 なんか、みっともなく、飽きもせず、ヘビロテでロジハラしてるみたいじゃん」

「分かってるじゃない。

 なら、いさぎよあきらめなさい。

 どうせ言っても聞かないし、引かないわよ、この子。

 筋金入りの遺産なんだから」

「人をそんな、化石みたいな感じで言わなくても……。

 てか、そこまでアレな発言、してるかな……」



 苦笑しつつ、俺はレイにげる。




「別に。

 そんな、大した人間じゃない。

 サンプルだけじゃ満たされなくなった。

 ただそれだけの愚者だよ」



「……みたいだね。

 本当ホント……もう、やってられない」



 靴を履き直し、椅子いすから降り。

 レイを連れて俺の前に移動し、瞳を潤わせ、メイはげる。



「認めるよ。

 君達のこと

 だから……私とレイは消える」



 ……ん?



「もし、それが申し訳いなら。  少しでも、罪悪感を覚えるなら。

 君が、意義を与えて。

 私達の生を、死を、時間を、思いを。

 無意義に、しないで」



 あ、あれ?

 もしかして、これって……?



 なにやら、センチになるメイ。

 レイとアイ・コンタクトを取ると、彼女は咳払いし。

 そのまま、メイの肩に手を置く。



「メイ。

 別に、消えなくても済むわよ。

 あたしたち

「……え?

 ……そうなの?」

「そうよ。

 別に、二人が付き合ったあとも、居座ってていの。

 ナコードなりトケータイなり、ケートの『Sleapスリープ』なりに。

 無論むろん、二人の合意の上だけど。

 っても、ナコード渡してる時点で、承知の上でしょ」

「なぁんだ。

 心配して、損したぁ」



 やっぱり、勘違いか。

 通りで、妙にかたくなだったわけだ。



「ごめん。

 そこら辺、話すべきだった」

「平気。

 私こそ、ごめんね?

 なんか、いやな女ムーブしか出来できなくって」

なにはともあれ。

 これで、一件落着ね」



 互いに謝罪、仲直りを済ませたタイミングで、レイが仕切る。



「ケート。

 あんたは、やっぱり大した男よ。

 普通、ナコードまで授かったら、大抵の人間は満足し、真っ逆さまに自堕落になる。

 でも、あんたは違った。

 意図的にセーフティー・ロックをして、

みずからの欲望さえコントロールした。

 しまいには、現実で、彼女と付き合うことを願った。

 こんなの、単なる偉業だわ。

 誰にでも出来できことじゃない」

「そうだよ!

 やっぱり、ケートくんはすごいよっ!」

「あ、ありがと……」



 

 褒め慣れていないので、つい照れてしまう。



 が、デレデレしてばかりもいられない。

 俺達の戦いは、本番は、ここからだ。



「ところでさ、ケートくん」

あたしたちが作られたのは、あなたの元に来た当日。

 つまり、その頃から水面下で準備を進められてた手前。

 あたし達、明日のイベントの概要も握ってるんだけど」

「聞きたくない?」

むしろ、聞きなさい」

「そして、対策練るよっ!」

「え〜……」



 それって、ズルじゃあ……?

 なんて言い分も、通るわけく。



 こうして俺は図らずも、またしても、ネタバレをフラゲさせられ。



 彼女によってもたらされた、夢想郷トロンプ・ルイユは、静かに終わり。

 また始めるためにも、ずは現実を打開しようと、固く心に決めるのだった。

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