0.5-4

 安灯あんどう明歌黎あかりと俺は、上記のような毎日を過ごした。



 おかげで夏休み中は、延々と二人で時間を過ごした。

 ジジとババには、なにやら誤解を招いてそうなのだが、不思議と気が咎めたりはしなかった。



 協調性の高さ、性格の明るさを武器に人脈が広かった安灯あんどう 明歌黎あかり

 彼女は、3年生にもかかわらず、1年生おれの教室に通い詰め、クラスの連中と仲良さそうに話している。

 無論むろん、その間、俺は読書に浸っていて、滅多めったにやり取りはしないが。



 そして放課後になれば図書館で屡々しばしば、二人きりで会話している。

 安灯あんどう 明歌黎あかりが、図書委員や司書の人に口利きしてくれたこと、彼女の擬態力の高さにより、俺達の秘密が露見することかった。

 余談だが、彼女はどこかのエージェントかなにかだと思う。



 他にも、彼女がつないでくれたことる。

 彼女の伝手により、夏休みの時点で、俺はクラスメートと顔見知りになれた。

 安灯あんどう 明歌黎あかりがセッティングしてくれた、カラオケのおかげだ。



 それも、『Sleapスリープ』ではなく、リアル。

 俺の人生で最初、そして最後の、現実世界での交流。

 浮き足立つのも、さもありなん。



 会場として選ばれたのは、リーズナブルなカラオケ店。

 炎上中だったりボロかったりしているのでもなく、時代の流れにより近々、廃業するらしい。

 理由や経緯は複雑だが、高校生としては、お手頃なのは助かる。



 そんなわけで。

 なんだかんだで、新しい環境にも触れ始めた。

 依然として、溶け込めているかどうかははなはだ怪しいが。

 前みたいなことにさえならなければ、それでい。



 唯一、引っ掛かるのは。

 安灯あんどう 明歌黎あかりが一切、飲食していなかった点だ。

 もっとも、本人に聞いても「ダイエット中」だとかとかわされて、空気を悪くさせるだけ。

 よって、口出しなど到底、出来できなかったが。



 なにはともあれ。

 そんなわけで、『低迷テイメイ』しつつあるものの。

 俺はなるべく、平和に夏休みを送っていた。



 と、思っていたのだが。

 どうやら、またしてもわずらわしい流れらしい。



 夏休みの最終日。

 安灯あんどう 明歌黎あかりに、再びカラオケに誘われた。

 てっきり、「またしても親睦、歓迎会?」とばかり踏んでいたが。

 現着したのは、俺と彼女だけ。

 他の参加者はおろか、クラスメートの顔すら見えない。



 いや……妙なのは、それだけじゃない。

 いつもは、フェミニンな衣装を好む安灯あんどう 明歌黎あかり

 が、今日に限って、黒を基調としてパンクに纏めて来た。



 やにわに、なにやら胸騒ぎを覚える。

 そんな疑惑は、安灯あんどう 明歌黎あかりと店員とのやり取りで、確信と恐怖へと変わる。



「2名様のご予約ですね?」

「ああ」

「っ!?」



『2名様』!?

『2名様』だって!?

 そんな馬鹿バカな!?



 驚きつつも、案内された部屋に向かう。

 そのまま室内に入り、ドアを締め、荷物をしまい、デンモクを操作し、マイクを持ち。

 


 刹那せつな

 俺達を包む空気が。

 安灯あんどう 明歌黎あかりのオーラが、一変した。



 奏でられるは、ロックな旋律。

 紡がれるは、アグレッシブな言の葉。

 歌うは、マニッシュに覚醒したマドンナ。



 振り付けもせず、媚も売らず、座りもせず、口出しも退場も許さず。

 遠慮も妥協も躊躇ちゅうちょく。

 真剣勝負でもしているかのような、熱気と息苦しさ。

 それでいて、「決して目を逸らさせまい」という、鬼気迫る声。



 今までの、宴を維持するための演目じゃない。

 自分の、自分のためだけの、本気の歌。



 みずからを楽器にして吹鳴する。

 本来の、本性の。



 全力の安灯あんどう 明歌黎あかりが、そこにた。



「はぁ……。

 はぁ……」



 肩で息をし、マイクをテーブルに置きつつ、ドカッと腰を下ろす安灯あんどう 明歌黎あかり

 そのまま、フリーズしていた俺を見る。



「どーだ。

 参ったか、思い知ったか。

 これが、『あたし』だ。

 あんたに見せ付けられる、最大出力の、『安灯あんどうさま』だ」



 クーラーの効いた室内で、汗を拭いつつ。

 額に張り付いた前髪を退かしながら、彼女はドヤる。



「あんたに、ゲームで負けた日。

 あれから、ずーっと考えてた。

 あたし、プライド高いからさ。

 いくら、一日の長がったとはいえ。

 あんたに負けたのが、汚泥おでいを舐めさせられたのが。

 手玉に取られたのが、我慢ならなかった。

 だから、仕返ししてやろうと思った。

 あたしを負かしていいのは、世界で、ただ一人。

 このあたしだけだから」



 身勝手な理屈を述べ。

 安灯あんどう 明歌黎あかりは、俺になにかを投げ渡して来た。



 条件反射的にキャッチし、視認し。

 手渡されたものの正体を知り。

 俺は、絶句した。



 ネックレス・リングだ。

 それも、素人でも分かるほどのブランド物。



 そして、なにより。

 トケータイ、『Sleapスリープ』からの通知に、驚愕する。



「……『ナコード』?」



 ナコード。

Sleapスリープ』内外にて使える特別なアイテム。

 他者の『Sleapスリープ』アカウントのIDを宿したアクセサリー。

 これを使う事で、正確な記憶や想像力などが無くても、『Sleapスリープ』にて他者を呼ぶこと出来できる。



 無論むろん、本人を招けるわけでもなく。

 複数人の夢を連結させられるわけでもなく。

 当然、今まで通り、話題や記憶のシェアだって出来できず。



 あくまでも、『本人に近い存在を生み出せる』というだけ。

 謂わば、『ゲスト参戦』みたいなものだ。



 かといって、ハズレなどでもない。

 これがれば、より本人に近いトロンプ。

 足りない部分がカバーされたアバター、『カバター』を呼び出せる。

 こっちが強く願わすども、深く設定せずとも、ひとりでに動いてくれる名代が。



 しかも、「半ば公認」という免罪符まで付いてる。

 これにより、後ろめたさが薄れ、高揚感が増す。

 今となっては、芸能人やキャラのナコードも販売されていたりするのだ。

 といっても、値段も敷居も競争率も高いので、おいそれと手は出せないし。

 もっとも俺の場合、そこまで入れ込んだ相手もないのだが。

 俺が夢中になる小説のキャラはマイナーばかりで、幸か不幸か、そこまでグッズ展開が行き届いていないのだ。

 


 さらに、前述の通り、『Sleapスリープ』外、現実でも使える。

 具体的には、「元の持ち主のカバターの簡易召喚」なども可能。



 なお、元の所有者が認めた、渡した相手にしか使えない。

 ダウンロードするには、所有者の設定したパスワードやキーワードが必要となり。

 さらに、イニシャライズが完了するとロックが掛かり。

 他者にとっては、単なるアクセサリーと成り果てる。



 以上の特性から。

 これを渡すのは、かなりのリスク、羞恥心、重みを伴う。

 それこそ、良くて『告白』。

 悪くて『プロポーズ』みたいな物である。



 じゃあ、安灯あんどう 明歌黎あかりは、何故なぜ

 そんな大それたものを、この俺に?



「戦利品だよ。

 初心者だったとはいえ、この私を倒したご褒美」

「……別に、たいしたことは……」

なに

 このあたしからのプレゼントに、不満でもるのか」

「そういうんじゃなくって。

 てか、なんで今日、そんな尊大なの?」

「さぁてねぇ」



 お手上げみたいなポーズを取り、はぐらかす安灯あんどう 明歌黎あかり

 これは、話しても無駄そうだな。



「これといった意味なんかい。

 ただの、気まぐれ」

「だったら余計、もらえないよ。

 こんな不相応、不平等なもの、軽はずみには」

「じゃあ、好きにすればい。

 それはもう、あんたのもの

 煮るなり焼くなり、ご自由に」

「それもそれで、困る」



 我ながら煮え切らない反応を続ける。

 不意に立ち上がり、安灯あんどう 明歌黎あかりは、手を差し出した。



「寄越しな。

 あんたの、『ワコード』。

 これで、貸し借り無し。

 不平等ではないだろう?」



 ワコード。

 簡単に言えば、「R18要素をカットしたナコード」。

 要は、コンシューマー版だ。



「いや、まぁ……。

 ……そうだけど、そうじゃないよーな……。

 根本的な解決には至っていないよーな……」

いから、ほら。

 とっとと出す。

 なんなら、身包み剥がしてやろうか?」

なんで、そんな強引なの……?」

うるさい。

 こっちもこっちで色々、るんだ。

 人のシマに不法侵入しといて、タダで済むと思うな」

「だから……。

 一体、なんの話……?

 さっきから、延々と……」

「答える義理はい」

「第一、ワコードなんて、持ってないよ……。

 渡すケースなんて、想定してないし……」

「案ずるな。

 器なら、すでに用意してある。

 あんたは、これにIDを落とし込みさえすれば、それでい」

なんで、ここまで用意周到なの……?」



 押し問答、堂々巡りでしかないので。

 俺は大人しく、彼女の持参した、専用のネックレス・リング(しかもシミラー)にコピーを移し。

 自分のナコードを差し出した。

 


 それを回収し、満足気に口角を上げ。

 俺からパスワードを聞き出し、オーソライズとイニシャライズを済ませ。

 早速、自身の『Sleapスリープ』に俺のアカウントのコピーを落とし。

 本人の目の前で、ワコードの力で、俺のカバターを生み出した。



「ふぅん。

 悪くないね」



 値踏みするように見詰め一旦、戻し。

 安灯あんどう 明歌黎あかりは、強かに微笑ほほえんだ。



「『本気を見せてないのは、君も一緒』。

 だったな。

 もう、そんな温いこと、断じて言わせない。

 あたしは、あんたに全身全霊を披露した。

 こっちは、誓いを守ったよ。

 今度は、あんたの番。

 精々せいぜい、せっせとあたしを、高水準でノベライズしてみせな」



 一方的にげ、安灯あんどう 明歌黎あかりは、さっさと退室した。

 部屋のみならず話にさえ置いてかれた、俺を残して。

 ただし、先に2人分、会計だけ済ませて。



 今日という日を。

 俺は、きっと忘れない。



 だって、そうでしょ?

 何故なぜなら、この出来事から始まったんだ。

 俺と、レイメイとの日々。

 君の正体を突き詰めるための、擬似な君とのデートごっこが。 



 この日から、止まっていた時間、言葉が動き出した。



 俺の中で眠っていた、溜まっていた言葉が。

 濁流のように、竜巻のように渦を巻き。

 心を突き破らんばかりに勢いを増す。



 認めよう。

 俺は、安灯あんどう 明歌黎あかりが好きだ。

 嫌なお告げの通り案のじょう、彼女に恋い焦がれてしまった。



 しかし、ぐにはコクらない。

 急がば回れ精神の元、ずは段階を踏まなくては。



 意中の相手の深層心理を暴き、自分との相性を確かめ、確実に告白を成功させるべく。

 安灯あんどう 明歌黎あかりを主人公に。

 物語を、書き終えなくては。

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